第72話 帰還後のあれこれ
重巡の竣工までは、しばしの休暇となった。
子供たちは朝からコロニー中層を駆け回り、露店で菓子を買いあさっていた。
「見ろ兄貴! これ、舌が七色になるキャンディだ!」
「食うな! それ工業用色素だろ!」
結果、全員の舌が虹色になり、俺が食堂から医務室のエリスの元へ連行していく羽目になった。
タウロはというと――休暇中なのに、工房にこもって《ロック》の配線図を睨みっぱなしだ。
「おい、せめて飯ぐらい外で食え」
「……ここで食う」
「いや、床で乾パンかじるな! 獄中生活か!」
結局、作業員に差し入れされてる様子を見て、俺は余計な心配をやめた。
俺はと言えば、戦闘の疲れも抜け切らないうちに、書類の山に埋もれていた。
「団長、禁制兵器の押収手続きは三段階です。確認書、申告書、処分依頼書――それぞれに署名を」
「三段階!? なんで同じ物を三回書かせるんだ!」
受付の係官は涼しい顔で言う。
「規定ですので」
胃がきゅうっと縮む音がした気がした。
結局、禁制兵器はすべて押収。代わりに市価の半額で報奨金扱い。合法資材は三割手数料を引かれながらも、何とか換金にこぎつけた。
ルミナが淡々と報告をまとめる。
「換金結果をお伝えします。合法資材の総額、1,200,000ソリオン。禁制兵器の報奨金、600,000ソリオン。その他雑品を含めて――合計、1,800,000ソリオン」
「……マジか。じゃあ、すぐに受け取れるんだな?」
「いいえ」ルミナが即答した。
「フリーランクス規定により、報酬支払いは“数週間後”となります」
俺は思わず机に突っ伏した。黒字だ。黒字には違いない。だが――
「重巡の修理・改装に最低100〜150万は吹っ飛ぶんだよな……」
「はい。したがって残余資金は600,000前後。ただし受け取りは数週間後。――つまり、現金は今ありません」
「……胃袋が死ぬ」
その時、背後から子供たちの声。
「やったー! 金持ちだー!」
「新しい服買っていい? 肉も食べようぜ!」
「俺、副砲の弾を山ほど買う!」
俺は即座に振り返った。
「バカ言え! 全部修理代で飛ぶ! しかも今は金ねえ! 残るのは胃薬代だけだ!」
子供たちは一斉にブーイング。ルミナが冷静に付け加える。
「団長、胃薬代を経費計上する場合は、別途申請が必要です」
「申請してたまるかああああ!!」
――こうして俺は、戦場以上に消耗しながらも、何とか“数週間後に入る予定の資金”を確保したのだった。
煤けたドックの奥、鉄骨の梁に吊られた修理アームが唸りを上げる。火花と煙の中、宙賊の重巡――いや、これから《ロック》となる艦が、まるで巨大な鯨の死骸みたいに横たわっていた。
「おう、来たか」
親父――エアロ・バーストの工房主が、油で黒く染まったツナギを脱ぎもせずに振り返る。
「こいつぁ大物だな。半壊した艦を持ち込んで、“使えるようにしろ”なんざ、やっぱり正気の沙汰じゃねえよ」
「……わかってる。だけどやるしかない」
俺は胃を押さえながら答える。
親父はニヤリと笑い、作業台に端末を置いた。
「見積もりを叩き出してやった。よく聞け」
端末に表示された数字を見た瞬間、俺の胃がさらに縮む。
――【重巡改修プラン・完全回収】――
・推進炉片側換装:400,000 S
・艦橋ブロック再構築:300,000 S
・装甲プレート交換・補強:250,000 S
・主砲三基オーバーホール:200,000 S
・内部動線・居住区再設計:100,000 S
・その他(補機・冷却・センサー系統):200,000 S
