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第65話 奇襲

「ルミナ!」

「了解。補給中の五隻を優先攻撃――動けない今が好機です」


 ルミナの声と同時に、管制が次々と照準を同期していく。副砲群が一斉に火を噴き、無防備に係留されていた艦を正確に撃ち抜く。


 ドガァン、と虚空に爆炎が咲き乱れる。補給中の艦が一隻、二隻と沈黙していく。慌てて遮蔽を展開する艦もいるが――遅い。鎖で繋がれたような連鎖爆発が、港湾外縁を一瞬で火の海に変えた。


「残り三隻! 火力を集中!」

 俺の声に、エリスが必死に操作を合わせ、ユイが息を殺して気配を探る。ルミナの指示が途切れなく飛び、《エクシード》の砲火が補給艦を次々と焼き尽くす。


 数分もかからなかった。五隻――予定通り、すべて沈黙。


 俺は操縦席に背を預け、胃を押さえる。

「……クソ、こんなの胃薬で足りるかよ」


 スピーカー越しに、子供たちの声が弾む。

『よっしゃあ! 一気に潰したぞ!』

『見たか宙賊! ざまぁみろ!』

『ホーちゃんとエクシード、最強コンビ!』


 ……だからその呼び方やめろって。喉まで出かかった言葉を、俺は飲み込む。だが、確かに。今だけは、あいつらの言葉を否定できない。


 六隻の宙賊艦が、拠点外縁を離脱して一斉にこちらに殺到してくる。大小入り混じった艦影が赤い警告アイコンとして広がり、俺の胃はまた重く軋む。


「六隻……数だけ見れば軽巡一個小隊だな」

 思わず呟くと、ルミナが冷徹に応じる。

「練度を考慮すれば実力は半分以下。ただし、数的優位を甘く見ると危険です。……あなたの胃が、いま以上に壊れる程度には」

「おい、俺の消耗を前提にするな」


 その間にも敵影は広がる。三隻が正面からホークに突っ込み、残り三隻は側面から回り込みを狙っていた。完全に「弱い獲物を嬲る」つもりだ。


 ――だが、獲物のほうは妙に元気だ。


『右舷シールド展開!』『副砲、見せつけるだけ!』

『よっしゃ、ホーちゃん、派手にやれ!』

 通信越しに子供たちの掛け声が響き、《ホーク》の外殻がギシギシ音を立てて武装を展開する。見た目はボロ船、だが腹の中には隠し武装がびっしり詰まってる。しかも操ってるのは血気盛んなガキどもだ。芝居半分、本気半分。敵からすれば予測不能だろう。


「囮のはずが、妙に楽しそうですね」

 ルミナが淡々と毒を吐く。

「……俺の寿命が縮むから、もっと大人しくしててほしいんだがな」


 《エクシード》は冷徹に仕事を始める。

「可変粒子砲、収束モード。左翼の一隻を削ぎます」

 ルミナの声と同時に、俺の前面スクリーンに狙撃予測線が浮かぶ。トリガーを引く。蒼白い閃光が真空を貫き、側面に回ろうとしていた宙賊艦を串刺しにする。爆散はしない。だが推進部が吹き飛び、動力炉の制御を失った艦は惰性で回転を始めた。


「一隻、戦列離脱。残り五」

 ルミナの報告が冷静すぎて逆に腹立つ。

「……こっちは胃がひっくり返りそうなのに、よくもまあ平然と言えるな」

「そう設計されておりますので」

「畜生、便利すぎんだろお前」


 そのホークは、正面の三隻に突っ込まれていた。

『ぎゃー!』『シールド割れる!』『撃たれてる!』

 悲鳴混じりの声が飛び交い、俺の心臓に悪い。だが次の瞬間、陽気な声が混じった。

『敵の照準同期を妨害した!ランダム軌道、楽しいでしょ?』

『おお!全然当たってねえ!』

『よし、撃ち返せ!』

 レンの声と同時に、《ホーク》の腹部が開き、格納していた荷電粒子砲が唸りを上げる。光の奔流が放たれ、正面の宙賊艦のシールドを削り取った。


 ――予想以上に“戦えてる”。それが逆に恐ろしい。子供たちのテンションは戦場に似合わぬほど高く、撃ち合いを遊びの延長みたいにこなしている。でも、一歩間違えば即死だ。笑い声が途絶える瞬間を、俺は想像してしまう。胃が痛い。


「前方艦、もう一度撃ちますか?」

 ルミナが淡々と問う。

「……撃て。ホークが持たねえ」

 俺の声が震えているのを、ルミナは見逃さなかった。

「あなたは優しい。……それは弱点でもあり、強みでもあります」

「今さら心理カウンセリングかよ」

「適切なタイミングかと」

「……はぁ、後で診断書作ってくれ」


 再び粒子砲が閃き、《ホーク》の正面を抑えていた宙賊艦が爆ぜ飛んだ。その衝撃に残る二隻が混乱する。すかさず子供たちの声が響いた。

『今だ!集中砲火!』

 ホークの副砲群が唸り、二隻のうち一隻の艦橋が焼き切られる。


 残り四。だが敵も必死だ。側面から迫っていた二隻が一斉に弾幕を張り、《エクシード》を狙う。シールドが火花を散らし、ブリッジがわずかに震動する。

「直撃は避けましたが、被弾率上昇。……団長、そろそろ派手にやるべきです」

「派手にって……何を」

「収束式重力投射砲。ここで一隻を潰せば、戦意は確実に削げます」

「……くそ、胃がもたねえ……撃て!」


 《エクシード》の艦体が唸りを上げ、闇の中に蒼白い歪みが生まれる。次の瞬間、重力の奔流が宙賊艦を押し潰した。外板が波打ち、軋み、内部から爆裂する。悲鳴の交信が途切れ、艦影が沈黙した。


