第68話 収容区画
収容区画の扉が、ギギギと鈍い音を立てて開く。鼻を突くような湿った匂いと、機械油の焦げ臭さが流れ込んでくる。通路の先に広がるのは――檻。
金属格子の中に、十数人の人影。男女入り混じって、痩せ細った身体が壁に凭れかかっている。
……間違いなく捕虜だ。
「人影確認。生命反応も一致します。“生存”しています」
ルミナが冷静に言う。
「……本当に捕虜、だよな?」
口に出した瞬間、胃がキリキリ痛んだ。今さら疑いたくはないが――宙賊どもだ。囮やスパイを紛れ込ませるぐらい、平気でやるだろう。
「兄貴!ほんとに人がいる!」
「助けなきゃ!」
子供たちが一斉に前に出かける。
「待てバカ!不用意に近づくな!」
俺は腕を広げて制止する。
「団長、正しい判断です」ルミナの声が重なる。
「ここで感情に流されるのは、愚か者の証。……もっとも、あなたはしばしばその愚かさを選びますが」
「おい、今それ言うか?」
「ええ。ちょうど良いタイミングかと」
「皮肉に都合いいタイミング選ぶな!」
格子の中から、声が上がった。
「……たすけて……」
かすれた女の声。次いで、別の男の声が重なる。
「おい、早く! こいつらに殺される前に出してくれ!」
……なんだ、この違和感。必死な声のはずなのに、妙に力がある。腹から出てる声だ。飢えと疲労でくたびれた人間にしては、元気すぎる。
「団長」
ルミナが低く囁く。
「檻内の一部個体、呼吸と心拍に乱れが見られません。……まるで“演技”のように」
「……やっぱりか」
胃の奥が、ぐっと縮む。
ニコが俺を見る。
「兄貴……どうする? 怪しくても、助けないわけには――」
「わかってる」
俺は銃を構え、ゆっくりと前に出る。
「よし。まずは格子を開ける。だが中の奴らは一歩も動くな。動いた瞬間、撃つ」
檻の中の人影がざわめく。悲鳴とも怒声ともつかない声が交錯する。
「兄貴、ちょっと怖すぎね?」
後ろで子供の声が小さく漏れる。
「うるせえ! こういう時は怖いぐらいでちょうどいいんだ!」
ルミナの声が重なる。
「はい。団長の威圧的な態度は珍しく有効です。普段からその調子なら、もっと尊敬されたかもしれませんね」
「うるさい!」
格子の向こう――その中に、本物と偽物が混ざっている。この中から、どうやって真実を見抜くか。
……俺の胃は、もう限界に近い。
格子を開けた瞬間だ。数人の捕虜がふらつくように出てくる。本当に力尽きてる様子の奴もいれば、目が妙にギラついてる奴もいる。
……胃がキリキリ鳴る。嫌な予感しかしねえ。
「水を……水をくれ……」
床に倒れ込む男。ガチで弱ってる感じだ。子供たちが慌てて駆け寄ろうとする。
「待て!まだ触るな!」俺は手を広げて止める。
「団長」ルミナの声が入る。
「先ほどの彼――心拍が異常に安定しています。栄養失調者のデータに該当しません」
「つまり、嘘の弱り芝居ってことか」
「はい。演技力は高めですが、観客が悪かったようですね」
「……胃に悪い芝居だな」
次の瞬間。
「助かったぜぇ!」と叫びながら、その男が飛び起きた。
手には小型の隠しブレード。まっすぐ子供たちに突っ込んでくる。
「うわっ!?」
「兄貴!」
俺は反射的に撃つ。銃口から閃光が走り、ブレードを持った腕が吹き飛んだ。男は悲鳴を上げて転がり、床に赤黒い液体を撒き散らす。
「……チッ」俺は舌打ちした。
「やっぱり混ざってやがったか」
ルミナの声が落ち着きすぎてて逆に怖い。
「的確な射撃でした。団長にしては珍しく」
「“珍しく”をつけるな!」
ニコが俺の横に飛び込んできて、銃を構える。子供たちも歯を食いしばりながら武器を向ける。
「……兄貴。やっぱ俺たち、こういうの許せねえよ」
「攫った上に、仲間のふりとか……最低だ」
檻の中で、他の数人が顔を青ざめさせている。その中の一人――女が震える声で言った。
