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第5話 封鎖区画

 無言で進むうち、視界の先に異様な扉が現れる。分厚い強化装甲が壁面を塞ぎ、赤い警告ランプが点滅を繰り返している。その下で「立入制限」のホログラムが、わずかに揺れている。


「……ここか、“封鎖区画”ってのは」


『はい。“遺伝拡張試験ブロック”と識別されています。設計上は存在しないはずの区画ですが、内部から微弱な稼働信号を検出中です』


 重苦しい静けさが漂ってる。ただの扉なのに、近づくだけで空気が変わるのがわかる。


「これ……最初からあったのか?」


『いいえ。構造設計には記録がありません。たとえるなら――“誰かがあとから増設した、見覚えのない倉庫”です。たいていの場合、ろくなことになりません』


 その妙にリアルな言い回しに、背筋がすっと冷える。


 慎重にセキュリティスティックをスロットに差し込んで、指をスキャナにかざす。ピッと短い認証音。生体照合が通った直後、扉が低い振動音とともにゆっくり開いていく。


 中から流れてくるのは、冷たく乾いた空気。オゾンと消毒液が混ざったような匂いが鼻をくすぐる。嫌な匂いじゃない、どこか――妙に懐かしい。


「……この匂い、なんか覚えがあるな」


『当然です。あなたの遺伝系列と一致する設備反応が、内部から検出されています』


 天井の発光パネルが冷たい青白い光を放ち、床に静かな光が広がる。壁際に並ぶカプセルの輪郭がぼんやりと浮かび上がり、黒光りするその中央には――マークがある。


 Δ(デルタ)。


「ルミナ。このΔって……なんのマークだ?」


『分類コードです。“特定系列向け追加適応機能付き”の再適応用バイオカプセルを意味します』


「つまりこれ……俺専用?」


『ご安心ください。基本は汎用設計です。ただし、あなたのような“盛ったアバター出身者”には、内部の追加機能が自動開放される仕様です』


 なんだかよくわからないのに、奇妙な“親しさ”だけが胸の奥でじわっと広がる。


「……ここ、“故郷”って感じじゃないけどさ。なんか……“戻ってくるように仕組まれてた”感じはあるな」


『的確です。この区画の初期ログに、“あなたと類似する反応パターン”を持つコードが存在しています。つまりこの施設、“あなたがいつか来る前提”で組み込まれていた可能性が高いです』


「なんだよそれ……勝手に帰巣本能を刺激してくるなよ……」


『安心してください。現在、カプセルは最低限の維持モードのみ。資源供給も停止中です。完全な強化・適応処理には、補修と再構築が必要です』


「つまり、“準備段階”ってことか」


『そのとおり。“中身の抜けた冷蔵庫”です。なお、艦内には栄養プリンもございます』


「いや温度差すごいな! 今の話の流れに出すやつじゃないだろプリン!」


 ……冗談めいた会話をしてても、目の前のカプセルだけは笑えない気配を放ってる。Δマークをもう一度じっと見つめる。黙ってそこにあるだけなのに、なぜか――“生きてる”ように見える。


 と、不意にルミナの声が変わる。いつもの冷静さに、ほんの少しだけ“重さ”が混じる。


『ひとつ、気になる反応があります。艦内システムが、あなたの所持品から“未登録の外部データ”を検出しました』


「……俺、そんなの持ってたか?」


『記録ファイル:SEC_BACKUP/Δ-4_PARTIAL_LOG』

『所有者:あなた』

『取得タイミング:バイオラボ脱出時。――装着衣の内部メモリユニットに一時保存されていたデータです』


「いや待て。俺そんなイベントやった記憶ないぞ? バイオラボ脱出って何だよ」


『記憶が欠損しているのか、“ゲーム開始時に省略されたイベント”か――。どちらにせよ、“おまぬけなプレイヤーが処理しきれなかった情報”が今になって浮かび上がってきたようです』


