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第16話 思い出と現実

 日は沈み王都とは違う懐かしい空気と匂いを感じる。


 せっかく故郷へと帰ってきたのに私の心はちっとも落ち着かない。


 もうここへは長く帰ってなかったのに。


 何もかもが大きく見えていた世界が今は小さく見えることに少しさびしさを感じる。


「何があったというの……?」


 考えていたところで何もはじまらないのはわかっているつもりだけど落ち着かない。


 とりあえず焦る気持ちを深呼吸で落ち着かせてみる。


 そして気晴らしに懐かしい故郷の風に耳を澄ませてみた。


 お店の雰囲気は変わらず小さいころのままだった。


 メリラおばさんの優しい感じやグリィおじさんの濃い味付けの料理も。


 ゆっくりと目を閉じてあの頃のことを思い出した。


────幼い日の私。


 あれはよく晴れた日、太陽が昇りきる前くらいの時間の出来事。


 私は、あまりやんちゃなことをするような子供じゃなかったとは思う。


 でも町の子供たちなら今の時間帯は外で遊んでいたり家の手伝いをしたりしている。


 私だけずっと閉じこもったまま。


 外に出るというと妹と付き添いの護衛と一緒に出掛ける程度だったので外の世界には憧れを抱いていた。


 私もいつか日の下でいろんな景色を見ていろいろな世界を冒険してみたいなんて考えていたっけ。


 それから私は専属の教師から教わるお勉強が嫌で、始まる前にこっそりとお屋敷を抜け出してしまったのだった。


 白壁も張られていない小さな抜け穴から町へと遊びに行く。


 とてもドキドキして、わくわくしたのを今でも覚えている。


 でも私の冒険は早くも終わってしまうのだった


 お昼前に抜け出したということもありお腹が空いていた。


 ちょうど家から町へと続く道を進み続ると、ほのかに良い匂いのする方へとゆっくり進んで扉を開け中へ入っていったのがメリラおばさんやグリィおじさんとの出会いの始まり。


「いらっしゃ……あらあらお嬢ちゃん。パパとママはどうしたのかな?……って、リィナ様?! どうしてこんなところに?! あんた! ちょっとあんた!」


 当時のメリラおばさん。


 このころから大きかった。


 奥の厨房よりしかめっ面の中肉中背の男の人が顔を出す。


 カールした髭が特徴的で寡黙そうな目つきをしている。


「なんだなんだ? 食い逃げか?」


「違うよ。リィナ様が一人でいらしているんだよ」


「リィナ様?……っけ、なんだ。貴族の娘か」


 そんな態度をとる彼を他所に私は習った丁寧なあいさつをするのだった。


「ごきげんよう。はじめましてリィナ・ルナレ・アルメリアです」


「あらあらごきげんよう。これはご丁寧にどうもね。私はメリラだよ。メリラおばさんって呼んでちょうだい」


「メリラおばさん!」


「それであっちにいるのが……」


「俺は戻る!」


「はぁ、グリィおじさんって呼んであげて」


「グリィおじさんだね?」


「そうそう。でリィナ様は、どうして一人でここに来たのかな?」


「リィナね。お勉強が嫌で抜け出してきちゃったの」


「あらあら……でもねパパとママが心配しちゃうから早く帰らないとだめだよ」


「いやだ。帰ったら怒られちゃうもん」


 いやだ。なんて駄々をこねておばさんを困らせてしまうったところでお腹の音が鳴ってしまう。


 それからメリラおばさんはにこっと笑ってから「うちで何かたべる?」って言ってくれたのだった。


「いいの?!」


「もちろんさ」


 そしてメリラおばさんはグリィおじさんのところへ行き何か言い合っているのが聞こえてくる。


 しばらくして良い匂いのするお料理をグリィおじさんが運んできてくれるのだった。


「ほらよ」


 席に着くと同時にぶっきらぼうに料理を出してくれる。


 そんな彼の態度に私はどうして怒っているのかわからずに聞くのだった。


「グリィおじさんは何で怒っているの?」


「怒っ……」


 そう言かけ深いため息をつきながら続ける。


「俺はな……お貴族様が大っ嫌いだからな」


「なんで貴族が嫌いなの? 貴族って領やお国を守るためにいろいろなことをするんだよってお父様が言ってたよ」


「あぁ、いろいろやってるんだろうよ。だがな……誇りだかなんだか知らないがクソみてえなプライドを持って、てめえのいいように好き勝手しやがる貴族が嫌いでな。気に入らねえったらありゃしねえ。話は終わりだ。これ食ってとっとと帰れ」


