第77話 ロック
二週間後――。いよいよ《ロック》の試運転の日がやってきた。
骨組みしか残っていた重巡は、今では見違えるほどの姿に変わっていた。全長二百五十メートルを超える巨体は、ドックの照明を受けて鈍い光を放っている。無骨で角張ったシルエットは、軽巡の《ストレイ・エクシード》の流麗さとは対照的で、まさに“城塞”と呼ぶにふさわしい威容だ。
外装はガンメタリックグレー。ところどころに焼け焦げの痕や新しい修繕パネルが散見される。完全に磨き上げられた新品ではなく、追加装甲の溶接痕すらそのまま残されており、むしろ「戦場帰り」の風格を与えていた。ただの鉄の塊ではない。幾度も死線を越えてきた者の背中のように、重みと信頼感を漂わせている。
中央ブロック上部には、厚い装甲シールドで防護された艦橋が屹立していた。窓は最小限で、外観からは艦橋の中をうかがうことはできない。だがその姿は――まるで鋼鉄の巨人の“眼”のように、艦全体を睨み据えていた。
俺はドックの足場から見上げ、無意識に息をついていた。
「……なんだかんだで、一か月も経ってねぇのかよ。親父、化け物じみた仕事ぶりだな」
その横で子供たちも口々に声を上げている。
「すげえ! もうピカピカじゃん!」
「前はボロボロだったのに……ほんとに別の艦みたい!」
「よくこんな短期間で直せるよな……」
「さすが親方! ありがとーっ!」
わいわいと跳ねる声に、俺もつい笑みをこぼした。みんな本気で嬉しそうだ。それだけ、この艦に未来を賭けているんだろう。
そこに、背後から豪快な笑い声が響いた。
「ガハハッ! いい顔するじゃねえか、小僧ども!」
振り返れば、オイルまみれの作業着を着たままのエアロ・バーストの親父が、腕を組んで立っていた。その姿は疲れを隠さないものの、満足げな笑みを浮かべている。
「約束通りだ。試験運用には俺も乗るからな」
親父のその言葉に、子供たちが一斉に振り返る。
「ほんとに!? 親方が艦に!?」
「じゃあ何かあっても安心だ!」
「うわぁ……なんか心強いな!」
俺は苦笑しつつ、頭を下げた。
「悪いな親父。修理だけでなく、試運転まで付き合ってもらって……」
「バカ言え」
親父は大きな手で俺の肩を叩いた。
「最後まで責任を持つのが職人ってもんだ。それに――この艦はもうお前らの仲間だ。きちんと“産声”を上げるところまで見届けてやらなきゃな」
その言葉に、俺は胸の奥が熱くなるのを感じた。《ロック》は確かに俺たちのものになった。そしてこれからは、タウロの艦として、戦場を駆け抜けることになる。
隣でタウロが一歩進み出て、深々と頭を下げた。
「……ありがとう、親方。俺の艦を、ここまで仕上げてくれて」
無口な少年のその一言に、親父は目を細め、大きく頷いた。
「よし、いい艦長になれよ。……行くぞ。今日から《ロック》は本物の重巡洋艦だ!」
親父が顎をしゃくり、艦首を指さした。
「一応説明しておくぞ、小僧ども。あそこに居座ってるのが《ロック》の“牙”だ」
艦首の中央にそびえるのは、三連装の巨大レールキャノン砲塔。口径800mm級の砲身が三本、鈍い金属光を放ち、艦体の角張ったシルエットと一体化している。砲身の側面には冷却ラインが脈のように走り、わずかに白い霜が浮かんでいた。
「こいつは一発で巡洋艦をぶち抜く。だが撃ったら冷却と再装填に二分はかかる。
おまけに補給のたびに泣きを見る。――だがな、それでも“これがある”ってだけで敵は震えるもんだ」
さらに親父は中央ブロックと艦尾を指差す。
「同じ三連装を中央と艦尾にも据え付けてある。前も横も後ろも、死角はねぇ。真正面からぶつかり合うだけじゃなく、追撃戦でも退き戦でも撃ち返せるって寸法だ」
子供たちの目が丸くなる。
「うわぁ……あんなデカいのが三基も!?」
「バカでっかい砲ばっか積んで……燃費とか大丈夫なのか?」
「これ当たったら、マジで一発で吹っ飛ぶやつじゃん!」
親父は鼻で笑った。
「燃費も効率も二の次だ。重巡ってのは“殴り合うための艦”だ。エネルギービームなんざに頼らねぇ、“鉄の塊を叩き込む”原始的な暴力――それを極めたんだよ」
横でルミナが淡々と補足する。
「主砲に加え、艦側面には中口径150mm級レールガンが八基。魚雷管十二基と垂直発射ミサイル群も搭載。近接防御にはCIWSが全周に配置されています」
「つまり」
親父がにやりと笑う。
「《ロック》は真正面からの殴り合いも、小型艦の群れも、全部まとめて迎え撃てる“火力の砦”ってこった」
親父が肩をすくめて言う。
「いいか、800mmの徹甲弾は一発で2万から5万ソリオン。三連装で一斉射したら、10万近くが宇宙に消える。撃つたびに小型船一隻の価値が飛ぶんだ。財布が悲鳴を上げるわけだろ?」
子供たちが一斉に悲鳴を上げる。
「ひぇぇ……! 三発で俺たちの給料が全部なくなるじゃん!」
「ガハハ! だから言ったろ、“重巡は殴り合う艦”だってな。無駄撃ちすりゃ、敵より先にお前らの財布が沈むぞ!」
場が凍りつく中、ルミナが淡々と端末を操作する。
「ここで各艦の維持費について。《ストレイ・エクシード》――月間およそ40,000ソリオン。冷却材・補修資材・稼働燃料……すべて含めての数値です」
「よ、よんまん……!?」
子供たちの悲鳴がブリーフィングルームに響いた。
ニコが椅子から転げ落ちそうになりながら叫ぶ。
「俺らの取り分、全部吹き飛ぶじゃねーか!!」
ユズは真っ青な顔で端末に数字を打ち込んでいた。
「……合成食パック、2000個分……毎月……蒸発……」
リオとレンは机に突っ伏し、同時に頭を抱えた。
「夢の外骨格が……! 遠のいたぁぁぁ!!」
アオイは目をうるませながら俺を睨む。
「団長! これじゃあ私たち、なにも買えないじゃん!」
俺は額に手を当て、重くため息をついた。
「……まあ、しょうがない。《ストレイ》は最新鋭艦だ。消耗も激しい」
だがルミナは、さらに追撃を放った。
「なお――重巡洋艦の維持費は、月間およそ60,000ソリオンと試算されます」
「ろ、ろくまん!?」
子供たちが再び絶叫する。
シエルが机を叩き、声を上げた。
「合わせて十万!? 十万ソリオンも毎月消えるの!? 私の貯金計画が……!」
ナギは静かに指を折りながら計算を始める。
「年間で120万ソリオン。つまり、一回の大任務の報酬が丸々維持費に……」
「ぎゃああああああああ!!!」
ニコ、リオ、レンの三人が床に転げ回った。
ルミナとエイダが補足する。
「大型艦を二隻同時に運用すれば、維持費が嵩むのは必然です」
『むしろ、これでもギリギリまで効率化しての数字です。誇ってよいくらいです』
誇れるかっ!!
