第40話 災厄の魔物
「にゃ……にゃにゃにゃ!?」
抱きかかえた瞬間にわかる緊張感、動揺しているのがわかる。
だがこの胸の高鳴りは止められない。
それから俺はニャーの胸に顔を押し当てて吸引した。
「にょぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
「そ、ソラさん?!」
「や、やめるにゃ変態!」
繰り出される猫パンチ。
だがどれも俺にとっては致命傷とはならない。
俺の鋼の肉体は今日この時のためにあったのだと存分に猫を堪能する。
少しの理性が残っているところで、とりあえずリィナに言い残さないとという一心で俺は話す。
「リィナ……」
「な、なんですか?」
「やめられない」
「やめてください!!」
「ほれほれ、こことかいいんじゃにゃいかぁ?」
「お、おおん。にゃ、にゃんでニャーの弱点を?!」
「ほれほれゴロゴロ言ってみなさいなぁ。ごーろごろ」
「んにゃああ。こいつニャーの扱いを知ってるニャ」
「ちょ! ソラさん! ニャーさんが嫌がって……ない?」
「手つきがやらしいにゃ。にゃあん。やめるにゃ。いややめてほしいにゃ。やめるにゃ! やめるにゃ?! あれ?! どっちの意味にゃ?!」
「もうソラさん!!」
そしてせっかく堪能しているところへリィナに錫杖でドつかれてしまうのだった。
「きょ……強烈な。一撃……」
今度は脇に気を付けた方がいいようだ。
「た、助かったにゃ。あと少しで昇天するところだったにゃ。も、もっとやっても……いやもういやだにゃ。自分を失うにゃ」
「ソラさん。ニャーさんが嫌がってますよ! 一人でそんな羨ましいことしないでください!!」
「にゃ?!」
そのセリフを聞いてリィナを見るニャーの目は少し震えていた。
するとドトールは高らかに笑った。
「っはっはっはっは! とても面白い方ですねぇ」
「うちのパーティメンバーがすみません……」
「いえ、にぎやかしいのは久しぶりでございます」
「そう言っていただけると……あはは」
苦笑いするリィナにドトールは深々と頭を下げた。
「アメリア様でございましたか? わざわざこんな辺境の地までお越しいただき誠に感謝申し上げます」
「あ、頭を上げてください! 今は一冒険者です。私も今は他の冒険者と同じ立場です」
「さようでございますか。ですが……私は落ちた身でございますが、やはり貴族様に無礼は働けません。ですのでどうかご容赦を」
「そうですか。とても立派な騎士様なのですね?」
「そんな……立派なものではございません」
何故かドトールはどこか悲し気にこたえた。
「騎士など……私はしがないただの旅人です」
「旅人さんなのですか?」
「はい。村が襲われていた中で私はニャーを安全な場所に避難させることしかできませんでした。ここも安全とはいえませんが……」
「そうでしたか……」
「ルプスも未だ村の近辺に巣くっております。加えて生ける地獄を体現したかのようなルプスの親玉もまだ近くに……」
「親玉というとハイルプスでしょうか?」
「いえ……」
その返事を聞きリィナの顔は一瞬で緊張の色に染まる。
「まさか?!」
「はい、そのまさかです。ハイルプスごときであれば私が……もしくは今のニャーでもなんとかできたでしょう」
脇の痛みもひいてきたので俺も質問を投げかける。
「ルプスの上にハイルプスがいてその上ってなんだ?」
するとドトールは驚いたように俺を見て答えた。
「ソラ殿はエンドルプスをご存じではないのですか?」
「すみません。ソラさんは……訳あって常識に疎いのです」
「そうでございましたか。ならば知らねばならないでしょう」
ドトールはそんな俺の疑問に答えてくれた。
エンドルプスはハイルプスより上位の存在であり地を抉り、竜を食い殺し、一夜で町を滅ぼすのだとか。
そんな天変地異のような魔物であるとのこと。
「なんだかやばそうなやつだな」
生態系ブレイカーのとんでもない魔物だってことはわかった。
そして動揺した面持ちでリィナ。
「はい。これは少し考える必要がありそうですね」
「そうですな。見たところアメリア様は銀級でおつきの変態殿は銅級の冒険者……本来であればここに立ち入れるような腕ではございません」
今変態って言わなかったか。
「そうですね。緊急にギルドへ知らせる必要がありそうですね」
「エンドルプスと相対することはすなわち死を意味しております」
「こんなに危険な依頼になってたなんて……」
「申し訳ございません。知らせに行こうにも私達では身動きも取れず……」
「いえ、仕方がありませんよ」
「本来であれば真銅級以上が何名かと真銀級の方あでもないと難しいでしょう」
「そうですね。もしくは王国に要請して高位の聖騎士様を……これは早急に戻って応援要請をする必要がありますね」
「戦わなくていいのか?」
「……ソラさん。お話は聞いてましたか?」
「聞いてたけど」
「エンドルプスはアーグレンで天災と言われているような魔物でもあるんです。グリフォンが可愛く思えるレベルなのですよ?」
「あのグリフォンが可愛いレベル……」
「はい! 光壁が守ってる都市はまだ良いかもしれませんがそれ以外の地域は……なので今は退いて応援を呼ぶべきです」
「ん~」
「ドトールさんとニャーさんも今のうちに避難しましょう。私達が先導します」
するとドトールは髭をちょんちょんちょんとニャーみたく触りながら言った。
「アメリア様……大変申し訳ございませんが私たちはここに残ります」
そんな凶悪な魔物がいるのに、この人たちは逃げようともしない。
何か理由でもあるのか。
「え?!……それでは死んでしまいますよ?!」
「リィニャはやさしいにゃ。でも、おいらはここに残らなくちゃいけない理由があるのにゃ」
「ニャーさん……その理由って────」
それからニャーは何かを察知したかのように腰に下げたレイピアを抜いて外へと勢いよく出て行ってしまった。
「ニャーさん?!」
しばらくして狼の遠吠えが聞こえた。
「これは?!」
リィナは錫杖を構えて警戒する。
「あぁ……いつものやつです」
「いつもの?」
「はい。集落も襲われてから日は経ちますが……ルプス達が残飯を求めてやってくるのです」
「残飯……ですか?」
「そうですね。残飯という呼び方は適切ではございませんが……奴らは襲った獲物の残った死肉と彷徨う魂を食すのです」
「そんな……」
「この村の住人は死にました。しかし奴らはその死肉と魂を狙っているのです。まるで死者を冒涜するかのように……」
「それじゃニャーさんは」
「はい。護るべく立ち向かっています。そして退けております。紙一重ですが……」
「ドトールさん行きましょう!! こうしている間もニャーさんが!!」
「大丈夫……大丈夫です」
リィナを制するようにドトール。
「でも!」
「少し……お話を続けましょう。今までエンドルプスが姿を現したのは2回だけ」
「2回も……」
「はい。遠吠えの感じからして今回は下っ端集団でしょう。だから大丈夫です」
ドトールは改まって呼吸を整えてから話し始める。
「これも何かのご縁です。これまで誰も助けになど来ませんでした。最期くらい……誰かに聞いてほしいのですよ」
ドトールはニャーの持ってきたお茶を手に取りゆっくりとそれを見ながら続けるのだった。




