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第47話 墓標に降り注ぐ光

 朝日は静かに上り段々と戦場の跡があらわとなる。


 その跡は凄まじく悲惨であった。


 木々は抉り取られ、地面は局所で強烈な地震にでもあったかのようにぼこぼこになっている。


 それから光となって消えてしまったドトール。


 泣き崩れるニャー。


 それをそっと抱きしめるリィナ。


 しばらくして泣きつかれたニャーはリィナに抱かれたまま眠ってしまうのだった。


 リィナはそっと静かに枯れた声で言った。


「ソラさん……ここがビースティアの村だったからなのでしょうか」


「……どうだろうな」


「ここメドレ村はビースティアの方が多く住む村だったって……もし、ビースティアだからと依頼を後回しにして助けないだなんて……もし、そのようなことがあったのなら私は……私は、どうしたら良かったのでしょうか……ソラさん」


「そうだな……あの反乱の一件もそうだが、リィナにできたことはないと……思うよ」


「かもしれません。ですが……領民の方々が傷ついている。なのに……なのに何もできないなんて貴族って領主ってなんなんでしょうか。意味なんて……」


「リィナの言いたいことはわかるよ。けど、その立場を利用してできることはあるだろう。これはもう終わったことだ……これ以上悔やむ必要はないだろう」


「ですが!!」


「悔やむ時間があるのなら! 薄情やら残忍だと思われたとしても未来に……次につなげるしかないって俺は思うよ」


「はい……そうですね。すみません」


「いや、リィナらしいよ。すごいよ」


 ニャーを抱きかかえるリィナは俺からも見えるくらいに涙を静かに流していた。


 とてつもなくきれいな夜明けだというのに心はすっかり沈んでしまった。


 同時に、この世界で勇者が何度も召喚されているというのに、この惨劇が起こるのはどういうことだろうか。


 俺は勇者の存在意義を疑った。


 日は昇りつづけてすっかりお昼となってしまった。


 一通り回復魔法で負っていた傷を癒してもらいリィナは眠っているニャーを抱きかかえながらニャーの家であるニャアマートへと戻った。


 そして俺は暇になってしまったので、その近くにドトールやそのほかの村の人間の墓を作っていた。


 いい感じの岩があったのでとりあえず十字架を作ってみる。


 刀の修業がてらその岩を削りだしてクロスを再現してみた。


「いやしかし……これでいいのか? これじゃキリスト教スタイル? いや詳しくないな。あ……折れた。あぁ……これじゃただの墓石だ。なあリィナ! この世界の墓ってこんな感じで大丈夫?」


「んー……なんだかとても……斬新ですね。ですが仕方はありません。本来、神碑石しんひせきという石を使って光が降り注いでいるシンボルの三角を作るのですが、とても申し訳ないことに上流階級の方以外の方まではできてません。なのでみなさんは石やなにかを目印にして生前その方が愛した物をお供えする場合がほとんどですよ」


