第43話 エンドルプス
ニャーの置かれてる状況を聞いて、そのまま飛び出してきてしまった。
リィナとドトールは俯いたままにすっと静かに立ち上がったせいなのか気づかれなかったのは少し悲しい気もする。
じゃあこれからその魔物倒そうか。
なんて言えるような状況じゃなかった。
エンドルプスがどういう魔物かも話していたがとても強くてやばい奴だってことだけはわかったのだが。
ドトールは大丈夫とは言っていたが少し嫌な感じがする。
とりあえずルプスがどんな魔物なのかを見るのとニャーもついでに心配だし様子見がてら助けに行くことにした。
ニャーを心配してないわけじゃない。
ニャーのあの速さと気迫と目つき。
あのスイッチの入りようは並大抵の覚悟でできるものではないはずだ。
そんな気迫に触発されたのもある。
冷静に考えれば俺はレベル3の勇者だ。
レベルが一体何なのかわからない上に龍脈の秘跡でみたあのステータス画面のようなものに書いてあった俺のステータスはとても低いように見えた。
考えれば今こうしてリィナを置いて出ることも万が一エンドルプスとエンカウントしてしまいそうな状況になることは愚策だ。
「まあ関係ないか」
どんな敵であれ葉っぱ一枚のゴミ装備でどうにかしてきてしまっている。
怖気づくのは今更というもの。
レベル3が弱いという確証もないがとりあえず今日までいろんな奴と戦ってきて生き残ってる。
それに死なない奴だって殺し続ければいつか死ぬでしょきっと。
そんな安直なことを考えて暗がりの森の中を気配と音のする方向へとひたすら進んでいく。
やはりずっと肌がピリピリするような嫌な感覚が続いている。
グリフォンの時はよくわからなかったけれどダンテと戦った時の気迫と似たものを感じる。
だが今回はその時以上どころか想像を絶するほどのものだというのはわかる。
体が押しつぶされるような気迫と気配。
「ニャーを追ってきたは良いものの。その気配は何故か段々遠ざかってしまう。さて……どうしたもんか」
仕方がないので遠ざかってはいるもののとりあえずその気迫の正体へと走ることにした。
すると見えたのは二足歩行の細い狼だった。
目は闇を吸っているかのような黒目をしている。
姿形事態は召喚された当日に倒しまくった人狼とはまた別の生き物のように感じる。
比較すればルプスは賢そうではあるものの人に近いような感じではない。
アーグレンの城塞で戦っていた奴らは少なくとも魔物というより人よりの魔物のような感じだった。
知恵があり、言葉があり、暮らしがある。
文明的なところがあったのを感じさせるほどに。
だがどうだろうか。
目の前の奴は普通に二足歩行する狼となんら変わらないように思える。
「こいつがルプスか?」
俺が現れるのを予想だにしていなかったのか呆然とこちらを見るルプス。
日本だったら……。
「あ、どうも……」
「どうも、こんにちわ……」
なんて言い合っていたかもしれない。
そして敵だと認識したのか唸りはじめ吠えようとした。
けれど相手をしている暇はない。
始まる前に終わらせる。
通り過ぎざまに一閃。
落ちる首の音だけがぼとりと遅れて暗闇の中に溶けた。
次第に溢れ出てくる血がびちゃびちゃと飛び散る音を聞き届け次へと進む。
しかし、この異変を察知したのか次々と現れたルプス達。
襲いかかってくるも奴らの鋭い爪は俺には届かない。
縦斬り。
横薙ぎ。
斬り上げから斬り降ろし。
名も無い普通の剣さばきで圧倒できる。
背後から迫るルプスを無駄な跳躍で一回転しそいつの背めがけ一閃。
その刹那。
横より飛んできたルプスの爪。
仲間をおとりに使っている。
しかしこの動作が隙だと思ったら大間違いだ。
すれすれにかわして通り過ぎる爪をじっくりと見つめてから胴体めがけ斬り上げた。
「結構、ギザギザした爪なんだな」
真っ二つになったルプスはダバーっと血をまき散らしながら倒れた。
「ああぁ……」
一瞬で服は血まみれになってしまう。
左手で刀に付いてしまった血を拭い取り気配のする方向へと向かうとひときわ大きいルプス達が現れた。
「いち、にい、さん、よん……そこそこいるな。なんかルプスがちょっと育ったやつか?」
毛並みは真っ黒。
目も真っ黒。
けれど腕がさっきの奴らより太くて大きい。
爪もなんだか長い気がする。
こちらの存在を察知した途端唸り声を出した。
