第75話 宿襲撃
俺たちは宿へと続く路地の陰に身を潜めた。ネオンの光は遠くで瞬き、ここだけ時間が止まったように静かだ。
ルミナの義体がわずかに機械音を立て、低く告げる。
「監視カメラ、ループ開始まで五秒……四……三……」
シエルが端末を抱きしめ、震える息を押し殺す。アオイはピストルを構えたまま、視線を鋭く前に向けた。
「二……一――ループ開始」
表示されたモニターの映像が一瞬揺らぎ、廊下の景色が同じパターンで繰り返される。今が、唯一の隙。
俺は深く息を吸い、声を落とす。
「――突入」
蝶番の軋みを押さえ、音を立てずに扉を押し開けた。湿った空気と古びた木材の匂いが鼻を突く。
――まずは廊下の見張り。
ルミナの義体の瞳が光り、投影に「二名」と表示される。俺は短く頷き、彼女と視線を交わした。
次の瞬間。彼女は無音のまま滑るように前へ。壁際の影から伸びた義体の腕が、見張りの一人の口を塞ぎ、電撃が閃く。声を上げる暇もなく、男が崩れ落ちた。
その直後、俺は廊下の角を回り込み、もう一人の背後に回り込んだ。腕で首を絡め取り、頸動脈を絞め上げる。
「……っ!」
男の手がもがくが、声を上げる前に力が抜けていく。
数秒後、ぐったりとした体を静かに床に横たえた。
「……寝てろ」
廊下に、再び静寂が戻った。
ルミナが冷ややかに告げる。
「残り五。廊下の奥に三名。男の部屋に本人と護衛」
俺は頷き、後ろを振り返る。シエルが端末を構え、アオイがピストルを両手で握り締めている。二人の呼吸は早いが、目は怯えていなかった。
「……このまま静かに行く。撃ち合いは最後の手段だ」
「了解」
シエルは小さく答え、端末を素早く操作する。
「裏口の電子ロック、封鎖完了。監視ループも繋げました。――外には出られません」
アオイも深呼吸し、唇を結んで頷く。
「……こっちは任せて。絶対に逃がさない」
俺は短く目を細め、再び前方へ視線を戻す。ルミナが小さく笑った気がした。
「了解。団長、無音制圧モードに移行します」
俺とルミナは、廊下を音もなく進む。古びた壁にしみ込んだ湿気の匂いと、電灯のちらつきだけが神経を逆撫でする。
奥の影に三人。ルミナの義体の瞳が淡く光り、視界に輪郭が浮かぶ。
「……二十メートル先、三名。警戒は緩い。無音制圧、可能」
彼女の声は冷たく、刃物のように研ぎ澄まされていた。
俺は頷き、手信号を送る。
ルミナが滑るように前へ。一人目の背後に迫り、義体の指が喉元を掴んだ瞬間――電撃。声を上げる間もなく、男は崩れ落ちる。
その直後、俺は残り二人に飛び込む。一人の口を手で塞ぎ、壁に押し付けながら頸動脈を絞める。もう一人が振り返るが、ルミナの蹴りが顎を打ち抜き、意識を断ち切った。
数秒の沈黙の後、廊下に横たわる三つの影。誰も銃を撃つ暇すらなかった。
俺は息を殺し、ルミナと目を合わせる。
「……残りは本人と護衛だな」
ルミナが淡々と頷く。
「奥の部屋。ドアの向こう、初老の男と護衛一名を確認。……突入しますか?」
俺は銃を握り直し、短く答えた。
「行く。シエルとアオイが裏口を塞いでる今しかねぇ」
ルミナがドアロックに干渉し、カチリと音を立てて無理やり回線を切る。古びた扉の蝶番が震え、わずかに隙間が生まれる。
俺は呼吸を整え、低く呟いた。
「――突入」
扉が内側にわずかに開いた瞬間、俺とルミナは同時に飛び込んだ。
「――!」
護衛の傭兵がこちらに銃口を向けるより早く、ルミナの義体の腕が閃き、発射口を掴んでねじり上げる。金属が悲鳴を上げ、銃は破壊される。俺はその隙に踏み込み、肘で男の顔面を打ち抜いた。呻き声とともに護衛は床に沈み、動かなくなる。
「……っ!? な、なんだと……!」