「違うの……あの人たち、宙賊に“混ざれ”って脅されてただけで……!」
……そういうパターンもあるのか。俺の胃がもう一段ひねくれる。
「団長」ルミナが口を挟む。
「生存者の振りをした囮、偽装捕虜――宙賊が常用する戦術です。……ただし」
「ただし?」
「彼らの中には“本物”も混ざっています。すべて切り捨てれば、味方を失うことになります」
「……また胃に悪い選択肢出してくるな!」
俺は銃を構えたまま、捕虜たちを睨む。本物と偽物が入り混じる状況――下手すりゃ内通者の線に繋がる重要人物が、ここにいるかもしれない。
「よし。これから質問する。……答え次第で、お前らの命が決まる」
子供たちがゴクリと息を呑む。俺の胃はもう、限界突破だ。
捕虜たちを壁際に並べ、俺は腕を組む。怯えている顔もあれば、どこか挑戦的にこちらを見返す目もある。胃がもうきしんで仕方ねえ。
「さて……どうやって見分けるか、だな」
ルミナが冷淡に告げる。
「非効率です。時間をかけて尋問すれば、こちらの戦力が削がれます」
「わかってるよ。でも……間違えて本物の被害者を撃ったら最悪だろ」
「はい。ですから、団長がその役を担うべきです」
「俺の胃が死ぬ未来しか見えねえんだが」
「今さらでは?」
「毒舌にブレーキ踏め!」
その時、ユイが前に出た。緊張しながらも、真剣な目で俺を見る。
「……わたしがやる」
「ユイ?」
「感応で……調べてみる。……ほんとに怖がってるのか、ウソついてるのか、きっとわかるよ」
子供たちの間からどよめきが上がる。
「ユイがやるなら間違いない!」
「感応って便利だな!」
「よし、嘘ついたやつは撃ち殺そう!」
「待て待て待て!物騒な結論急ぐな!」
俺は額を押さえながら、ユイに視線を戻す。
「……大丈夫か。あんまり無理はするなよ」
ユイは小さく頷いた。
「うん。……シンヤが見ててくれるなら、できる」
その一言で、心臓がきゅっと締めつけられる。胃だけじゃなく胸まで痛めてどうすんだ俺は。
ユイは目を閉じ、捕虜の前に立つ。沈黙。空気が重くなり、俺まで息を呑む。
やがて、ユイが震える声で告げた。
「……この人たちの中に、いるよ。……怖がってるふりして、ほんとは笑ってる」
子供たちが一斉にざわめく。
「誰だ!?」
「どいつだ!?」
「見つけたらボコボコにしてやる!」
「落ち着け!」
俺は慌てて手を上げる。
「ユイ、はっきり言えるか?どいつだ?」
ユイは目を開き、壁際に並んだ捕虜の一人を指差した。痩せぎすの男、落ち着いた顔でこちらを見返しているそいつを。
「……あの人。怖がってる“ふり”してる」
男の口元に、かすかな笑みが浮かんだ。
「……チッ、バレちまったか」
子供たちが一斉に銃を構える。
「やっぱりこいつだ!」
「撃っちまえ!」
「待て!撃つんじゃねえ!」
俺は慌てて制止し、銃口を下げさせる。
「情報を吐かせる。コイツは利用価値がある」
ルミナの声が静かに響く。
「正解です、団長。珍しく冷静でしたね」
「毎回俺をどういう評価で見てんだ!」
ユイは目を閉じたまま、さらに集中している。呼吸が浅くなって、手がかすかに震えているのが見える。
「ユイ、大丈夫か?」
「……うん。もう少し……」
俺は無意識に息を殺す。子供たちも口を閉じ、場に重い沈黙が落ちる。
しばらくして――ユイが小さく首を振った。
「……他は、大丈夫。怖がってる人は、本当に怖がってる。怯えて泣きそうで……でも、それは本物」
子供たちが一斉に安堵の声をあげる。
「よかった……!」
「じゃあ、この人たちは助けていいんだな!」
「オレたちで保護する!」
「お前ら、ペット拾うノリで言うな!」
俺が突っ込むと、ルミナが冷静に補足を入れる。
「団長。今の判別は極めて有効です。効率面では疑問ですが、精神的損耗を減らせる意味では最適解です」
「……結局俺の胃を気遣ってんのか?」
