第26話 ナヴァルタスの亡霊
駆け抜ける風。
剣士と聖女に対するは剣士と魔術師。
まるで雨にでもうたれていたような心は晴天の下に出てきたように晴れやかだ。
そんな心情とは裏腹に戦いの緊は続いている。
けれど今か今かと刀が高鳴っているのが俺にもわかるほどに心が躍っていた。
「ダンテ!! 戦龍がやられていた。あいつはやばい一旦撤退だ!」
「わかっている!! だがここでさがるわけにはいかない! 今が奴を討つ好機でもある。今ならやつに付いているのは聖女ただ一人だけだ。ここで逃せば最悪の敵になる!!」
「ロンダインも敗れララナは逃げた。アランもどうなったかわからない。加えてドレッドは使えるかわからないんだぞ?!」
答えないダンテ。
声だけが聞こえる中で風の音と周囲の騒音が俺たちを包み込んでいる。
ローブの男はなにやら覚悟を決めたように杖を構える音だけが聞こえる。
「ええい……」
光の壁が霧散していく。
直後止まっていた戦いが再び動き始めた。
軽くなった足はより強く地面を蹴る。
今までだと10歩ほどだっただろうか。
それくらいを要していたはずの距離が4歩ほどで届く。
呆気にとられるダンテは技の名を口にする。
「ナイツ・カトラス!」
上から下に流れる大剣の線はとても速い。
刀で受け流すまでもなく上から下に抜けていく線を見送る。
すると電気が走るような音がした。
「ボルツグラディウス」
黒いローブの男から放たれる雷撃。
目にした光と音がずれている。
何より早く獲物を捕らえるべく彼は雷の魔法を撃ったのだとわかる。
魔法は斬れるのだろうか。
自然現象であれば感電して終わりだ。
ふとそんなことを考えていたが考えるより速く結果はわかった。
雷は斬れていた。
その直後に真正面より魔法陣が出現する。
「ハスタグレイス!」
「させません! ルミニ・マルス」
光の壁と相殺される氷の槍。
綺麗に霧散していく氷は一種の芸術のようなものを感じさせられる。
「小癪なああ!!」
「ダンテ! 俺は先にあの小娘を────」
絶対にやらせない。
その言葉を発さなければきっとリィナをどうにかするチャンスはあったのかもしれない。
一歩、二歩。
間合いに入る。
斬れる。
だがさせまいとダンテ。
けれどこの速度には追い付かず黒いローブの男を捉えた。
あと一歩のところで黒いローブの男はとっさに詠唱し電気と炎、岩の壁に守られたのだった。
「セスタ・マルス!!」
刀が魔法で作られた壁にぶち当たる。
手に残るしびれ。
詠唱が不十分なのか準備が足らなかったのか今の衝撃で魔法によって作られた壁はいとも簡単に崩れかかる。
もう一押しと刀を上段で構え思いっきり力をのせた。
この一撃にすべてをのせ屠る勢いで振り下ろした。
すると瞬時に黒いローブの男は手を前にかざすのだった。
「ダンテさがれ! バース・イグニス!!」
「だめ!!」
直後にリィナの声。
目の前に放たれた火球のようなものがはじけとてつもない衝撃が走ったのだ。
どうやら爆発する魔法を放ったようだった。
一瞬で轟音と灼熱の業火、強い光に包まれるのだった。
耳鳴りがする。
俺の周囲には黒い煙が広がっているのが見えた。
目の前にはリィナが張っただろう光の壁がボロボロになっているのが見える。
おかげで俺は無傷で済んだようだ。
「ソ、ソラさん?! 大丈夫ですか!!!」
リィナの声は聞こえるが敵の位置がわからない。
「ああ! だが奴らは────」
直後煙の隙間より繰り出される大剣が見えた。
しまった。
俺の声で敵に位置をばらしてしまったのだ。
咄嗟に刀で受け止め大剣を弾いた。
こればっかりは自身の速さに救われた。
それから何度も打ち合い金属音がただひたすらに響いていく。
次第に煙がはれていき目の前にはボロボロになったダンテがいたのだった。
「っく……これ、でも……ダメか」
「あの衝撃を受けたのか?」
「この一瞬の隙が……お前を殺せる唯一の機会だと思ったが……うまくはいかなかった」
大剣を地面に突き立て膝を落とすダンテ。
「良い手だったさ。まさかあの衝撃を耐えて潜んでるとは思わない」
「俺の剣を受け止めておいて……よく言うな……最期に不意を打つような戦いを……誇りをも捨てたというのに」
誇りをも捨てたという台詞。
