第39話 長靴をはいたネコ
現れたのは小学1年生か2年生を思わせるような背丈の細い体つきの猫だった。
クリっとした黄色い目とピンっと立ったお耳。
お腹から口にかけて白く背から頭にかけては黒と灰色がまざったような毛色。
猫についてはあまり詳しくないいわゆるブチネコというやつだろうか。
こちらでみたビースティアとは全く違う感じがする。
そして三本の髭をちょんちょんと触っている仕草はとてもかわいい。
身なりは赤いブーツをはいており腰には立派なレイピアがホルスターと一緒に吊り下げられている。
それから特徴的なふさふさの羽毛のついたつばの広い赤い帽子を手にしている。
まさにあの有名な物語に出てくるような長靴をはいたネコがそこにいた。
「おや、おやおやおや?! お客様かにゃ?」
しかもしゃべった。
加えて語尾にニャをつけている。
その光景に驚きただただ呆然と目の前の猫を見てしまうが隣にいたリィナも同じように驚いていた。
そんなリィナにそっと聞いてみる。
「あ、あれもビースティア?」
小声でリィナに聞くと静かに首を横に振りながら答える。
「いえわかりません。初めて見ました。ピクシーにしては大きいですし、ビースティアの方にしてはとてもケモケモしいといいますか……わかりません」
しばらく猫と見つめ合うリィナと俺。
すると目の前の猫はちょんちょんちょんっと照れるように髭を触る。
「そんなに見つめられると照れるにゃ。そんなにおいらは物珍しいかにゃ?」
猫の問に対しリィナ。
「は、はい。あの……いえ、いったん深呼吸。私達は調査依頼で来ました冒険者です」
「にゃあ?! 本当かにゃ?! 冒険者が来てくれたにゃ!! 師匠!!」
すると猫はまん丸の目をおもいっきり開いてニャアマートの奥へとトコトコと駆けて行った。
しかし先ほどの猫が奥より呼びに行ったと思われるそれがこちらへと来ようとしている気配に人のそれとは違うものを感じるのだった。
それと同時にリィナも錫杖をすでに構えていた。
不気味な正体が今か今かと出てくるのを刀に手をかけて待っていると奥より出てきたのは立派な紳士のような人が現れたのだ。
カールした髭が特徴的でまるで俺が想像するような貴族に近い身なりをしているのだった。
それから長靴をはいた猫と同様にレイピアを腰に下げて歩いて来た。
緊張が高まる。
だが紳士は陽気に両手を掲げ歓迎の意を見せるのだった。
「おやおや、どうやら本当のようですね……ようこそ!! メドレの村へ!! 私はドトールと申します。代理で依頼主をしている身です。お待ちしておりましたぞ? 冒険者様方! ささ立ち話もなんですし中へどうぞ」
先ほどまでの緊張感が嘘のように喜作に話すものであるから俺とリィナは互いに顔を見合わせる。
それから意を決して返事をするリィナ。
「は、はい。ありがとう……ございます」
けれどドトールと名乗る紳士は歓迎の意を示しているもののずっとただならない気配を漂わせている。
にもかかわらずドトールの立ち居振る舞いは、こちらに敵意を向けてるようには感じられない不思議な感じであった。
ドトールに誘導され中へ通される。
ニャアマートの看板がある家と馬車が合体したような一見するとボロそうな見た目であったのに対して中はちゃんとしているのだった。
けれど低いテーブルと椅子。
自分達で作ったかのような家具の数々。
今まで見てきたものとは何もかもが違った。
しかしそれを使いこなすように低い椅子にふかぶかと座るドトールは俺たちに言う。
「どうぞお座りください」
「お、おう」
「ありがとうございます」
座るというよりもはや体育座りだ。
そんな変わった状況に呆気にとられつつも、それからは依頼の話をするのだった。
「いやはやもはや来てくださるとは思っておりませんでした」
その出だしから始まり、ドトールと話した内容を要約すると、ここ半年前に村がルプスに襲われたこと、何度か救援依頼をギルドへ出していたが誰も来なかったこと。
なんとか村の自警団や村人達で持ち堪えていたが限界を迎え仕方なく近隣の村へと避難する計画を立てていた矢先にルプスの中でもひときわ大きい化け物が現れ村人の皆は、それにやられてしまい村は全滅してしまったこと。
その悲報を聞きリィナは悲しそうに肩を落とした。
