第70話 帰還
要塞を吹き飛ばした後、俺たちは牽引した重巡を伴って帰還ルートへ。拠点から救い出した民間人二十七名と、拘束した宙賊二十五名が艦内に収容されている。それに加えて、山ほどの資材と禁制兵器。
胃薬の必要量は指数関数的に増加中だ。
『兄貴ー! 捕虜のやつら、まだギャーギャー言ってるぞ!』
『うるせーから口塞いでいいか!?』
「やめろ!」
《ホーク》の連中がわめきながら、隔離室に暴れる宙賊を押し込んでいた。ニコが腕を組んで睨むと、一瞬で静まり返る。
「舐めてんじゃねえぞ。縛られた時点でお前らはただの荷物だ」
……その迫力、正直俺より効くんじゃねえか。
一方、民間人たちは震えて座り込むばかりだった。ユイが小さな声で慰め、子供たちが水と毛布を運んで回る。あの小動物――アルカ・フェレットが、怖がる子供に頬を擦り寄せていた。
……ああいう場面を見ると、ほんの少しだけ胃が楽になる気がする。
「団長。資材コンテナの仕分けが完了しました」
ルミナが冷静に報告を寄越す。
希少鉱石二十基。エネルギーパック五十基以上。それだけで大都市一つを潤せる規模だ。だが、問題は禁制物資だった。
「軍規格パーツ、未登録プラズマコイル、重力投射砲部材……」
そして、黒いケースを前にルミナの声が硬くなる。
「違法EMP散布装置。――条約違反です」
「……胃が捩れる」
「報告義務があります。証拠として暗号化し、隔離区画に搬入済みです」
「俺に“誤射”させないためだろ」
「はい。あなたに禁制兵器を預けるのは、爆薬を子供に渡すのと同義ですから」
「例えが辛辣すぎる!」
そしてもう一つ。資材ケースの一つに刻まれた刻印が、俺の視界を釘付けにした。
――フリーランクスの調達部門コード。ゼファー。
「……やっぱり出てきやがった」
エリスが顔をしかめる。
「裏切りか、それとも……」
「利用されたにせよ、ゼファーが鍵だ」
俺の胃が悲鳴を上げた。
重巡の仮修復も始まっていた。艦橋ブロックは沈黙したままだが、タウロが黙々とシステムを叩き、エネルギーラインを繋ぎ直していく。寡黙な奴が珍しく口を開いた。
「……砲座は三割生きてる。ルミナのサブユニットを繋げば、撃てる」
「お前……ほんとにやる気か」
「兄貴。俺たち火力支援部隊だろ。要は、でっかい銃を一つ増やすだけだ」
その目は、年齢に似合わぬほど揺るがなかった。
……こいつは本物だ。
「じゃあ決まりだ。ルミナ、サブユニットを用意しろ」
「承知しました。――団長の寿命が縮む前に、手を打っておきます」
「いちいち俺を殺すな!」
捕虜、民間人、資材、禁制兵器、そして重巡。あらゆる問題を抱えたまま、艦隊は帰還ルートを進む。
だがルミナは不意に、僅かに声を落とした。
「団長。……本部への報告の前に、覚悟を決めてください。ゼファーの名が出た以上、あなたの胃痛は――これからが本番です」
「もう潰れてるよ!」
俺は頭を抱えつつ、進路表示の光を睨んだ。帰還の道は、戦いよりも重苦しい試練で埋まっていそうだ。
帰還してすぐ、俺はフリーランクス・ラゲルト支部へ呼び出された。
ちなみに、民間人二十七名は警備隊に引き渡し、保護と生活支援を任せることにした。宙賊の捕虜と押収品については少し揉めたが、最終的には「フリーランクス預かり」として納得させた。
……胃に悪い交渉だったが、そこまで済ませたうえで、ようやくフリーランクスへの報告の段に移る。
報告の相手は、管理局の主任係官――レーネ。
制服のジャケットを着崩し、腕を組んで待つ姿は、いつ見ても様になってる。きりっとした目元に、妙に色気のある笑み。俺は席に座る前から胃が鳴った。
「……またずいぶん大きな土産を持ち帰ったわね」
値踏みするような視線が突き刺さり、俺は席に座る前から胃が鳴った。
「報告は受けてる。捕虜、民間人救出、そして宙賊拠点の壊滅。……正直、発見だけでも御の字だったのよ。まさか吹き飛ばして帰ってくるとはね」
「いや、まあ……成り行きというか」
「あなたの“成り行き”はいつも大事になるのね」
レーネが溜息を吐きつつも、机に視線を落とした。
俺は証拠データの端末を差し出す。ルミナが暗号化した、資材ケースの刻印と照合ログだ。
「これが……調達部のコード」
