第56話 あてるだけ
王都招請を受けてマリィのところへと向かうまで10日後。
まだまだ期間はあるため俺達はギルドの依頼を受けることにしていた。
アメリア領北東、エトレア村近郊。
山岳地帯から降りて平坦な道のりが続く森にニーロラッエという魔物を討伐する依頼だ。
例のごとく名前だけではどんな魔物かがさっぱりわからない。
だが周辺にはニーロという魔物がいるのだが耳の長い小動物でつぶらな瞳をしているのだそうだ。
いわゆるうさぎみたいなやつなのかもしれない。
そして俺たちはそのニーロと思しき魔物を見つけることができた。
そこそこうろついている。
茶色い毛並みとつぶらな瞳。
背格好は短い手がちょんちょんとあって短い足がピョンピョンと生えている。
胴体は丸い。
くびれがないままに頭部には長い耳が垂れながらも二つ付いている。
「かわいいやつだな」
そしてリィナは少し困ったような顔をした。
「そうなんですよね……かわいいんです。ニーロは単独で行動する魔物なんですけど年に一度の発情期になると大量に一か所に集まって周囲のあらゆるものを食べつくそうとしてしまう困った魔物なんです」
「繁殖はエネルギーがいるからにゃ」
意味深く頷くニャー。
「とんでもない魔物だな……」
「はい。ニーロラッエは特異個体で多数の雌を引き連れてることがあります」
「へぇ。ボスみたいな感じか」
「ですがニーロよりとても大きいのが特徴的です」
「あのニーロがニャーより小さいからな……腰らへんとかそのくらいか?」
「いえ……」
否定してリィナはニーロラッエの特徴を話すをやめるのだった。
けれど話す前に少しだけ歩くとそいつはいたのだ。
一旦ゆっくりと背負ってる荷物を一か所に茂みに置いておく。
遠めだがよくわかる。
見上げる程の身長はある。
だいたい2メートルはあるだろうか。
それに筋骨隆々どころの話じゃない。
とんでもない筋肉を全身に宿し発達した太ももと割れた腹筋、鍛え抜かれた大胸筋が今までの小動物であったニーロとは別格のものを持っているのだった。
他のニーロが四足歩行に対してしかも仁王立ちしてる時点で異彩を放っている。
「ねぇ……ニーロラッエって、あれ?」
「はい。挿絵で見るよりとても不穏な感じがしますね」
「つよそうだにゃ……」
そして周りにいるのは普通の大きさのニーロ。
多分雌だ。
体躯が倍以上どころではない。
とんでもなく大きい。
「この体格差でどうやって交尾するんだよ……」
「……確かにそうですね」
「にゃ? あてるだけじゃないのにゃ?」
俺とリィナは固まった。
「あー……猫事情はまあいいとして強そうだな」
「猫事情はいいってどういうことにゃ?」
「とりあえずニーロラッエは白金級の冒険者が討伐するレベルの魔物です。まずは加護をお二人にかけます」
「わかった」
「ねぇどういうことにゃ?」
「そして私がルクロルをしてからソラさんとニャーさんが攻撃をしかけるのはどうでしょうか?」
「いいねそれ。それじゃその手はずで」
「ニャーもいいと思うにゃ。でも────」
錫杖を構えるリィナにニャーは続けるのだった。
「ソラとリィニャはどうやって交尾するのにゃ?」
その言葉で時間が止まったようになるリィナ。
俺は頭に手をあててニャーへと言う。
「人のは猫と違って一瞬じゃ終わらないんだぞ? いや秒で終わるのもいるから実質猫と────」
顔を赤くしてリィナ。
「もう! 変なこと話してないで始めますよ?!」
「お、おう」
「わ、わかったにゃ」
両手で藍色の錫杖を掲げてリィナは祈りの言葉を唱える。
「御力に猛し者を愛した御神の愛。その尊き器より零れんばかりの力の雫をかき集め猛し者の片鱗を分け加護を与えたまえ。ヴィス・テクト」
