表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

73/81

第72話 帰還後のあれこれ

 重巡ロックの竣工までは、しばしの休暇となった。


 子供たちは朝からコロニー中層を駆け回り、露店で菓子を買いあさっていた。

「見ろ兄貴! これ、舌が七色になるキャンディだ!」

「食うな! それ工業用色素だろ!」

 結果、全員の舌が虹色になり、俺が食堂から医務室のエリスの元へ連行していく羽目になった。


 タウロはというと――休暇中なのに、工房にこもって《ロック》の配線図を睨みっぱなしだ。

「おい、せめて飯ぐらい外で食え」

「……ここで食う」

「いや、床で乾パンかじるな! 獄中生活か!」

 結局、作業員に差し入れされてる様子を見て、俺は余計な心配をやめた。


 俺はと言えば、戦闘の疲れも抜け切らないうちに、書類の山に埋もれていた。


「団長、禁制兵器の押収手続きは三段階です。確認書、申告書、処分依頼書――それぞれに署名を」

「三段階!? なんで同じ物を三回書かせるんだ!」


 受付の係官は涼しい顔で言う。

「規定ですので」


 胃がきゅうっと縮む音がした気がした。


 結局、禁制兵器はすべて押収。代わりに市価の半額で報奨金扱い。合法資材は三割手数料を引かれながらも、何とか換金にこぎつけた。


 ルミナが淡々と報告をまとめる。

「換金結果をお伝えします。合法資材の総額、1,200,000ソリオン。禁制兵器の報奨金、600,000ソリオン。その他雑品を含めて――合計、1,800,000ソリオン」


「……マジか。じゃあ、すぐに受け取れるんだな?」

「いいえ」ルミナが即答した。

「フリーランクス規定により、報酬支払いは“数週間後”となります」


 俺は思わず机に突っ伏した。黒字だ。黒字には違いない。だが――


「重巡の修理・改装に最低100〜150万は吹っ飛ぶんだよな……」

「はい。したがって残余資金は600,000前後。ただし受け取りは数週間後。――つまり、現金は今ありません」


「……胃袋が死ぬ」


 その時、背後から子供たちの声。

「やったー! 金持ちだー!」

「新しい服買っていい? 肉も食べようぜ!」

「俺、副砲の弾を山ほど買う!」


 俺は即座に振り返った。

「バカ言え! 全部修理代で飛ぶ! しかも今は金ねえ! 残るのは胃薬代だけだ!」


 子供たちは一斉にブーイング。ルミナが冷静に付け加える。

「団長、胃薬代を経費計上する場合は、別途申請が必要です」

「申請してたまるかああああ!!」


 ――こうして俺は、戦場以上に消耗しながらも、何とか“数週間後に入る予定の資金”を確保したのだった。




 煤けたドックの奥、鉄骨の梁に吊られた修理アームが唸りを上げる。火花と煙の中、宙賊の重巡――いや、これから《ロック》となる艦が、まるで巨大な鯨の死骸みたいに横たわっていた。


