第31話 ちゃんと記憶をなくす宴会
透明なグラスにそっと注がれる液体はまるで夜空に浮かび上がる星のように煌びやか。
皆のグラスに注がれたのを確認してレジナードが挨拶を済ませる。
その時に俺の紹介をしていたようだが内心それどころではない。
早く飲みたい。
一通りの内容を聞き流しいよいよ乾杯の時がきた。
「今日という幸運な日。葉っぱの英雄様の勇猛果敢な行動に乾杯!」
今葉っぱの英雄って……。
そんなことはどうでもいい。
まずはヴァティス酒の匂いを楽しむ。
深く深呼吸。
グラスの淵より徐々に近づけていく。
柑橘系のそれとも違う。
ねっとりとした甘みのある匂いだ。
けれどそこになにかすっきりとした深みのある匂い。
ちゃんとアルコールの度数も高そうな感じもする。
至高とも言えるその匂いが鼻から魂へと突き抜ける。
それから俺は軽く口をつけた。
まず最初に感じたのはワインだ。
けれど違う。
それと似た風味であるがそれはほんの一部。
口当たりよし。
匂い良し。
重めなところもいい。
アルコールが脳内で多幸感のファンファーレを鳴らし魂をゆらす。
ここまで生きてきた甲斐があったというものだ。
総評して例えるなら甘い白ワインにグレープフルーツのようなさわやかさと淡い苦みがあるお酒という感じだった。
このヴァティス酒はアメリア産のヴァティスと呼ばれる実を発酵させて熟成したものらしい。
この味は熟成のさせ方次第できりっとした酸味のあるものにもなり食事に合わせていろいろなヴァティス酒が作られているのだとか。
素晴らしいの一言に尽きる。
だされた食事もこれまた美味しかった。
トロリと甘辛なソースに浸されているお肉。
それにチーズらしいもの。
(パン)クロカもふわふわ。
昼間に食べたものと似たものであるが、おいしさはその比ではないように感じる。
お酒のおかげだろうか。
穀類とミルクのスープ。
よくわからないサラダ。
どれもおいしい。
けれどアルコールにやられたきた脳は、それらが何であったかを全て洗い流してしまう。
きっと昆虫食ですら受け入れてしまっていただろう。
それから食事を好きにとって雑談を交えながら語り明かす景色を見ながらヴァティス酒の余韻に浸る。
そんな私服な時にも関わらずやはり、この時間は落ち着かなかった。
いろんな人に「どこの出身か」、「どちらで剣を習われたのですか」、「あの不思議な剣はいったいなんなのか」だったりいろいろ聞かれた。
酒の味云々と言ってられたのも最初だけだったのだ。
一通り条長達と話し終えたらレジナードが、その会話の相手になってくれた。
なんだか気を使ってくれたみたいだ。
そして、なんと情けないことに俺の記憶は飛んで翌朝。
何事もなくベッドの上。
ふかふかの心地よさ。
二日酔いがおきない最高の体。
目覚めも最高。
何かやらかしてないかとても怖いが独房じゃなくベッドの上ということは、まあうまくやったのだろう。
そこから着替えをして刀を腰にさげてから外へ出る。
すっかり中庭は片付けられ綺麗に整えられていた。
するとアメリア家の執事であるロンド―ルと目があった。
「おや、ソラ様。おはようございます」
「お、おはようございます」
レジナードよりなんだか気品あふれる感じのある人のため敬語になってしまう。
「これからどちらに?」
「少し、これの修業です」
そう言って刀をチラッと見せる。
「そうでしたか。ソラ様の武勇は旦那様方が熱く語られておりましたからな」
「語られていた?」
「はい。なにせ葉っぱ一枚で戦場を駆け巡ったと聞きましたぞ?」
「あはは……」
苦笑いが漏れる。
ピンっと伸びるお鬚をちょんちょんちょんと整えながらロンドール。
「一見すると変態。しかし心は勇者の様。私もその光景を見とうございました」
「あの……けなしてます?」
「いえ滅相もございません! 武勇を誇る者は今まで見てきておりますが……その身を守る武具は常識では厚いものです。尊敬の念を込めさせていただきました」
「あ、そう。それじゃ行ってくる」
「いってらっしゃいませ。朝食時にまたお呼び致します」
「ありがとう!」
敬語は一瞬ででなくなった。
昨日もそうだったが半ば馬鹿にしてるのかわからない。
本気で褒めてるのかけなしているのかわからないのが質悪い。
レジナードのやつ葉っぱの英雄ってずっと言ってたし。
葉っぱ一枚で戦ってたのは事実だけれども。
腑に落ちない。
身から出た錆とはこのことかと思いながら刀に語りかけるように瞑想をしてみる。
