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第58話 嵐の前の静けさ

 戦闘から数日。《ストレイ・エクシード》はラゲルト・コロニー港区画に係留され、子供たちと整備ドローンで軽いメンテと艦内点検を続けていた。スパナや端末を持った子供たちが、甲板や機関室で思い思いに作業している。動きはぎこちないが、もう「お手伝い」ではなく、立派なクルーの仕事になりつつある。


 一方で、訓練エリアからは別の騒がしい声が聞こえてくる。「兄貴、見てろよ!」とレンがバーを無駄に勢いよく振り回し、ニコが「遅っ! 貸せ!」と横から割り込む。ユズが柔らかく「姿勢崩れてるよ」と指摘し、レンがむっと口を尖らせる――そんなやり取りがあちこちで続いている。


俺は整備端末のチェックリストを片手に、その様子を眺めながら小さく息をついた。

「……まあ、嵐の前の静けさってやつだな」

言いながら、自分で自分に“フラグ”立ててる気がして、すぐ後悔する。


ルミナが後ろから、いつもの調子で刺してくる。

「艦長、静けさの定義をご存じですか。“静か”とは、音圧レベルが低い状態を指します」

「そうかい。じゃあこの艦は常時うるさいな」

「はい、艦長の音声入力が主因です」

「……修理に出すぞ」


そんなやり取りをしていると、ルミナが急に声を改めた。

「艦長、フリーランクス・ラゲルト支部から通信です。発信者――レーネ・カルティア」


俺は工具を拭き取り、肩を軽く鳴らす。

「ほらな、静けさなんて長く続かない」


ルミナが淡々と返す。

「受信しますか? それとも“居留守”という戦術を選びますか?」

「相手がレーネだぞ。居留守なんか使ったら、次会った時に倍返しされる」

「了解しました。接続します」


 端末にホログラムが立ち上がり、レーネの姿が映る。相変わらず制服は着崩しているが、髪には乱れひとつない。だが目元には、わずかに疲労の影が見えた。


「……ちゃんとつながって安心したわ、シンヤ」

「俺を捕まえるのは簡単だ。艦にいるか、飯食ってるかのどっちかだしな」

「皮肉はいいから、支部まで来て。内部調査の結果が出たわ」


 短い通信の中に、仕事モード全開の緊張感があった。これは、のんびり整備どころじゃなさそうだ――そう悟った俺は、整備班に手を振り、ハッチへ向かった。




 フリーランクス・ラゲルト支部に着くと、いつもの受付カウンターがやけに静かだった。しかも――いつもならそこにいるはずのレーネの姿がない。


 代わりに端末を操作していた若い受付が、俺に気づいて顔を上げた。

「……あ、艦長。お疲れさまです」

 声の調子が妙にかしこまっている。普段はもっとラフだったはずだが。


「レーネに呼ばれて来たんだが……姿が見えないな」

 俺がそう言うと、受付は少しだけ姿勢を正し、言葉を選ぶように答えた。

「カルティア主任は、上のフロアにいらっしゃいます。……私から連絡しますので、そのままロビーでお待ちください」


「……主任?」

 聞き返す俺に、受付は首をかしげる。

「はい、カルティア主任ですけど……?」


 ……主任だったのか、あいつ。てっきり“受付の頼れる姉ちゃん”ポジションかと思ってたが――肩書きが一気に物騒になったな。


 数分後、支部の奥からレーネが現れた。いつものようにラフな感じで、俺の方に真っすぐ歩いてくる。

「来たわね。……こっちよ」


 案内されたのは、外からだとただの“記録保管室”に見える部屋だった。壁を埋めるデータラック、中央に置かれた卓上ホログラム投影機。――名前は地味だが、中身は完全に情報会議用だ。表向きは資料室、裏では密談の場ってわけだな。


