第69話 収穫
俺たちは捕虜となっていた民間人の安全を確保したのち、拠点の戦闘区画を制圧し、ホークとエクシードをドッキングさせた。民間人たちを優先して救出し、宙賊の残党を拘束して移送する。
「団長、捕虜と宙賊の移送完了。合計で民間人二十七名、宙賊十八名です」
ルミナの報告は冷静そのものだ。
「十八人も生き残ったのか……いや、むしろ多いくらいか」
「ですが、全員を収容し続けるのは非効率です。食料、居住区、衛生管理……団長、胃痛の種が増えましたね」
「……もういっぱいいっぱいないんだが」
そこへホークの通信が飛び込んでくる。
『兄貴ー! 捕虜の人たち、めっちゃ感謝してるぞ!』
『みんな泣いてる!』
『でも宙賊のやつら、暴れて蹴ったら足痛ぇ!』
「……お前ら、人道的な扱いは理解してるよな?」
『してるしてる! ちゃんと縛った!』
……俺の胃袋、さらに縮む。
移送が終わったところで、ルミナが声を落とす。
「拠点の内部、まだ未確認の格納庫と収容区画があります。危険物や資源が残っている可能性が高いです」
「つまり探索が必要か」
「はい。……非効率ですが」
「またそれか」
「ですが、あなたがどうせ突っ込むとわかっているので、先に言っておきました」
「……優しさの皮をかぶった毒舌だな」
拠点の主戦区を制圧した後、俺たちは探索を再開した。静まり返った通路に、まだ焦げ臭い煙が漂っている。
「センサー反応あり。熱源はありませんが、資材の可能性が高いですね」
ルミナが淡々と告げる。
「……宝の山ってわけか?」
「正確には『略奪品の山』です。つまり返還義務が――」
「はいはい、わかってる。……でも確認は必要だ」
通路を抜けた瞬間、子供たちの歓声が弾ける。
「うおお! なんだこれ!」
「金ピカの箱だ! 絶対高い!」
「売ったら一生遊べる!」
「……おい。声のトーンが完全に宙賊のそれだぞ」
胃の奥がまたキリキリし始める。
ラックの上には、積み上げられたコンテナ群。中身を開ければ――精製済みの希少鉱石、軍規格のエネルギーパック、未登録のプラズマコイル、そして違法兵器の部材まで。
ルミナの声がわずかに硬くなる。
「確認しました。軍用制式パーツに、禁制兵器の部材。……これらはフリーランクスの認可なしには入手不可能。つまり、裏で誰かが流している」
「……ってことは、例の裏切り者に繋がるってわけか」
「はい。報告義務は絶対です。胃痛の原因もまたひとつ増えました」
「わざわざ言うな!」
子供たちが手を突っ込もうとするのを止めつつ、俺は考える。返還義務――確かにその通りだ。だが、誰のものかすら不明な戦利品を全部きれいに返すのは現実的じゃない。
「換金できる資材は接収。禁制兵器は報告用に隔離。……これでいいな」
「はい。合理的な処理です。ただし、団長の財布を膨らませる目的には使用できませんので」
「わかってる! 俺はそんなに卑しくねえ!」
「そうですか。……では“子供たちの一生遊べる”という夢も、却下ですね」
「お前ら! がっかりすんな!」
――こうして、資材はすべてドローンに回収させることにした。返還義務は果たす。だが、俺たちの手元にもちゃんとした戦果は残る。それでこそ、俺たちが戦った意味がある。
その時、奥のケージから物音がした。ガタリ、と小さな影が動く。
「なんだ!? また敵!?」
子供たちが身構えるが、現れたのは――ふわふわした、小動物だった。
白銀の毛並みに、宝石のように澄んだ瞳。ウサギのような垂れた長い耳がふわりと揺れ、リスのようにふっくらした頬と、フェレットを思わせるしなやかな体躯をしている。額には小さな光を宿す宝石のような器官が埋め込まれており、微かに脈打つように光っていた。小さな前足でケージの鉄柵を掴み、じっとこちらを見ている。
「……なんだ、ウサギ?いやリスか?」
「分類上は《アルカ・フェレット》。絶滅危惧種です」
エリスがすぐに端末を操作しながら答える。
「高い知能と感応適性を持つとされていて……本物は初めて見ました。市場に出れば惑星一つ買える値段ですよ」
ユイが一歩前に出る。
「……大丈夫、怖がってない。むしろ、助けを待ってた」