「いえ。団長の胃の耐久度は計算対象外です」
「おい!」
それでも、胸の奥の緊張は少しだけ解けた。ユイがしっかり見分けてくれたおかげで、ここにいるのは一人を除いて本物の捕虜だ。
俺は改めて、その「一人」に視線を戻す。さっきユイに指摘された痩せぎすの男。相変わらず余裕の笑みを浮かべて、俺たちを睨んでいる。
「さて……お前には色々と話してもらうぞ」
「へっ、どうせ殺されるのにか? だったら適当に作り話してやるよ」
子供たちが一斉に銃を向ける。
「作り話なんかしたら撃つぞ!」
「正直に喋れ!」
「はい、尋問タイム始まりまーす!」
「お前ら黙れ!怖がらせてどうすんだ!」
俺が頭を抱えると、ルミナが静かに口を開いた。
「団長、彼は挑発しているだけです。恐怖ではなく優越感を糧にしている。……つまり、口を割るまで時間はかかりません」
「そんなこと言ってると、俺の寿命がまた削られるだろ」
「それは良いダイエットになります」
「ダイエットで命削りたくねえ!」
男が肩を揺らして笑う。
「クク……おもしれえな、お前ら。だが、いいぜ。どうせ長くは生きられねえ。ひとつだけ教えてやる」
「……なんだ」
「フリーランクス。あれは腐ってる。俺たち宙賊がどこに隠れてるか、あいつらは全部知ってたんだ。知ってて、見逃してた」
俺の背筋が凍る。
「……どういう意味だ」
男の笑みがさらに深まる。
「お偉いさんに、ちゃんと払ってんだよ。“通行料”ってやつをな」
子供たちが一斉に怒声をあげる。
「やっぱり!」
「それって、つまり――」
「仲間売ってたってことか!?」
ユイが小さく震えながら、俺の袖を掴む。
「……ほんとに、わるいひとが……」
胃が、完全に悲鳴を上げた。
「……最悪だな」
ルミナが落ち着いた声で告げる。
「団長。証言の信憑性を裏付ける必要があります。しかし、この発言だけで充分に“疑念”を持つ理由にはなります」
「つまり、俺の胃痛が長期戦確定ってことか」
「はい。おめでとうございます」
「祝うな!」
男は相変わらず薄笑いを浮かべている。その顔を見ているだけで、胃がきしむ。
「なあ。お前、今の話……もうちょい詳しく頼む」
「頼むだぁ? なんだその態度。捕虜に下手に出るか?」
「殴っていい!?」
「いや、拷問した方が早いだろ!」
「熱した鉄棒持ってこい!」
「待て待て待て! お前ら完全に時代劇の悪代官ノリだぞ!」
俺が慌てて止めると、ルミナがさらりと補足する。
「団長。暴力に頼るのは非効率です。ですが、彼らの無邪気な恫喝は意外と効果的ですね」
「……無邪気な恫喝って新しいな」
男の口角がわずかに下がる。
「……チッ、ガキのくせに妙に迫力あるじゃねえか」
「おい。いいから吐け。フリーランクスの誰が絡んでる」
沈黙。数秒のにらみ合い。だが男は肩をすくめ、ついに吐き出した。
「――“ゼファー”って名を聞いたことはあるか? フリーランクスの調達部門の部門長だ」
「あいつらは物資の流れを握ってやがる。俺たち宙賊に一番必要なもんはなにかわかるか? 燃料と食料だ。……あいつらはそれを裏から流してた」
俺の頭がぐらりと揺れる。胃袋の奥で酸が逆流する。
「……つまり、物資を渡すときに、航路の情報も売ってたわけか」
男が嗤う。
「正解。俺たちは“獲物が通る道”を先に知ってたんだよ。……全部、ゼファーからの情報だ」
「ふざけんな!」
「じゃあ、襲われた商船の人たち――!」
「助けられたはずじゃねえか!」
子供たちの声が怒りに震える。
ユイが唇を噛んで、俺の袖をぎゅっと掴む。
「……これ、本当だと思う」
彼女の瞳は、震えながらも強い光を帯びている。
ルミナが冷徹にまとめる。
「団長。現段階で名前が出たのは“ゼファー”。所属はフリーランクス調達部門、部門長。彼が裏切り者か、少なくとも宙賊に通じた汚職担当と見て間違いないでしょう」
「……間違いない、か」
