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第64話 囮作戦、再び

「――作戦開始だ」

 俺の声がブリーフィングルームに響き渡った。


 ホログラムが消え、室内の明かりが戻る。子供たちの顔が一斉に引き締まった。ふざけて笑っていたときのあどけなさはない。今の彼らは、戦場に向かう艦の乗員だ。


 ニコが赤い瞳で全員を見回す。

「行くぞ。ホークは絶対に沈まねえ」

「了解!」

「ホーちゃんで勝つ!」

「芝居だって全力でやってやる!」


 その声に、俺の胃はまたひとつ悲鳴を上げた。

 ――だが、頼もしいのも事実だった。


 子供たちがブリーフィングルームを飛び出し、それぞれの持ち場へ駆けていく。足音が廊下に響き、掛け声と笑い声が遠ざかる。


 残された大人たち――俺、エリス、ユイ、ルミナは顔を見合わせる。

「……じゃあ俺たちも、準備だ」




 ドッキングしていた《ホーク》がゆっくりと分離していく。接続アームが外れ、圧縮空気の白い霧が噴き上がる。二隻の黒き艦が、それぞれの役目を果たすために別れていく瞬間だった。


 通信チャンネルが開き、ニコの声が響く。

『こっちは準備完了! 兄貴たちも気合入れろよ!』

「張り切りすぎるなよ……」俺は額を押さえる。


 子供たちの笑い混じりの声が、艦橋に響く。だが次第に静かになり、各艦が自律航行に移る。


 エクシードのブリッジにて。ルミナが端末を操作し、冷静に告げた。

「ステルスシステム起動。波形制御、良好。推進痕跡は拡散済み。敵に探知される可能性、極めて低」


 ユイが目を閉じ、静かに息を吐く。

「……うん、今のところは静か。嫌な気配はまだ遠い」


 エリスは椅子に深く腰をかけ、息を整える。

「緊張してきた……けど、やるしかないですね」


「そういうことだ」俺は操縦席にもたれ、宙域図を睨む。

「ホークが前に出る。俺たちは影から回り込み、最初の一撃で牙を剥く」


 ルミナが頷く。

「標的は大型艦。推定装甲厚、最大一八〇ミリ。主砲なら一撃で撃沈可能」


「外せねえってことか……胃が痛ぇ」


 《ホーク》艦橋からの通信越しに、子供たちの声が聞こえてくる。


『メイン推進、出力六〇パーセント!』

『補助ジェネレーター起動完了!』

『センサー波形、乱流散布開始!』


 ニコが腕を組む。

『よし。ホーク、出撃だ! 宙賊どもに芝居を見せてやれ!』


 子供たちが歓声を上げる。ブリッジが震え、船体がゆっくりと回頭する。


 漆黒の虚空に二隻の影が躍り出る。前に出るのは古びた外殻を纏った《ホーク》。その影を追うように、光を吸い込むかのような《ストレイ・エクシード》。


 二隻が、場へ向けて翼を広げた。




 虚空を進む《ホーク》のブリッジ。子供たちの声が途切れることなく飛び交っている。


『推進安定、右舷バランス補正!』

『外殻パネルの開閉、異常なし!』

『センサー反応、散布波形正常に偽装中!』


 本当に子供なのか、と疑いたくなるほどの手際。だが時折、掛け声のような笑いが混じるのはやはり年相応だ。


 《エクシード》のブリッジでも、ルミナが冷徹に分析を続けている。

「宙賊拠点まで残り一二万キロ。センサーにまだ探知されていません」


 ユイが椅子に座り、ぎゅっと膝を抱えて囁く。

「……遠くに、嫌な気配がする。でも、まだ薄い。たぶん油断してる」


 エリスは深く息を吐き、端末を握りしめる。

「こちらは影から一撃……その瞬間が勝負ですね」


 俺は腕を組み、前方に広がる宙域を睨む。

「――ああ。宙賊どもが俺たちを獲物だと思い込んでるうちに、狩りに行く」




 拠点が視界に入る。小惑星のくぼみをくり抜いたような基地。外壁にまばらな照明が灯っていて、その周囲を護るように艦影が浮かんでいる。……多いな。センサーが拾った数と同じ、十二隻。まるで寄生虫の群れだ。