そう言った瞬間、ケージが自動ロック解除されたかのように開き、小動物が飛び出す。ひらりと宙を舞って――ユイの肩に着地。まるでずっとそこにいたかのように、彼女に頬を擦り寄せる。
「……おいおい」
「ふむ。感応現象への親和性が高いと記録されていますが……この即落ちは、少々異例です」
ルミナが冷静に分析する。
ユイは困ったように笑う。
「……放っておけないよ。この子、ここに置いていったら死んじゃう」
子供たちが口々に叫ぶ。
「飼おうぜ!」
「ホーちゃんのマスコット!」
「名前つけよう!」
「……お前ら、戦場でペット談義すんな」
俺は頭を抱えながらも、どこかで笑ってしまう。胃は確かに痛むが、こういう光景を守るために戦ってるんだと、少しだけ実感する。
格納庫に積み上げられたコンテナ群を、艦載ドローンが次々と開けていく。内部には、精製済みの希少鉱石やエネルギーパック、軍規格パーツがぎっしりと詰まっている。
「鉱石コンテナ、二十基。エネルギーパック五十基以上……」
ルミナの報告が淡々と続く。
「これらは換金可能。ですが――」
「はいはい、禁制物資もあるんだろ」
「ええ。軍規格プラズマコイル未登録品、重力投射砲の部材、そして……」
ドローンが慎重に運び出したケースを照らす。見慣れない黒い金属で覆われ、危険マークが赤く点滅している。
「――違法EMP散布装置の完成品です」
ルミナの声が一段低くなる。
「宙域全体の通信網を沈黙させ、都市単位を無力化可能。条約で所持すら禁止されています」
「……うへぇ」
俺は本気で胃を押さえる。
「宙賊がこんなもん持っててどうする気だったんだ……」
「おそらく売却、あるいは使用。いずれにせよ残しておけば大惨事です」
子供たちが顔を突き出してくる。
「おおー!なんか強そう!」
「ホーちゃんに積もうぜ!」
「積むなバカ! うちの艦、禁制兵器搭載してるなんてバレたら、俺らも宙賊と変わんねえぞ!」
「えー……でも役に立つかも……」
「役に立つ前に俺の寿命が縮むわ!」
ルミナが冷ややかに告げる。
「禁制兵器類はすべて隔離区画に搬入済みです。団長の“うっかり使用”を防ぐため、起動キーも私が保持します」
「俺を信用しろよ!……っていうか、俺そんなに危なっかしいか?」
「はい。胃薬を常備する団長に、冷静な判断力を期待するのは酷です」
「ぐはっ……刺さる」
それでも、整理は順調に進んでいく。希少鉱石は市場で換金可能、エネルギーパックは自艦の補給にも回せる。軍規格パーツはフリーランクスに提出が必要だが……いくつかは「補修用」として有効活用できそうだ。
「――まあ、だいたいの仕分けは終わったな」
俺は深呼吸をしてまとめる。
「換金できるものは堂々と接収。禁制兵器は報告用に隔離。……これで胃痛は半分くらいで済む」
「半分残るのですね」
「そこは“よかったですね”って言え!」
ルミナの声は微塵も揺れない。
その時、ドローンのセンサーが別の反応を拾った。
「……あれ?」
エリスが目を凝らす。
「これ……発光タグ? フリーランクスの艦籍コードが刻印されてる」
俺の胃が、さらに締め付けられる。
「……やっぱり出てきたか。裏切り者の痕跡」
ド ローンが運んできた資材ケースをスキャナにかけると、端末がピピッと高い音を立てた。
「一部暗号化されていますが、解析可能です……識別タグ照合完了」ルミナが淡々と告げる。
ホログラムに浮かび上がったのは、フリーランクスのロゴと識別コード。横に所属部署が表示される。
「……調達部門。おそらくゼファーのコードだな」俺は吐き気混じりに呟く。
胃がギリギリと音を立てる気がした。
ルミナが、無慈悲なまでに冷静に解説する。
「公式の帳簿と照合する必要がありますが、実物は宙賊の倉庫に存在。すなわち――横流しをしたのは、調達部門所属のゼファー本人か、その周辺ということです」
「うわ……ガチの内部犯行じゃん」
「兄貴、これもう汚職ってやつじゃん!」
子供たちが息を呑む。
「……そうだな。裏切りってレベルじゃねえ。組織ぐるみで腐ってる可能性すらある」
ユイが小動物を抱きながら、不安そうに言う。
