第79話 出発前日
俺たちは艦のブリーフィングルームに集まっている。立体投影に、三隻のシルエットが浮かぶ。中央でルミナが淡々と告げる。
「――現在の艦隊戦術パターンを提示します」
横からリーナの軽快な声がかぶさる。
『ほら見て! 《ホーク》が敵をおびき寄せるでしょ? で、その隙にストレイがドカーン! ね、カッコいいでしょ!』
『その後は《ロック》が前面に展開し、味方の損害を最小限に抑えます』
冷静なエイダが言葉を重ねる。
子供たちがわいわい盛り上がった。
「かっこいい!」
「おおー! 完全勝利じゃん!」
「俺、《ホーク》で敵を釣る役やる! 絶対楽しい!」
「ストレイの一撃、動画にしたら絶対バズる……」
ユイもきゅっと拳を握って声を上げる。
「勝てる! ドカーン! ……でも」
小さく黙り込み、胸に手を当てた。
「……敵、まっすぐ来ない。うねうね、ぐちゃぐちゃ。気持ち悪い」
ルミナが淡々と応じる。
「統計上、敵が非定石行動を取る確率は――」
「ちがう」ユイは首を振った。
「数字じゃない。……感じるの。まっすぐ来ないって。混ぜっこ、してくる」
リーナがぱっと笑った。
『直感だね! いいじゃない、ユイの勘は当たること多いもんね!』
エイダが静かに頷く。
『非合理な行動はAIが最も苦手とする領域。参考にすべき意見です』
子供たちは一斉に「おおー!」と盛り上がった。
「やっぱユイすげー!」
「勘で戦術! かっけぇ!」
俺とエリスは顔を見合わせ、同時にため息をつく。
「……AIの理屈と、ユイの勘。両方取り入れろってことか」
「シンヤさんがまとめるしかないですね」
そのときルミナが淡々と付け加えた。
「――現状の布陣には明確な欠点があります」
リーナもにやりと笑う。
『そうそう、後ろから戦術全体を支えてくれる“参謀役の艦”がいないのよね~』
エイダが最後に静かにまとめた。
『情報・分析・支援運用を専門とする艦があれば、作戦成功率は37%向上します』
子供たちが一斉にこちらを見る。
「なあ兄貴! やっぱもう一隻必要だよ!」
「情報艦あったら無敵じゃん!」
俺は額を押さえた。
「……プレッシャーかけるな。金は天から降ってこねぇんだぞ」
エリスが小さく吹き出す。
「でも、本気で考えなきゃいけないかもですね」
ブリーフィング後、俺たちは出発準備を開始した。格納庫では、すでに大騒ぎが始まっている。トキオが端末を抱え、額に汗を浮かべて叫んでいた。
「ちょっと! 誰だよ、この箱を“食料リスト”に突っ込んだやつ! これ全部弾薬だから!」
「えっ!? 似てるじゃん、箱!」と子供の一人が弁解する。
「似てても違う! マーキング見ろ、マーキング!」
「字読めない!」
「勉強しろ!」
頭を抱えるトキオの周りでは、数機の補助ドローンが忙しなく飛び回り、次々と荷物を積み込んでいく。本来なら自動化でスムーズにいくはずなのに、子供たちが勝手にドローンへ指示を飛ばすせいで、動きはめちゃくちゃだった。
「こっち! こっち持ってけ!」
「違う、それ俺の寝袋だ! そっちじゃない!」
「お菓子箱は最優先!」
「優先度ゼロだ! 弾薬より上に置くな!」
トキオが悲鳴をあげる。
「やめろ! ドローン混乱してるだろ! 積載アルゴリズム狂うからぁぁ!」
その横でミオが仁王立ち。
「はい、まず水分摂って」
「今それどころじゃ――」
「あるの。水分補給が先。はい、全員一口」
差し出された水筒を渋々受け取りながら、子供たちは「おかんかよ……」とぼやく。
「なにか言った? 私はそういう役割だから」ミオはさらっと返した。
ホロパネルのルミナが冷静に告げる。
『――現在の積載効率は54%。最適化の余地があります』
リーナが大笑いする。
『あはは! 人間ってホント無駄が多いよね~! でもそれも“準備の楽しみ”ってやつ?』
「楽しんでるのお前だけだろ!」トキオが絶叫した。
「胃に穴空くぞマジで!」
その横で、ユイが弾薬箱を二つ抱えてふらふら歩く。
「……持つ。ぜんぶ、大事」
「おいユイ! 二十キロ二つは――」俺は慌てて止めに入る。
だがユイの腕は震えていない。むしろ軽々と持ち上げていた。
「……重くない。平気」
きょとんとした顔でそう言うユイに、俺は言葉を失う。
すかさずルミナが介入した。
『――非効率です。積載はドローンに任せてください』
数機のドローンが滑るように飛来し、ユイの手から弾薬箱を取り上げて搬送していく。ユイは名残惜しそうに両手を握りしめた。
「わたし、できるのに」
