第63話 宙賊拠点へ
宙域はひたすらに暗かった。散らばる小惑星帯が影のように浮かび、その奥に――問題の座標がある。
《ホーク》と《ストレイ・エクシード》は、並走せず、距離を置いて航行していた。先行するのはホーク。商船に偽装したまま、推進波形を抑え、緩やかに。後方からはステルスをまとったエクシードが追随している。
俺はブリッジのスクリーンを睨みつけ、息をひそめていた。胃の奥は相変わらず重い。だが、今さら戻るわけにはいかない。
「宙域スキャン開始。……反応あり」
ルミナの声が静かに響いた。
「複数の熱源。数は……少なくとも十以上。航行波形は微弱。拠点周辺での停泊艦と推定」
「……やっぱ、いるな」
俺のつぶやきに、ユイがすぐ続ける。
「濁った波……いっぱい感じる。」
その表情は険しかったが、声は落ち着いていた。
「多い……」
エリスが息を呑む。
「単なる隠れ家じゃなく、艦隊規模の拠点ですね」
俺の胃がさらに痛んだ。
「くそ……やっぱ危険だ……」
通信回線が一瞬ざらつき、ホーク側から声が飛び込んできた。
『こちらホーク。前方に……見える!』
ニコの興奮した声。
画面に切り替わった映像の中、宙域の闇の奥に、不気味な光が浮かんでいた。巨大な小惑星の窪みに、金属構造物が貼りついている。ドック、燃料タンク、粗雑な居住区。そこに何隻もの艦影が係留され、青白い補給灯が瞬いていた。
宙賊の拠点――確かにそこにあった。
『数、多いな……!』
ハヤテが映像の端で声を震わせる。
『少なくとも十隻以上、係留されてる。大型艦も混じってる』
『関係ねぇ!やるしかねぇだろ!』
ニコが操縦桿を握りしめ、赤い瞳をぎらつかせる。
『俺たちの声、聞いたろ? あいつらが子供をどう扱うつもりだったか!』
「ニコ」俺は通信越しに低く呼びかけた。
「気持ちはわかる。でも突っ込むのはまだ早い。今は偵察が優先だ」
『……わかってる!』
ニコは唇を噛み、勢いよく椅子に背を預けた。
『絶対、逃がさねぇ。なあ、みんな!』
『おう!』
『もちろん!』
子供たちの声が重なり、艦橋の空気が一気に熱を帯びる。
俺は通信を切り、深く息を吐いた。
「……やれやれ、勢いだけは大人顔負けだな」
「勢いではなく、決意です」
ルミナが冷ややかに告げる。
「ただし、彼らの決意が合理性を欠いた場合、作戦に致命傷を与える可能性があります」
「……それでも、止めないんでしょ?」
ユイが俺を見た。
「だって、あの子たち、ほんとに怒ってる」
俺は目を閉じ、小さく笑った。
「……そうだな。だったら、せめて全員生きて帰らせる」
胃の痛みは最悪だったが、覚悟はもうできていた。
「方針を決める」
俺は仲間に告げる。
「フリーランクスには報告済みだ。だが援軍を待つつもりはない。……俺たちで叩く」
ブリッジの空気が重くなる。ルミナが即座に頷いた。冷たい瞳に、一片の迷いもない。
「妥当な判断です」
彼女は端末を操作し、拠点の航路マップをホログラムに展開した。
「フリーランクスに介入させれば、情報が内通者に漏洩するリスクが高い。遅れれば宙賊どもは散開し、痕跡ごと闇に消えるでしょう」
「……でも」
エリスが唇を噛み、視線を落とす。
「二隻だけで、あんな数に挑むなんて……」
「無謀ではありません」
ルミナはすぐに切り返した。
「宙賊の多くは規律も連携も欠けています。艦の性能と練度で言えば、ホークとエクシードのほうが確実に上。問題は数と初動です」
「初動……?」俺が問い返す。
「はい。宙賊の連携が成立する前に、戦力を分断すること。拠点の外で停泊している艦をいかに排除できるかで勝敗が決まります」
ルミナは淡々と指を動かし、ホログラム上の艦影を指し示す。
「現在、係留中の艦は外縁部に十二隻」
