第60話 作戦開始
《ホーク》の最終調整が進む中、何度も模擬戦闘を繰り返すうちに、艦橋の空気もようやく落ち着いてきた。もちろん、子供たちは相変わらず《ホーちゃん》呼びだ。だが、最初の学級崩壊みたいなテンションは影を潜め、声には段々と冷静さが混じってきている。
「敵艦、シールド残り三割!」
「右舷パルス、連射抑えて。冷却入るよ!」
「迎撃砲、次のミサイルに照準!」
――少なくとも、運動会からは卒業したらしい。
「採点結果を提示します」
ルミナが虚空にホログラムを展開する。
「模擬戦五回目。平均戦術評価は72点。初回の38点から見れば、著しい向上です」
「おお!」
子供たちの声が一斉に上がる。
ルミナは淡々と続けた。
「なお、呼称が《ホーちゃん》のままである点は減点対象にすべきか、検討中です」
「えー!? そこ関係ある!?」ノノが文句を言う。
「……減点は理不尽」ゼンがぼそっと同意する。
「いいんだよ別に!正式名はホークだっての!」ニコが真っ赤になって叫ぶ。
俺は苦笑しつつ、大きく息を吐いた。
――少なくとも、無駄に叫び散らすことなく艦を回せるようになった。ようやく、少しは安心できる。
胃の痛みも、ほんの少しだけ和らいだ気がした。
ブリーフィングルーム。ホログラム卓上に広がった宙域地図を前に、子供たちと俺、ルミナ、ユイ、そしてエリスが揃っていた。
「――以上が今回の作戦だ」
俺が一息ついて言葉を切ると、ルミナが滑らかに補足を入れる。
「囮艦となるのは《ホーク》です。実際に倉庫区画には換金性の高い貨物を搭載します。希少鉱石、医療資材、交易用の贅沢品。いずれも市場で高値がつく品目です。管理局への出港申請はすでに“商船”として処理済み。申請業務はレーネと私が対応しました」
「見た目はただの古びた商船……でも、中身はお宝満載ってわけか」ナギが腕を組む。
俺は頷き、宙域地図に指を走らせた。
「《ストレイ・エクシード》は別行動だ。表向きは“別宙域での任務に向かう”ことになってる。実際にはステルス状態で《ホーク》を遠隔追跡する。落ち合うのは今いるデルフィナ宙域の外縁部だ」
「航路は……前回の作戦と同じ?」ハヤテが首をかしげる。
「そうだ。同じく、監視衛星の網を避ける“燃料効率と回避性を重視したルート”を通る。捕虜の証言と、レーネの解析で割り出した連絡地点をかすめる形だ」
ルミナが冷徹な口調で言葉を継ぐ。
「その中のひとつが、宙賊の拠点である可能性が高いです。フリーランクス内部の宙賊協力者に、航路情報が“それとなく”伝わるように手配してあります。内通者経由で、宙賊が必ず食いつくはずです」
俺は肩をすくめた。
「要するに――《ホーク》が撒き餌で、《エクシード》が網だ」
レンがぽつりとつぶやく。
「……囮役って……危なくない?」
すぐさま、他の子供たちが口々に叫ぶ。
「ホーちゃん最強ー!」
「ホーちゃん、ぜったい勝つ!」
「ホーちゃん、かわいい!」
「だからホーちゃんじゃなくてホークだ!!」
ニコが机を叩いて怒鳴ったが、子供たちは笑いながら「ホーちゃん!ホーちゃん!」とコールを続ける。
俺は額を押さえた。……やれやれ。これで本当に作戦が成立するんだろうか。
ルミナは気にした様子もなく、冷静に結論を告げる。
「作戦開始後は、襲撃があるまで航行を繰り返す予定です。……運が悪ければ数日間、ただの退屈な旅路となるでしょう」
「退屈なほうがありがたいんだがな……」
俺は深く息を吐き、またしても迫りくる胃痛を予感するのだった。
港湾セクター・第七ドック。《ホーク》は、古びた外殻に“積み荷満載の商船”としての偽装を整え、静かに発進準備を整えていた。倉庫区画には換金性の高い貨物が並び、見た目にはただの輸送艦。だが内実は牙だらけの強襲艦――。
「――囮作戦、開始する」
俺がそう口にした瞬間、子供たちの目が一斉に輝いた。
そしてまた、誰からともなく叫ぶ。
『ホーちゃん、いっけー!』
『だからホークだって言ってんだろうが!!』
ニコの声が響き渡り、俺の胃がまたひとつ重くなった。
格納扉が重々しく開き、外には黒く広がる虚空。ドックの誘導灯が順番に点滅し、出港シークエンスの始まりを告げている。
「推進系、最終チェック完了」
ルミナの声がブリッジに響く。
『積み荷ステータス、オールグリーン!“お宝満載商船”の出来上がりだぜ!』
艦載AIリーナが、無駄にテンション高く報告を入れる。
「おい余計なこと言うな!宙賊に聞こえたらどうすんだよ!」
俺が思わず突っ込むと、子供たちが爆笑した。
「航行申請、通過しました」
エリスが端末を確認しながら告げる。
