第6話 現状認識
艦内の散策を終えて艦橋へ戻ると、俺は艦長席のコンソールにそっと手を伸ばす。人工照明が抑えられた艦橋は静まり返り、モニターの淡い光だけが闇の中に浮かんでいる。
「……そろそろ現実と向き合うか。ルミナ、現在の備蓄状況を報告してくれ」
『かしこまりました、艦長。ただいま算出します。――現在のエネルギー消費率、および生命維持・艦内稼働モードを基準としたシミュレーションの結果、このままの状態で維持可能な生存期間は……12日です。なお、艦長が途中で宇宙の藻屑と化した場合、この計算は無効化されますので、あらかじめご了承ください』
「その死亡前提をデフォルトに入れるの、そろそろやめろよ……12日か。思ってたより、余裕ないな」
コンソール上に表示された備蓄状況のグラフを見て、思わずため息が出る。とくにエネルギー残量の折れ線は、まるで滑り台。見事なカーブで右肩下がりを描いていて、見ているこっちの気分まで一緒に滑落しそうになる。しかもこの数値、もともとがギリギリの状態だったせいで、減り方が余計にシャレになっていない。
「なんでこんなに少ないんだ……てことは、食料は余ってても、エネルギーが先に尽きるってことか」
『はい。艦内システムの大半が“標準起動モード”で動作しているため、消費効率は最適とは言えません。生命維持と必要最小限の制御系を残して“省電力モード”に移行することで、生存期間は最大で45日まで延長可能です』
「それ、めっちゃ寒そうなんだけど」
『正確には“艦内の快適性を犠牲にする”モードです。艦長の“おまぬけな適応力”が試されますね』
「おまぬけ言うな!……はぁ、現実的に、どうすりゃ延命できる?」
『艦長の命運を分ける選択肢は、主に三つございます』
ルミナの声は相変わらず落ち着いていて、しかしそのトーンの奥に、確実な“刺し”成分を含んでいるのは気のせいではない。
『一つ、艦内の非重要設備をすべて節電モードに切り替え、艦全体を“隠居生活モード”へ移行。二つ、外部空間からの資源回収。つまり、艦長が自ら宇宙へ飛び出し、“使えそうなガラクタ”を探してくる野外活動コース。三つ、救難信号の発信。ただし、これには副作用として“よくわからん連中が寄ってくる可能性”が付きまといます。最悪の場合、“異星コレクション棚の一番奥にディスプレイされる未来”もございます』
「それは全力で避けたい……2番だな。動けるうちに、行動しておいたほうがいい」
『判断がまともすぎて、システムチェックをし直したくなります。明日はブラックホールが逆回転しても驚きませんね』
「言いすぎなんだよ、ほんとに……で、外に出るってことは、まずスキャンからだよな?」
『おお、ついに艦長が“基本的判断力”を発揮されましたね。これは記念日です。艦内カレンダーに“奇跡の日”として記録しておきましょうか?』
「やめてくれ……絶対後で通知が来て凹むやつだ、それ」
『それでは広域スキャナーを起動します。なお、結果が“ピコーン”と鳴った場合、大抵は“めんどくさいサプライズ”なので、過度な期待は禁物です』
ホログラムの空間マップが、メインスクリーンにふわりと展開される。淡いブルーの線が広がる中、いくつかの反応がチカチカと点滅する。
『スキャン範囲:およそ1.2AU内。検出反応、3件を確認』
「けっこうあるな。こんな空間でも“落とし物”ってあるもんなんだな」
『はい、宇宙は広く、そして無頓着な存在が多いのです』
1:右舷方向 約5400km――微弱なエネルギー反応と小型構造体。人工物と思われます。
2:前方 約9000km――金属反応と散逸する熱源。大破した残骸か廃棄物の可能性が高いです。
3:後方 約12700km――断続的な電磁信号。通信波形に類似しますが、プロトコル不明。未知との遭遇候補です。
「まずは1だな。距離も近いし、“よく分かんないけど人工物”ってのは悪くない判断材料だ」
『その判断、極めて妥当です。今夜は祝杯でも上げますか?』
「水でいいからよこせ」
『後で栄養ゼリー“謎の桃風味”を出しておきます。さて――目標に向けて航行ルートを設定します』
静かな低振動が床を伝い、艦体がゆっくりと目標方向へ回頭を始める。
『目標座標まで、相対速度調整後に約5分で到達見込み。周囲の散乱物は最小限。いきなり“謎の爆発オチ”にはなりにくい環境です』
「よし。じゃあ、ヴァルカンユニットを出そう。出撃準備、頼む」
『了解しました。出撃ユニットを起動します――あなたのようなおまぬけ艦長でも、乗るだけで戦闘力8倍になる“夢のマシン”です。……ただし、着地に失敗すると全部無駄になります』
「最後の一言が余計なんだよ……」
『私から毒舌を抜いたら、存在意義が消えますから』
静まり返った艦橋に、エンジンの起動音が低く響く。その中でルミナの変わらぬ嫌味が、どこか心地よく響いている。
不思議なことに――その声が今の俺には、妙に、頼もしく聞こえる。
