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第76話 報酬

 襲撃事件から数日後、艦内のブリーフィングルーム。天井の光が落ち着いた青色に切り替わり、中央に立体映像が浮かび上がる。


 そこに映ったのはレーネの顔――だが、髪は乱れ、背後では人の声と電子音が入り乱れていた。

「……ごめんなさい、直接の報告はできないわ。裏切り者の摘発で支部は今、大混乱。処理が山のように溜まってるの。――ルミナ、続きは任せるわ」


 そう言い残し、映像は途切れた。


 ルミナが一歩前に出る。義体の瞳が淡く光り、無機質な声で報告を始めた。


「まずは――艦で預かっていた捕虜について。あの初老の男、護衛の傭兵団、そして宙賊。これらは全てフリーランクスに正式に引き渡されました。尋問と裁きはフリーランクスで責任を持って行うとのこと。我々はもう気にする必要はないとのことです。」


 俺は深く息を吐き、肩の力を抜いた。

「そりゃ助かる。正直、あんなのを艦に長く置いておきたくはなかったからな」


 横からニコが顔をしかめる。

「だよな! 収容区画の見回りに行くだけで睨まれるし、ぜんっぜん落ち着けなかった」


 アオイも腕を組んでむすっとした顔をする。

「世話当番で食事を運ぶの、ほんと嫌だった。空気がピリピリしてて……せいせいした」


 シエルが小さく肩をすくめる。

「機材に余計な干渉されないか監視するのも、神経すり減ったわ」


 ユズが小声でぽつりと言った。

「……捕まってた人たちの目、ちょっと怖かった。夢に出そうだよ」


 子供たちの声に、俺は苦笑する。

「……まあ、もう二度とあんな客を乗せる羽目にならないようにしたいもんだな」


 ルミナが冷ややかに付け加える。

「艦の治安維持リスクも大幅に軽減しました。……これで心置きなく次の任務に臨めます」


 俺は一度息を吐き、場を切り替えるように言った。

「――さて。捕虜の件は片付いた。次は稼ぎの話だ」


「今回の任務における成果を集計しました。宙賊討伐および拠点壊滅。民間人保護。フリーランクス裏切り者の特定協力。それらを総合し、フリーランクスからの正式報酬は――1,200,000ソリオン」


 さらに彼女は端末を操作し、追加の数字を浮かび上がらせる。

「合法資材の換金、1,200,000ソリオン。禁制兵器の押収報奨金、600,000ソリオン。その他物資を含めて、合計――3,000,000ソリオン。全て受領済みです。」