「なあ、その毒、じわじわ効いてくるんだけど……!」


 淡く青いホログラムがふわっと前方に浮かび上がる。ノイズ交じりの文字列が、断片的に再構築されていく。


【被検体識別】Case-No.Δ-4

【適応系統】神経感応型/共鳴知覚特化

【現状】脱走処理中……ログ断片再構築中


 その最後――まるで“誰かの囁き”のように、声が浮かび上がる。


『……きっと、また会えるよ』


 言葉が胸に触れた瞬間、胸の奥がわずかにざわつく。懐かしくて、切なくて、それでいて――俺のじゃない感情が、静かに広がっていく。


「……今の、なんだ?」


『記録の余波です。“神経感応型”のログには、稀に“情動の残滓”が混在しています。例えるなら、未読スパムに勝手に添付された“エモい気持ち”です』


「やめろ……雑すぎる例えで感動を台無しにすんな……」


 ホログラムが消えたあとも、なんとなくその場から動けない。名前も顔も知らない誰か――なのに、どこかで“会った気がする”。


「ルミナ、Δ-4って……俺と同じ被検体ってことか?」


『形式的には、“系列違いの兄弟機”といったところでしょう。あなたは“再生・戦術適応系”、Δ-4は“神経感応・共鳴知覚系”です。性格までは不明ですが――』


「性格、わかるのか?」


『はい。ログの文体が詩的傾向を示し、“再会”“願い”など、情動を帯びた言語選択が多く見られます。あなたのような“ネタ特化型”とは、言語圏が違います』


「そんなにか……?」


『あなたは“台詞で押し切るギャグ枠”。向こうは“静かに空気を支配する詩的セリフ型”。差は火星と海王星です』


「やめて、俺が空気クラッシャーみたいになる……」


 冗談の応酬をしながらも――Δ-4。その存在は、確かに心のどこかに引っかかっている。


「……まだ会ってないはずなのに、“知ってる”って思っちまうの、なんか不思議だよな」


『それが“感応”です。あなたにはきっと、“彼(彼女)を思い出す資格”があります』


「思い出すって……俺、忘れてたってこと?」


『あるいは、“これから出会うはずの感情”を、先に受信してしまった可能性もあります。時間の整合性を超えた感応――神経感応系では、まれにそういう現象が確認されています』


「……SFくせぇな。でも、なんか、納得しかけてる自分が一番こえぇ……」


 Δ-4。あれはただのログなんかじゃない。あれは――“誰かの痕跡”だ。そして俺の心と、その“誰か”の気配が、どこかで確かに、重なってる。


「……もし本当に会えるならさ。ちゃんと会いたいよな。盛ったアバターでも、おまぬけ艦長でもなくて――俺自身としてさ」


『その場合はまず、“頼れる艦長”を名乗れるよう努力してください。“情緒だけで突っ込む主人公”は、だいたい真っ先に脱落します』


「お前……人の未来に死亡フラグ立てるのやめろ……」


 ホログラムがすっと消え、また艦内の静けさが戻ってくる。けど、空気の奥に――なんか、残ってる。“記憶にならなかった何か”みたいな、微妙なざわつきが胸の奥をかすめていく。


 無意識に顔を上げる。廊下の先――そこがうっすら光っている。


「……ん? なんか、あそこ光ってないか?」


『確認中。――微弱な熱源と動作音を検出。“未登録の拡張区画”です。なお、今の行動傾向は『怖そうだけどなんか気になる』。ホラー映画で最初にやられる人のテンプレートです』


「そのたとえマジでやめろ。怖くなるから!」


 注意しながら歩を進めると、扉の前で自動制御が反応する。重たい駆動音とともに、厚みのある装甲扉がゆっくり開く。ほんのりと光る室内から、ひやりとした空気が流れ出す。


 中に一歩踏み込むと、静かな空間が広がっている。照明はやわらかく、機械音もほとんど聞こえない。中央に据えられた装置だけが、淡く青白い輪郭を帯びて、ぽつんと存在を主張している。