俺は天を仰ぎ、深々と椅子に沈み込んだ。
「……維持費だけで死ぬ……」
そこへ、リーナがさらっと付け足した。
『ちなみに――強襲艦の維持費は、月間およそ15,000ソリオンだよ!』
「なっ……!」
ニコが目をひん剥き、絶叫した。
「い、いちまんごせん!? 俺のホークもカネ食い虫扱いかよ!!」
シエルが冷たく言い放つ。
「そりゃそうでしょ。偽装に燃費、格納武装の整備……無駄に金かかる艦だもん」
「ぐはぁっ!」
ニコは胸を押さえて机に突っ伏した。
リオとレンが追い打ちをかける。
「三隻合わせて毎月115,000ソリオン!」
「年で138万! ひいぃぃ!!」
ユズは蒼白な顔で呟いた。
「……合成食パック……7万個分……」
アオイが小声で俺に訴える。
「団長、もうこれじゃあ私たちほんとになにも買えないよ!」
俺は額を押さえ、呻いた。
「……やめろ……計算するな……心が折れる……」
だが子供たちは口々に叫びはじめる。
「補給艦があればいいんだ!」
「情報艦も! 自動補給システム付き!」
「支援部隊用の艦をつくろう!」
俺は必死に手を振った。
「やめろ! もう夢を広げるな! 維持費だけで地獄なんだぞ!!」
すると背後で親父が豪快に笑った。
「ガハハ! 金がかかるってのは、それだけデカい力を持ったってことだ。
――安心しろ。お前らが食いつぶした分は、俺が修理費でしっかり回収してやるからな!」
「やめてぇぇぇぇ!!!」
俺と子供たちの悲鳴が重なり、ブリーフィングルームは地獄のような大騒ぎになった。
その横でエリスが肩を震わせ、笑いをこらえている。
「でも……ほんとに支援艦があれば、だいぶ楽になるかもしれないですね?」
ルミナが視線を向けてくる。
「補給力の強化は、艦隊運営に必須です。団長、検討は避けられませんね」
完全に包囲された俺は、両手で顔を覆い、絶望の呻きを上げた。
「……もうやめてくれ……俺のライフはゼロだ……」
親父の豪快な笑い声と、子供たちの悲鳴が入り乱れるブリーフィングルーム。俺は額を押さえ、心底から重いため息をついた。
――維持費だけで首が回らなくなる未来が、もう鮮明に見える。
だが、それでも。
試運転の日にあの巨体がドックから静かに抜け出し、宇宙へと滑り出した瞬間の光景は、胸の奥に強く刻まれた。
《ロック》を運用するのは、戦術支援・火力投射部隊のタウロ、リオ、ゼン、ノノ、ユズ、ルイだ。
エンジンは重低音を響かせ、各砲塔は規則正しく稼働。航行系統も、補助システムも異常なし。艦内にいた誰もがその鼓動に息を呑み、同時に歓声を上げた。
「推進系統、正常稼働」
「制御ユニット応答良好!」
「主砲、試験発射データ問題なし!」
ルミナやエイダの報告が次々と響き、子供たちは操舵席の後ろで飛び跳ねていた。タウロは無言のまま操舵桿を握りしめ、口元にわずかな笑みを浮かべる。その姿は、もうしっかりと艦長の顔だった。
帰港した後、整備員たちが最終調整に取り掛かる。補助シールドの波形を微調整し、冷却材の配管を締め直し、武装ユニットを一つずつ点検。親父が油まみれの手で最終サインを入れると、工房からの納品証明が俺の端末に届いた。
「……これで晴れて、お前らの艦だ」
そう言って親父は腕を組み、ニッと笑った。
その場にいた全員が思わず顔を見合わせ、そして笑みを浮かべる。子供たちはまたわいわいと騒ぎ出し、俺は苦笑しながら空を見上げた。
維持費は地獄、財布は悲鳴を上げる。だが――その日、試運転を終えて微調整を終えた《ロック》は正式に納品され、俺たちの艦隊の仲間となったのだった。
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