こいつは一体何だったのだろうか。
戦士として正面で戦うといった気位なのか。
しかし、ここで考えようともダンテのことはわからない。
俺は、俺の成すべきことを成すのみだと言い聞かせる。
周囲を見ると黒いローブの男はいつのまにかいなくなっていた。
「……ここで終わりにしよう」
切っ先をダンテの前に近づける。
「ああ……」
刀を振り上げいつでも振り下ろせる姿勢でいる。
息も絶え絶えに掠れた声で笑うダンテ。
「ははは……葉っぱ一枚なんてふざけた奴に敗けるとはな」
「服が濡れちまってたからさ。それでこの格好だ。お前強いだろ。幾千、幾万と努力を重ね続けた剣と魔法はとても見事だった。こんなふざけた格好の奴で悪かったな」
「いや……最期が貴様でよかった。思えばあの時、俺は戦場で死んでいたのかもしれないな。まさに亡霊だ……強者に敗れるのも騎士の栄誉か。俺のような裏切者には勿体ない。さあ殺せ」
首を差し出すダンテ。
もうダンテの大剣は両の手から離れて地に突き立てられていた。
刀の柄を優しくゆっくり握り振り上げた。
そして、それをさっと振り下ろすのだった。
「ほんとうに、あくま……みたいな……やつ……だ────」
ダンテは俺を見てゆっくりと呟き気を失った。
舞い上がる土埃。
爆発で巻き上がり強風となった風が周りの音をかき消している。
俺は、この戦いで初めて戦闘を通してとれるコミュニケーションがあるのだと学んだ。
それに自身の狂気は命を狩り取るためのものではないことを見出すことができた。
「悪いが……俺は無暗に殺したりはしないんだ」
ダンテは悪い奴じゃなかった。
私兵の奴らもきっと単純な悪なだけじゃない。
おかしなのはいたがみんながみんな未来を国のことを考えていていい奴だったのかもしれない。
誰もが悩んで迷って出した末の惨状なのだろうか。
こんな反乱を起こさせるほど貴族というのはひどいのであろうか。
駆け寄ってくるリィナ。
リィナの姿を見ると恨まれるほどの貴族というのがよくわからなくなってくる。
リィナは気を失っているダンテを見てやるせない表情でいた。
この出来事はとても運が悪かったとしか言いようがないように思う。
けれどこの一件についてリィナは思うところがあるのだろう。
肩を落としてゆっくりと話すリィナ。
「やり……ましたね」
「ああ、敵だったが気持ちのいい奴だったよ」
「そうですね。もっと良い選択肢があれば……国や民を思う気持ちは皆同じなのに戦わなくてはならないなんて……」
「進む先は同じだとしても手段が違えば争いは生まれるのかもな」
「だとしても……ソラさん。黒いローブの男はどこに?」
「わからない。どこかに潜んでいるのか。逃げたのか……だがそれよりだ。どうするよこの現状……ダンテは倒したが戦いが止まらない」
「戦いは終わったはずなのにどうしたら……」
そこでリィナは何かを思いついたかのように左手に握られた藍色の錫杖を見つめた。
「できるかどうかはわからないのですが……私に良い考えがあります」
「良い考え?」
こちらへきてといわれるがままに高台へと登る。
そして戦場全体が見えたところでリィナ。
「私の肩に手をのせてください」
「こうか?」
何も考えず言う通りにしてしまったが完全に露出狂が聖女に手を出そうとしてる犯罪の光景が出来上がっていることに気づく。
「あ……あの? リィナさん?」
「ん~……はい! やっぱり大きいですね。これならいけそうです」
主語を明確にしていただきたい。
大きいとはなんのことでしょう。
「いけそうって何が?」
「少しお借りしますよ!」
そう言ったとたんにリィナの肩に乗せた手から全身の力を根こそぎ取られるかのような感覚に襲われた。
「うぉぉおおっふ!!」
「だ、大丈夫ですか?!」
「た、多分大丈夫……多分」
「立てなくなったら無理しないでくださいね? いきますよ!」
「お、おう……」
その言い回しはどうか、などと考える暇もなく体の力というより精神的な何かが抜き取られるような強い感覚に襲われる。
そしてリィナは藍色の錫杖を空へとかざした。
すると光の輪のようなものが上空に出現する。
陽光が雲の隙間からさすような神秘的な背景はとても幻想的だった。
そこへ魔法陣のようなものが幾重にも重なって浮かび上がり出現した。