 その態度にメリラおばさん。


「あんた! リィナ様になんてこと言うの?!」


 私はたまらず少し怒りながら言ってしまうのだった。


「……お父様は民が迷わず生きられるように私達が導いていくんだよって教えてくれたよ? みんなのことを思って頑張っているよ!」


 けどそれを聞いてグリィおじさんはどこか寂しそうな表情を浮かべてから厨房の奥へ行ってしまうのだった。


 そこへメリラおばさんは優しく私に教えてくれた。


「ごめんね。リィナ様のパパ……レジナード様は領主様さ」


「なら────」


 私がそう言いかけたところでメリラおばさんは続ける。


「でもリィナ様は知らなくていいことなんだろうけどね……グリィおじさんは昔、北のノードランド領に住んでいてね。そこの領主様は……とてもひどいお方だったの……」


「ひどい貴族だったの?」


「こんなこと言っちゃだめなんだよ? でもね……グリィおじさんは大切な家族と離ればなれにさせられちゃったの」


「そんな……グリィおじさんが可哀そうだよ。悪い人もいるんだね……」


 後に知った。


 奴隷の子であったグリィ。


 耐えられない程の労働を与えた貴族が親を殺したのだと。


 グリィおじさんはとても泣いたのだと。


 捨てる物もなくただ、ただ絶望に暮れて魔物に襲われても良いと山奥を幼い足でボロボロになるまで歩いてここまできたのだと。


「世の中にはね。いろんな人がいるんだよ?」


「そう……なんだね……」


「でもね。そのお話とリィナ様は関係のないことよ。あまり気を落とさないでね?」


「……私ね。お勉強が嫌で逃げてきちゃったんだけど……私が偉くなったらね。ここをみんなが幸せに暮らしていける町にするね!」


「あらあら優しい子だね。リィナ様が偉くなる日を待っているよ?」


「うん! みんなが悲しむ顔は見たくないもん。ヒナもいるし安心してみてね!」


 それからお食事を済ませてしばらくした頃にお店の前にお父様と護衛の人たちが到着した。


 そして私はこっぴどくお父様に叱られてお料理代を払ってもらったのは苦い思い出として残っている。


 そんな出来事もあって町へと足を運ぶ時に当時、アメリア領の兵長だった現騎士団長のレイヴェインと一緒に何度か食べに行ったのはいい思い出。



────「みんなが幸せに暮らしていける町にする……かぁ」


 お父様もおじい様も優しいから今がある。


 みんなが住みよい町をって言ってここもずいぶんと発展した歴史がある。


 王都から税金をあげられても他の領の貴族から嫌がらせを受けても頑張ってきて今がある。


 嫌な予感がする。


 それが的外れな予感であることを願わずにはいられない。


 物思いにふけりながらじっと外を眺めていると戸を叩く音が聞こえる。


「リィナ様。いるかい?」


 メリラおばさんだ。


「はーい!」


 扉を開けて出迎える。


「やっぱり……大きくなったねぇ」


「長い修業でしたから……」


「リィナ様がラウナ様のような聖母様になるんだって言って修行に出たものね」


「まだ、おばあ様の足元にも及ばないと思いますけど……」


「そんなことないさ。ラウナ様もきっと鼻が高いって言ってるよ」


「はい……それでさっきのお話を聞きたいのですがソラさんを呼んできますね」


「ソラってあの騎士様かい?」


「騎士……じゃなくて雇った方なんですけどね」


「雇った人だったのかい?」


「王都の襲撃が激しくて……私の知ってる方も全員亡くなってしまって……」


「そうだったのかい……苦労したんだね」


 そう言って優しく抱きしめてくれた。


 涙が出そうになるのを我慢する。


「でも、ここまで彼が連れてきてくれたんです。ちょっといろいろ難のある方ですがとても頼れる方ですよ」


「……難?」


 つい言ってしまったが間違ってはいないと思う。


「あはは……呼んできますね」


 ソラさんの部屋へと行き何度かノックしても返事はなかった。


 扉はあいており中を見ても誰もいない。


「どこへいっちゃったのでしょう……」


 夕方頃に自分の部屋で荷物整理をすると言って行ったっきりだったのを思い出す。


 素行はともかく勝手にどこかへ行くような人じゃないのは確かだ。


 外の空気を吸いに出かけるにしてはメリラおばさんが尋ねることを知っていながら帰ってこないのも不自然だ。


 けれど今はソラさんの所在を知るすべはない。


 一旦メリラおばさんを待たせるのも悪いため戻って話を聞くことにする。