『ここは“訓練区画”のようです。中央の装置は“パーセプトボード”。神経同期型の訓練装置で、要するに“脳みそで動く修行部屋”ですね』


「その言い方、なんとかならんのか……」


『より正確には、ニューロリンクを通じて神経活動を仮想環境と直結。格闘、操縦、戦術行動――実戦レベルでの反復訓練が可能です』


「……これ、うっかり死んだりしないよな?」


『ご安心ください。“うっかり死ぬ”のは旧型の話。現行モデルなら、うっかり気絶程度に収まります。……たぶん』


「“たぶん”って言うな!!」


 内心ビビりながらも、装置の前に立つ。何だろうな、この妙な存在感。ただの訓練設備じゃない。“今の俺を試すために用意された”――そんな雰囲気すらある。


「……まあ、せっかくの高性能装置だし。ここで“脱・おまぬけ艦長”スタートってことで」


『それでこそ。なお、“初回訓練で脳波スープ化”という素敵な前例もございます。ご無理なさらず』


「やめろ、そのトラウマパッケージ!」


 覚悟を決めて、装置にアクセスする。一瞬で、周囲の景色が切り替わる――


 仮想空間に再現された《X-09 ストレイ・エクシード》の艦橋。しかも、やたらリアルだ。というか、現実よりリアルな気がする。


 スクリーン、操作パネル、操縦席……すべてが質感たっぷりで、触れればちゃんと重みがある。現実と区別がつかないレベルで再現されてる。


「……なにこれ、マジで本物以上じゃねぇか」


 操縦席に腰を下ろすと、すぐ耳元にルミナの声が届く。


『ようやく座る気になりましたか、艦長。遅すぎて、もはや感動も湧きません』


「いや初めてなんだよ……。緊張くらい察してくれよ……」


 操縦桿にそっと手を添える。右手はメインレバー、左手は補助スライダーの上。足元のペダルには、かかとが軽く触れている。背もたれに体を預けると同時に、脳裏に「接続完了」の文字が浮かぶ。神経インターフェースが、俺のすべてを読み取る態勢に入った。正面スクリーンには、静かに広がる星の海。遠くの星々が、まるで止まっているかのようにゆっくりと瞬いている。


『まずは基本の姿勢制御。右へ30度旋回してください。慎重にお願いします。360度回ったら訓練じゃなくてアトラクションです』


「了解……」


 息を整えて、操縦桿を右にじわっと倒す――が、ワンテンポ遅れて艦が反応し、しかも思ってたよりも回りすぎる。補助スラスターの制御が過剰に出て、艦体がぐるっと大きく旋回する。体がシートに押し戻され、視界が星々の軌跡でぐるんと回る。


「おっと……これ、宇宙酔いコースだな……」


『見事なおまぬけ旋回、ありがとうございます。操縦スキル、順調に迷走中です』


「バカにしてるだろ絶対!!」


 何度も旋回と推進の繰り返し。操縦桿の倒し加減、補助スライダーでのスラスター制御、ペダルでの姿勢微調整……やることが多すぎて、すぐに手が足りなくなる。重力補正があるとはいえ、慣性が残る。回った分だけ戻る必要があるし、その戻し操作がまたズレる。神経の一部を艦に委ねているからこそ――「自分が操っている」という意識を、どこまでも保ち続けなければならない。


 でも――不思議なことに、少しずつ身体がついてくる。操縦桿を動かす角度、指にかける圧、ペダルの踏み込みタイミング。艦の反応が、なんとなく“読める”ようになってきた。


「……これが、パイロットスキル補正ってやつか」


『はい。神経信号をリアルタイムで解析し、無意識のミス操作を補正しています。いわば“命綱”です』


「……俺ってさ、もうゲームキャラってより、バーチャル人形にされてんじゃ……」


『いえ。“バーチャル人形を操る側の人間”です。あなたは今、自分の意志で操縦しています。だから意味があるのです』


「……それ、ちょっとだけ褒めてない?」


『偶然です。では次、推力制御と緊急回避行動に移ります』


 ルミナの言葉と同時に、スラスター出力が自動で調整される。足元のペダルを強めに踏み込むと、艦が前方へ滑るように加速する。星々が視界の縁で流れはじめる。


「……あれ、案外いけるな……?」


『最初は宇宙ゴマでしたが、今は宇宙竹トンボくらいには進化しています』


「例えのセンスどこで拾ってきたんだよ!」


 それでも――汗ばむ手のひらと、じんわりと熱を持った掌の感触だけは、ほんの少し誇らしい。今、確かに俺がこの艦を動かしている。感覚として、はっきりそう言える。


 ルミナの声が、ふいに少しだけ柔らかくなる。いつもの毒舌の奥に、ほんのわずかだけ――楽しそうな響きが混じっている気がした。


『では、次の訓練へ移行します。艦橋訓練モード、終了。格闘訓練モジュール、起動します』


 景色がゆっくり切り替わる。舞台装置がスライドしていくみたいに、艦橋のホログラムがフェードアウトしていき――代わりに現れるのは、やたら広くて無機質な空間。光が淡く照り返し、壁も床も金属光沢で統一されてる。