赤い光が俺達を包み込み続いて二つの祈りを唱える。
「無情で無慈悲なる世界に焼かれし魂よ。その光は守護の象徴。注がれた御神の愛を持って光となり迷子を包まん。ルクス・テクト! 御神に救済を求めし者の魂へと駆けるは光の輝き。その速さをかの者らに宿したまえアグィニ・テクト!」
体がとても軽くなり力が湧いてくるのを感じる。
「では行きます。我が祈りを捧げ御神の奇跡を顕現せよ! ルクロル!」
一筋の光がほとばしる。
それを見て俺とニャーは駆けだす。
やはりニャーの方が速い。
ほとばしった光はニーロラッエへと到達し弾ける。
驚き雌は散り散りに逃げ出した。
目をやられたニーロラッエは太い拳で回りを殴りまくる。
前へ出るニャー。
「ナイツ・ストラドル」
ニャーの一撃でニーロラッエは右腕を吹き飛ばされる。
斬りこんだニャーが隙を作り俺がそれに続き、その一刀がニーロラッエの胸を貫いた。
ぼろぼろとこぼれる血液。
筋肉に似合わないようなつぶらな瞳から徐々に光が失われていく。
そしてパタリとそいつは倒れた。
息を切らしながらリィナが走ってくる。
「やりましたね!」
「ああ、あまり……」
「つよくなかったにゃ」
「エンドルプスを相手にしているからですよ……ニーロラッエはしっかりと白金級冒険者が討伐する程には難しい敵ですよ?」
「グリフォンとどっちが強いんだ?」
「それはグリフォンですけれど白金級冒険者ですら並大抵ではなれるものではありませんからね?」
「へぇ……俺たちの感覚がおかしいのか?」
「一応ですが……だいぶおかしいと思います」
「まあ、いっか。とりあえず戦利品といこう。突き刺したからとりあえず素材は、いい感じだとは思う」
ギルドに報告がてら魔物の一部、もしくは取引できる部位を回収するため倒した魔物はできる限り解体して持ち帰るとよいのだそうだ。
けれど解体というのも技術がかなり必要でパーティによっては解体職を雇っている
ところもあるのだとか。
しかしそんな奴はいない。
ならばここでお役立ち。
リィナと王都から出た初日にギルバード商店で買ったロンドナイフが役に立つ。
鋭い刃はすっと入っていく。
硬いところも難なく切れるし砕ける優れもの。
けれど、どこをどう解体すればいいかわからずリィナに聞く。
「私もあまり詳しくはないんですよね……毛皮とか貴重なのではないでしょうか?」
「でもちゃんと処理しないと多分使い物にならないと思うぞ?」
「そうですよね……」
「ちゃんと油抜いて干してお手入れしないと売り物にならないにゃ」
皮のなめし方というのだろうか。
さすがは商人の教え子ニャー。
けれど知識ではあるものの本質ではわかってなさそうではある。
だが俺はそれよりも結構気になることがあった。
「思ったんだけどさ……」
「どうしましたかソラさん?」
「こいつ食えるのかな?」
「……」
「……」
固まるリィナとニャー。
「あの……えっと、その……お昼ご飯食べておなかいっぱいです」
「ニャーもおいしかったにゃぁ。ソラのごはんはいいにゃぁ」
「二人に食べさせようってわけじゃないから大丈夫だよ。まあ……見た目はあれだけどさ」
「絶対やめた方がいいにゃ。なんかキノコ生えてるのにゃ」
ニャーの指さす先はあまり見たくないご立派様だった。
「おぉ……命をとって冒涜するような真似はしたくないのだが……あれがあの小さいニーロに……死んでるんだよな? こいつ、なんでおっきいんだ?」
「なんでそっちの話題にいっちゃうんですか!!」
リィナが怒ると同時にどこからともなく男の声が聞こえるのだった。
「そいついらないなら俺にくれないか?」