「戻りました……ソラさんがいませんでしたがどこかでみかけたりませんでしたか?」


「そう……私は見てないよ」


「そうですか。でも大丈夫です。ソラさんのことですからどこかで飲んだくれているのかもしれないですからね。私との約束を放っておいて……帰ったらお仕置きですね」


「そのソラさん……との付き合いは長いのかい?」


「パーティを共にしたのは数日ですが王都の教会で何度かお会いしてます。命を救ってくださったのですよ?」


「そうなのかい?! そりゃ感謝しなきゃね」


「はい! でもいつもお酒お酒って言っているような方なんです……」


「そりゃ難がある方だねぇ」


「そうなんですよ。言っても聞かないですし……それは置いておきましょう。それで、お話を聞かせてください」


「そうね。ちょっと心して聞いてね。ここ2か月の話なんだけど……」


 そしてメリラおばさんは事の状況について教えてくれた。


 西側で敗走したナヴァルタスの亡霊と呼ばれる騎士とその私兵がここアメリア領に反乱の拠点を立て始めたこと。


 屋敷は占拠されお父様やお母さま、ヒナはとりあえず無事であるが捕まってしまっているということ。


 そしてヒナの容態が悪化した話は知らないこと。


 町の者は皆、仕事以外に不自然に外に出ようとすればそこで殺すと脅されていることやほかの町や他国との交易は監視されていること。


 みんなが納めた税金は武器を買うことに費やされてしまっていること。


 騎士長のレイヴェインは敗れて屋敷の地下牢へと幽閉されてしまっていることをメリラおばさんの口から説明された。


「そんな……」


「こんな状況で……リィナ様が帰ってきたとあれば……本当は今すぐ逃げてほしかった。でも……でもね。あたしらには何もできなかった。ごめんね……ごめんね」


 涙を流すメリラおばさん。


「私なら大丈夫。お話して下さりありがとうございます!」


 それから外へ出てメリラおばさんが帰るのを見届けたところで不穏な気配に気づいてしまう。


 先ほどから周囲に4人、いや6人ほどいる。


 怖い。


 私一人でそんな人数を相手にすることなんてできない。


 手を胸に当てながら一呼吸おいて覚悟を決めることにした。


「いるのはわかってます」


 すると剣を持った軽装の男がでてくるのだった。


 身なりは冒険者のようで兵士のようにがっちりとした装備はしていない。


 屋根上には矢の先が私に向けられているのが見える。


 レンジャーだ。


 完全に包囲されてしまっている。


 前へ出てきた軽装の冒険者は不敵な笑みを浮かべながら私に問うのだった。


「リィナ・ルナレ・アメリアだな?」


「そうですが何か?」


「お高くとまったお貴族様には大変申し訳ございませんが私達と一緒に来てもらいましょう」


「ずいぶんと……丁寧な言い回しですがどちらに?」


「あなた様のお屋敷でございますよ? お嬢様」


 念のため聖天の杖は握っているけど勇気が出ない。


「わかりました。一つ聞いてもよろしいですか?」


「物分かりのいいお嬢様……僧侶様か? いや聖女様とでも呼ぶべきか? でなんだ?」


「細い剣を腰に下げた騎士をみかけませんでしたか?」


「細い剣の騎士?……ああ。あいつか」


「やっぱり……あの人はどちらに?」


「あいつなら死んだよ」


「……え? そんな……だって!」


「質問には答えたぞ? おい! お前らこいつを拘束しろ」


 周囲に潜んでいた人達が出てきて手首を縄で縛りつける。


 それと兵士がいるのが見えた。


「そんなはず……ないです。一人であのグリフォンを倒せる人なんですよ? あなた方に負けるはずがありません!!」


「は? あれが一人でグリフォンをか? なんだそのバカみたいな話は?! それほど強そうには見えなかったがあっけなかったもんだぜ? 今じゃ死体すら残ってないだろうさ。あぁおっかねぇ」


「そんな……」


「ほらつれてけおまえら。今夜はダンテ様が集会を開く日だからな。急ぐぞ!!」


 彼らの私への扱いは荒かった。


 時には引きずられ、強く引っ張られながら連れて行かれる。


 ソラさんが死んだというのは信じられない。


 信じたくもない。


 だけど私にとって彼は唯一の希望だったのかもしれない。


 こんな状況でももしかしたらなんて思った。


 でも……もうどうしよもないのだと私は再びどうなるのかわからないこの先に覚悟を決めた。

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