 まるで、近未来の高性能ジム。センサーがびっしり張り巡らされてて、床面には発光ラインが浮かんでる。


『次は格闘訓練です。まずは基本動作の確認から始めましょう』


「おお……なんか、ちょっと燃えてきたかも」


『では、仮想敵AI――“サンドバッグくん”を召喚します』


「……ちょ、名前のセンス、どうした?」


 空間の真ん中に、“ぽん”って感じで出てくるのは――妙に人型で、妙にモフモフした……なんだこれ。柔らかそうな質感だけど、サイズと構えは完全に“打たれ役のプロ”。


「これが……“サンドバッグくん”?」


『はい。自律行動型仮想標的です。名前は迷走しましたが、性能は安定しています』


「いや、不安しかないんだけど」


『初期レベルで起動。格闘反応モード・オフ。どうぞ、ご自由に殴ってください』


 言われるままに一歩踏み出し、拳を握る。深く息を吸って、軽く右ストレートを――


 ドゴッ!!


 拳がスッと吸い込まれるように“やつ”にめり込んで、腕に伝わるのは妙にスムーズな衝撃。反動がない。でも、ちゃんと打ち抜いた感触がある。


「……え、今の、俺のパンチ?」


 拳を見る。肩を回して、足の軸を確かめて――もう一度構える。無駄のないフォーム。体重移動もスムーズ。でもそれが、俺の意識とほんの少しズレてる気がする。


「……ああ。俺、こんな綺麗に殴れたこと、一度もねぇよ」


『当然です。あなたの動作命令は、格闘スキル補正によって最適化されています。意識した瞬間に、“理想的なプロ動作”が再生される構造です』


「つまり……俺の“下手くそパンチ”が、自動でプロの動きに修正されてると」


『正確には、“あなたの意図を最大限尊重しつつ、恥をかかせないよう補正している”です。“おまぬけな殴り方”が“戦闘美学”に変換されている状態です』


「……優しいのか、辛辣なのか、どっちなんだよ……」


 もう一度踏み込み、ジャブからボディ、回し蹴りまで試す。連携がスムーズで、自分の体じゃないみたいに動く。


「……これ、本当に俺の体か?」


『はい。“あなたの肉体”であり、“あなたの性能”ではありません。スキル補正によって、“あなたの意図”が最も美しく、強く、正確な形で具現化されています』


「……これ、ちょっとマジで誰かと戦いたくなるな……」


『その気持ち、よくわかります。では、“サンドバッグくんLv2”を――』


「やめろやめろやめろ! せめてLv1.2とかにして! 緩やかにいこう!」


『記録上、Lv1.2は存在しません。なお、“初心者の気持ち”も初期化済みです』


「この設定考えたやつ、今すぐ正座な!」


それでも――この体の動き、この手応え。“強くなれる”って感覚は、やっぱりちょっと嬉しい。




 封鎖区画の探索を終えてから、今後の使い道についてあれこれ話してる。「謎スペース」扱いだった場所が、意味のあるエリアとして機能し始めた感じだ。


 まず目につくのは、あのバイオカプセル。見た目は高級SFの棺桶って感じだったけど、中身はとんでもない。再生、免疫補正、神経調整、筋組織のリペア、果ては潜在能力の活性化まで――一台でそこまでやるって、ほぼ人間改造の域だろこれ。


 要するに、“被検体の限界を押し上げるための医療システム”。言い方変えれば、強化装置だ。


 それと、部屋の奥に鎮座してる《パーセプトボード》。ニューロリンク型の訓練装置で、仮想空間内での格闘、射撃、操縦、戦術行動まで再現できるらしい。


 こっちは、“脳みそひとつで超人を作る修行部屋”ってわけだ。


 体を癒す機能と、能力を鍛える機能。この二つがそろってる時点で、この区画がただの予備スペースなんかじゃないってのは明らかだ。最初から“誰かを育てる”前提で作られてる。……たぶん、俺を。