「確認するわ……ええ、確かに本物。――ゼファーのものね」
レーネは端末に目を落としたのも一瞬、すぐにファイルを格納した。指先に一切の迷いはなく、その仕草に傭兵上がりの冷静さがにじむ。
「ありがとね。あなたの働きで決定的な証拠が揃った。……でも気が重いわ。個人じゃなく、部門ぐるみの可能性が出てきたんだもの」
その言葉に、俺の胃がきしむ。
「……つまり、腐ってるのはゼファーだけじゃねえかもしれない、と」
「そういうこと。上層にまで食い込んでいたら……処理するこっちの身も持たないわ」
口調は冷静なのに、端々に刺すような棘があった。
俺は少し間を置いてから、口を開いた。
「……で、捕虜と押収品はどうする?」
レーネは端末を閉じ、短く吐息をついてから答える。
「捕虜は――事が済むまで、まだあなたの艦で預かっておいて。報酬に管理費を上乗せするから安心していいわ」
「……管理費で済む胃痛じゃねえんだが」
「押収品は禁制品を除いて、好きにしていいわよ。換金するなり、補給に回すなり」
「……太っ腹だな」
「当然でしょ。命張って奪った戦利品なんだから。こっちで全部取り上げたら、現場の士気なんて地に落ちるわ」
それでも、レーネはすぐに表情を切り替えた。
「後はこっちでやっとくから大丈夫よ。あなたは無理に首を突っ込まなくていいのよ」
「……ほんとに任せていいのか」
「任せなさい。あなたはあなたで、戦う場所があるでしょう?」
一瞬、視線が柔らかくなった。けれど次の瞬間には、また鋭い姉御の顔に戻る。
「それに、報酬は期待していいわよ。命を張って働いたんだもの。当然でしょ」
「……金より胃薬を配給してくれ」
「ふふ、あなたって本当に損な性分ね」
そう言って、レーネは席を立ち、軽く肩を叩いて去っていった。
レーネとの報告を終え、ようやくフリーランクスを後にした俺。肩の荷が少しは下りるかと思いきや、待っていたのは別の重圧だった。
艦に戻るや否や、ルミナが冷静無比な声で告げる。
「団長、押収資材の換金見込みを算出しました」
ホログラムに浮かぶ数字に、俺は思わず呻いた。
「……百三十万から二百五十万ソリオン……か。確かに大金だ」
「はい。ただし――」
ルミナはわざと間を置く。嫌な予感しかしない。
「《ストレイ・エクシード》の修理費は今回の戦闘損耗分で五万から十万ソリオン。ホークも三万から七万。……そして鹵獲した重巡についてですが」
俺の胃がキリキリし始める。
「……おい。言わなくていいぞ」
「修理・改装費で最低百万から百五十万ソリオン。再稼働後の維持費は年間五十万以上」
「……あー……」俺は額を押さえる。
「つまり、戦利品の大半は修理費に吸い込まれるってことか」
「はい。合理的な収支計算を行えば、利益はごくわずかです」
「やめろ! 夢も希望も削るな!」
子供たちが横からひょいと顔を出す。
「兄貴ー! でも重巡かっけーじゃん! ロマンだろ!」
「うん! ロマンはプライスレス!」
「お前ら……胃痛はプライスフルなんだよ……」
俺はホログラムに映る資材リストを眺めながら、額を押さえる。
「……で、問題はここからだ。換金、どうやってやる?」
ルミナは即答する。
「方法は三つあります」
1つ目、指を一本立てる。
「公式ルート。フリーランクスに正規報告し、規定の換金率で精算。ただし――手数料三割、支払いは数週間後」
「……遅いし減るな」俺は顔をしかめる。
ルミナは無表情のまま、二本目の指を立てる。
「準公式ルート。フリーランクスの指定業者を経由すれば、即日換金可能。ただし換金率は五割近く削られます。安全ですが、非常に割高です」
「……足元見すぎだろ、それ」
そして三本目。
「非公式ルート。連合市街のブローカーへ直接。即日換金可能、換金率は最も高い。ただし――違法取引の嫌疑を受け、最悪の場合あなたも宙賊と同列に扱われます」
「胃に悪すぎる!」俺は即座に叫んだ。
「以上三案。選択は団長に委ねます」
「委ねんな! どれ選んでも俺の胃袋が犠牲だろ!」
その時、子供たちが一斉に口を挟む。
「兄貴ー! 非公式ルートで即金だろ!」
「遊べるぞ! 新しいシミュレーター買おう!」
「お菓子を一年分!」
「バカ! それで俺が捕まったらどうするんだ!」