「これなら……命ありし全ての者よ。かの者らは我が宝。子の宝。今こそ我が御心を聖なる光にささげ我らの大切な子らを守り給え。イージス・ウル・ルミニス」
すると先ほどの後光のような魔法陣がゆっくりと舞い降りてくる。
次第に光が強くなり戦場となった広場全体に神々しい黄金のカーテンが顕現したのだった。
まるで天使の羽が舞い落ちるかのような丸い光が雪のように落ちる。
兵士ひとりひとりにその光が降り注ぎ傷はみるみると良くなっていくのが見えた。
だが動かなくなってしまった者はそのままだった。
戦いを止めようとしない兵士は敵を背より切りつけるが光のベールに阻まれる。
あるものは魔法を撃ったが光がそれを飲み込んでしまう。
それからしばらくして金属音一つせず戦場を包んでいた怒号や悲鳴は次第に消えていった。
息を切らしながらリィナ。
「これが上位奇跡……ぶっつけ本番で出来るとは思いませんでした」
そこへ静寂に包まれた中でリィナは宣言する。
「みなさん!! 今!! 争いの首謀者であるダンテ・クラウスを捕らえました! 反乱を企てた者。加担した者は速やかに武器を置き投降してください! もう争いは終わりました。無駄な血は流さないでください! 繰り返します────」
兵士達は一様にこちらを見ている。
中には泣き出す者、悲嘆にくれ肩を落とす者、ひざまずく者がいた。
「ああ!! ルクサーラ神よ!」
「おお、女神よ!!」
「……終わった。終わったんだ」
「ダンテ様が敗けた……」
「聖なる光に感謝を」
「なんだあの神々しい葉っぱは……」
それぞれが武器を置き祈りを捧げるかのような姿勢をとり始める。
俺はその光景を見て安心してしまった。
「これでようやく……おわ────」
世界が暗転する。
リィナの肩に手を置き今の奇跡を起こした時から、とんでもなく俺の精神力を吸われる感覚に襲われてしまっており、とうとう限界に達してしまったようだ。
酒に溺れて寝ることはたくさんあった。
けれどそれと違う感覚のような気がする。
体全身が落ちて行く。
「え?! ソラさん?! ソラさ────」
リィナが俺を呼ぶ声を最後に視界が暗くなっていった。
────静かな灰色の世界。
血で染まった池に足を踏み入れている。
そこにいるのは赤黒い羽織を着た人物だ。
「……俺を見ていたな。ここを見るということはきっと────」
はっきりと聞き取れない。
刀から滴り落ちる赤い水滴が垂れる音が煩わしい。
「────愛する者を奪われた。同時に俺は奪いすぎた。奪って奪って最期には────」
あの溢れるような怒りと悲しみ、憎しみの感情の持ち主は続ける。
「────どうか……どうか君は俺と────を歩まないでほしい」
夢のような感覚の中で彼は俺の手を握った。
「零式の型────を守るために編み出したんだ。俺はできなかった。うまく使ってくれ────」
彼が差し出した手はえらく冷たい。
しかし心の温かさを感じる程に優しい人のような感じもした。
「────次第で────にも魔王にもなるのだと────」
そう言い残し男は去っていく。
「待て、この刀は一体なんだ?! お前たちは────」
言いかけたところで視界は再び暗転する。
次第に暖かな光と心地よい風に包まれていく感覚になった。
そして気が付くと俺はベッドの上だった。
久しぶりのふかふかの柔らかベッドだ。
綺麗なシーツとゆらゆらと揺れるカーテン。
装飾のある燭台に火はついていない。
本棚がいくつかと木彫りのテーブルと椅子。
「そうか……俺はあの時」
記憶がない。
リィナの肩に手をのせてそれからどうなったのか。
するとドアをノックする音が聞こえて入ってくる使用人らしき人物と目があった。
ガチの黒を基調として白いエプロンのメイド服だった。
ガチなのかはわからない。
だが惜しいことに妙齢の女性。
こういうことを考えるものではないのはわかるがとてつもなくリアルって感じがする。
女性はこちらを見て目をカッと開き驚いた表情を見せた。
「お……」
「お?」
「お嬢様ぁぁぁぁああああ!!! ソラ様が! ソラ様がお目覚めになりましたよ!!」
こりゃまた何という慌てっぷりだろうか。
メイドはとても大きな声で叫び慌てふためくのであった。