ルミナが淡々と告げる。
「うち五隻は補給作業中と思われ、即応性が低い。残り七隻のうち、大型艦は一隻のみ。これを優先的に潰します」
エリスが息を呑む。
「十二隻……!?」
「多いな」俺は苦々しく呟く。
「だが逆に言えば、外縁部で固まってるってことは、迎撃パターンは限られる。どう叩く?」
ルミナは迷いなく答えた。
「第一段階。ホークが“ただの商船”を装い、正面から近づいて敵の注意を引きます。その間にエクシードはステルスで接近し、最初の一撃で大型艦を沈める」
彼女の指がホログラムの艦影を叩く。
「第二段階。補給作業中の五隻は動けない。エクシードの火力で先制し、短時間で沈黙させる」
「……でも、残りの戦力は七隻」エリスが声を強める。
「ホーク一隻じゃ支えきれない!」
「支えるのではありません」ルミナの声は冷徹だった。
「ホークは“逃げ惑う輸送艦”を演じつつ、戦線を乱す。囮として戦場をかき回せば、宙賊の陣形は瓦解します。そこを、私たちが撃ち抜く」
ユイが宙賊拠点の光点を見つめながら呟く。
「……最初の数分で勝負しなきゃ」
「その通りです」ルミナが頷いた。
「長期戦になれば数で押し潰されます。逆に初動で戦力を半減させられれば、残りは統制を失って散り散りになるでしょう」
「でも……」
エリスが視線を宙賊拠点に向け、吐き捨てるように言った。
「逃げられたら、またどこかで同じことを繰り返すはず」
「だからこそ」
ルミナは淡々と答える。
「拠点そのものを叩きます。燃料、弾薬、居住区――破壊目標はすでにリストアップ済みです」
俺は深く息を吐き、胃の奥に鈍い痛みを覚えながらも頷いた。
「……さすが抜け目ねえな」
ユイがそっと口を開く。
「でも、子供たち……大丈夫かな。さっきの捕虜の話で、すごく怒ってた」
ルミナの瞳が冷たく細められる。
「感情は抑えられません。ですが、作戦行動に支障を与えない限り、利用価値はある」
「利用価値って……」エリスが顔をしかめる。
「怒りを燃料にすれば、彼らは普段以上の力を発揮するでしょう。ただし制御が必要です。……団長、彼らを“暴走させない枷”は、あなたです」
「……俺の胃が持つかどうかだな」
思わず苦笑が漏れる。
ユイはそんな俺を見て、小さく笑った。
「でも、シンヤ、できるよ。だって……もうみんなの“お兄ちゃん”でしょ」
俺はしばらく沈黙し、それから静かに頷いた。
港湾宙域から少し離れた、通信の届かない安全圏。《ホーク》と《ストレイ・エクシード》は一時的にドッキングし、ブリーフィングルームには両艦の面々が集められていた。
ホログラムに投影された宙域図。外縁部の十二隻の艦影が赤いマーカーで表示され、その中心に宙賊拠点が光っている。
「――というわけで、奴らの外縁防衛艦は十二隻」
俺が説明を締めると、子供たちのざわめきが広がった。
「十二隻!? やっぱ多すぎじゃね?」
「でも五隻は動けないんだろ? なら七隻だ!」
「へっ、余裕だな!」
口々に言い合い、気勢を上げる子供たち。俺は額を押さえ、胃の奥がきりきりするのを堪えながら声を上げた。
「お前ら、簡単に言うんじゃねえ。七隻だろうが十二隻だろうが、俺たち二隻でやるには地獄だ。油断したら即死だぞ」
子供たちは一瞬だけ静まりかえった。だがすぐに、ニコが前に出てきて、赤い瞳でこちらをにらむ。
「……わかってるよ。でもさ、俺たちがやらなきゃ、また誰かが攫われんだろ。そんなの、もう見たくねえ」
その言葉に、他の子供たちも頷く。
「そうだ! やられっぱなしは嫌だ!」
「俺らのホーちゃんで、ぜってー勝つ!」
ルミナが一歩前に出て、冷徹な声で告げる。
「勝利のためには、あなた方が囮として敵を引きつけることが必須です。正面で混乱を演出し、その隙にエクシードが主力を叩く。それ以外に勝ち筋はありません」