 ブリーフィングルームにどよめきが広がった。ニコが思わず口笛を吹く。

「三百万!? マジかよ……」


 シエルが小声で計算を走らせ、アオイは口を半開きにして数字を見つめている。


 俺はというと、椅子の背にもたれて腕を組み、ただ深く息を吐いた。

「……ま、レーネは今ごろ血走った目で走り回ってんだろうな。大変そうだ」


 ルミナが淡々と答える。

「ラゲルト支部は混乱の最中です。レーネの業務量は、通常時の三百パーセントに達していると推定されます」


「うへぇ……」

 ニコが顔を引きつらせるが、俺は肩をすくめただけだ。

「まあ、俺たちには関係ない話だ。報酬はしっかり受け取る。……修理代で吹き飛ぶけどな」


 ルミナが冷静に告げる。

重巡洋艦ロックの修繕改修費用、推定1,500,000ソリオン。資材調達・ドック使用料を含め、報酬の半分はここで消えます」


「ひい……!」

 リオが頭を抱え、レンが机に突っ伏す。


 ナギが冷静に指を折る。

「残り1,500,000。そこから各人の取り分は……」


 ルミナが頷いた。

「規定通り、傭兵団の子供メンバーには2%ずつ。よって一人あたり60,000ソリオン」


「ろ、六万!? すっげえ!」

 ニコが歓声を上げ、ユズは目を丸くしたまま端末を操作する。

「……合成食パックなら2,000個分……」

 シエルが肩をすくめて小声で呟いた。

「私は貯金。軍用規格端末が欲しいから」

 アオイは真剣に手を握りしめた。

「……強化装甲にする。今度こそ、誰も危ない目に遭わせないために」


 ニコがにやにやしながら茶化す。

「よーし、じゃあ俺は外骨格! 飛び回りながら二丁拳銃だ!」


 リオが即座に乗っかる。

「じゃあ俺はスラスター付き! 宙返りしながら撃つんだ!」


「無理無理」

 シエルが冷静に遮る。

「軍規格の外骨格は一基で最低三十万ソリオン。フルセットなら五十万以上。――私たち全員分なんて買えるわけないでしょ」


 アオイが口を尖らせる。

「でも、かっこいいじゃん。重装兵みたいに銃弾弾きながら前に出るんだよ? ……私も欲しいな」


「なら貯金だな」

 ナギが淡々と指を折る。

「六万から始めて、何回任務を積めば買えるか計算してみろ」


 レンが机に突っ伏した。

「夢が遠すぎる……」


 場の空気がどっと和む。笑いながらも、誰も本気で「諦めよう」とは言わなかった。


 子供たちの声に、俺は苦笑した。

「ま、好きに使え。ただし――無駄遣いはするなよ」


 その横でルミナが冷ややかにまとめる。

「統計的に見ても、今回の利益は標準任務の約10倍です。団長、贅沢を控えれば、当面の運営は安定するでしょう」


 俺は深く息を吐き、天井を仰ぐ。

「……オクト・シグマに届くには、まだまだだ。だが積み上げるしかねぇ」


 笑い声の余韻の中、その言葉だけが低く響いた。




 工房は相変わらず火花と金属音で満ちていた。支柱に吊るされた《ロック》の巨体はまだ修繕の最中で、外装の一部は剥き出しのまま、巨大なアームが忙しなく動いている。


 その光景を見上げながら、俺はポケットからPLD端末を取り出し、エアロ・バーストの親父――に向き直った。


「……待たせたな。修繕改修費、1,450,000ソリオン。今ここで送る」


 端末を操作し、送金承認をタッチする。互いの端末に青い光が走り、数字が正確に転送されていく。


 親父は腕を組み、無骨な顔にわずかな笑みを浮かべた。

「ほぉ……ちゃんと工面してきやがったか。若造にしては律儀なもんだ」


「当然だろ。――艦は俺たちの命綱だ。支払いは待ってもらってたが、責任は俺が持つ。最後まできっちり仕上げてくれ」


 親父はごつい指で端末を確認し、鼻を鳴らした。

「へっ、安心しろ。この《ロック》は俺が責任もって仕上げてやる。……骨組みはまだ生きてる。仕上げりゃ、立派に戦場で暴れられる艦になるぜ」


 俺は再び艦の姿を見上げる。金は飛んだが、ロックは確かに俺たちのものになった。


 そのとき、横に立っていたタウロが一歩前に出る。無口な少年が、真っすぐに親父へ向かって言った。


「……ありがとう。俺が、この艦を必ず守る」


 短い言葉に、工房の整備員たちがちらりと顔を見合わせ、自然と笑みが広がった。親父も豪快に笑い、タウロの肩をどんと叩く。

「任せたぜ、艦長!」


 ――そして、子供たちの方から歓声が上がった。


「やったああああ! ロックは本当に俺たちの艦になったんだ!」

「見ろよ、この砲身! マジで宇宙一のバカでかさだ!」


 リオとレンは飛び跳ねながら艦を指さし、ニコが興奮した声を張り上げる。

「よーし! 次の戦いはこれでド派手にいこうぜ! ドッカーンってな!」


「バカ、まだ修理中だっての!」とアオイが叱るが、頬は笑みを抑えきれていない。

 シエルは呆れたように肩をすくめつつも、端末に《ロック》の登録が正式に完了した表示を確認し、安堵の息を吐いた。

「……でも、これで本当に“私たちの艦”になったのね」


 ユズは目を輝かせながら、そっと艦体の外装に触れた。

「……なんだか温かい。ここがもう一つの私たちの家なんだ」


 ナギは珍しく口元に笑みを浮かべて言った。

「責任も、未来も、俺たちの手に入ったってことだな」


 工房全体がどよめきと笑い声に包まれた。大人たちも子供たちのはしゃぎぶりに釣られて苦笑し、誰もが《ロック》を見上げながら口々に言葉を交わす。


 子供たちが《ロック》の周りでわいわい騒ぐ中、ふとシエルが俺に歩み寄ってきた。端末を抱えたまま、控えめだが真剣な声で言う。


「艦長……やっぱり、私たち第三部隊にも艦が欲しいわ」


 俺は肩をすくめ、苦笑する。

「……お前ら第三部隊も、ついに艦が欲しいって言い出したか」


 すぐ横でアオイが胸を張り、元気よく言った。

「そうだよ! 情報・分析・支援運用部隊! 艦があれば、もっと自由に動けるんだ」


「情報収集、電子戦、通信防衛……全部ストレイ・エクシード一隻に頼り切りじゃ危うい。専用の艦があれば、もっと効率的に支援できるはず」

 シエルの声は冷静だったが、その瞳には確かな熱が宿っていた。


 俺は深く息を吐き、額を押さえる。

「ったく……修繕費を払い終えたばっかで、もう次の艦の話かよ。どんだけ金食い虫なんだ、うちは」


 アオイはむっとして言い返す。

「欲張りじゃない! だって私たちだって戦場でみんなを支えてるんだ。砲を撃つだけが戦いじゃない!」


 シエルもこくりと頷く。

「いずれは必要になる。だから今のうちに言っておくわ」


 俺は二人の真剣な視線を受け止め、しばし黙り込み……それから小さく笑った。

「……わかったよ。すぐには無理だが、第三部隊の艦――いつか必ず用意してやる」


「やった!」とアオイが飛び跳ね、シエルも珍しく口元をほころばせる。


 俺はそんな二人を見て、心の中で深くため息をついた。

 ――まったく、金はいくらあっても足りねぇな……。

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