第100話 狐の面
再び視界が歪み白い光に包まれ何もない世界に入ると横でリィナが口元に手を当ててた。
「うぅ気持ち悪いです……」
「ああ、こういうのダメか。大丈夫?」
リィナの背中をゆっくりさする。
「うぅ、ありがとうございます」
「このぐにゃっとした感じ気持ち悪いよなぁ」
「リィニャ大丈夫かにゃ?」
「はい。すみません……大丈夫です。話を進めましょう」
「あ、うん。わかった……とりあえず、みんな来れるという事はこれで皆のステータスが見れたりすると思うんだ」
「前にソラさんが言っていた力の数値ですよね?」
「ああ、あまり参考にはならなさそうだけどとりあえずリィナとザンカもリンクって言ってみて」
瞬間、俺の目の前に青い光の線が現れる。
説明している最中でも反応すんのこれ。
それから息を整えてリィナ。
「リンク!」
続いてザンカも唱える。
「わかった。リンク!」
しばらくの沈黙からリィナとザンカには反応を示さないことがわかった。
勇者とそうでないものの見分けってどこでつけてるんだろ。
「リンクにゃ」
ニャーの前に青い線が現れタブレット状に姿を変える。
まあどうしよもない疑問より一旦は有益な事実を確認しよう。
さっきもチラッと見たけど俺の画面には相も変わらず表示されているものが少ない。
ステータスの文字とその他文字化けしている選択肢に加えて画面の見出しである勇者リンクのみ。
対してニャーの画面には従者召喚、ささやき、魔物百巻、天性昇華の儀式の文字。
ここまでは前と同じだ。
けど違ったのはこの先だ。
パーティメンバーと龍脈転移の文言があった。
これだ。
これでルロダンのギルドへ飛べる。
でも俺の画面にはないから俺はだめなのかな。
あああ、もうわけわからない。
それからリィナが俺の画面とニャーの画面を物珍しそうに見ている。
「なんだかすごい綺麗ですね」
「ん?……ああ、そうだよね。なんだかネオンライトみたいな感じがする」
「ネオンライト?」
「あ。ああ、元居た世界の明かりみたいな奴」
「こんな明かりがあるのですね」
「うん、それでさ。やっぱりニャーと俺で表示されているものが違いすぎるんだ」
「そうだにゃぁ……」
「そうですね。書かれている欄がニャーさんの方が多いです。なんででしょうか?」
「んんん……俺とニャーの違いになにか秘密があるのかな」
「にゃぁ……ニャーとソラの違いにゃ?」
「お酒が好きかそうでないかでしょうか」
俺とニャーは目を合わせて少しの沈黙が場を包んだ。
「え、なんで? そんなに断酒してほしい?」
「あ、いえ。そういう訳ではないんです。美酒は神の目を曇らせるって言葉があるのですよ」
「へぇ。美酒は神の目を曇らせるかぁ……」
「はい。ですのでルクサーラ神様に仕える身としてはお酒を飲むことってあまりよくないことなのです」
「ああ、そういえば初めて会った時はお酒が飲めないって感じだったよね」
「ふふ、そんなこともありましたね」
「あれ? でも周りにいた客の中にはリィナと同じ格好をした人もいて飲んでるみたいだったけど?」
「そうですね。厳密に禁止はされてません」
「そうなんだ。禁忌って感じじゃないんだね」
「聖堂のお供えにも用いられますからね。ただ……お酒を飲む時は神様の目を逃れるため。悪事を働く時だったりしますので良い印象はありませんね」
「なんだか不思議な感じだ。そうか……もしかしたら飲酒のせいかもしれないのかぁ……えぇ……」
「ふふ、すごい嫌そうな顔してますよ? これを機にお酒をやめてみてはどうですか?」
「お酒やめたらシンジャウよ……」
「ほんとお酒が大好きなんですね?」
「俺のアイデンティティみたいなものだ。それにレジナードさんからもらったお酒をちびちび飲んで欲求を満たしてるというのに……」
「もう……あまり飲みすぎないでくださいよ?」
「はい。善処します」
そう言えば魔に疎まれし者って天性があったけど魔法が使えないのってそこにあったりして……
というか大量のアルコールを検出ってあった後にこの天性がついたような……
あんま考えないようにしよう。
因果応報臭がぷんぷんする。
「ソラさん?!」
「え?」
「にゃ?!」
「ソラ。顔どうした?」
その瞬間だった。
視界の半分に黒いもやがかかり熱くなった。
「ソラさん!!」
「ソラにゃ!」
「わからない。なんか熱い。みんな一旦離れて!!」
そう言い終わる前にリィナ以外は俺から距離をとっている。
「リィニャ! こっちにゃ!」
遅れていたリィナをニャーが引っ張ってくれた。
判断が早くて助かる。
そして強い衝撃が顔に走り勢いのまま俺は後ろに飛ばされた。
「はぁ、ようやくじゃ。我はようやく自由を手にしたのじゃ」
この声は聞き覚えがある。
いや実際には聞いているんじゃない。
頭の中に響いていた声だ。
「どなたですか?!」
「誰にゃ?!」
禍々しい黒い霧の中でうごめいている何かがいる。
まずい。
城の中というのもあってニャーは剣を持ってないしリィナも錫杖を持ってない。
かく言う俺も刀を持ってないけど……ここで呼び出せるだろうか。
ふとザンカを見ると目を輝かせている。
わくわくしている場合かよ。
まさかここで無理くり渡された仮面が牙をむこうとしているなんて思いもよらなかった。
それから雷鳴を伴って声の主が姿を見せた。
鋭い牙。
きつね色の体毛に浮かぶ黒い紋様。
そしてチョンとした耳。
モコモコの体毛で覆われた胴体。
九つのふさふさの尻尾。
全長はひざ丈ほどの大きさの九尾の狐が現れた。
しばらくの沈黙。
「なんじゃ? 我の姿に恐れをなして言葉もでぬか?」
ザンカは珍しいものを見ているような目で成り行きを観察しはじめニャーは構えを解いていた。
油断するの早すぎるだろ。
まったく未知の存在に対して恐れを……いや殺気とか危ない感じもないし大丈夫か?
