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第62話 囮作戦2

 虚空に、閃光と爆炎が散った。先陣を切った一撃で、宙賊船の一隻はすでに沈黙している。だが、残る三隻はなお健在。左右から挟み込むように《ホーク》へ殺到していた。


『右舷回避!回避!』

 ニコが叫び、レンが操舵桿を全力で押し込む。鈍重に見せていた船体が、ここにきて牙を剥く。急角度のスラストで軌道を逸らし、閃光の弾幕を紙一重で掠めた。


『っぶねぇ……!』レンの声が裏返る。

『大丈夫!予定通り!』ナギが副砲シークエンスを制御しながら、落ち着いた声で全員を繋ぐ。

『左舷、敵のシールド弱ってる!照準同期、三秒後!』


『三、二、一――撃て!』

 ハヤテが号令を重ね、副砲群が一斉に火を噴いた。光弾が雨のように襲いかかり、宙賊船の外殻を抉り取る。火花と破片が散り、敵艦の推進が一瞬乱れた。


 その隙を逃さず、ルミナが即座に冷徹な声を飛ばす。

「エクシード、主砲照準完了。トリガー解放を」

「撃て!」俺は叫んだ。


 漆黒の艦影が閃光に照らされ、主砲が再び宙を裂く。濃紺の奔流が直線を描き、先ほど傷を負った宙賊船の中央を貫いた。外殻が爆ぜ、火炎が虚空に咲く。


『二隻沈黙!』

 ナギの声が艦橋を震わせる。だが喜びに浸る間もなく、残る二隻が《ホーク》の両翼から肉薄してきた。


『くそ!接舷する気だ!』ニコが赤い瞳をぎらつかせ、操舵桿を強く握りしめる。

「距離、あと三千!――まずいです!」

 エリスが前方スクリーンを睨み、息を呑む。


 俺は奥歯を噛み締めた。

「ここからが本番だ……!」

 胃の奥がまた痛む。だが、今は吐き気より声を張るしかない。


「ホークは回避を最優先!エクシードがカバーする!」

「了解!」ルミナが即座に答え、照準を切り替える。


 《ホーク》は翻弄するように軌道を変え、左右の宙賊を引きつける。狙いは――注意をそらすこと。子供たちの手元は必死だが、掛け声には妙な一体感があった。


『右舷回避!』

『左舷に煙幕チャフ!』

『敵、引っかかってる!』

 その声はかつての学級崩壊の延長ではなく、戦場のチームワークだった。


 ルミナが冷徹に告げる。

「敵艦一、照準ロック完了」

「撃て!」俺が叫び、エクシードの主砲が再び唸る。


 閃光が宙を裂き、左舷から迫っていた宙賊船を撃ち抜いた。爆炎が虚空に広がり、残る一隻が慌てて進路を逸らす。


『あと一隻!』ニコが叫び、子供たちの声が一斉に重なった。

『落とす!』

『追撃!』

『逃がすな!』


 《ホーク》と《エクシード》が、まるで双翼を広げた鷹のように包み込む。前後から交錯する閃光が、残された宙賊船を追い詰めていった。


 敵の通信が混線する。

『ば、化け物どもが……!』

『撤退しろ!――ぐああッ!』


 最後の閃光が虚空を裂いた。残る宙賊船が爆ぜ、破片と炎が散っていく。静寂が戻る。だが、それはただの空白ではなく――勝利の証だった。


 俺は深く息を吐き、椅子に沈み込む。

「……終わったか」

 胃が焼けるように痛んだが、それでも笑みが零れた。


 ユイが安堵の息を漏らす。

「……ほんとに、勝ったんだ」

 エリスも苦笑し、軽く肩をすくめる。