そして一匹が遠吠えをすると同時に別の場所でもいろんな遠吠えが聞こえた。
その中にひときわすさまじい遠吠えをしているやつがいるのがわかった。
「あれか」
現れないと聞いていたが噂のエンドルプスのご登場のようだ。
そんな中で俺は少し迷ってしまった。
これはきっとニャーの戦いなんだ。
もしも俺たちがニャーたちを保護して救援を呼んで助けたとする。
きっとあいつは自身の無力さに気を病むんじゃないだろうか。
なにもできなかったことを悔いて終わるんじゃないだろうか。
「俺が助けたところで……いや助けられるのか?」
勝てるかすらわからない敵を前に考えてしまう。
今の俺が太刀打ちできるのだろうか。
けれど最後には一点の結論に行き着いた。
それを考えるのは今更か。
どう攻めるのか。
どう防ぐか。
どんな攻撃をしてくるのだろうか。
どの程度手が出せないのか。
想像するだけで右手が震える。
戦闘への好奇心が心を熱くする。
そして次第に刀も熱くなる。
「酒があったら最高なのに」
そんなこんなを考えながら眼前のちょっと育ったルプス達は静かに草をも揺らさずにじり寄ってきていた。
するとにらみ合っている状況にしびれを切らしたのか一匹が大きな腕を低い位置から構えながら近づいてくる。
それを見てから俺も駆けていた。
大きな腕が下段より振り上げられる。
しかし空を斬る音のみ。
もろに空いた顔面に突きを一閃。
加えて足に向かって釘をさすかのように突きを入れた。
きっとニャーはこんな攻撃をしているだろう。
足を刀で突き刺されて悶える大きなルプス。
たまらず吠えて片方の腕で突き刺さった刀を振り払おうとした。
望み通りにと刀を抜き横薙ぎを往復して二閃。
受け止める術もなく体が切れていき首が落ちる。
「この状態で1匹……残り3匹かぁ」
とてつもない気配と遠吠えがまた聞こえる。
そしてニャーの声にならない声が聞こえた。
急がないといけない。
しかし目の前の奴らが邪魔だ。
lv3というよくわからない数字が頭の中をかき乱す。
もし攻撃を喰らったらどうなるか。
もしやられたら。
もし一発の攻撃が致命傷だったら。
もし、もし、もし────
「あれを試してみるか」
もしとかどうでもいい。
いつ死ぬかなんて普通に生きていても同じだ。
日本は平和だった。
不慮の事故か病気でもない限り死なない。
そんなこと皆思いながら生きているのかもしれない。
だがそれは平和で毎日が変わらない風景に惑わされただけの鈍った感覚に過ぎないのだろう。
人は死ぬ。
それがいつであれ今であれ。
どうしたってなにをやっていたって同じだ。
どう転ぼうがどう策を練ろうが最善を尽くすしか人生の最良な選択肢はないのだから俺は思うままに刀を握るだけだ。
熱くなった刀が程よく流れて行きそうであるのを感じる。
「紫電華撃」
グリフォンを倒した時は上から花弁が落ちる様を想像しながら勢いをのせて斬った。
今度は花弁が舞い上がるのを意識する。
地面を蹴り一歩目で飛んだ。
体を捻り爪を潜り抜け一閃。
着地後に二歩目を踏みだす。
二匹目のルプスを横目に一閃。
最後はくるりと身を翻し迫ってきていた奴の爪を避け喉元へと突きで終わる。
こいつらは速さこそ多少あって力もルプスよりあるように見えただけで戦いが話にならないのは同じだった。
目の前で喉を突き刺され藻掻くおっきなルプス。
そのルプスの先に見えるはあの時城塞で戦ったムルと同じかそれ以上の体躯を誇るルプスがすぐそこにいた。
腕を大きく振りかぶって何かをしようとしている。
なにかまずい感じがする。
咄嗟にまだ息のある大きいルプスを奴に向かって刀を振り上げそのままルプスだけを投げつけた。
綺麗に奴へとおっきいルプスが飛んでいく。
しかし後ろに目でもついているのか投げつけた大きなルプスを奴は血管がバキバキに浮き出た腕でいともたやすく粉砕したのだ。
文字通り斬ったり引き裂いたのではない。
ちぎったでもない。
粉砕したのだ。
血の花火とはこのことか。
盛大に飛び散った血は周囲を鮮やかな黒色で彩り月の光を反射させる。
ギラギラと輝く情景の中でやつはこちらをゆっくりと見た。
真っ赤に染まった両目から赤い光がこぼれ出ている。
とんでもない鬼のような形相だった。
「迫力レべち」
そして奴が大きく息を吸う。
直後、雷鳴にも似た咆哮が夜空を震わせた。