「……この艦、単なる戦闘艦じゃなかったんだな」


『はい。“艦長育成用・被検体サポート仕様”です。キャラクタークリエイトで“被検体”を選んだ時点で、艦の構成が“あなた用”に変化した可能性があります』


「……ってことは……」


『ええ。ノリと勢いで選んだ中二設定が、現実を上書きしました。おめでとうございます、人生ハードモード確定です』


「嘘だろ……あのとき、“なんかヤバそうで面白そう”ってだけでポチッただけなのに……!」


 あのキャラメイク画面を思い出す。出身:バイオラボ(被検体)。軽くノリで選んだだけだった。なんか厨二っぽいし? くらいの気持ちで。


 でも、もしあれがこの現実とつながってるなら――この封鎖区画は偶然じゃない。最初から俺を迎え入れるために組まれてた可能性すらある。


「……つまり、この艦って“俺を育てるための船”ってことか」


『正確には、“おまぬけ艦長を矯正する施設”ですけど』


「誰が矯正されるかぁ!」


 思わず声を上げつつ、ふと視線をパーセプトボードとカプセルのあいだに向ける。この区画、医療機能も訓練設備も揃ってるのに――他と隔離されてるのが正直ネックだ。


「……やっぱ、ここだけ独立してるの、ちょっと使いにくいな」


『構造的には隔離エリアです。“秘密基地感”はありますが、実用性にはやや難ありです』


「だよなぁ……。この設備、もっと他とつながってたら便利なのに」


『ご指摘の通り。この封鎖区画を既存の医療・訓練区画と物理的に連結する案は、検討に値します』


「え、それって可能なの?」


『はい。ただし、艦内の通常整備機能では無理です。“中型以上の整備工場”または“軌道ドック”での支援が必要です』


「つまり、“できるけど条件付き”ってやつか。……でも、やれたら便利になるのは間違いないな」


『ええ。たとえば“治療後に即訓練”というリカバリー付きローテーションが可能になります。艦長のような低耐久型には最適ですね』


「誰が低耐久だコラ!」


『事実です。なお、艦の構造は“再配置・拡張前提”で設計されているため、実行のチャンスはあります』


「じゃあ……この世界に整備ドック的な施設があるなら、いずれ寄って改修するってのもアリか」


『“意欲的な運用構想”として記録しました。整備ドック接続時にリマインドします。忘れても安心です』


「……忘れる前提かよ」


 思わず苦笑しながら、俺はルミナに問いかける。


「なあ……他にも、まだ隠れてる区画とかあったりしないよな?」


 ルミナの応答まで、ほんの一拍の間が空く。その声は、普段より少しだけ慎重だ。


『……実は、艦内スキャンの結果、“ひとつだけ例外的な空間”が見つかっています』


「……例外的?」


『はい。場所は艦の中枢部。エネルギーコアの周囲に、記録上存在しない“構造的空間”が確認されています』


「まさか、また封鎖区画?」


『それとは少し異なります。検知はされているのに、アクセスが一切できません。ドアの表示もなく、データ上にも存在しない。物理的にはあるのに、“存在しない”ことになっています』


「いやいや、それ……完全にホラーじゃん……」


『外部改変の痕跡はなく、設計段階から組み込まれていた可能性が高いです。ただし、アクセス権限は“艦長を超える階層”に設定されています』


「俺の船なのに、俺でも開けられないってどういうこと……」


『実にSFですね』


「他人事か!」


『仮にアクセスできたとしても、内部の構造も目的も一切不明です。エネルギー遮蔽が強く、スキャンでも詳細は判別不能。現状、ただの“謎の空洞”です』


「……ってことは、本当にヤバいやつか、もしくは――」


『語られていない物語の断片、かもしれませんね。どちらにせよ、今の私たちでは触れられません』


 ディスプレイに表示された艦内マップを見つめる。その中で、ぽっかりと表示されていない真っ黒なエリアが、ただ静かにそこに居座っている。

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