「おう、来たか」

 親父――エアロ・バーストの工房主が、油で黒く染まったツナギを脱ぎもせずに振り返る。

「こいつぁ大物だな。半壊した艦を持ち込んで、“使えるようにしろ”なんざ、やっぱり正気の沙汰じゃねえよ」


「……わかってる。だけどやるしかない」

 俺は胃を押さえながら答える。


 親父はニヤリと笑い、作業台に端末を置いた。

「見積もりを叩き出してやった。よく聞け」


 端末に表示された数字を見た瞬間、俺の胃がさらに縮む。


――【重巡改修プラン・完全回収】――

・推進炉片側換装:400,000 S

・艦橋ブロック再構築:300,000 S

・装甲プレート交換・補強:250,000 S

・主砲三基オーバーホール:200,000 S

・内部動線・居住区再設計:100,000 S

・その他(補機・冷却・センサー系統):200,000 S


――合計:1,450,000 ソリオン


「……百万から百五十万って聞いてたけどな」

「ギリギリで済ませりゃ百万だ。だがそれじゃ“ただの動く鉄屑”だぞ。実戦で使いたいなら、これくらいは必要だ」


 俺は頭を抱える。

「報酬は数週間後なんだよ……今は一銭も手元にねえ」


 親父は煙草に火をつけ、煙をくゆらせながら俺を見下ろした。

「ツケにしろってことか」


「頼む。必ず払う。」


 しばらく沈黙。やがて親父は鼻で笑った。

「ふん……お前が持ってきたあの《化け物艦》と《囮艦》、あれで工房は十分宣伝になった。正直、仕事が雪崩みてえに舞い込んできてる。……いいだろう、ツケにしてやる。ただし」


「ただし?」


「工期はこっちの都合に合わせろ。優先順位は他の客より下。……それと、完成したら俺が最初に試運転に乗る。いいな?」


 俺は反射的に答えた。

「構わん! 頼む!」


 親父はガハハと笑い、ドックの奥を指さす。

「よし決まりだ! おい、野郎ども! ロックの修理を進めろ! こいつは俺の名前に賭けて直してやる!」


 作業員たちの怒号と火花が再び響き渡る。


 ……ツケで百万超えの借金。俺の胃は確実に死ぬ。だが、この艦が蘇れば、俺たちの艦隊は確実に強くなる。


 そう信じるしかなかった。




 資金繰りが怪しくなってきた俺は、そろそろ依頼の報酬をもらおうと、フリーランクス・ラゲルト支部を訪ねた。この前と同じく密談用の部屋――外のざわめきを遮断した薄暗い個室で、レーネが足を投げ出して俺を見上げている。


「まず依頼の件からね――悪いけど、報酬はまだ決まってないわ」


「はあ!? 囮調査から宙賊の撃退、拠点の破壊まで全部やったんだぞ!」

 俺が思わず机に身を乗り出すと、レーネは肩を竦めて苦笑する。


「だから揉めてんのよ。“規定外の功績をどこまで加算するか”で議論中。最低でも通常任務の三倍、下手すりゃ五倍。――ただし、確定は数週間後ね」


「……胃が死ぬ」

 俺が額を押さえると、レーネはにやにやしながら椅子を揺らした。

「金が増えるのに文句言わないの。どうせなら胃薬代を経費にでも申請しなさい」


 ルミナが真顔で補足する。

「実際、経費計上の可否は確認が必要です」

「確認しなくていい!!」俺は即座に叫んだ。


 レーネは笑いながらも、急に表情を引き締める。

「で、次。内部調査の進捗。――あんたらが渡してくれた証拠で、ゼファー本人はもう逃げられない。裏切り者確定よ」


「……やっぱり、か」


「問題はそいつの背後。ゼファーひとりで宙賊にあれだけの情報は渡せない。今は“協力者”の線を洗ってる。資金の流れと補給記録を辿ったら、表向きは“真っ当な職員”の中に、怪しい影がいくつか見えてきたのよ」


「フリーランクスの中に、まだ裏切りが残ってるってことか」


「そう。だから気を抜かないこと。あんたら、知らないうちに餌にされかねないんだから」

 レーネはそう言って書類を閉じ、にやりと笑った。


「ま、ゼファーを追い込んだ手柄はデカいわよ。数週間後には財布も膨れるし――その頃には私の胃袋も潤してもらうから」


 俺は即座に返す。

「……俺の胃が死ぬ前提やめろ!」


「じゃ、薬代は私がツケとく? 利子つきで。……代わりに一件、めんどくさい仕事を回すかもだけど」

「絶対イヤだ!!」




 諸々の対応が一段落した頃、俺たちは《エクシード》の医療区画に集まっていた。ベッドの上には、あの《アルカ・フェレット》――額の宝石器官が微かに脈打つ、小さな生き物。白銀の毛並みは洗われてふわふわ、タオルの巣で丸くなっている。