――合計:1,450,000 ソリオン
「……百万から百五十万って聞いてたけどな」
「ギリギリで済ませりゃ百万だ。だがそれじゃ“ただの動く鉄屑”だぞ。実戦で使いたいなら、これくらいは必要だ」
俺は頭を抱える。
「報酬は数週間後なんだよ……今は一銭も手元にねえ」
親父は煙草に火をつけ、煙をくゆらせながら俺を見下ろした。
「ツケにしろってことか」
「頼む。必ず払う。」
しばらく沈黙。やがて親父は鼻で笑った。
「ふん……お前が持ってきたあの《化け物艦》と《囮艦》、あれで工房は十分宣伝になった。正直、仕事が雪崩みてえに舞い込んできてる。……いいだろう、ツケにしてやる。ただし」
「ただし?」
「工期はこっちの都合に合わせろ。優先順位は他の客より下。……それと、完成したら俺が最初に試運転に乗る。いいな?」
俺は反射的に答えた。
「構わん! 頼む!」
親父はガハハと笑い、ドックの奥を指さす。
「よし決まりだ! おい、野郎ども! ロックの修理を進めろ! こいつは俺の名前に賭けて直してやる!」
作業員たちの怒号と火花が再び響き渡る。
……ツケで百万超えの借金。俺の胃は確実に死ぬ。だが、この艦が蘇れば、俺たちの艦隊は確実に強くなる。
そう信じるしかなかった。
資金繰りが怪しくなってきた俺は、そろそろ依頼の報酬をもらおうと、フリーランクス・ラゲルト支部を訪ねた。この前と同じく密談用の部屋――外のざわめきを遮断した薄暗い個室で、レーネが足を投げ出して俺を見上げている。
「まず依頼の件からね――悪いけど、報酬はまだ決まってないわ」
「はあ!? 囮調査から宙賊の撃退、拠点の破壊まで全部やったんだぞ!」
俺が思わず机に身を乗り出すと、レーネは肩を竦めて苦笑する。
「だから揉めてんのよ。“規定外の功績をどこまで加算するか”で議論中。最低でも通常任務の三倍、下手すりゃ五倍。――ただし、確定は数週間後ね」
「……胃が死ぬ」
俺が額を押さえると、レーネはにやにやしながら椅子を揺らした。
「金が増えるのに文句言わないの。どうせなら胃薬代を経費にでも申請しなさい」
ルミナが真顔で補足する。
「実際、経費計上の可否は確認が必要です」
「確認しなくていい!!」俺は即座に叫んだ。
レーネは笑いながらも、急に表情を引き締める。
「で、次。内部調査の進捗。――あんたらが渡してくれた証拠で、ゼファー本人はもう逃げられない。裏切り者確定よ」
「……やっぱり、か」
「問題はそいつの背後。ゼファーひとりで宙賊にあれだけの情報は渡せない。今は“協力者”の線を洗ってる。資金の流れと補給記録を辿ったら、表向きは“真っ当な職員”の中に、怪しい影がいくつか見えてきたのよ」
「フリーランクスの中に、まだ裏切りが残ってるってことか」
「そう。だから気を抜かないこと。あんたら、知らないうちに餌にされかねないんだから」
レーネはそう言って書類を閉じ、にやりと笑った。
「ま、ゼファーを追い込んだ手柄はデカいわよ。数週間後には財布も膨れるし――その頃には私の胃袋も潤してもらうから」
俺は即座に返す。
「……俺の胃が死ぬ前提やめろ!」
「じゃ、薬代は私がツケとく? 利子つきで。……代わりに一件、めんどくさい仕事を回すかもだけど」
「絶対イヤだ!!」
諸々の対応が一段落した頃、俺たちは《エクシード》の医療区画に集まっていた。ベッドの上には、あの《アルカ・フェレット》――額の宝石器官が微かに脈打つ、小さな生き物。白銀の毛並みは洗われてふわふわ、タオルの巣で丸くなっている。
エリスがスキャナーを滑らせ、端末に走る波形を覗き込む。