「形式上は、通常の商船扱い。監視局からのチェックもクリアです」
「……さすがレーネ。抜け目ねぇな」俺は息を吐く。
前方スクリーンに、ドック出口が大きく映し出される。
古びた船体――だが中身は強襲艦――《ホーク》が、ゆっくりと推進を開始した。
『よし……ホーク、出港だ!』
ニコが両手を操縦桿にかけ、勢いよく宣言する。
『推進系オールグリーン!』
『出港シーケンス開始!』
子供たちの声が艦橋いっぱいに響き渡る。
「……騒ぎすぎだろ。遠足のバスじゃねえんだぞ」
俺は《ストレイ・エクシード》作戦席から、モニター越しに苦々しくつぶやいた。
画面の中では、ニコが胸を張って操縦席に座り、周囲の子供たちが口々に叫んでいる。
『ホーちゃん、がんばれー!』
『ホーちゃん最強ー!』
『ホークだっつってんだろ!!』
ニコの絶叫がスピーカー越しに響き、ブリーフィングルームの全員が苦笑した。
だが――船体がドックを離れ、ゆるやかに星空の中へと滑り出していくのを見ていると、ほんの少しだけ胸が高鳴る。これから先に待っているのは、宙賊との命のやり取り。だが、こうして笑いながら出港できること自体が、奇跡みたいなもんだ。
「……頼むぞ、ホーク」
小さく呟いた声は、誰にも聞こえなかった。
港湾セクターに《ホーク》の姿が消えてから、数時間後。今度は俺たちの番だった。
「《ストレイ・エクシード》、出港シーケンス開始」
ルミナの落ち着いた声が艦内に響く。
俺は艦長ーーないしは団長席に腰を沈め、深く息をついた。表向きは“別任務”。だが実際には、ステルスモードを起動し、遠巻きに《ホーク》を追う役目だ。
「航路計算、完了しました。経路上に監視衛星の反応なし」
「外部通信、すべて遮断済み。ステルス発信安定しています」
ルミナの報告に、ユイとエリスがそれぞれ端末を確認する。
「……よし、行くぞ」
艦体が振動し、ドックを離れる。数分後には、黒い虚空の中を静かに進んでいた。
子供たちの笑い声が響き渡っていた《ホーク》の艦橋とは違い、ここは落ち着きがあった。
――だが静かすぎると、それはそれで不安になる。
「合流地点まで、あと三十七時間。途中で《ホーク》が襲撃されれば、我々も即座に介入します」
ルミナが冷徹に告げる。
「……胃がもたねえ」
俺は小さくぼやいた。
やがて時間が経ち、合流予定宙域。ステルス航行を維持したまま、俺たちは慎重に進む。
やがて前方スクリーンに、古びた外装の《ホーク》の影が浮かんだ。その周囲に宙賊の影は――まだない。
「……無事だな」俺は息をつく。
直後、スピーカーから聞き慣れた騒がしい声が飛び込んできた。
『おーい!エクシード組!ちゃんとついてきてんだろな!』
『ホーちゃん、元気いっぱいだよ!』
『ニコ艦長、晩ごはんどうするー!?』
……胃が、確実に縮む音がした。
「……もう少し静かにできねえのか、あいつら……」
俺は天井を仰ぎ、深々とため息をついた。
合流後の航路は、ただひたすらの待機だった。襲撃があるまでは、囮役の《ホーク》とそれを追う《ストレイ・エクシード》が淡々と航行を続けるだけ。
だが、不思議なことに。ホークの通信が途絶えると、艦内は急に静かになった。
モニターの向こうでは、子供たちが大騒ぎしているはずなのに、こちらには声が届かない。代わりに漂うのは、機器の電子音と、エンジンの低い唸りだけ。
ユイが端末を見つめながら、ぽつりとつぶやいた。
「……なんか、さみしいね」
「確かに」エリスも腕を組んで頷く。
「さっきまで“ホーちゃんコール”で耳が痛かったのに……急に静かになると、逆に落ち着かないですね」
「……騒音がなくなっただけで、静寂を不安と錯覚するのは、心理学的にも一般的です」
ルミナが冷静に補足する。
「ただし、あなた方の場合は単純に“慣れ”の問題でしょう。騒がしいほうが通常状態と錯覚しているのです」
「……まあ、否定できねえな」
俺は操縦席にもたれ、深く息をついた。
ほんの少し前までは、静かなブリッジでの運用が当たり前だった。少人数で《ストレイ・エクシード》を運用していた時も、あそこまでのバカ騒ぎはなかった。なのに今は――あのうるさい連中の声がないと、逆に落ち着かない自分がいる。
「……胃が静かなうちに休めばいいのに」
エリスが苦笑まじりに言う。
「そうだな……」俺は小さく頷く。
――だけど本音では、次にまたあいつらの声が聞こえてきた時、今以上に胃が痛くなる未来が見えている。
それでも。この静寂よりは、あの騒がしさのほうが――ずっと“生きてる”感じがした。
よろしければ、評価やブックマークをお願いします!
執筆の励みになります!!m(_ _)m