「子供たち……やっぱり、すごいですね」


 虚空に、爆炎の残滓が漂っていた。光の粒が星々に溶け、残骸となった宙賊船の破片が漂流する。その光景を前に、《ホーク》の艦橋は歓声に包まれていた。


『勝った!勝ったぞ!』

『ホーちゃん最強!』

『俺たちもやれんじゃん!』


 子供たちの声が入り乱れ、学級崩壊の再現のような騒ぎになっている。だが今度は――確かな戦果の裏付けがある。


 ニコだけが操舵桿を握ったまま、真剣な顔で前方を睨んでいた。

『……まだ浮いてるやつがいる』

 彼の赤い瞳が鋭く光り、残骸の中を指差す。


 ルミナが即座に確認する。

「反応あり。敵艦の救難ビーコン。少数の生存反応を確認」


 俺は椅子に深くもたれ、胃を押さえながら息を吐いた。

「……捕虜にする。通信ログも回収しろ。航路の手がかりがあるはずだ」


 エリスが真顔で頷く。

「了解。救命ポッドを回収します」




 やがて《ストレイ・エクシード》の格納庫に、焦げついた救命カプセルが引き上げられた。


「……回収完了。生存者、七名」

 エリスが報告し、拘束映像をスクリーンに映し出す。


 セキュリティ・ドローンによって宙賊どもは腕を縛られ、浮遊椅子に座らされていた。虚勢を張っている者もいれば、顔を青ざめさせて黙り込む者もいる。


「尋問は私が行います」

 ルミナが淡々と告げ、電子的な解析装置を操作する。その冷徹な眼差しは、すでに相手の防御を剥ぎ取る準備を整えていた。


 ユイも一歩前に出る。彼女の視線は捕虜を射抜くように鋭く、感応系の力で相手の心の揺れを見透かしている。

「……隠しても無駄だよ。怖さとか、逃げたいって思ってるの……全部伝わってくる」

 その言葉に、囚人たちは思わず顔をそらした。


 尋問は静かに、しかし確実に進んだ。ルミナの冷徹な質問と、ユイの感応が織り交ぜられる。最初は強がっていた宙賊たちも、やがて口を割り始めた。


「……っ、し、知らねえ! 俺たちはただの実働部隊だ! 拠点の座標なんて……」

「虚偽。言葉の調子、脈動、全てが裏付けています」ルミナの声は冷たい。

「あなたは知ってる。うそはだめだよ」


 囚人は顔を歪めたが、ついに吐き出す。

「……くそ、わかったよ! ユーン宙域の外れだ! 監視衛星が薄い宙域……そこが俺たちの連絡拠点だ!」


 その声は即座に記録され、同時に《ホーク》の艦橋にも転送されていた。


『……臓器だの、娼館だの……あのクズ、本当に言いやがったな』

 ニコの声が低く震える。


 ホークの艦橋から、怒りを抑えきれない子供たちの声が次々に響いた。


『ふざけんなよ!! 俺たちを売るとか、ありえねえ!!』

『ホーちゃん狙ったやつらなんか、絶対許さねぇ!!』

『子供だからって舐めんな! 次会ったら全部撃ち落とす!』


 声はまだ幼さを残している。だが、その叫びは幼さゆえに鋭く突き刺さった。囚人たちがわずかに顔を引きつらせ、ほんの一瞬、黙り込む。

 ――自分たちが侮っていた相手が、怒りを剥き出しにしていることに気づいたのだ。


 俺は腕を組んでスクリーンを見つめながら、胃の奥に重苦しい痛みを覚えていた。

(……くそ。こんな声を出させる相手と向き合わせてんのは、俺なんだよな)