「もはや生き残りは私とあのロイ・アスラ・ニャステンブルクのみです」
猫の名前が予想外すぎる。
「私は愛称をもってニャーと呼んでおります」
ロイとアスラとニャステンブルクどこ行った。
ほどなくして奥よりトボトボと足音をさせながらトレーを持ったロイ・アスラ・ニャステンブルクが登場する。
「粗茶ですにゃ」
「ありがとうございます。申し遅れました。私はリィナ・ルナレ・アメリア。こちらはパーティメンバーの」
「カタナシ ソラだ」
悲しそうな顔をしていたリィナは気持ちを切り替えるようにロイ・アスラ・ニャステンブルクとドトールへと笑顔で挨拶した。
「私もニャーさんと呼んでもいいですか?」
「初対面でかにゃ? 慣れ慣れしいにゃ」
「すみません……お茶いただきますね」
ニャステンブルクは最初から愛称で呼ばれるのはお気に召さなかったようだ。
お茶を一口のんでリィナ。
「あぁ。とても美味しいです! クノ茶ですか?」
その名前を聞くのは初であるが俺も一口飲んでみる。
結構おいしい。
香ばしさとキュっとなる不快にならない程度の渋み。
口当たりと風味はどことなく玄米茶に似ている。
クノという植物の種子かなにかで作るのだろうか。
するとニャーは得意げに言った。
「ふふん。おいしいお茶だにゃ。特別だにゃ?」
そしてニャーに微笑みながらリィナ。
「ありがとうございますニャステンブルクさん。本当に美味しいです!」
「へへーん。お姉さんの笑顔かわいいにゃ。ニャーでいいにゃ」
あからさまに照れてデレる。
なんだただの可愛らしい生物だ。
「ニャーさんありがとございます! 私もリィナと呼んでください」
「リィニャか!」
リィナにニャがついた何とも言えない発音になってしまっている。
その微笑ましいやり取りに俺はたまらず言うのだった。
「ニャーよ」
「なんだにゃ? あんた誰にゃ」
「カタナシソラっていうんだ。ソラニャでいい。でだ。いいか?」
「なんだにゃソラニャ。なにがいいにゃ?」
久しぶりの猫。
魅惑の猫耳女の子のビースティアにやってしまえば一瞬で捕まってしまうだろう。
だがふわふわの毛並みを前に耐えられるほど俺の理性は丈夫ではない。
ゆっくりとニャーを抱きかかえる。
「にゃ……にゃにゃにゃ!?」
抱きかかえた瞬間にわかる緊張感、動揺しているのがわかる。
だがこの胸の高鳴りは止められない。
それから俺は顔をニャーの胸に押し当てて吸引した。
「にょぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
「そ、ソラさん?!」
「や、やめるにゃ変態!」
繰り出される猫パンチ。
だがどれも致命傷とはならない。
俺の鋼の肉体は今日この時のためにあったのだと思い存分に猫を堪能する。
少しの理性が残っているところでとりあえずリィナに言い残さないとという一心で。
「リィナ……」
「な、なんです……か?」
「やめられない」
「やめてください!!」
「ほれほれ、こことかいいんじゃにゃいかぁ?」
「お、おおん。にゃ、にゃんでニャーの弱点を?!」
「ほれほれゴロゴロ言ってみなさいなぁ。ごーろごろ」
「んにゃああ。こいつニャーの扱いを知ってるニャ。手つきがやらしいにゃ。にゃあん。やめるにゃ。いややめてほしいにゃ。やめるにゃ! やめるにゃ?! あれ?! どっちの意味にゃ?!」
「ソラさん!!」
せっかく堪能しているところでリィナに錫杖でドつかれてしまうのだった。
「きょ……強烈な。一撃……」
今度は尻に気を付けた方がいいようだ。
「た、助かったにゃ。あと少しで昇天するところだったにゃ。も、もっとやっても……いやもういやだにゃ。自分を失うにゃ」
「ソラさん。ニャーさんが嫌がってますよ! 一人でそんな羨ましいことしないでください!!」
「にゃ?!」
そのセリフを聞いてリィナを見るニャーの目は少し震えていた。
するとドトールは高らかに笑った。
「っはっはっはっは! とても面白い方ですねぇ」
「うちのパーティメンバーがすみません……」
「いえ、にぎやかしいのは久しぶりでございます。そしてアメリア様でございましたか。わざわざこんな辺境の地までお越しいただき誠に感謝申し上げます」
「いえ……今は一冒険者です。他の冒険者と同じように扱ってください」