ルミナが用意した栄養ゼリー“謎の桃風味”を口にしながら、俺はモニターを見つめる。艦がゆっくりと目標物に接近するにつれ、外部カメラがその姿を捉え始める。モニターに映し出されたのは、あちこちが凹み、煤で黒ずんだ長方形の箱状構造物――どう見ても“補給コンテナ”らしき人工物だ。だが、ひと目で“普通”ではないことが分かるほど、ダメージの度合いが激しい。
『外装の形状を確認しました。外見上は補給ユニットに酷似していますが、設計規格は未登録。……ただし、内部構造や接続インターフェースの一部に、“《ストレイ・エクシード》と酷似した設計思想”が確認されています』
「……どういうこと? 同じ設計図で作ったってわけじゃないのに、考え方が似てるって?」
『はい。モジュール配置、エネルギー供給ライン、セキュリティ認証の思想――細部に異常なほどの共通点があります。まるで、“同じ誰かが設計したかのように”』
「……そんなもん、宇宙にぽんと流れてる時点で怖すぎるんだけど……」
『現状、“《ストレイ・エクシード》と同系列の設計思想を持つ正体不明の人工物”と分類可能です。艦との接続互換性も一部確認されており、注意深く接触すれば解析や利用も視野に入ります』
「中身の反応はどうなってる?」
『継続的に微弱なエネルギー反応を検出中です。さらに、短距離通信モジュールが低出力で稼働しており、内容的には“救難信号”または“発見誘導ビーコン”の類と判断されます。……この世界には“現実感の乏しい人物”が漂着している実績がございますので、何が出てきても私は驚きませんよ?』
「今さりげなく俺を混ぜたよな!? それ、中身が生きてる可能性もあるってことか?」
『ええ、あるいは――有毒ガスの充填、または人格保存型AIユニットの詰め合わせ、という線も想定できますね』
「いや、どっちも嫌な予感しかしねぇよ……とにかく、行くぞ」
俺はすぐさま艦橋を後にし、ハンガーデッキへ向かってヴァルカンユニットを装着。ロックを解除してプラットフォームに立ち、起動シーケンスを完了させると、そのまま宇宙空間へと滑り出る。
コンテナまでは約40メートル。推進アシストを最低限に絞り、姿勢制御を調整しながら、ゆっくりと接近する。
接近するにつれて、外装のダメージがますますはっきりと見えてくる。経年劣化のような色褪せだけでなく、無数の衝突痕、焼損、そして明らかな熱溶解痕。これは単なる“漂流物”ではない。“何かに巻き込まれた”物証が、目に見えるかたちで刻まれている。
「ルミナ。開けられそうか?」
『ロックは物理式です。簡易工具での開放が可能です。現在、周囲環境は安定していますので、標準手順に従って解錠してください。……ただし、開封後の挙動につきましては、一切の責任を負いかねますので、どうかご覚悟を』
「またさりげなく脅してくるな……」
俺は腰のツールホルダーから開放具を取り出し、慎重にロック機構に差し込む。内部のバランスを崩さないようにゆっくりと力を加え、小さな軋みとともに蓋がわずかに開く。
静かに呼吸を整えてから、手で押し上げる――その瞬間、内部が視界に広がる。
「……あったな」
中には、無数の小型パッケージがぎっしりと収められている。しかし、その多くは凍結焼けで変色しており、いくつかは明らかに破裂した形跡を残している。
「ルミナ。中身、使いものになるか?」
『スキャン中……はい、全体の約8割は廃棄対象ですが、残りの一部は“低温保存栄養物”として再利用可能です。さらに、未開封状態の“高圧型水素セル”を3本確認しました。こちらは航行補助燃料として十分に機能します』
「それ……つまり、当たりってことじゃないか?」
『はい、極めて珍しい“運の良い展開”です。……逆に言えば、明日あたり隕石が降ってきても私は驚きません』
「いや、そういうフラグの立て方やめてくれ……」
俺はヴァルカンユニットのアームでコンテナの中身をひとつひとつ慎重に取り出し、輸送パックに収容していく。気圧差や熱衝撃に備えつつ、破損品を識別し、使用可能な物資だけを分離していく作業は地味ながらも集中力を要する。
「……にしても、これ。外装の焼け跡とか見れば見るほど、どう考えても自然劣化じゃないよな。
明らかに“狙って撃たれた”か、“何かに巻き込まれた”って形状してる」
『そのご指摘、ごもっともです。私も“戦闘痕”の可能性を高く見積もっています。漂流というよりは、“戦闘の結果として放棄された”コンテナ。あるいは――敵対行為によって無力化された直後に放出された可能性も』
「……つまり、これ。“誰か”がここにいた痕跡、ってことか」
『はい。この事象が示しているのは、少なくとも“艦長ひとりだけの世界ではない”という、揺るがぬ証拠です』
帰還ルートを辿りながら、俺は無言のまま、宇宙の静けさに包まれる。目の前に広がる無音の虚空。そのなかに、確かに“誰かが存在していた”気配が残っている。そして、その“誰か”はもう、ここにはいない――
その事実だけが、妙に肌の奥へ染み込んでくるような感覚をもたらしていた。