 それでも、彼らの怒りが尋問に追い打ちをかけ、囚人の口からさらなる情報が引き出されていく。


「証言とセンサー記録を照合しました」

 ルミナが淡々と告げる。

「ユーン宙域外縁部。航路交差地点から半日圏内に、宙賊拠点が存在する可能性が高いです」


 エリスが頷き、拳を握る。

「……なら、行くしかないですね」


 ユイは険しい表情のまま、捕虜たちを見つめていた。

「……これ以上、あんな風に笑わせない。絶対に」


 俺は大きく息を吐き、頭を抱える。

「胃薬が足りねえな……」


 だが心のどこかで、この怒りが子供たちを“戦わせる理由”に変わるのだと理解していた。




 通信機器が沈黙を取り戻したあと、ブリーフィングルームには重苦しい空気が漂っていた。さきほど鹵獲した宙賊船からの捕虜の声が、まだ耳に残っている。

「ガキどもは売り飛ばしてやる」――あの笑い混じりの言葉を聞いた瞬間、ホーク側の子供たちは全員、怒りに震えていた。


 ホログラム卓に投影された宙域図。赤くマーキングされたのは、捕虜から吐かせた宙賊の拠点候補地点だ。俺とルミナ、ユイ、エリス、そしてホーク側の子供たちが全員揃っている。


「……で、どうするの?」

 最初に口を開いたのはナギだった。腕を組み、鋭い視線を拠点マーカーに向ける。

「こんなの、行くしかないでしょ」


「そうだ!」ニコが机を叩く。赤い瞳が燃えていた。

「捕虜が何言ったか、聞いたろ!? あいつら、俺たちを……子供をモノ扱いしたんだぜ!? こんなの見逃せるか!」


「今すぐ、ホークでぶっ潰そう!」レンまで息巻いて声を上げる。


 子供たちの怒りは正しい。だが勢いだけで拠点を潰せるほど、宇宙は甘くない。俺はこめかみを押さえ、深く息を吐いた。

「……気持ちはわかる。でも、相手は宙賊の拠点だ。単なる寄せ集めじゃない、何隻も艦を抱えてる可能性がある」


「怖気づいたの?」とレンが挑むように口を尖らせる。

「違う」俺は即座に否定した。「単純に“現実を見ろ”って言ってんだ」


 空気がピリついた瞬間、ルミナが冷徹に口を挟む。

「フリーランクスへの報告は必須です。拠点殲滅は正規軍規模の作戦に値します。……ただし」

 ルミナの目が鋭く光った。

「内通者の存在が確定している以上、報告と同時に情報が漏洩する危険も高い」


「だったら余計に待ってられないだろ!」ニコが食い気味に叫ぶ。

「援軍なんか呼んだら、敵は拠点を捨てて逃げちまうかもしれねぇ!」


「落ち着け」俺は声を荒げかけ、深呼吸して抑え込む。

 胃の奥がひどく重い。だが今は引き下がれない。

「……ルミナの言う通り、報告はする。黙って動けば、あとでこっちが罪に問われかねない」


「でも!」レンが食い下がる。


「だが――援軍は待たない」

 俺ははっきりと告げた。

「報告は“形式上”だ。俺たちは先行する。拠点の正確な座標を掴み、必要なら奇襲して、証拠を押さえる。フリーランクスが動くのはそのあとでいい」


 子供たちが一斉にざわめく。

「それって……」

「つまり、先に俺たちがぶち壊すってことだな!」

 ニコが拳を握りしめ、顔を輝かせた。


「……そういうことだ」

 俺は肩をすくめながら答えた。

「ただし、敵の規模次第じゃ即撤退だ。俺たちだけで無理なら、尻尾巻いて逃げる」


「逃げねえよ!」

「やれるって!」

 子供たちの声が重なる。


「おい、聞け!」俺は机を叩き、声を張った。一瞬、ブリーフィングルームの空気が凍る。

「これは遊びじゃない。死ぬかもしれない作戦だ。……それでも行くってんなら、腹括れ」


 静寂のあと、ニコが一歩前に出た。

「もう腹なんか括ってる。俺たちはホークのクルーだ」


 その言葉に、ナギも、レンも、ハヤテも頷いた。小さな瞳の奥に、確かな光が宿っていた。


 俺は――またしても胃を押さえながら、小さく息をついた。

「……くそ、もう止められねぇな」


 エリスが少し呆れたように笑い、ユイは真剣な眼差しで子供たちを見つめていた。ルミナはただ、冷ややかに「了解」とだけ告げた。

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