リーナが軽快に笑う。
『ユイは戦闘でドカーン!って活躍すればいいの! 荷物はドローン担当~!』
エリスが苦笑しつつユイの肩に手を置く。
「無理しなくていいの。大事なのはユイ自身だから」
ユイは少し考えてから、こくりと頷いた。
「……じゃあ、任せる。ドローンに」
後ろで子供たちがすぐに便乗する。
「俺の荷物もドローンに!」
「寝袋も!」
「いや自分のものは自分で運べ!」俺は即座に突っ込んだ。
格納庫は、学芸会の舞台裏のように騒がしく――けれどどこか頼もしかった。
その夜、食堂はいつもより少しだけ賑やかだった。戦場に向かう前だからか、子供たちの声はどこか浮ついていた。
「俺、敵艦落とすからな!」
「動画撮ったら絶対バズるって! “傭兵戦争デビュー!”ってタイトルで!」
「俺、撃墜数でトップになるんだ!」
ミオが調理台から顔を出し、苦笑しながら注意する。
「はしゃぐのはいいけど、ご飯はちゃんと食べてね。栄養とらないと戦えないわよ」
「はーい!」と子供たちは元気よく返事し、すぐまた騒ぎ出す。
ユイはテーブルの端でスプーンを握りしめていた。小さな声で呟く。
「……怖い。戦争。……ざわざわする」
子供たちが一瞬黙り込み、目を向ける。だがユイは首を振り、無理に笑って見せた。
「でも、勝つ。ドカーン。……勝つから」
エリスが穏やかな声で言った。
「……戦争は“勝てばいい”だけじゃないのよ。負けると死ぬし、勝っても……失うものは出る」
ルミナが淡々と補足する。
『――統計上、今回の作戦における平均損耗率は味方全体で12%。死傷者ゼロは想定外と考えるべきです』
「やめろって、そういう現実的なのは!」と子供たちが悲鳴を上げる。
トキオは湯気の立つカップをテーブルに置きながら、ぼそっと呟いた。
「……胃が痛くなってきた」
俺は椅子にもたれて、皆の顔を眺める。浮かれた笑い声と、隠せない不安が混ざり合う。戦いは初めてじゃない――だが「国家の戦争」に足を踏み入れるのはこれが初めてだ。
「……まあ、不安なのはみんな同じだ」
俺は言葉を探し、ゆっくりと続けた。
「でも俺たちは一人じゃない。三隻揃ってる。仲間もちゃんといる。だから、必ず帰ってくる」
子供たちは黙って聞いていたが、やがてニコが拳を突き上げた。
「おう! 絶対帰ってこようぜ!」
他の子供たちも「だな!」と声を合わせる。
ユイも小さく拳を握りしめて言った。
「……帰る。みんなで」
その言葉に、食堂の空気がほんの少しだけ落ち着いた。
食事が終わっても、食堂の一角で子供たちがわいわい集まっていた。
「なあ知ってるか? 戦場に行く前に靴の左右を逆に履くと、生きて帰れるんだって!」
「いやいや、それより“出発前に甘いもの食べる”の方が効くらしいぞ! 糖分で運気アップだって!」
「俺は聞いた、“出撃前にトイレを三回行くと死なない”って!」
次々と出てくる意味不明なジンクスに、テーブルが混乱する。実際に靴をひっくり返すやつ、砂糖を山ほど紅茶に入れるやつ、トイレに立ち上がるやつまで現れて、まるでお祭り騒ぎだった。
ルミナが冷静に告げる。
『――統計的に、靴を逆に履いた兵士の生還率は0.0%です』
「ちょっ!? ゼロって!」
「それ即死フラグじゃん!」
エイダも淡々と続ける。
『過剰な糖分摂取は戦闘時の集中力低下に直結します。生存率マイナス要因です』
「やめろぉぉ! せっかく盛り上がってたのに!」
リーナはケラケラ笑いながら声を弾ませる。
『いいじゃない、ジンクス! “気分が上がる”って意味ではプラスでしょ? ね、団長?』
俺は額を押さえ、ため息をついた。
「……気分が上がって死んだら意味ねぇだろ」
エリスは微笑を浮かべ、静かに頷く。
「でも……子供たちなりに、不安を紛らわせたいんですよ」
ユイはスプーンを持ったまま、小さく首を傾げた。
「……へんなの。ジンクス、守っても死ぬときは死ぬ。……でも」
少し間を置き、拳を握る。
「帰る。みんなで。……それジンクスにする」
一瞬、食堂が静まり返った。子供たちが顔を見合わせ、にやりと笑う。
「……いいな、それ!」
「“みんなで帰る”のジンクスか!」
「それなら守れる! ぜったい!」
俺は苦笑しながら、ユイの頭を軽く撫でた。
「よし。じゃあ俺たちのジンクスは“全員で帰る”だ。これだけ守ろう」
子供たちは「おー!」と拳を突き上げた。
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