「でも……もしゼファーさん、ほんとにやったんじゃなくて……だれかにだまされてただけだったら?」
「可能性はあるな」俺は頷く。
「だがどっちにしろ、このタグは証拠だ。利用されたにせよ、わざとにせよ、ゼファーが鍵だ」
ルミナの声は冷たくも確かだ。
「証拠データを暗号化して保存しました。消去も改竄も不可能です。……ただし艦長の神経消耗は進行中」
「だからいちいち言うな! もう胃が死にそうだ!」
子供たちがこそこそ話しているのが聞こえる。
「……兄貴って、この作戦が始まってから胃が痛いばっかり言ってない?」
「もう胃が痛くなかったら兄貴じゃなくね?」
「聞こえてんぞ! 俺を胃痛キャラにすんな!」
――こうして俺たちは、宙賊拠点から戦利品だけでなく、フリーランクス調達部門の闇に繋がる証拠を掘り当てた。
コンテナ群の回収と禁制兵器の隔離が終わり、ドローンたちが最後の荷を運び出していく。俺は深く息を吐き、ようやくブリッジの椅子に沈み込んだ。
「……あらかた片付いたか」
「はい。残存資材はすべて回収完了。……ですが」
ルミナが一拍置いて言葉を続ける。
「宙域に漂う大型艦――先ほど交戦した重巡の残骸、あれは見捨てますか?」
俺の胃が再び重くなる。
「あー……あれか。火線の中で半壊させたやつだろ。……どうせバラバラじゃねえのか?」
「解析結果によれば、推進炉片側と艦橋ブロックは完全に沈黙しましたが、船体フレームは健在。主要砲塔も三割は生きています。修復すれば再利用可能です」
「……マジかよ。じゃあ、あれ、使えるのか?」
「はい。戦術支援艦として即戦力化できます。ただし――」
ルミナの声がわずかに硬くなる。
「運用には少なくとも三十名が必要。……あなたの手元の人員では非効率です」
「無理じゃねえか……」額を押さえる俺。
その時、背後から低い声がした。
「……艦長。あれ、俺にやらせてくれ」
振り返ると、タウロが静かに立っていた。
「お前が?」
「……俺らの部隊、火力支援だ。重巡があれば、本当の意味で“盾と砲”になれる」
普段は無口なタウロが、珍しく言葉をつなぐ。
「……俺は揺れない。撃つ時も、守る時も。だから……砲の要を任せてほしい」
ルミナが淡々と補足する。
「解決策はあります。ホーク同様、私のサブユニットをインストールし、戦術支援専用AIとして艦を稼働させれば、人間の負担は最小限に抑えられます」
「つまり、タウロが艦長、サブAIが参謀……ってことか」
「はい。不完全運用ですが、火力投射部隊としては十分」
子供たちが一斉に叫ぶ。
「重巡! 味方にできるのか!?」
「俺、副砲撃つ!」
「やめろ! お前らが撃ったら俺の寿命が縮む!」
……胃は確実に死ぬ。だが、敵の大型艦を鹵獲して第三艦にできるなら――これほどの戦果はない。
俺は頭を抱えつつ、タウロを見た。
「……本気か?」
タウロは一拍置いて、まっすぐに答えた。
「……ああ。俺に撃たせろ。絶対に外さねぇ」
ルミナが静かに告げる。
「では、艦の牽引準備を開始します。……団長、胃薬はお早めに」
「余計なお世話だ!」
――こうして俺たちは、宙賊拠点の戦利品に加え、重巡という“第三の艦”までも手に入れた。小さな艦隊は、ここからさらに膨らんでいく。
帰還の前に、最後の仕上げが残っていた。
「ルミナ、目標指定だ。宙賊拠点の中枢……全部まとめて吹き飛ばす」
「了解。エネルギー充填開始」
艦隊全艦、火線に並ぶ。《ストレイ・エクシード》の粒子砲、《ホーク》の格納型粒子砲、そして牽引中の重巡からも、生き残った主砲が唸りを上げる。
「全砲門、最大出力――」
俺は叫んだ。
「撃てぇぇぇッ!」
光の奔流が重なり、宙賊拠点の中枢を飲み込む。装甲が裂け、炎が吹き上がり、要塞そのものが崩れ落ちていく。
やがて、巨大な爆発が星空を赤く染めた。宙賊の巣窟は、跡形もなく消え失せる。
静寂の中で、俺はようやく息を吐いた。
「……帰るぞ。俺たちの艦隊で」
――戦いの果てに、俺たちは“第三の艦”を手に入れ、宙賊の拠点を地図から消し去った。小さな艦隊は、確かに力を増しつつあった。
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