表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

62/81

第61話 囮作戦

 航路は静かだった。電子音とエンジンの唸り、ただそれだけが響く、退屈で――平和な時間。だが、その静けさを破ったのは、ユイのかすかな声だった。


「……来る」


 その響きに、俺とエリスは同時に顔を上げた。


「来るって……何が?」エリスが眉を寄せる。


 ユイは視線を宙に向け、額に小さく皺を寄せていた。

「……近づいてる。重たい、濁った波みたいな……。これまで何度か感じたのと、同じ」


 その言葉には、かすかな緊張こそあれ、恐怖に呑まれる色はなかった。

 ――こいつも、もう何度か修羅場を潜ったんだよな。


 ルミナが端末に指を走らせ、静かに言葉を重ねる。

「センサー反応。距離0.9AU、不規則な推進波形を確認。通常の商船とは異なる軌道です」


 ユイが小さく頷いた。

「……やっぱり、間違いない。こっち来てる」


「宙賊か」俺が吐き出すと、ルミナは首をわずかに傾げて、冷徹に答える。

「確定はまだ。ただし、航路を交差させるよう調整してきています。襲撃行動と判断して、差し支えありません」


 エリスがユイの肩に手を置き、覗き込む。

「怖くないですか?」


 ユイは少し考えてから、小さく笑った。

「……ちょっとは、怖い。でもね、何度か見たからわかるんだ。あれは、人を襲う気配」

その言葉の重さに、俺は思わず黙り込んだ。


 ルミナは即座に補足を入れる。

「感応系能力による事前察知は、センサーを上回る精度です。あなたの直感は極めて有効です」


「ありがと、ルミナ」ユイが照れくさそうに微笑む。


 そのとき、ホークからの通信が飛び込んできた。

『おい!センサーに変な反応出てんぞ!』

 ニコの声が、わずかに上ずって響く。


 続けざまに、子供たちが騒ぎ出す。

『ホーちゃん狙われてる!?』

『ホーちゃん迎撃準備!』

『ホーちゃん、ぜったい勝てる!』


「落ち着け!まだ確定じゃねえ!」俺は制止するが、騒ぎは一瞬で学級崩壊状態になった。


 ルミナが冷徹に結論を下す。

「識別コード偽装、確定。艦影は宙賊船と推定されます」


 ユイが息を吐き、落ち着いた声で言った。

「――じゃあ、いよいよだね」


 エリスが目を見開き、俺は小さく笑うしかなかった。


「……くそ、俺の胃が先に悲鳴あげそうだ」


 星図の上で、赤い点がじわじわと近づいてくる。囮作戦の幕が、ついに上がろうとしていた。


 ホークは速度を落とし、推進波形をわざと乱すように調整していた。

 ――演技だ。

 ただの輸送艦が慌てて舵を切り、制御を持て余しているように見せかける。


『もっと右に!いや、違う!逆だ、逆!』

 ニコの声が艦橋に響き、操舵を担当するレンがわざとらしくパネルを押し間違える。


『ぐらぐら揺れてる!まるで素人丸出しだぜ!』

 艦載AIリーナが悪ノリし、子供たちは笑いを堪えるのに必死だ。


 ――その裏で。《ストレイ・エクシード》は、ホークの後方数万キロの距離をとり、ステルスモードで追随していた。こちらから見れば、ホークはただのカモ。宙賊にとってもそう見えているはずだ。


 そして。不意に、交信チャンネルが割り込まれた。スクリーンに、粗暴な笑みを浮かべた男の顔が映る。


『商船ホーク!航行停止しろ!積み荷を渡せ!』

 その声は甲高く、ノイズ混じりだが、十分に下卑た威圧感を帯びていた。


『抵抗は無駄だ!――って、おいおい……マジかよ』

 相手が一瞬言葉を切り、画面越しに目を細める。

『……子供が船員って、本当だったんだな。ははっ、笑わせる。抵抗できるわけねえだろ』


 艦橋の子供たちの顔色が、さっと変わった。


『ガキどもは……そうだな。どっかにまとめて売り飛ばすか?』

『臓器か、娼館か……ま、どっちにしろ金になるだろうな!』

 宙賊の下卑た笑いが、スピーカーを震わせた。


『……ッ!……了解。停船する』

 操縦桿を握るニコの赤い瞳に、怒りが燃え上がる。子供たちも唇を噛みしめ、笑いは跡形もなく消えた。だが、操縦桿をゆっくり倒し、わざと推進を落とす。艦体が減速し、いかにも“抵抗する気がない”動きに見せる。


 俺は《ストレイ・エクシード》の作戦席で、息を呑む。

 ――よくもまあ、笑いながら言えたもんだ。

 胃の奥で、鈍い痛みが走った。


 ルミナが冷静に告げる。

「襲撃意志、確定しました」


 ――作戦開始だ。


 俺は《ストレイ・エクシード》のモニター越しに見守りながら、小さく息をついた。

(よし……ちゃんと芝居できてるな)