俺とニャーは咄嗟に得物に手をやりリィナは俺の後ろへと即座に移動する。
理由は明白だった。
俺たちは誰もいないと思って行動していた。
だがどうだろうか。
気配も痕跡も何もなしにそいつは姿を見せたのだ。
そこにいた男はやっちまったと言わんばかりに頭を掻きながらこちらへとくる。
長身、今倒したニーロラッエと同じくらいに大きく細身であるがとてもがっしりとした体をしている。
深紅の長い髪を後ろで結わえておりきょとんとした表情ではあるもののかっこいい感じの見た目をしている。
特筆すべき事項としては上半身裸であることだ。
「あぁ、いや悪い悪い。驚かせるつもりはなかったんだ」
「何者にゃ?」
「俺? 俺はケンジョウ ザンカっていうんだ」
その聞き覚えのある日本人らしい名前を聞いてつい聞いてしまった。
「日本人……? お前まさか勇者か?」
「ニホンジン? いや、俺は東の国から来た。ニチノワってところの出だ」
「ニチノワ?!……それって最東端の島国じゃないですか! ソラさん。前にお話しした魔法が使えない種族、修羅人が統治する国です」
「へぇ。あれが噂の修羅人か……でケンジョウさんだったか。俺達に何か用か?」
「まあザンカでいいよ。特に用って用はないんだけど。用があるにはあるんだ」
言い回しが不思議ではあるけれどザンカからぐぅっと腹の虫が鳴くのが聞こえるのだった。
「腹……減ってるのか?」
「ああ。腹が減ってる。だからその肉が欲しいんだけど……ダメか?」
「「「……」」」
沈黙が続き俺はニャーとリィナの方へと向いて目を合わせてから一旦戦闘態勢を解くのだった。
「肉は俺も気になるがほしいならあげるぞ?」
「お! いいのか?! おまえいいやつだな!」
そう言って男はそのままニーロラッエに食いつこうとするところで俺は一旦止めに入った。
「まてまてまてまて!」
「ん、どうした? やっぱりだめか?」
「ちがうちがう。生で食べようとしてないか?」
「そうだけど……どうした?」
「……感染症とかさ。寄生虫とか怖くないのか?」
「カンセンショー? キセーチュウ……? すまないけど俺は魔法が使えないんだ。ここらへんの奴らはなんだかそれを嫌うみたいなんだけどさ。ほんと変な場所だよな」
なにやら勘違いしているザンカ。
そもそも異世界でそんな知識があるのかすらよくわからない。
普通、肉とか魚とかいろいろ火を通してから食べるのが習慣だと思っていたのでおどろいた。
けれどそれ以上にザンカの目を見て話した瞬間。
何も考えてなさそうな感じが伝わったのだった。
「あー……」
後ろでニャーがリィナに質問しているのが聞こえる。
「カンセンショーとキセーチュウってなんなのにゃ?」
「私も……あまり詳しくはないのですが呪いのことでしょうか? 寄生虫はわかります。体内に入って栄養を抜き取っちゃう悪い虫さんがいるんです」
「ほぇ……そうなのかにゃ。リィニャあたまいいにゃ」
「えへへぃ」
一様寄生虫は認知されてるらしい。
見ず知らずの謎の上裸の男というだけで危険な感じしかしないのだが敵意は感じない。
とりあえずリィナに料理を作ってもいいか聞いてみる事にした。
「お腹を空かせてるみたいですしそうましょうか。お願いしてもよろしいですか?」
「ああ、俺は構わないよ。あいつ食えるって言ってたけど、そもそもニーロラッエって食べれるのか?」
「多分……食べられると思いますよ。ニーロ事態は馴染みのある食べ物ですし独特の匂いのあるお肉でしたね。ですがニーロラッエ事態は見る事のない魔物ですが……多分大丈夫だとは思います」
「へぇ。ニーロ食べられてるんだ……」
そして俺は一旦、茂みにおいといた荷物を取りに行くのだった。