「さようでございますか。ですが……私は落ちた身でございますが、やはり貴族様に無礼は働けません。ですのでどうかご容赦を。それに……代理の依頼主と申し上げましたが私はしがないただの旅人なのです。村が襲われている中でニャーを何とか安全な場所に避難させることしかできませんでした。ここも安全とはいえませんが……」
「そうでしたか……」
「ルプスも未だ村の近辺に巣くっております。加えて生ける地獄を体現したかのようなルプスの親玉もまだ近くに……」
「親玉というとハイルプスですか?」
「いえ……」
その返事を聞きリィナの顔は一瞬で緊張の色に染まる。
「まさか?!」
「はい、そのまさかです。ハイルプスごときであれば私が……もしくは今のニャーでなんとかできたでしょう」
けつの痛みもひいてきたので俺の質問を投げかける。
「ルプスの上にハイルプスがいてその上ってなんだ?」
するとドトールは驚いたように俺を見て答えた。
「ソラ殿はエンドルプスをご存じではないのですか?」
「すみません。ソラさんは……訳あって常識に疎いんです」
「常識知らずにも……おほん。そうでございましたか。ならば知らねばならないでしょう。エンドルプスはハイルプスより上位の存在。地を抉り竜を食い殺し周囲の生態系すべてを無に還す。天変地異のような魔物でございます」
「なんだかやばそうなやつだな」
生態系ブレイカーのとんでもない魔物だってことはわかった。
そして緊張から動揺した面持ちでリィナ。
「はい……これは少し考える必要がありそうですね」
「そうですな。見たところアメリア様はシルバーとおつきの変態殿はカッパーの冒険者……本来であればここに立ち入れる腕ではございません。エンドルプスと相対することと。すなわち死を意味しております」
今変態って言わなかったか。
「こんなに危険な依頼になってたなんて……白金以上が何名かと金剛級の方の応援が適切ですね。もしくは王国に要請して聖騎士様を……これは早急に戻って応援要請をする必要がありますね」
「戦わなくていいのか?」
「……ソラさん。お話は聞いてましたか? 今までの敵と比べてはいけない魔物です。エンドルプスはアーグレンで天災と言われているような魔物でもあるんです。グリフォンが可愛く思えるレベルなのですよ? 光壁が守ってる都市はまだ良いかもしれませんがそれ以外の地域は……全滅してしまう程です。なので今は退いて応援を呼ぶべきです」
「お、おう」
「ドトールさんとニャーさんも今のうちに避難しましょう。私達が先導します」
するとドトールは髭をちょんちょんちょんとニャーみたく触りながら言った。
「アメリア様……大変申し訳ございませんが私たちはここに残ります」
「え?!……それでは死んでしまいますよ?!」
「リィニャはやさしいにゃ。でも、おいらはここに残らなくちゃいけない理由があるのにゃ」
「ニャーさん……その理由って────」
それからニャーは何かを察知したかのように剣を取って外へと勢いよく出て行ってしまった。
「ニャーさん?!」
しばらくして狼の遠吠えが反響した。
「これは?!」
リィナは錫杖を構えて警戒する。
「あぁ……いつものやつです」
「いつもの?」
「はい。集落も襲われてから日は経ちますが……ルプス達が残飯を求めてやってくるのです」
「残飯……ですか?」
「そうですね。残飯という呼び方は適切ではございませんが……奴らは襲った獲物の残った死肉と彷徨う魂を食すのです」
「そんな……」
「この村の住人は死にました。しかし奴らはその死肉と魂を狙っているのです。まるで死者を冒涜するかのように……ですが敵が何であれニャーは立ち向かうでしょう。そして退けております。紙一重で、ですが……」
「ということはこうしている間もニャーさんが!!」
「大丈夫……大丈夫です」
リィナを制するようにドトール。
「でも!」
「少し……お話を続けましょう。今までエンドルプスが姿を現したのは2回だけ。遠吠えの感じからして今回は下っ端集団でしょう。これも何かのご縁です。これまで誰も助けになど来ませんでした。最期くらい……誰かに聞いてほしいのです」
ドトールはニャーの持ってきたお茶を手に取りゆっくりとそれを見ながら続けるのだった。




