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第74話 陰謀

 艦内、通信制御室。暗い照明の中、ルミナの指先が端末――艦の主制御コンソールを滑り、立体映像のウィンドウが幾重にも浮かび上がる。


「宿の内部回線、暗号化層にアクセス……抵抗値が高いです。演算リソースが不足します」

 彼女の声がわずかに硬くなる。


 俺は手首スロットから《オーバーロード・ユーティリティ・スティック》を展開し、主制御コンソールに差し込んだ。棒状デバイスが光を帯び、無理やり演算負荷を押し込んでいく。


「――よし、バイパス開いた。リソース補助に回す」


「……団長が、まともにそのツールを使うの、初めて見ました」

 ルミナの口調は冷静だが、わずかに皮肉が滲む。


「うっ……そりゃまあ、今まで必要なかったからだろ……」

 俺は肩をすくめる。


 ルミナはわずかに口元を動かし、淡々と告げる。

「記録:団長、初めて真面目にユーティリティ・スティックを使用。……進歩ですね」


「進歩って言い方やめろ! 俺だってやればできるんだ!」

 思わず声を荒げたが、彼女は端末から目を離さず、くすりと笑った。


 モニター上で光の層が弾け、宿の通信網が覗き込まれていく。




 艦内、通信制御室。暗い照明の中、ルミナの指が無音でコンソールを叩き続ける。オーバーロード・ユーティリティ・スティックが脈動するように光を帯び、傍受用の回線が次々と開かれていった。


「……宿のローカル通信網に侵入完了。暗号化チャネルを傍受します」

 ルミナの声に呼応して、立体映像の一角がぱちりと弾け、新たなウィンドウが展開される。


 ――ノイズ混じりの声。だが、フィルタが走った瞬間、その声は冷たい輪郭を取り戻した。


『……何をぐずぐずしている。時間がないと伝えたはずだ』


 続くのは初老の男の声。

『はっ……申し訳ありません。しかし、艦の者どもが頑なでして……交渉は決裂しました』


『言い訳は聞いていない! 本来であれば《宙賊》どもから直接受け渡しが完了していたのだ。それを……』

 声の主が舌打ちをする。

『余計な邪魔が入り込み、我らが動けなくなっている。……お前に託したのは、表に出ず確実に品を確保するためだ』


 必死に取り繕う初老の男。

『承知しております。ですが……今は宙賊との関係を嗅ぎ回られております。少しでも目立てば……我らの立場が――』


 冷たい声が遮る。

『ふん。立場だと? こちらはすでに取引先を決めているんだ。あの大企業、オクト・シグマだぞ! 今さら“手に入りませんでした”などと伝えたら……我らにも後がないのだ! 悠長なことを言うな、愚か者』


 そして、さらに低く鋭い一言。

『……一傭兵風情が、この私の足を引っ張るとはな。“黒い翼”だか何だか知らんが、よくもやってくれたものだ』


 最後に突きつけられる命令は短く、容赦がなかった。

『とにかく――アルカ・フェレットを手に入れろ。方法は問わん。……猶予は、ない』


『あ、ゼファー様、お待ちを……!』


 回線が切れる。


 通信が途絶えた瞬間、部屋の空気が凍りついた。俺はモニター越しに残像を睨みつけながら、低く声を漏らす。


「……ゼファー。そして、ここで“オクト・シグマ”か」


 ルミナが端末を閉じ、青白い光に照らされた横顔で淡々と告げる。

「……ご確認の通り、狙いは《オクト・シグマ》への引き渡しです」


 俺は奥歯を噛みしめる。脳裏にユイとスピカの姿がよぎった。

「……そうか。やっぱり俺たちの敵は変わっちゃいない。スピカを守るのは、ただの義理じゃない。……もう俺たち自身の戦いだ」


 拳を握る。

「今はまだ、オクト・シグマほどの巨人を真正面から敵に回すわけにはいかない。だが――あいつらはΔに関わってる。ニコの両親の仇でもある。……いつか必ず、ケリをつける」