「脱水と低血糖は点滴で解消。寄生体反応なし、ウイルスも陰性。額の感応器官は元気そのもの。――うん、健康体」
「つまり飼える、ってことか?」思わず前のめりになる俺。
「“飼っても問題はない”が正確ですね。手はかかるけど」エリスが苦笑する。
その横で、ユイが指を差し出した瞬間――
スピカの額の宝石器官が、彼女の胸の鼓動に合わせるように脈打ち、青白い光を一度、ふっと瞬かせた。
「……光った?」
俺が思わず呟くと、エリスがスキャナーを覗き込みながら眉を寄せる。
「心拍と同期してる……? でも、これは単なる生体反応じゃない」
ユイは微笑み、宝石の光を見つめる。
「ね、やっぱり“わかってる”んだよ。ここが安心だって」
宝石は再び淡く揺れ、まるで答えるように輝いた。
ルミナが片手にタブレット、もう片手に――なぜか小さな歯磨きガムと玩具の羽根じゃらしを持って現れた。
「初期飼育キットを整えました。給水器、ペレット、消臭砂、簡易ハーネス、玩具少々」
「……お前、その玩具、どっから出した」
「購買端末です。“初回購入で二割引”でした」
「割引の問題じゃねえ! お前が衝動買いするの珍しすぎて逆に怖いんだが!」
「戦力の士気向上は戦術効果に直結します。合理的です」
……言い切りやがった。
ユイがこちらを振り向く。大事な何かを抱える時の、あのまっすぐな目。
「ね、名前……つけてもいい?」
「ああ……お前が決めろ」
ユイは小さく息を吸い、額の小さな光を見つめて囁く。
「――“スピカ”。きみは今日から、スピカ」
宝石がふっと強く瞬き、スピカは「キュイ」と鳴いてユイの頬をぺろり。完全に“はい”の返事だ。
エリスが笑う。
「星の名前。似合うね」
ルミナは即座に端末へ入力する。
「登録完了。本艦内ペット識別“SPK-01”。ワクチン相当の免疫ブーストは私が合成します。給餌は一日三回、量は体重比一・二%、遊戯時間は最低二十分。――飼育責任者は団長」
「ちょっと待て最後! なんで俺なんだ!」
「艦籍規約。“生体の最終責任は団長に帰属”」
「胃に来る規約やめろ!」
スピカはというと、ユイの肩からぴょこんと飛び降り、俺の胸元へ。
……Tシャツの中に潜るな。ひんやりした鼻先が腹に当たって、変な声が出かけた。
「お、おい、落ち着けスピカ。そこは危険地帯だ、主に俺の消化器が」
「ふふ」ユイが肩を震わせる。「もう家族だね」
エリスも頬を緩める。「この子、ストレス反応がほとんど出てません。完全に“うちの子”の顔ですね」
ルミナが淡々と追い打ちをかける。
「なお、餌代・寝具・医療消耗品の見込みは月二百~三百ソリオンです。経費計上のフォームを――」
「出すな! 出す前に俺の胃が破裂する!」
「では私が立替えておきます。利息はつきません」
「……今の一言を最初に言えよ。惚れるだろ」
「事実を順序通りに述べただけです」
ちょっとだけ視線を逸らしたその仕草が、人間くさくてずるい。
スピカは胸元からひょいと顔を出し、俺の顎を前足でちょいちょい。
「……はぁ。――わかったよ。うちで、ちゃんと面倒みる」
言った瞬間、ユイの笑顔がぱっと咲いた。
「ありがとう、シンヤ。スピカ、みんなと一緒」
「キュイ!」
俺は小さく頭を掻いて、ため息をひとつ。戦力にもならない、小さな毛玉。なのに、こいつがいるだけで、艦の空気が少しだけ柔らかくなる。
――守る理由が、またひとつ増えた。そして俺の胃痛も、たぶんひとつ増えた。が、まあ……それでいい。
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