ルミナは淡々と結論づける。
「結局、胃薬代を換金に含める必要がありますね」
「含めなくていい!」
ブリッジが子供たちの喧騒で揺れる中、ふと視線を横にやると、タウロが壁際で腕を組んで黙っていた。普段と変わらず無表情だが、その目は「即金を選べ」と言っている気がする。――重巡を動かすには資金が要るのだ。
俺は深く息を吐いた。
「……わかった。公式ルートに乗せる。フリーランクスに正規換金だ」
「……兄貴ぃぃ!」子供たちが一斉にズッコケる。
「遊べない!」
「我慢しろ! 俺は捕まるのはごめんだ!」
ルミナがわずかに口元を緩めた気がした。
「賢明な判断です。入金までのつなぎ資金は、私が予備予算から流用可能です。修理費の一部にはすぐに充てられます」
「最初からそう言えよ……」俺は胃を押さえる。
だが、決断はした。資材は公式ルートで換金。修理費用百万ソリオンをどうにか工面し、重巡も含めて整備に回す。
タウロがぼそりと呟く。
「……あれが動けば、戦い方が変わる」
俺はうなずく。
「そうだな。……胃が壊れる前に、金を動かすか」
煤けた港区画の一角――《エアロ=バースト》のドックに、鹵獲した重巡が横たわっている。片翼を失い、艦橋は穴だらけ。見ようによってはただの漂流ゴミだ。
「……よう」
シャッターの奥から現れたのは、油と煤にまみれた作業服の親父だ。俺と半壊した重巡を見比べて、口笛を吹く。
「おいおいおい……お前さん、またロクでもねぇもん引っ張ってきたな」
「……今回はマジで胃が死ぬ案件だ」俺は頭を抱えた。
親父は大きく笑い、手を拭いながら歩み寄る。
「はっはっは! いいじゃねぇか。こいつぁただの鉄屑に見えて、フレームはまだ生きてる。推進炉片方ブッ壊れてるが……うちで組み直せば動くぞ」
「……で、直せるのか?」俺は親父――工房《エアロ=バースト》の頑固親父に問いかける。
油で黒ずんだ顎をさすり、親父はしばらく無言で船体を眺めていた。やがて、深い溜め息とともに言葉が落ちる。
「最低限動かすだけなら百万で済む。推進と生きてる砲塔をつなぎゃ、砲台代わりにはなる。
だが……完全に蘇らせるとなりゃ、百五十万は覚悟しろ」
胃がキリキリと音を立てる。百五十万――資材換金で得られる額と、ほぼ釣り合う数字だ。
そこで、横に立つタウロが口を開いた。低い声だが、いつになく熱がこもっている。
「……完全改修だ。中途半端じゃ意味がねえ。火力は、裏切らない」
子供たちが一斉に歓声を上げる。
「うおおお! 第三の艦だ!」
「でっけぇ砲撃ち放題じゃん!」
「俺、副砲乗る!」
「やめろ! お前らが撃ったら俺の寿命が縮むわ!」
だが――タウロの静かな決意に、俺は観念した。
「……百五十万だ。俺の寿命と引き換えに直せ!」
親父は目を細め、わずかに笑った。
「ったく、無茶しやがる……だが嫌いじゃねえ。よし、契約だ」
分厚い手で端末を叩きつけるように入力し、工期のスケジュールが提示される。
「全回収・全改修。工期は一か月。途中の仮稼働は十日目から可能だ。……その代わり、部品の調達に俺の信用も使う。後戻りはできねぇぞ」
「上等だ」俺は頷く。
その時、ルミナが口を開いた。
「補足します。重巡には私のサブユニットを搭載済みです。今回のパーソナリティは――“敬語・しっかり者タイプ”。正式名称は“LUMINA Sub-Unit Beta-4”です」
「敬語・しっかり者タイプ?」俺は思わず聞き返す。
「はい。任務進行を補助し、戦術と資源配分を一括管理します。タウロの負担を最小限に抑える仕様です」
タウロはわずかに目を見開き、そして短く頷いた。
「……悪くねえ」
親父は鼻を鳴らしながら肩をすくめる。
「艦長が十四のガキで、参謀がAIかよ。時代は変わったもんだな」
「おっさん、笑いごとじゃねえぞ。これが俺の胃痛の源なんだからな!」
「ははっ、そりゃ薬代も工費に含めといてやるよ」
……こうして、百五十万ソリオンを投じた「重巡完全改修計画」が正式に動き出した。第三の艦、火力投射部隊の旗艦。タウロの未来と、俺の胃袋を賭けて――。
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