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第18話 ひとひらの風

 ゆっくりと過ぎ去る時。


 最悪の状況で久しぶりに対面する父と母はボロボロでとてもやつれていた


 するとお母様がそっとあたたかな声で私にささやくのだった。


「……おかえりなさい。リィナ」


「ただいま……」


 どう言葉をかけていいのかわからない。


 いろんな感情が涙として溢れそうになるのを必死にこらえる。


 まるで底のない沼みたいに落ちて行く感情。


 どうしてこんなにひどいことができるのかと私は理解できずにいた。


 それと同時に彼らへの怒りも沸いて出てくるような気がした。


 でもこれで彼らを憎んでなんになるの。


 彼らも……口々に言っていた。


 憎い貴族どもと……。


 発端は貴族と政治なのだ。


 貴族というくくりである以上他の貴族の方がしでかしたのであるのならその責は問われなければならない。


 もうどうしていいのかわからなくなってしまった。


 そこで力ない声でお父様はつぶやくのだった。


「……すまない」


 外の大騒ぎがより静けさを際立たせる。


 お父様は涙を落としながら言うのだった。


「すまない。私は何もできなかった……貴族に対する怒りが燻ぶっているのは知っていた……私はどうすることもできなかった。すまない。私が不甲斐ないばかりに……お前たちにこんなことを……」


「不甲斐なくなんか……ないです。だって────」


「だが!……私がもっとうまくできていたらよかったんだ。本当に悪いと思っている……お前たちを巻き込んでしまって……」


 悪い……アメリア領の領主でありアーグレン国の貴族である父が負う責だというのなら私にもその責はある。


「ううん……大丈夫。私だってアメリア家の娘ですもの。お父様やお母様。おじい様やおばあ様が今まで領民のことを思ってやってきたのは知っています」


 涙を流しながら母は言う。


「見ないうちに大きくなったね」


 父も声を殺しながら泣いていた。


「明日、なんとしてでもお前たちだけでも……」


「お父様……」


「リィナ……貴族なんてただの飾りだ。爵位や気位、そんなもの私達が生きる上で権威を示し国の指針を決め民に従ってもらうために必要でやらざる負えなかった慣習に過ぎない。お前たちの命、領民の命には代えがたいものだ。もし……生き残ることができたのなら────」


 そこでお父様は突然言葉を遮るも力を抜いて言った。


「いや……自由に生きてほしい」


 それっきりお父様はうつむいたまま目を合わせてはくれなかった。


 貴族として、領主として負ってきた責を私に負わせたくなかったのか、どういう意図でそんなことを言ったのか私には理解できなかった。


 けれど手紙でのやり取りがあったとはいえ久しぶりに再会した父と母は私の目には以前にも増してとても立派に見えた。


 それから朝を迎えた。


 もう朝なのかどうかもよくわからない。


 日が昇ってしばらくした頃、私たちは広場に連れて行かれる。


 私達の心の暗さとは裏腹に空は透き通り晴れていた。


 広場の中央に設置されているのは断頭台が見えた。


 ここの地下に眠っていたものらしい。


 これからあれに首をいれるのだろうか。


「すまない……」


 となりでそう呟く父はとてもやつれていた。


 でも私は言う。


 これは心からの声だ 


「後悔はありません。私はお父様とお母様の娘であれたことを誇りに……幸せに思っています」


 教会の鐘が鳴る。


 町はずれにあるおばあ様が新設した教会だ。


 午前11時。


 断頭前のナヴァルタスの亡霊、ダンテの演説がはじまった。


 内容は、貴族への恨みと政治構造の腐敗、汚職の蔓延。


 そして兵士達を鼓舞するものだった。


 そんな演説も終わり大歓声の中で雷のような音が聞こえた。


 けれどその音はかき消され誰も気にするものはいなかった。


 死刑執行人が叫ぶ。


「レジナードの首をかけろ!!!」

 

「お父様!!」


 連れてかれる際にお父様は私に言った。


「リィナ、お前は、おばあ様の血を引いてる。偉大な聖母様になる。どんなことがあっても決して人生をあきらめないでほしい!!」


 引きずられながら私に最期の言葉を残す父。


 いやだ。


 こんな最期はいやだ。


 だれか……どうか。


 私の家族をお父様をお助けください。


 涙が止まらない。


 小さいころの思い出が溢れてくる。


 領民の子が嵐の中戻らないと陳情があった。


 捜索のため兵を出すのも難しかった日。


 だが父は言った。


 護衛は私を守るのが務めだ。


 ならば私が行けばお前たちも探さざる負えない! なんて屁理屈を言いながら捜索するべく兵を連れて行った。


 けれど連れた護衛をも置き去りに子供を探しに嵐の中へ出てしまい。


 両者共に見つからないという最悪の事態に発展する。


 それから嵐が止んだ頃にびちょびちょに濡れながら子供を連れて帰ってきたお父様はおばあ様に、こっぴどく叱られていた。


 領主や貴族は領民を守るために思索することを教えてくれた。


 みんなで囲んだ食事、それは暖かいものであると教えてくれた。


 貴族としての礼儀を教えてくれた。


 私に人の上に立つということを教えてくれた。


 下民という言葉はあるが私達と領民は変わらない人であり、みんなには一人一人の幸せがあり、苦労もあるが人生があることを教えてくれた。


 人は苦しみながらも幸せになる人生がある。


 私たちはみんなの幸せを守る立場にあると。


 父の背中はとても大きい。


 母の愛情は深かった。


 何一つ不自由なく。


 愛を教えてくれた。


「執行!!! 最期に言い残すことはあるか?」


 その言葉と同時に父は言った。


「皆……すまなかった。私達が至らぬばかりに。私も皆の境遇には考えることがあった。だから……一人一人の痛みもわかる。最後に領主や貴族ではなく。ただの領民の……子を持つ親として! 頼みを聞いてほしい。身勝手では、あるが私の首一つで私の家族は許してもらえないだろうか。家族に罪はない!! いままで君たちをないがしろにしてきてそれはないだろうと思うかもしれないが奪うのは私の命だけにしてほしい。家族は……見逃してくれ」


 静まり返る広場。


 気が付くと奥の白壁より外から悲しむ声が聞こえてきた。


「私は幸せ者だ!!!!」


「刑執行!!」


 涙が止まらなかった。


 手に縛られる縄が痛い。


 何度お父様の元へと行きたいと思ったか。


 妹を救うため、大切な人達を守るために私はこれまで辛い修業を積み重ねてきたのではないかと何度も自問した。


 奇跡ってこういう時のためにあるはずじゃないのか。


 かつてルクサーラ神は神々の戦いが起こっていた時代に、すべての者の平和を実現するため人々の祈りを込めて、すべてを守る盾をつくりだした。


 そしてすべての者の平和のために癒す力を行使した。


 神はずっと私たちを見ていると聖典にある。


 今起きていることはすべて神々が与えたもうた試練であるというのか。


 だとしたらこんな試練はあんまりだよ。


 こんなに必死で皆を考えていた父がこんな最期を迎えるのは見ていられない。


 娘として見なくちゃいけない。


 私たちを育ててくれた立派な父の最期の姿を。


 でも涙でかすむ視界がそれを許してくれない。


「神様……どうか! どうか叶うなら。誰も争わないで生きられる道をお導きください……どうか。私の父を……」


 涙が地面いっぱいに落ちた時。


 ひとひらの風が吹いた。

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