「へぇ。愛した物……か。じゃあこの赤い布と剣か……」


 これぐらいしかできないか。


 一旦剣はニャーに渡してみるとして、この赤い布はニャーが見るたびに何かを感じているように見えた。


 ただのボロボロの赤い布切れだ。


 他人から見ればただのゴミか何かにしか見えないだろう。


 だがニャーの目がその赤い布がとても大切なものであるということを物語っていた。


 憶測だがもしかしたらニャーが村のみんなを失って一人で戦い続けていた理由なのかもしれない。


 だからあいつは赤い長靴や赤い帽子、赤いマントなんて派手なものを身に着けているのだろうか。


「俺より勇者してるよニャー……」


 墓を建て終わってニャーに膝枕をしていたリィナがそっとニャーを横に置きこちらへとくる。


 十字に似ても似つかない墓石の前でゆっくりとひざまずき両手を合わせ静かに目をつぶった。


「ルクサーラ神の光に導かれ良き生を授かることを……」


 真上から照らされた陽光が神々しくとても神秘的な光景であった。


 日の光が増していきリィナの周囲がとても輝いて見える。


 そんな祈りの中で後ろよりとぼとぼと歩いてくる小さい影。


「にゃ……にゃあ……これはなんにゃ?」


「ニャーさん……すみません。私が……提案してソラさんがみなさんのお墓を作りました」


「そうかにゃ……ありがとうにゃ」


 ニャーがお墓の近くによって赤い布切れを触った。


「この赤いマントは……これはキータが騎士の証だって言ってたものにゃ。キータも立派に戦ってくれたにゃ。ニャーにとっては大切なものにゃ。おいてくれてありがとうにゃ」


「キータさんはニャーさんの……」


「友達だにゃ。ニャーはメドレ騎士団って小さい子供たちの輪に入れてもらってたにゃ。みんな立派に死んだんだと思うのにゃ」


「……すみません」


「リィニャが謝ることじゃにゃいにゃ」


「ですが、ですが……」


 ニャーはリィナが泣いていることをあまり理解できないでいる様子だったためリィナのことを少し話す。


「リィナは、ここから南に行ったところにあるアメリア領を治める領主の娘なんだ。だから……この件はリィナにとって思うところがあるんだ」


「そうだったのかにゃ! お貴族様の娘様なのにゃ。お嬢様にゃ!」


「……爵位や位なんて人の命の前では意味のないものです。私は、とても悔しいです……すみません」


「いんや。助けてもらったにゃ。リィニャが自分を責める必要なんてないにゃ。だってこんなにも泣いてくれてるのにゃ。リィニャはやっぱりやさしいにゃぁ。それにね。リィニャのおかげでキータの夢の一つかなったのにゃ」


「夢……ですか?」



「騎士となってスパスパ!っと聖女様を守ることだったのにゃ。おかげで叶えることができたにゃ」


 リィナは大粒の涙をこぼしながらその場で祈りを捧げ続ける。


「それでさ。ニャー」


「なんにゃ?」


 俺はニャーの前にそっとドトールの剣を差し出した。


「師匠のかにゃ」


 ゆっくりとニャーは剣を見てから手に取る。


「ああ……ドトールさんの剣だ。体は全部消えたのにそれだけが残った。どうする?」


「どうするもにゃぁ。ニャーのこの剣は師匠からもらったものにゃ。これは師匠のにゃ」


 ニャーはドトールの剣を握ってゆっくりと眺める。


 そして墓の前でそれをまっすぐに突き立てた。


「ニャーにアスラって騎士の家名をつけてくれたこと誇りに思うにゃ。師匠……ニャーはがんばるにゃ。見ててにゃ!」


 ニャーはその場で腰に下がった剣を抜いて正中線に沿うようにゆっくりと空へと掲げるのだった。


「立派な騎士になるにゃ」


 それからリィナの祈りも終わり、みんなでただただぼーっとお墓を眺めていた。


 日光も気持ちよくてずっとそこにいられるような感じがする。


 しばらく経ってからぐぅ~っとお腹の虫が鳴りだしたニャー。


「腹減ったにゃ」


「そ、そうですね! 昨日は何も食べてませんし……お昼はだいぶ過ぎちゃいましたけどご飯にしましょう!」


「にゃあ! ごちそうになってもいいのかにゃ?」


「はい! いいですよね? ソラさん!」


「ああ、一緒にたべよう。さてと食材食材っと」


「ありがとにゃ!」


 俺はニャアマートの中に置いてある荷物から手持ちの食材をあらかた用意してみた。


 ふと周囲を見ると馬車の改造された一角に台所らしきところがあるのが見える。


 なんだか胸が高鳴るのを感じ俺は恐る恐るそこへと踏み入った。


 するとそこにはいろいろな小瓶がおいてあったのだ。


 これはと思い俺は一旦戻ってリィナと談笑しているニャーに聞いてみた。


「ニャーって料理とかするの?!」


「いんにゃ。ニャーは料理なんてできないのにゃ。この家はキータのお父さんが行商人をやっていて使っていた馬車を改造した物なのにゃ」


「なんだか料理に使えそうな小瓶があったんだけどさ。使っていい?!」


「いいにゃ。でも何につかうにゃ?」


「まあ……できてからのお楽しみかな。あと食材も使えるやつあったら使っていいか?」


「いいにゃ。料理をしてもらえるなんて久しぶりだにゃ」


 そして俺は秒でニャアマートへともだった。


 胸が高鳴る。


 やばい。


 こんなにも胸が高鳴っていたのは、ここにあったのが種類豊富な調味料だったからだ。


 この黒い液体はなんだろうか。


 しっかりと密閉されている小瓶の蓋を捻り開けて匂いを嗅ぐ。


 とても芳醇なうまみのありそうな匂いがした。


「もしかして……」


 スプーンですくって味見をする。


 とても懐かしい味だ。


 だがその味には程遠い。


「醤油……だ」


 その原因は原料が大豆とかじゃなく魚なのだ。


 つまりこれは魚醤だ。


 感動した。


 今まで出されたものと言うと塩の効いたものとあとは食材のうまみのあるもので味は単調だった。


 リィナの家で出されたものや、その前のリィナが行きつけていた飲食店では濃いめのよくわからないソースが駆けられてたりしたが味付けはギウのミルクだったり酒や果実、塩といったようなもので整えられているような感じだった。