「囮って……!」ノノが一瞬、不安げに声を漏らす。
だがルミナは淡々と続ける。
「あなたたちの動きが拙ければ、宙賊は即座に本気を出す。逆に、恐慌した輸送艦を演じきれば、必ず隙が生まれる。要するに――あなたたちの“芝居”が、この作戦の勝敗を決めます」
子供たちは息を呑み、顔を見合わせた。それは重荷でもあったであろうが――同時に誇らしげに背筋を伸ばす。
「……やってやるよ」ニコが低く言った。
「俺たちのホークは、絶対に捕まらねえ。なあ!」
「おー!」
「任せろ!」
「囮でも、ホーちゃんは最強だ!」
再び高まる子供たちの声。俺は深いため息をつきながらも、心のどこかでその気迫に押されていた。
「……わかった。けど忘れるな。お前らは囮だ、決して無理はするな。叩くのは俺たちエクシードの役目だ」
「了解!」
「わかってるって!」
ルミナが再びホログラムを操作し、赤い艦影の中から一隻を指差した。
「第一目標はこの大型艦。推進器の出力波形から、旧式の重巡と推測されます。火力も装甲も脅威ですが――機動性が低い。エクシードの主砲で沈めるのに最適です」
淡々と語る彼女の声は氷のように冷たい。
「次に、補給作業中の五隻。推進器冷却ラインが停止しており、即応性はゼロ。こちらはエクシードの副兵装で掃討可能」
ホログラムに矢印が重ねられ、戦場の流れが描かれていく。
「問題は残り六隻。小型高速艦を中心に、足と機動性に優れる。彼らが隊列を組む前に、ホークが動きを乱し続ける必要があります」
子供たちがごくりと唾を飲み込む。ルミナの瞳が、ひとりひとりを射抜いた。
「レン――操舵で混乱を演出してください。わざと衝突回避機動を遅らせるなど、素人らしい挙動を混ぜること。
ナギ――センサー波を意図的に乱してください。誤信号を流して“故障している艦”を演じるのです。
ハヤテ――副兵装の火器管制はあなたの担当。ただし最初は撃ってはいけません。撃ちたい衝動を抑え、“反撃できない輸送艦”を徹底すること。
ノノ――通信管制を。泣き声でも混乱でもいい。艦橋が大混乱していると敵に思わせてください」
「泣き声って……」ノノがむっとする。
だがルミナは表情を崩さない。
「不本意でも、もっとも効果的です。――できませんか?」
しばらく唇を尖らせていたノノは、やがて肩を落として頷いた。
「……わかった。やればいいんでしょ」
ニコが前に出て、赤い瞳を光らせる。
「じゃあ俺は艦長として、全体をまとめりゃいいんだな」
ルミナは短く肯定した。
「はい。あなたが冷静さを欠けば、芝居は破綻します。怒りを抑え、演じ切ること――できますね?」
ニコの拳が震えた。捕虜が口にした下卑た言葉が脳裏を過ぎったのだろう。だがやがて、彼女は強く頷いた。
「……やる。絶対に」
そのやり取りを見ていたエリスが、子供たちに優しく声をかけた。
「大丈夫。あなたたちは一人じゃない。エクシードも、私たちも一緒に戦いますから」
ユイも続いた。
「……こわがらないで。あいつらの気配は、私がちゃんと感じてる。近づいた時に、知らせるから」
子供たちの表情が少し和らぎ、息をついた。
俺は胃の奥の鈍痛をこらえながら、最後に口を開いた。
「――いいか。お前らは囮だ。目立って、騒いで、敵を引きつけろ。その間に、俺たちが牙を剥く。絶対に勘違いするな。お前らが“倒す”んじゃない。お前らは“倒すチャンスを作る”んだ」
「……了解!」
子供たちの声が重なった。
ホログラムに赤い艦影が点滅する。《ホーク》と《ストレイ・エクシード》が同じ獲物を見据えて翼を広げようとしていた。
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