きわめつけにリィナの一言。
「か、かわいい……」
うん、わかる。
とてもわかるよ。
あのモコモコ、しゅっとした糸目の狐顔。
あのふわふわの尻尾は触ってみたいという衝動に駆られる。
「ほう、小娘よ。見る目があるではないか? くるしゅうないちこうよれ」
「はい?」
俺とリィナは目を合わせた。
「なんか……近くに来て良いってさ」
「そ、そうなのですか? 私は何を言っているのかわからなくて」
「え?」
「ふむ……我としたことが失念しておった。オーシデニア人というのは言葉が面倒じゃからの?」
オーシデニア?
すると狐は深呼吸して前足でちょんっと喉を触る。
「どうじゃ? これで伝わるかの?」
「は、はい! わかります」
「久方ぶりではあるがうまいものじゃろ?」
「えっと……うまいか聞かれても……」
「ノリが悪い仮の主様じゃ。こういう時に目上の者をおだてておくというのも大事なことじゃぞ?」
主様って言ってる時点で俺の方が目上なのではないのだろうか。
「あ……はい。すごい……です」
「まったく雑に褒められて嬉しがる奴がおるか? まあよい。さて……自己紹介じゃ。我が名はウカノミタマじゃ。小娘よ」
「はい!」
「名をなんと申す?」
「リィナ・ルナレ・アメリアです」
「ほう、リィナ。リィナと申すか! 良い名じゃ。ちこうよれリィナよ」
「は、はい」
邪のような気配であることに変わりないが殺気めいたものを感じない。
大丈夫なのだろうか。
一応身構えているとウカノミタマ。
「なんじゃ? リィナが心配か? 我が仮の主様よ」
「な?!」
「わかりやすいのう。そう驚くでない。別にリィナを取って食いはせん。安心せい」
「あ、ああ」
そう言われたはいいもののこいつの言っていることを完全に信じられる理由がない。
あの謎のシルクハットのドクロ野郎に渡された仮面から出てきたんだ。
出どころ事態がわけわからないし俺を仮の主と呼ぶのはいったいなんなんだ?
けど……ソネイラルとの戦いの時はこれに助けられたのは確かだけれど。
しかし、その心配を他所にリィナはおもむろに狐をひょいっと持ち上げた。
「大胆じゃのう」
「あ、すみません。嫌でしたか?」
「悪くはないぞ? ほれ」
そういうと首元を差し出す狐。
戦いにおいて首を差し出すという行為は服従や敗北を表すようなものだ。
その行為になにか意味が……。
なんて考えても仕方がないと言わんばかりにリィナは狐の首を指先で撫でるのだった。
「おぉ、良いのぉ。外の者と触れ合うのは良いものじゃ。リィナよ。なかなか良い手つきをしておるぞ」
「そ、そうですか? うかのみゅ……タマさんもとても良い毛並みで気持ちがいいです」
しばらくリィナが狐をかわいがる時間が続いた。
「そうか? はぁ、良いのぉ。リィナは生娘じゃ。生娘に触られるというのはなんとも心地よい。邪がないのぉ」
「生娘……ですか?」
「そうじゃ。男と交わったことのない娘というのは清く美しいものじゃな」
「な?!」
その言葉を聞いた途端にリィナは狐を落としてしまう。
「おっと、いきなり落とすとは無礼なやつじゃ。しかし我はリィナを気に入ったぞ? むさくるしい男は嫌じゃ」
「むさくるしくて悪かったな」
「なんじゃ嫉妬かの?」
「わけわからない妖狐に嫉妬するか!」
「ほっほっほ。そうか。して……我が仮の主よ」
「なんだ?」
「困っておるようじゃのう?」
「困ってる?」
「そこの粗暴な猫と同じ恩恵を龍脈より得られぬという話じゃ」
「粗暴にゃ?!」
「なんじゃ? 小さき獣よ」
小さき獣って……あまり大きさなんて変わらないような。
そう思った瞬間、俺になぜかあの狐の視線が飛ぶ。
え、怖い。
考えていることでもわかるのか?
「なんでニャーが粗暴なのにゃ!」
「猫というものは元来、野蛮な力を奮うだけの野獣じゃ。男以上に好かぬわ。加えて語尾ににゃなどつけおってあさましい」
「ニャー?!?!」
「まあまあ。猫と狐の間に何が合ったかはわからないけどさ……これどうにかなるの?」
「無論じゃ。そのために我がおるのじゃからな」