 まさか魚醤が味わえるとは思いもよらなかった。


 これなら自分で作れなくはないのだがよさそうな魚がよくわからない。


 小瓶に煮て塩漬けにした魚を詰めてドロドロになるまで発酵させてこしたりすればいいからそれさえわかれば作れるだろう。


 それに街中で魚料理を見ていない。


 川魚は怖いし海の魚なんて海すら見てないのだから用意するのは難しいのだろうか。


 そして横にあるこの乾燥した草の粉っぽいのが入った小瓶。


 なにやらスパイスっぽい匂いのする実が入った小瓶。


 その隣にはニャーがきっと食べようと思っていた謎の魚。


 そして床に積まれているツンとしたにおいのある植物。


 玉ねぎのような感じだけれどニャーは食べられないかもしれない。


 俺とリィナの分で作ってみよう。


「よし!!」


 まずは謎の魚を三枚におろしたりツンとする植物を刻んで焚火の前へと一通りの食材を持ってきた。


 リィナとニャーが物珍しそうにこちらを見ている。


 だが俺はお構いなしに料理を続けた。


 クロカに油を少し塗ってあぶる。


 お皿にいったん分ける。


 少し熱したフライパンの上に油をしいて刻んだツンとする植物をトロトロになるまで炒める。


 焚火の火加減は相変わらず難しいがなんとかちょい焦がす程度の良く火が通った。


 まあ食材の状態とフライパンの油がはねる音を意識すれば火加減の調整など簡単なのだけれど。


 トロトロになったツンとする植物はこんがりとキツネ色。


 それを引き上げそこにおろした魚をインする。


 ジュ―っと焼きあがるおろされたお魚さん。


 キツネがお稲荷さんになれるくらいの健康的な色に仕上がるのを見てからトロトロの植物をインしてリィナからもらった命の水、ヴィーレを投入する。


 まだヴィーレを飲んでないので飲む分を残すべく少々。


 とても飲みたい。


 味はわからないが匂いは素晴らしいため良い苦みとコクが生まれるだろう。


 そして十分にアルコールが飛んだところを見計らって魚醤を入れる。


 香ばしい匂いが立ち上がり焦げない程度に火を入れた。


 仕上げにパラパラっと乾燥した香味のある植物を彩り完成。


 そして別途に用意した魚を同じ工程で焼いてトロトロの植物を抜きにしてニャーの分も出来上がり。


「めちゃくちゃいい匂いがするにゃ」


「私もお腹鳴っちゃいました……」


「よし。できたぞ!」


「待ってたにゃ! にゃ! にゃ! ソラ! 食べていいかにゃ?!」


「まあ、落ち着け今盛り付けるから」


 ニャーとリィナの器に盛り付けいざ実食。


「クロカに乗っけて食うとうまいぞ?」


 二人とも恐る恐るフォークでお魚を切ってクロカに乗っけて食べる。


「ん~!」

「にゃ~!!」


 リィナとニャーは万遍の笑みを浮かべるのだった。


「美味しい……美味しいですよ! ソラさん! 私、今まで食べた中ですごい美味しいですよ?!」


「ソラはただの変態じゃなかったにゃ。料理の神様にゃ」


 さすがにここまで反応してくれるとは思わなかった。


「変態は余計だ! ニャーの持ってる調味料を試したんだ。美味しかったならよかったぜ」


 そして一口。


 久々に堪能するこの味わい。


 クロカのたんぱくな味わいに酸味が程よく乗っかり食欲を掻き立て塩味が舌を唸らせバターのような油分がそれらを味の主役へと昇華させる。


 極めつけにはヴィーレの苦みがより良いアクセントとなりすべてが偶然調和してしまっていた。


 初手でこの味を出せると思わなかった。


 外で焚火を起こしながら食事をしてることも相まってうまさが倍増しているのもあるだろう。


「んー! 葉っぱ一枚でいることにずっと物申そうかと思ってましたが……こんなに美味しいものが出てくるなんて!」


「お、許してくれた?」


「だめです! 許しません!」


「そんなぁ……」


「思ったのですがその姿……私に見せて私が恥ずかしがっているのを見るの楽しんでたりしてませんか?!」