「ええ。残念ですが、胃薬でどうにかなる話ではありません」
「今一番欲しいの胃薬だよ!」
だが――証拠はまだ不十分だ。男の言葉だけじゃ決定打にならない。
「ルミナ、記録は取ったな?」
「当然です。声紋、表情パターン、発汗量、全て。虚偽の確率は低いですが……証拠としては“補助的”な扱いでしょう」
「……じゃあ、あとはどうやってゼファーを追い詰めるか、だな」
胃が縮む。だが、逃げ道はない。
子供たちは銃を握りしめたまま、真剣な目で俺を見ている。
「兄貴……フリーランクスの人なのに、裏切ってたんだな」
「どうする? 俺たち、あんなの許せねえ!」
俺は唇を噛む。
「どうするもこうするも――追うしかねえだろ。ゼファーを掴まなきゃ、また誰かが犠牲になる」
ルミナの声が少しだけ柔らかくなる。
「……団長。ご安心を。あなたが潰れる前に、私が適切に手綱を取ります」
「……そういう優しさの出し方、マジでやめろ」
男はまだ薄笑いを崩さない。だが、その目の奥にわずかな諦めが見える。
「……ゼファーが黒だってのはわかった。だがよ、どうやって連絡とってた? まさか普通に直電かけてきたわけじゃねえだろ」
「さあな」男が鼻で笑う。
「俺たちがバカ正直に顔合わせて打ち合わせしてると思うか?」
「絶対してる! 馬鹿だから!」
「顔合わせて『おつかれっす!』とか言ってる!」
「そのあと酒飲んで悪だくみしてるんだ!」
「お前らの偏見強すぎだろ!」俺は額を押さえる。
「いや、でも……案外当たってたりして」
ルミナが冷ややかに補足する。
「団長。宙賊に“無駄に陽気で愚鈍な行動様式”が散見されるのは統計的事実です。子供たちの推測は全く根拠がないわけではありません」
「ルミナ……統計データにそんなコメントつけるな」
男の眉がピクリと動く。
「……クソガキどもが。だが、酒の場で軽口叩いたことは、まあ、ある」
子供たちが「ほらみろ!」と得意げに叫ぶ。俺の胃がきしむ音がする。
「……で? 肝心の連絡手段は?」
俺が低く問うと、男はしばらく黙り込み、やがて肩を落とした。
「暗号ビーコンだ。航路に“光標”を残す。ゼファーが流す物資の積み荷には、必ず特定の発光タグが仕込まれてる。それを受け取れば、次の襲撃座標がわかる」
「光標……?」ユイが小さく首をかしげる。
エリスは考え込むように眉をひそめ、しばらく視線を宙に泳がせた。
「……うん。普通の人には、ただの識別タグにしか見えない。でも、特定の角度から見ると決まった波形で光るんです。――あ、そういうことか」
ルミナが淡々と補足する。
「確認しました。ゼファーが仕込んだ特殊タグを拾えば、物資の動線と宙賊の行動計画を照合できます。つまり――証拠になりますね」
「なるほどな。……じゃあ、お前らはそれを合図に集まってたわけだ」
「そうだよ。ゼファーのおかげで、俺たちは獲物の位置を先に知れた。……まあ、そのゼファーって野郎も、俺が捕まったこと知ったら真っ青だろうな」
子供たちが一斉に拳を握りしめる。
「よし! ゼファーの尻尾掴んだ!」
「そいつ、絶対に許さない!」
「ていうか今すぐフリーランクス本部に殴り込み!」
「いや待て待て待て! 証拠集めてからじゃないと、こっちが捕まるわ!」
「団長の言う通りです。今の状態で突撃すれば、“胃痛による過剰行動”として報告されるでしょう」
「それだけはマジでやめろ!」
だが――方向性は見えた。ゼファーが仕込んだタグ。それを押さえれば、裏切りの証拠になる。
俺は深呼吸して、仲間に告げる。
「……証拠を集める。ゼファーの仕業だって、誰も否定できないくらいにな」
ユイが小さく頷く。
「……うん。そうすれば、助けられる人も増える」
俺の胃はまだ重い。だが、迷いはもうなかった。
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