けれど戦っていた時のような何かは今は感じない。
いたって静かだ。
あれから倒したダンテやロンダイン、アランは現在留置場にいるらしい。
反乱を企てた兵士や冒険者も一斉に捕まったとのこと。
現在アーグレン王都より王都内北東のカエリル街にある地下大監獄に収容するべく王国軍が近々派遣されるのだとか。
裁判とかやったりしないのだろうか。
その大監獄はグランラスン山脈の火山が地下に伸び溶岩が牢獄のように張り巡らされていて実質最強の監獄と言われているみたいだ。
世界でも有数の監獄らしく各国からの罪人の収容もおこなっているすごい場所とのこと。
とりあえず葉っぱ一枚という罪で捕まることはないだろうきっと。
しばらく瞑想と素振りを繰り返していく。
それからロンドールに呼ばれて朝食を摂りに行く。
今回は居間のような場所に通された。
前日のような客人をもてなすための食堂は時折使われるが、ここは家族だけの時に使う場所で普段はここで食べたり談笑したりしているとのこと。
「ソラさん。おはようございます」
「おはよう」
前から思っていたがいちいち容姿がいい。
金髪に青眼。
小顔。
華奢な体と手足。
なのに巨乳。
欠点ないのかリィナは。
「おはようございます。葉っぱの英雄様!」
「お、おう。おはようヒナ」
昨日も言ったのだが葉っぱの英雄様はやめてほしい。
切実に思う。
その後にレジナードの妻であるレネラが来て挨拶をかわす。
昨日夕飯時に挨拶をしたがリィナはレネラ似だろう。
金髪に青色の目と体格まで似ていた。
それからレジナードが食卓に着いて食事を始める。
こんな時になんと言えばいいかわからない。
とりあえず社交辞令のようなことを言えばいいだろうか。
「このような素晴らしい朝食の場に呼んでいただきありがとうございます」
すると心配するような表情でリィナ。
「ソラさん……まだ本調子じゃないんですか?」
「え?」
いきなりだったのできょとんとしてしまったがなんと失礼な。
「あらあら、ソラ様も緊張なさるのね?」
何故かレネラは微笑んでる。
「ニホンではそのように挨拶なさるのですか?!」
食いつき気味にヒナ。
「ニホンだと食事をとる前にね。この世のすべての食材に感謝を込めて、いただきます!! て言うぞ」
「へぇ! じゃあ私も! この世のすべての食材に感謝を込めていただきます!!」
「いやごめんうそ。いただきますってだけ言う」
「うそ?!」
ヒナはとても驚いた表情でこちらを見つめてきた。
「でも間違いじゃないよ」
そしてまた驚くヒナ。
「どちらなのですか?!」
「あははは! ソラ殿、昨日の晩餐はあまり寛げなかったでしょう?」
「あぁ……いえ、正直申し上げますと……根掘り葉掘り聞かれればそうなります」
「そうですな。今は我が家のようにくつろいでください。私達にできることはきっとこれくらいです」
「とてもありがたいです」
そしてほっとしたようにリィナ。
「私はソラさんなら朝からお酒が飲みたいって言うんじゃないかとヒヤヒヤしてましたよ?」
「いや飲みたいよ?」
「昨日あれほど飲んでたのにですか?!」
「まだまだこんなもんじゃないぜ?」
そう得意げに言ったが呆れたようにリィナはため息をついた。
なにかあっただろうか。
途中記憶がないのは確かだ。
あれからどうしたか。
あれから────
柔らかい感触。
あれ、誰かに肩を貸してもらっている記憶。
金色の長い髪。
良い匂い。
もしや……。
「あ、すいませんでした」
「覚えてるのですね? あのあと……」
「あのあと……何?!」
「知りません!」
「え? ちょっとまって! ご家族の前でございます。ちょっとリィナ?! いやリィナ様?!」
笑うレジナード。
黙々と朝食を食べるリィナ。
「あらぁ……」
意味ありげにこちらを見るレネラ。
ヒナは首を傾げている。
「あの、後でちょっと……こっそり何しでかしたのだけ教えてください」
「安心してください。何もありませんでしたよ」
「ああ、冤罪だったか」
「でも秘密です」
「なんで?! 何かした?!」
「そうだったか。二人とも仲が良いな」
「お父様は少しお黙りください」
リィナの覇気がとても強い。
どうやらその前にも父親と何かあったらしい。
一瞬でシュンっと下がってしまうレジナード。
「……はい」
力なく答えるその様を見るに、この家庭では領主様の肩身が狭いのがわかる。
そんなこんなと談笑を続けて朝食を終える。
それから身支度を整えてからリィナと正門前に集合しギルドへと向かうのだった。