「外縁艦十二、確認完了しました」

 ルミナが端末を操作しながら、抑揚のない声で告げる。

「補給中の五隻は動きが鈍いですが、残り七隻は稼働状態。数的不利は明白です。……まあ、今さら数えても減るわけではありませんが」


「慰めにもなんねえ言い方すんなよ」

 俺は額を押さえて小声で返す。胃がきりきりしてきた。


 ルミナはちらりと俺に視線を向ける。ほんの少し、口元が動いた。

「事実をお伝えしているだけです。――ただ、ご安心を。団長が早まった判断さえしなければ、勝率は五割以上あります」


「五割!? おい、もっとあるだろ普通!」


「戦場に“普通”など存在しません。五割は充分に高確率です」

 ルミナはさらりと返す。が、視線の奥はどこか柔らかい。

「それに……あなたの“悪運の強さ”は統計には反映できませんから」


「……フォローなのか、それ」

 毒を吐きながらも妙に温度があるのが、余計に胃に悪い。


 その時、《ホーク》から通信が入った。

『おい!見えたぞ! でっけえな、あれが宙賊の巣か!』

 ニコの声は妙に楽しそうで、こちらの胃痛をまったく共有してくれない。


 続けざまに子供たちの声が飛び込んでくる。

『怖くねえ!』

『ホーちゃんでぶっ飛ばせ!』

『ぜってー勝つ!』


「お前ら、遠足にでも行く気分かよ……」

 通信を切るわけにもいかず、俺は天井を仰ぐ。虚空よりも真っ暗な気分だ。


 ルミナが肩をすくめる。

「士気が高いこと自体は悪いことではありません。――ただし、あの勢いで前に出すぎないようご注意を。団長の制止が遅れれば……胃痛どころか、艦が爆発しますよ」


「……マジで俺の寿命が縮む作戦だな」


 ユイがぽつりと呟く。

「……でも、宙賊の気配はまだゆるいよ。きっと油断してるんだと思う。今なら、ホークの“商船ごっこ”も本物っぽく見てもらえるんじゃないかな」


「商船ごっこって……」

 俺が呻くと、エリスが小声で笑った。

「でも確かに、彼らの演技は……ちょっと本物っぽいです」


「本物っぽいって……いや、まあ、あいつら素でドジ踏むしな」


 モニターに映る《ホーク》が、わざとらしい挙動でフラフラと進路を変える。レンが操舵をわざと間違えているのが見て取れる。

『うわっ!右だ右! いや、逆か!?』

『ぐらぐらしてるー!素人丸出しだ!』

 リーナまで茶々を入れて、艦橋が半分コント状態になっている。


 ……こいつら、命がけの囮って自覚あるのか。俺の胃はすでに戦闘不能だ。


 ルミナが淡々と告げる。

「宙賊、外縁艦の一部がこちらに反応しました。交信チャンネルを開こうとしています」


「来たか……」

 俺は深呼吸する。胃の奥の痛みがさらに強くなり、思わず腹を押さえる。


 ルミナが小声で言う。

「団長。……せめて終わったら、胃薬を常備することをおすすめします」


「まだ終わってねえんだよ」


 不意に、艦内にざらついたノイズが走る。交信チャンネルが強制的に割り込まれ、スピーカーが下卑た笑い声を垂れ流した。


『なんだぁ? おいおい、小僧どもがこんなところで遠足か? 航行停止だ! 積み荷を全部置いてけ!』


 ……来た。声だけでわかる。人を人とも思っちゃいねえ連中だ。胃が、本格的に悲鳴を上げ始める。


「反応が早いな……」

 思わず唸ると、すぐ横でルミナが冷静に補足した。


「索敵波形に変化。こちらの反応を捕捉した模様です。予定より二分早いですが――想定の範囲内です」


「範囲内で胃が痛ぇんだよ……」

 吐き捨てると、ルミナはわずかに口元を緩めた。


「団長、胃痛は作戦項目に含まれていません。耐久限界を超える前に、医療データを提出してください」


「皮肉言ってんのか、マジで心配してんのか……」


 その軽口に、わずかに緊張がほぐれる。だが、エリスは肩をすくめていた。

「笑ってる場合じゃないですよ。ホーク、もう囲まれてます」


 モニターに映るホークは、外殻を揺らしながらぎこちなく進路を乱している。……演技だ。だが、遠目には完全に素人の操船に見える。


 ユイがじっと画面を見つめ、眉を寄せた。

「近いよ……もう、くる」


 その声にかぶさるように、宙賊船から再び声が飛んだ。


『へへっ! 見ろよ! ガキが船なんか動かせるわけねえだろ!』

『あーははは! 泣きそうになってやがる! 臓器にして売れば高くつくぜ!』


 スピーカーから響く下卑た笑いに、艦橋の空気がぴりつく。子供たちの悲鳴混じりの演技が、通信越しに響く。……演技か素か、俺でも判別がつかない。


 宙賊の接舷アームが《ホーク》の船体を狙って伸びてくる。子供たちの悲鳴混じりの演技が、狭い艦橋に響く。……演技なのか素なのか、俺でも判別が怪しい。


 ――今だ。


 ルミナがちらりと俺を見る。

「団長。合図を」


 俺は胃を押さえながら、短く命じる。

「撃て」


 その一言と同時に、虚空が震えた。《ストレイ・エクシード》の漆黒の艦影が闇から浮かび上がり、主砲が白青の閃光を放つ。


 光の奔流は一直線に宙賊の大型艦へ――そして直撃。巨体が揺さぶられ、艦首装甲が吹き飛び、慣性制御が崩れたのか、巨艦はぐらりと傾く。


『な、なんだ!?』

『もう一隻!?』

『ステルス艦だ!やられた!』


 慌てふためく声が通信に飛び交う。大型艦は推進を制御できず、制止の姿勢のまま沈黙した。

戦場で最も危険な「指揮艦」を、最初の一撃で封じ込めたのだ。


「……よし」

 俺は短く息を吐く。胃の痛みはまだ残っているが、少なくとも作戦通り。


 その直後、《ホーク》の艦橋から子供たちの声が響く。

『今だ!撃てぇ!』

『副砲、発射!』

『やった!当たった!』


 宙賊船の一隻がシールドを削られ、外殻が火を噴く。笑っていた連中の通信は、悲鳴に変わっていった。


 ルミナは冷静に状況をまとめる。

「大型艦、行動不能。補給中の艦は依然として反応なし。残り戦力、混乱中」


「混乱してるうちに数を減らすぞ!」

 俺は叫び、操縦席のユイに目をやる。

「エクシード、旋回! 次の標的は――動ける奴からだ!」


 虚空に、二隻の鷹が牙を剥く。《ホーク》と《エクシード》。黒い影が並び立ち、宙賊の群れを食い破ろうとしていた。

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