モニターに再び星空のホログラムと、スキャンによる反応点の一覧が浮かび上がる。番号付きのマーカーが、淡く瞬きながら空間の各所に配置され、まるで無言の呼びかけのように俺の目を引く。
『艦長、資源回収作業、お疲れさまでした。……ですが、あのコンテナ、ただの“拾い物”では終わらなさそうです』
ルミナの声には、どこか“ぴりっ”とした緊張感が混じる。それは単なる分析ではなく、何かを察知したときの“警戒”に近い響きだ。
「さっきの“反応1”はあのコンテナだったよな。でも、残る2と3――何か引っかかってるんだろ?」
『お察しの通りです。……本当に、今の艦長は冴えていますね。カレンダーに“奇跡の日”として登録しましょうか?』
「やめてくれ、その通知で毎年凹む未来が見えるから。というかこのくだり、2回目な。」
『フフッ。冗談です。それはさておき――先ほど回収したコンテナと、“反応3”の信号パターンに、非常に顕著な共通性が確認されました』
「共通って、具体的には何が?」
『コンテナ内部で検出された“微弱なエネルギー反応”と、“反応3”から発信され続けている断続的な電磁信号――この二つの波形が、ほぼ同一系列の変調特性を持っています。発信源が同じ、もしくは“兄弟機”のような関係である可能性が高いです』
「つまり、さっきの場所から後方12700kmにある反応3も、“同じ出どころ”か、似たような設計思想で作られた何かってわけだ」
『そのように推測します。ただし断定には至りません。同設計系統の複数ユニットという可能性もありますし、最悪“偶然の一致”という線もゼロではありません』
ホログラムの空間マップ上で、三つの反応点が細いラインで結ばれていく。まるで意図的に“配置”されたような並びだ。その配置が、逆に静かな緊張を呼び起こす。
「……これ、“誰かが配置した”って言われても納得できるな。“こっちだよ、おまぬけ艦長さん”って誘導してるみたいな……」
『可能性は否定できません。少なくとも、“無作為な漂流物”とは考えにくいです。何らかの意図、あるいは痕跡が、この宙域に刻まれていることは間違いありません』
一瞬、艦橋の空気がひやりと冷える。空間そのものが“何か”を語り始めたような、そんな錯覚すら覚える。
「……で、どうする? 反応3、行くべきか?」
俺の問いに、ルミナは一拍の沈黙を置いて、言葉を慎重に選ぶ。
『……判断は艦長に委ねます。ただし、反応3の調査は資源確保とは異なり、“未知との遭遇”を前提としたミッションです。リスク評価は――“最後の一機でラスボスに突撃”クラス。つまり、運が悪ければ即・爆散です』
「だから例えが極端なんだよ!」
だが、ルミナはすぐさま声の調子を変え、より現実的な提案を続ける。
『艦長に提案いたします。まずは、先ほどのコンテナに搭載されていた“微小発信モジュール”の解析を優先し、その信号の起源や目的を特定するのが最も安全です。不要な接触を避け、先に“情報で武装する”戦略を推奨いたします』
「つまり、いきなり突撃じゃなくて、まずはお勉強タイム……ってことか」
『その通りです。幸い、当艦には最初から高性能なデータキャプチャ装置とAI解析ユニットが搭載されています。……つまり、“艦が有能”であって、艦長の知能は特に関係ありません。念のため明言しておきます』
「わかってるよ……そんなに強調しなくていいから」
俺はため息をつき、モニターに表示されたコンテナ内部の断面構造と、ホログラム化された通信モジュールを見つめる。解析バーが静かに右へ伸びていく。
「ルミナ、解析完了までどれくらい?」
『信号構造の一部が破損しており、構造推定と復号処理を要するため、完了までに約1時間45分と見積もられます。なお、翻訳ソフトは“火星語のナンセンス詩”に遭遇したかのような挙動を示しています』
「その例え、妙にリアルで腹立つな……なら、その間に他の反応を見に行こう。9000km先の熱源反応、今どんな感じだ?」
『前方9000kmの反応は現在も継続中です。対象は静止状態を維持しており、形状は不明瞭。金属反応と局所的な熱源が検出されており、残骸、または破損構造体の可能性が高いです』
「移動と調査合わせて、どれくらいかかる?」
『往復で約40分。航行に8分、現地滞在を20分以内に抑えれば、解析終了前に帰還可能です』
「よし、行こう。進路を設定してくれ」
『了解しました。……艦長がここまで合理的だと、ログを三度見する必要がありそうですね。“これはシミュレーションでは?”という警告すら浮かびました』
「だからいいから早く行けってば!」
ルミナの操作で、艦が滑らかに姿勢を変え、わずかな振動を伴って前方へ進み始める、空間マップに示された進路に沿って。俺はその先に待つ“次の謎”へ向けて、覚悟を新たにする。
「さあ……次の手がかり、頼むぞ」
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