奥の椅子にいた初老の男が、端末を落として慌てて立ち上がる。
俺は銃を突きつけながら、にやりと笑った。
「よう。今度はこっちから会いに来てやったぜ」
男の顔から血の気が引いていく。
「な……なぜここが――!?」
俺は歩み寄り、机を蹴り飛ばして奴を壁に押し付ける。銃口を眉間に突きつけ、低く告げた。
「うちの子が世話になったな」
その声には、鋼のような怒りと冷たい殺気が混ざっていた。
ルミナが素早く男を拘束し、端末を回収する。
「対象確保。……証拠品も押収済み」
立体投影が宙に浮かび、先ほどの傍受記録が流れる。
『……とにかく――アルカ・フェレットを手に入れろ。方法は問わん』
男の目が見開かれ、声が裏返った。
「な、なぜそれを……!」
俺は一歩踏み込み、低く言い放つ。
「全部聞いてたんだよ。オクト・シグマ、ゼファー……そしてお前だ。黙っても無駄だ」
ルミナが青白い光を瞳に走らせ、投影に資金の流れを次々と浮かべる。
「……ゼファーだけでは成立しません。必ず“内部の協力者”がいる。――誰です」
男の肩が震え、縛られた手が痙攣するように動いた。
「ま、待て……私だけの責任じゃない……! 私は命じられただけだ……! 協力していたのは……!」
搾り出すように吐き出されたその“名”に、場の空気が一瞬で重くなる。
ルミナが無感情に確認する。
「……照合完了。確かにフリーランクス内部に該当者あり。……信憑性は高いです」
俺は銃を下ろし、深く息を吐いた。
「よし。後はレーネに渡す。正式に裁きを受けてもらおうぜ――お前も、“仲間たち”もな」
男は椅子ごと崩れ落ち、項垂れた。
艦に戻った俺たちは、即座にフリーランクス本部へ暗号通信を繋いだ。映し出されたのは、通信制御室の光に照らされたレーネの姿。険しい表情のまま、俺の報告を聞き終えると、短く目を伏せた。
「……つまり、ゼファーの外部協力者を拘束。その供述から内部の裏切り者の名前が割れた、というわけね」
「そうだ。ルミナがデータを解析済みだ。送るぞ」
俺の言葉に、隣のルミナが淡々と指を動かし、端末から光の帯を走らせる。
『データ転送開始――証拠ログ、資金の流れ、音声記録』
彼女の冷ややかな声とともに、全情報がフリーランクスのシステムへ流し込まれていった。
レーネはわずかに肩を落とし、だが口元に小さく笑みを浮かべる。
「結局、自分から火種の真ん中に突っ込んでいくのね、あんたたちは……」
俺は苦笑を浮かべ、頭をかく。
「まあ……結果的に助かったろ。これで堂々と動ける」
レーネは真顔に戻り、瞳を細める。
「……ええ。フリーランクスとして正式に“対象者”を拘束する。内部の裏切り者にも即時手を打つわ。――助かったわ、艦長」
通信が切れ、暗い制御室に静寂が戻った。俺は深く息を吐き、背もたれに身を沈める。
「……今回の件で、ゼファーは片付いた。だが――結局、その背後に《オクト・シグマ》の影があることもはっきりした」
ルミナが静かに頷く。
「とはいえ、今回の騒動は彼らの直接的な指示ではありません。……あくまで取引先に過ぎない」
「わかってる」俺は苦い声で返した。
「だが、スピカを欲しがったのはあいつらだ。人体実験まがいの《シグマ計画》も続けてる。ニコの両親を奪ったのも、他ならぬオクト・シグマだ」
俺は拳を握り、低く続けた。
「――見過ごすわけにはいかない。今はまだ正面から挑めないが……いつか必ずケリをつける」
その言葉に、ユイや子供たちの決意の眼差しが重なる。俺たちの戦いは、まだ始まったばかりだった。
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