 残り三隻。


 通信越しに、子供たちが一斉に叫ぶ。

『やったああああ!』

『さすがエクシード!』

『うちのホーちゃんも負けてねえぞ!』


 ――頼むから、調子に乗りすぎるな。俺は胃を押さえながら、残り三隻を見据えた。


「残り三隻、進路変更。速度上昇。……突撃態勢です」

 ルミナの冷徹な報告に、俺は胃の奥がきりきりと痙攣する。

「突撃って……自爆覚悟かよ。畜生、こいつら頭まで錆びてやがる」

「むしろ覚悟など無く、恐慌による無謀な行動でしょう。……厄介なのは変わりませんが」

 淡々と言い切るルミナの声が、やけに腹立つほど落ち着いている。


 三隻が炎を噴き上げ、弾幕を撒き散らしながら突進してくる。狙いは明白。《ホーク》だ。囮と思っていた艦を、本気で沈めにきやがった。


『わっわっ!?やべえ!』『正面から来てる!』

『でもビビってる暇ねえだろ!』

 通信越しに子供たちの声が爆ぜる。半分悲鳴、半分興奮。ニコが怒鳴る。

『ホーク、回避パターンB!全員、シートに掴まれ!』

 直後、《ホーク》の船体が派手に横っ飛びする。外板がきしみ、古びた艦体が悲鳴を上げるが、動きは軽い。――見た目だけボロいくせに、脚は本物だ。


「……囮のはずが、完全に狙われてるぞ」

 俺の声は震え、胃がさらに縮む。ルミナがちらりと視線を寄越し、無慈悲に言う。

「安心してください。あなたの胃より彼らの操艦のほうが優秀です」

「比べる対象おかしいだろ……!」


 その間にも宙賊艦の弾幕が迫る。《ホーク》のシールドが火花を散らし、子供たちの叫びが飛ぶ。

『シールド残量三割切った!』『くそ、持たねえ!』

 俺の胃が破裂しかけた瞬間、ルミナが冷静に告げる。

「では、一隻落とします」


 可変粒子砲が蒼光を放つ。正面から突っ込んできた宙賊艦の船腹を貫き、爆散させた。その炎の中を、なおも二隻が抜けてくる。シールドに無数の閃光が叩きつけられ、警告音が鳴り響く。


『よっしゃ!今度は俺らの番だ!』

 ニコが吠える。

『副砲、斉射!叩き落とせ!』

 レンやハヤテの声が続き、副砲群が咆哮を上げる。光の雨が襲いかかり、突進してきた一隻の艦橋を直撃。爆炎を上げて、破片が虚空を舞う。


 残り一隻。だがそいつは、止まらなかった。

『ぐあああああああ!』『やってやるうう!』

 耳をつんざく咆哮交じりの通信。完全に理性を失い、《ホーク》の艦首へ突っ込んでくる。

 ――自爆特攻だ。


「まずい、間に合わねえ!」

 俺が叫ぶ。胃どころか心臓まで縮み上がる。その瞬間、ルミナの声が響いた。

「安心を。予測済みです」


 《エクシード》の艦体が低く唸りを上げる。装甲の隙間から、砲口が展開した。


 ――ワイヤード・ハープーン。高硬度の貫入弾頭に電磁ワイヤーを組み合わせた、近接制御兵装。

敵艦を穿ち、絡め取り、強引に軌道をねじ曲げる。通常の戦闘艦では“使い道がない”と切り捨てられた代物だ。だが、単独行動と局地戦を想定した《エクシード》にとっては――奇襲や制圧のための切り札となる。


 鋭い閃光と共に、ハープーンが虚空を駆ける。アンカーが敵艦の外殻に突き刺さり、瞬時にワイヤーが展開。青白い電磁光が奔り、暴れる艦体を拘束する。


 暴走する獣のような宙賊艦が、虚空を引きずられ――《ホーク》をかすめる寸前で、強引に進路を外された。


 次の瞬間、敵艦は制御を失い、岩塊めいたデブリに激突して爆散する。


 ――静寂。残る敵影は、もうない。


『……助かった……!』

『やった、勝った!』

『ホーちゃん、やっぱ最強!』

 通信越しに子供たちが歓声を上げる。俺は椅子に沈み込み、胃を押さえながら深く息を吐いた。

「……マジで死ぬかと思った……」


 ルミナが横目で俺を見やり、涼しい声を落とす。

「団長、今のは立派な判断でした。……ただし胃薬の常備量を増やすことを推奨します」

「……戦闘報告に“胃薬推奨”って書くんじゃねえぞ……」


 虚空には、爆散した残骸がただ漂う。俺たちは勝った――だがこれは、まだ前哨戦にすぎない。

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