「な、なんて変態的思考。リィナって……」


「ん!!! 違いますよ!!」


「痛い痛い杖でつつかないで!」


 つんつんつんと脇腹に何度も錫杖のとがった部分でつついてくる。


「変態はどっちですか! せっかく選んだ洋服が塵も残ってなかったのすごい悲しかったんですよ?!」


「いやほんと一瞬で消し飛んだよな」


「んんんんん!!!」


「いや痛い痛い! ってごめんて!」


「二人は仲がいいにゃ。男女でいるってことは番いかにゃ?」


「つ……つがい?! だ、誰が変態さんと! ソラさんと……」


 リィナは両手を顔にあててぼーっとしてしまった。


「にゃ……にゃあ? ちがうのかにゃ? リィニャ? ねえリィニャ? どうしたのにゃ?!」


「リィナはすごい乙女だからなぁ。どうして未成年にR18とか制限かける必要があるのかをさ。なんかリィナ見てるとすごい納得いくんだよ」


「あーるじゅうはちってなんにゃ?」


「文化的な創作物には大人以外見ちゃいけませんよって制限があるんだよ。刺激が強いからってさ」


「にゃ~。リィニャっていくつなんだにゃ?」


「18だ」


「18なら大丈夫じゃないのかにゃ? それにしても若いにゃあ」


「あー確かに大丈夫そうだ。って若いってニャーは何歳なんだ?」


「ニャーはだいたい35歳くらいだにゃ」


 はっと我に返るリィナ。


「え! ニャーさんってそんなに歳を?!」


「見た目に反して結構歳とってるんだな。まさかニャーがニャーさんだとは思わなかったよ」


「でも元の年齢は4歳か5歳くらいだったと思うにゃ。年上を敬うにゃ」


「あーはいはい。すごいすごい。なるほど……え、元?!」


「そうにゃ。ニャーはここじゃないところからきたのにゃ」


 それから詳しく聞くとニャーが召喚されたのかもしれないことを知った。


 二番目の勇者であることも。


 俺が勇者してると感じた直感はきっと正しかったのだ。


 そして召喚される前の時のニャーのことも話してくれた。


 ニャーの人生がとても過酷すぎる。


 人生か猫生かはわからないがこんなに悲惨なことはあるのだろうか。


 リィナはもう目に手を当ててボロボロだし。


「ニャーはさ」


「なんにゃソラ」


「これからどうするの?」


「う~ん。とくにないのにゃ。今のおいらに残っているものはないにゃ。何かやることを見つけるか……どうするかを決めようと思うにゃ。立派な騎士にならないといけないしにゃ」


「よかったらさ俺たちとくる?」


「……いいのかにゃ?」


「あんな死闘やったんだし、もう仲間みたいなもんじゃん」


「私は大歓迎です!! ニャーさん一緒に桃源郷の果実を探す旅に出ましょう!」


「とうげんきょうのかじつにゃ?」


 それからはニャーにリィナの身に起こったことや身の上話をした。


 領内が大変であったこと。


 ヒナという妹を石化病という不治の病から救うため聖女になったこと。


 そして特効薬と思われる桃源郷の果実を探すこと。


 それらを話してニャーもニャーでボロボロと涙を流している。


「リィニャけなげだにゃ。若いのに大変だったんだにゃぁ」


「ニャーさん程じゃないと思いますけど……」


「決めたにゃ! にゃーも桃源郷の果実を探す旅に同行するのにゃ!!」


「おう! よろしくな」


「ふっふっふ。年長者であるニャーがいないと大変にゃ。おいらに任せるにゃ」


「ニャーさん頼りにしてますよ!」


 こうして俺とリィナ、ロイ・アスラ・ニャステンブルクもといニャーとの旅が始まるのだった。


 冒険者として最初に受けた依頼。


 まさか大変な依頼に化けるとは思いもよらなかったが大変だった分だけ大切な仲間ができたのだと思うと苦労の甲斐はあったのだろう。



 第三章 ニャー編 完。

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