 エリスがスキャナーを滑らせ、端末に走る波形を覗き込む。

「脱水と低血糖は点滴で解消。寄生体反応なし、ウイルスも陰性。額の感応器官は元気そのもの。――うん、健康体」

「つまり飼える、ってことか?」思わず前のめりになる俺。

「“飼っても問題はない”が正確ですね。手はかかるけど」エリスが苦笑する。


 その横で、ユイが指を差し出した瞬間――

 スピカの額の宝石器官が、彼女の胸の鼓動に合わせるように脈打ち、青白い光を一度、ふっと瞬かせた。


「……光った?」

 俺が思わず呟くと、エリスがスキャナーを覗き込みながら眉を寄せる。

「心拍と同期してる……? でも、これは単なる生体反応じゃない」


 ユイは微笑み、宝石の光を見つめる。

「ね、やっぱり“わかってる”んだよ。ここが安心だって」


 宝石は再び淡く揺れ、まるで答えるように輝いた。


 ルミナが片手にタブレット、もう片手に――なぜか小さな歯磨きガムと玩具の羽根じゃらしを持って現れた。

「初期飼育キットを整えました。給水器、ペレット、消臭砂、簡易ハーネス、玩具少々」

「……お前、その玩具、どっから出した」

「購買端末です。“初回購入で二割引”でした」

「割引の問題じゃねえ! お前が衝動買いするの珍しすぎて逆に怖いんだが!」

「戦力の士気向上は戦術効果に直結します。合理的です」

 ……言い切りやがった。


 ユイがこちらを振り向く。大事な何かを抱える時の、あのまっすぐな目。

「ね、名前……つけてもいい?」

「ああ……お前が決めろ」

 ユイは小さく息を吸い、額の小さな光を見つめて囁く。

「――“スピカ”。きみは今日から、スピカ」

 宝石がふっと強く瞬き、スピカは「キュイ」と鳴いてユイの頬をぺろり。完全に“はい”の返事だ。


 エリスが笑う。

「星の名前。似合うね」

 ルミナは即座に端末へ入力する。

「登録完了。本艦内ペット識別“SPK-01”。ワクチン相当の免疫ブーストは私が合成します。給餌は一日三回、量は体重比一・二%、遊戯時間は最低二十分。――飼育責任者は団長」

「ちょっと待て最後! なんで俺なんだ!」

「艦籍規約。“生体の最終責任は団長に帰属”」

「胃に来る規約やめろ!」


 スピカはというと、ユイの肩からぴょこんと飛び降り、俺の胸元へ。

 ……Tシャツの中に潜るな。ひんやりした鼻先が腹に当たって、変な声が出かけた。

「お、おい、落ち着けスピカ。そこは危険地帯だ、主に俺の消化器が」

「ふふ」ユイが肩を震わせる。「もう家族だね」

 エリスも頬を緩める。「この子、ストレス反応がほとんど出てません。完全に“うちの子”の顔ですね」


 ルミナが淡々と追い打ちをかける。

「なお、餌代・寝具・医療消耗品の見込みは月二百~三百ソリオンです。経費計上のフォームを――」

「出すな! 出す前に俺の胃が破裂する!」

「では私が立替えておきます。利息はつきません」

「……今の一言を最初に言えよ。惚れるだろ」

「事実を順序通りに述べただけです」

 ちょっとだけ視線を逸らしたその仕草が、人間くさくてずるい。


 スピカは胸元からひょいと顔を出し、俺の顎を前足でちょいちょい。

「……はぁ。――わかったよ。うちで、ちゃんと面倒みる」

 言った瞬間、ユイの笑顔がぱっと咲いた。

「ありがとう、シンヤ。スピカ、みんなと一緒」

「キュイ!」


 俺は小さく頭を掻いて、ため息をひとつ。戦力にもならない、小さな毛玉。なのに、こいつがいるだけで、艦の空気が少しだけ柔らかくなる。

 ――守る理由が、またひとつ増えた。そして俺の胃痛も、たぶんひとつ増えた。が、まあ……それでいい。

よろしければ、評価やブックマークをお願いします!

執筆の励みになります!!m(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