 制御室の青白い光が、ひどく冷たく見えた。




 初老の男と護衛の傭兵たち――裏通りの宿の一室。その内部映像を、俺たちは遠隔で監視していた。


 ルミナの指が淡々とコンソールを叩き、立体映像が切り替わる。


 護衛の一人が低く呟く。

『……で、どうするんです? 交渉が潰れた以上、あの艦から力ずくで奪うしか――』


 初老の男は顎をしゃくり、声を落とした。

『そうだな……“狙うなら子供の方だ”。奴らはあの獣を守って動けまい』


 その瞬間、俺は無意識に拳を握り締めていた。

 ――クソが。


 ルミナがわずかに声を低くする。

「……団長。今のを」


「ああ、録音済みだ。これで十分に証拠になる」

 俺は深く息を吐き、席を立った。


 すぐに艦内放送で指示を飛ばす。

「全員絶対に外に出るな! 訳は後で話す!」


 端末を操作しながら確認していく。


「今、外にいるのは誰だ?」


 すぐに返答が返る。

「……タウロが整備工場で《ロック》を見に行ってます」

「よし、連絡を入れろ。迎えに行くまで絶対に外に出すな」


「ニコたち第一部隊は、《ホーク》で演習中です」

「了解。艦載AIリーナに通達させろ。訓練は即中止、外には出すな」


 数秒の沈黙。ルミナの指が止まり、顔を上げる。

「……あと二人。シエルとアオイ。センサーの掘り出し物を探しに、グレイ・ラボリントに」


 俺は舌打ちを飲み込む。

 ――よりにもよって、こんな時に。


「他は艦内にいるな?」

「はい。確認済みです」


「よし……なら決まりだ」

 俺は拳を固め、ルミナを振り返った。

「シエルとアオイを探しに行く。俺とお前でだ」


 ルミナは小さく頷き、無言で端末を閉じた。




 市街の裏通り――グレイ・ラボリント。通路は狭く、配管やネオンサインの残骸が雑然と張り巡らされている。


「座標、確認。……シエルとアオイ、すぐ先です」

 ルミナが低く告げる。義体の瞳に青白い光が走り、地図データを投影した。


 俺は頷き、銃を握り直す。

「間に合えよ……」


 次の角を曲がった瞬間、耳を劈く銃声。火花とともに壁が弾け飛び、シエルの悲鳴が混じった。


「くそっ――!」


 俺たちは一気に飛び出す。そこには、崩れた屋台を盾にして身を隠すシエルとアオイの姿があった。正面には傭兵たちが三人、古びたアサルトライフルを構えて迫っている。


「団長っ!」

 アオイがこちらに気付いて叫ぶ。頬に擦り傷を作りながらも、必死に護身用のピストルを握っていた。


 シエルは端末を両手で操作し、歯を食いしばる。

「……もう少し……! 通信妨害……っ!」


 次の瞬間、敵の耳に着けられた通信機からノイズが走り、赤いランプがぱちりと消えた。


 傭兵の一人が苛立った声を上げる。

「ちっ、信号が途絶えやがった!」


 シエルが顔を上げる。

「やった……! 増援は呼ばせない……!」


 ルミナが一歩前に出る。義体の腕が変形し、銃口が展開された。

「目標三。排除開始」


 青白い閃光が迸り、一人が悲鳴を上げて倒れる。その間に俺は二人目へ駆け込み、銃を弾き飛ばして膝蹴りを叩き込んだ。狭い路地に呻き声が響く。


 だが最後の一人が、屋台越しにアオイへ銃口を向けた。

「動くな! 撃つぞ!」


 アオイの顔が一瞬強張る。だが次の瞬間、彼女は震える手で小型の閃光弾を路地に転がした。


「いまだっ!」


 炸裂。閃光が狭い通路を白で塗り潰す。俺は目を細めながら飛び込み、敵の腕を掴んで壁に叩きつけた。


 呻き声が途切れ、通路に静寂が戻る。


 荒い呼吸の中、アオイが小さく笑った。

「……ちゃんと効いた、でしょ」


 シエルも端末を抱えたまま、膝から崩れ落ちる。

「ふぅ……怖かった……」


 俺は二人に駆け寄り、肩を抱いた。

「よく持ちこたえたな。……偉いぞ」


 通路の奥、倒れた傭兵たちを確認しながらルミナが冷ややかに告げた。

「敵、全員無力化。……ですが時間がありません。増援が来る前に移動を」


 俺は頷き、シエルとアオイを支え起こす。

「俺とルミナはこいつらのアジトを片付けに行かなくちゃならん。お前たちだけで先に艦に帰れるか?」


 二人の手はまだ震えていたが、その目には覚悟の光が宿っていた。


「……私たちも、一緒に行く」

 シエルが端末を抱きしめながら言う。アオイも唇を噛みしめて続けた。

「ここで引き返したら、傭兵団の一員じゃいられない。だから、行く」


 ルミナが一瞬だけ二人を見て、微かに目を細めた。

「判断は団長に委ねます」


 俺は深く息を吐き、拳を握る。

「……よし。なら一緒だ。ただし、俺とルミナの後ろから絶対に離れるな。命令には必ず従え」


「了解!」

 二人の声が重なり、狭い通路に響く。


 ルミナが義体の瞳に光を走らせ、倒れた傭兵の端末を解析する。

「……通話履歴、まだ残っています。潜伏先――ここから二ブロック先、《グレイ・ラボリント》裏通りの宿です。監視カメラが全域をカバーしていますが――すでに回線に侵入済み。現在、内部映像を監視中」


 立体投影に映るのは、古びた宿の内部。廊下の電灯はちらつき、安普請の壁の陰には銃を構えた傭兵が二人。さらに奥の部屋には――初老の男の姿。椅子に腰かけ、端末を弄んでいる。


 俺は顎を引き、視線を鋭くした。

「……なら、今が好機だ。泳がせてる暇はねぇ。今すぐ叩く」


 ルミナの報告が淡々と続く。

「外に配置されているのは見張り二名。廊下に三名。部屋に男本人と護衛一名。合計六人」

 彼女は一瞬だけ唇を噛み、低く付け加える。

「カメラは一時的にループ可能。……十秒間だけ、完全に死角を作れます」


「よし……なら一気に行く」

 俺は銃を握り直し、仲間たちを振り返った。

「――俺とルミナが正面を制圧する。シエル、アオイは裏口を封鎖。電子ロックと罠を仕掛けろ。逃げられる前に抑える」


 シエルが端末を抱きしめ、緊張に震える声で頷いた。

「了解……電子ロックと罠は私に任せて。逃げ場は作らせない」

 アオイはピストルを握り直し、深く息を吸ってから言った。

「……裏口は絶対に通さない。必ず押さえる」


 俺は短く息を吐き、銃口を下げる。

「行くぞ。ここで終わらせる」


 狭い裏通りのネオンが、戦いの舞台へと俺たちを導いていた。

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