 ホークの艦橋では、子供たちがそれぞれ端末を操作していた。


『距離、あと0.03AU。接舷可能範囲に入ります』ナギが冷静に報告。

『武装、スタンバイ。外殻パネル開閉シークエンス、待機完了』レンも緊張した声で続ける。

『主砲冷却ライン、圧力正常。発射準備よし』ハヤテが端末を睨みながら告げる。


 そしてニコが低く命じた。

『――よし、接舷直前で反撃する。全員、タイミング合わせろ』


 子供たちの返答は、もはや遊び半分の掛け声ではなかった。

『了解!』

『了解!』

 声が重なり、艦橋の空気がきゅっと引き締まる。


 宙賊船は完全に油断していた。

『へっ、やっぱただの商船か。接舷用意――』


 その瞬間。


『展開!』ニコが叫ぶ。


 外殻が一斉にスライドし、砲塔と砲口が姿を現す。貨物船の皮を脱ぎ捨て、牙を剥いた“鷹”がそこにいた。


『主砲、発射!』

 レンの声とともに、光の奔流が宙を駆け抜けた。閃光が宙賊船をかすめ、外板を焼き裂く。


 続けざまにナギが副砲を指揮する。

『副兵装、照準同期――撃て!』

 粒子弾が雨のように降り注ぎ、宙賊船のシールドを削り取っていく。


 宙賊船の通信が悲鳴に変わった。

『な、なんだ!?商船じゃねえ――!』

 慌てふためく声が飛び交う。


 その直後、ルミナの声がブリッジに響いた。

「新たな反応、三隻。後方から二隻、側面から一隻――距離、接近中」


 俺は小さく息を吐く。

「……やっぱ、そうなるか」

 胃の奥がきりきりと痛んだ。


『三隻!?』ノノが一瞬だけ声を裏返らせる。

『落ち着いて!予定通り動けばいい!』ナギがすぐに制した。

 レンも端末を叩きながら叫ぶ。

『照準補正済み!いつでも撃てる!』


 艦橋の空気は一瞬ざわついたが、すぐに引き締まる。ニコが操縦桿を強く握り、赤い瞳をぎらつかせた。

『――全部まとめて、返り討ちにしてやる!』


 モニター越しに見ている俺は、思わず頭を抱える。

「……頼むから、その気合で暴走すんなよ……俺の胃が死ぬ」


 ルミナは淡々と冷静に告げる。

「敵艦、射程まで十秒。対応準備を」


 子供たちの声が一斉に重なった。

『了解!』


 宙域に、鋭い赤点が複数浮かんでいた。《ホーク》を中心に、前後左右からにじり寄る宙賊船。大小合わせて四隻。


「囲まれた……」

 エリスが小声で呟く。

「戦術的には自然な手です。逃げ場を塞ぐ形で接舷を狙ってきている」

 ルミナの声は冷徹で、淡々とした解析音がブリッジに響いた。


 モニター越しに見える《ホーク》は、古びた外殻をきらめかせながら、ゆっくりと旋回していた。それはただの輸送艦が慌てふためき、進路を失っているようにも見える。だが、艦橋の中で交わされている声は――違った。


『前方艦、距離詰めてきてる!』

『左舷、射程内!撃てるよ!』

『まだだ!タイミング合わせろ!』

 ニコの声が、張りつめた空気を支配する。


 それに続いて、子供たちが即座に動く。レンは照準を調整し、ハヤテが冷却シークエンスを回し、ナギが副兵装を一括管理する。訓練で叩き込まれた連携だ。荒削りではあるが、確かに艦を動かしている。


「……あいつら、ちゃんとやってる」

 俺は作戦席でモニターを見つめながら、わずかに息を漏らした。

 ――ほんの数週間前まで、ただの孤児だった連中が。今は、立派に“艦の牙”を操っている。


 だが。


 宙賊船の包囲は、じりじりと狭まっていく。正面の一隻を牽制しても、後方から二隻が回り込む。そのたびにニコは操縦桿を捻り、子供たちは端末を叩き続ける。一瞬でも指示が遅れれば、たちまち隙を突かれる。


『ぐっ……!シールド、右舷に偏る!』

『左が薄くなる!』

『補正する、待って!』

 通信の中で、焦りと必死さが入り混じる。


「……まだ均一に捌けてねえな」

 俺は胃を押さえながら低く呟いた。

「四隻に囲まれての多方向戦闘は、訓練でも難しいです」

 ルミナが淡々と分析を重ねる。

「現状では、じきに防御を突破されます」


 ユイが唇を噛みしめた。

「……助けに行こう」


 俺はわずかに笑みを浮かべ、操舵席に声を飛ばした。

「エクシード、前進――ステルス解除だ」


 ――瞬間。


 闇に溶けていた《ストレイ・エクシード》の巨影が、宙域に姿を現した。漆黒の艦体に青白いエンジン光が走り、戦闘態勢へと移行する。


「全砲塔、敵艦に照準!ルミナ、射撃管制を!」

「了解。ターゲットロック開始……同期完了」


 エリスが深呼吸し、声を張り上げる。

「対宙賊艦作戦――開始!」


 ――次の瞬間、エクシードの主砲が火を吹いた。濃紺の閃光が宙域を横切り、包囲に回り込んでいた宙賊船の一隻を直撃する。外板が閃光に呑まれ、爆散した火花が虚空を彩った。


『な、なんだ!?もう一隻……!』

『罠か!?』

 残る宙賊船が混乱に揺らぐ。


 《ホーク》の艦橋では、ニコが大声を張り上げた。

『チャンスだ!前方艦に集中砲火!』

『了解!』

 子供たちが一斉にキーを叩き、副砲の粒子弾が雨のように降り注いだ。


 正面の宙賊船が慌てて回避行動を取る。だがその動きは鈍い。

 ――囮を狙ったつもりが、逆に狩られる側に回ったのだ。


「……よし」

 俺は息を吐き出した。まだ胃は痛む。だが、目の前に広がるのは確かに優勢の光景だった。


「行くぞ……狩りの時間だ」


 虚空に、二隻の艦の連携砲火が轟いた。《ホーク》と《ストレイ・エクシード》。双翼が広がり、宙賊を討つ牙を剥いた。

よろしければ、評価やブックマークをお願いします!

執筆の励みになります!!m(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