 ドアが閉まり、ロック音が響いた瞬間、空気が変わる。レーネは腕を組み、こちらをまっすぐに見据えた。


「内部調査の結果が出たわ。……あなたの船で拘留中の捕虜――その供述と、私たちのデータが一致したわ」


「つまり、フリーランクスの中に本物の裏切り者がいるってことか」


 レーネは短く頷く。

「確証はまだだけど、もう“偶然”じゃ片づけられない。だから捕虜は――引き続き、あなたの艦で預かってもらう」


「口封じ防止ってわけだな」


「そう。支部の拘置区画は安全じゃない。……今はまだ」


「……了解。《ストレイ・エクシード》の隔離区画に置いとく。艦内警備はルミナがうるさいくらい完璧にやってくれる」


「助かるわ。ルミナの監視なら、下手な牢屋より安心できる」


 レーネはそう言いながら、端末を操作してホログラムを投影した。宙域の地図、その一部に赤い光点がいくつも浮かぶ。


「これが今回、捕虜の証言と照合して割り出した“連絡地点”よ。大半は使い捨ての補給ポイントだけど……この中に、拠点に近いものがある」


「つまり、まだ尻尾を掴めるってわけか」


「そう。ただし、すぐに動くわけにはいかない。内部犯がどこまで情報を握ってるか不明だから、こちらの動きを悟られないようにしないと」


「おとなしくだけじゃ済まないって顔してるな」


 レーネは薄く笑う。

「ええ。だから、あなたにはもう一つお願いがある。――この情報を元に、囮の航路を組んでほしいの」


 俺は腕を組む。

「囮ねえ……俺の艦じゃ無理だろ。《ストレイ・エクシード》は軽巡洋艦だ。誰が見ても獲物じゃない」


「だから、貨物船に偽装した艦を用意するわ。見た目は商船、でも内部は戦闘仕様。接近されるまで正体がわからないタイプ」


「なるほどな……でも、それ小型だろ?」

 俺は首を横に振った。

「小型貨物船じゃ“囮”にならねえよ。海賊だって手間に見合う獲物を狙う。せめて中型輸送艦が欲しい」


 レーネが目を細める。

「中型? あれは動かすだけでも整備班が悲鳴を上げる代物よ」


「だからこそだ。中型なら“積み荷が多くて護衛は手薄”っていう、あいつらの大好物に見える。接近させるまで時間も稼げる」


「……論理的ですね」

 ルミナが口を挟む。

「囮としての魅力は中型輸送艦が上。捕獲に値する価値を相手に錯覚させる必要があります」


 レーネは端末を操作し、別のシルエットを投影した。貨物コンテナを積んだ、鈍重そうな船影――しかし構造図を見る限り、船体内部には広い余裕があり、改造の余地も大きい。


「支部の倉庫に一隻あるわ。旧式だけど、推進系は去年オーバーホール済み。ただし貸し出し条件は厳しいわよ」


 俺はすかさず口を開いた。

「貸し出しじゃなくて……作戦後に格安で売ってくれないか?」


「……今、値切ってる?」


「そうだ。こっちは囮で実働も危険も背負う。それに、この艦も実戦運用してやるんだ。倉庫でホコリかぶってるより、いい話だろ」


 レーネは一度黙り込み、ホログラムを消すと俺の方を見た。

「そうね……そっちの方がいいかもね。本来なら作戦後に返却、または売却交渉の流れになる。でも今回は例外にする」


「例外?」


「支部所属艦のままだと、改造や運用記録をシステムに残す義務がある。その情報が内部犯に漏れれば、囮艦は一発で正体が割れる」


 ルミナが静かに続ける。

「つまり、先に払い下げれば報告義務が消え、秘匿性が上がるということです」


 レーネは頷き、端末を操作しながら言った。

「市場価格の半額――600,000 Sで、今この場で払い下げ手続きをする。名義はあなた。改造も運用も、すべて自己責任でやって」


 俺は眉をひそめた。

「半額? おいおい、それじゃあ子供たちの食費が吹っ飛ぶぞ」


「……言い訳が生活感ありすぎ」レーネがじと目を向ける。


 すかさずルミナが割って入った。

「支部の利益を差し引いても市場価格の三分の一――400,000 Sが妥当です。加えて艦長は子供たちにPLDを買い与えたばかりで財政は逼迫。ここで強気に出るのは非合理です」


「おい、俺の財布事情を暴露すんな!」


 レーネは額を押さえて深くため息をついた。

「あなたたち、交渉の場で“生活苦”アピールするのやめてくれない?」


「生活苦じゃない、“切実な現実”だ」俺は真顔で言う。


 ルミナが即座に重ねる。

「支部が囮艦を安く譲渡すれば、その“切実な現実”を救済したという美談が残ります。広報価値はプライスレス」


「AIにまで口車に乗せられる日が来るとはね……」レーネは苦笑し、数秒だけ考え込む。

「……市場価格の四割。480,000 S。これでどう?」


 俺とルミナが同時に頷いた。

「「話が早い」」


「揃って言うな!……はぁ。ただし――改造は囮としての外観を損なわない範囲で許可するわ」


「改造か。前に教えてもらったところでいいんじゃないか? 《エアロ=バースト》だっけ?」


 レーネの眉が上がる。

「前に紹介した整備屋? クセは強いわよ」


「クセはいい。特殊艦や改造艦の扱いは慣れてるし、うちの艦を見ても外に漏らさなかった信用がある。囮艦の中身を仕込むなら、あいつらだな」


 横でルミナがすかさず補足する。

「《エアロ=バースト》の設備なら、外観維持と内部兵装格納を両立可能。推進系のチューニングもでき、今回の作戦条件に最適です」


 レーネは短く考え込み、端末を操作した。

「わかった。あなたの艦なんだから好きにしていいわ。ただし、くれぐれも囮としての外観を損なわないこと」


「了解。外からはただの貨物船、でも牙は隠しておく」


 レーネは立ち上がり、資料室のドアを開けた。

「囮艦の受け渡しは三日後。捕虜の管理も引き続きお願い」


「任せろ。そっちは囮の準備を頼む」


 レーネが去った後、俺はルミナに視線を向けた。

「……お前、こういう時だけ妙に営業力あるな」


「艦長の財布事情を最適化するのも、私の業務範囲です」


 ルミナのさらっとした言葉に肩をすくめながら、俺は頭の中で《エアロ=バースト》の油臭い作業場を思い出していた。――クセは強いが、仕事は確かだ。三日後、囮艦の受け渡しが終わったら、真っ先に持ち込むつもりだった。




 フリーランクスから戻り、さっそく全員を《ストレイ・エクシード》のブリーフィングルームに呼び集めた。皆が席につき、スクリーンに航路図と艦のシルエットが浮かび上がる。俺は前に立ち、腕を組んだまま口を開いた。


「よし、聞け。今回の任務はちょっと変則だ」


 ルミナが操作し、宙域マップに赤い印をいくつも表示する。

「このエリアに、捕虜の証言から割り出した海賊の連絡地点があります」


 俺はうなずき、マップを指差した。

「ただ行って潰すだけじゃ、内部犯に動きを悟られる。だから今回は“囮”を出す。そいつに食いつかせて、まとめて叩く」


 ノノが手を挙げる。

「囮って……ウチの艦じゃバレバレでしょ?」


「安心しろ、ストレイじゃない。――これだ」

 映像を切り替えると、そこには武装を隠した中型輸送艦のシルエットが現れた。貨物コンテナを積んだ、鈍重そうな外見だ。


「見た目はただの商船。けど中身は改造して牙を隠す。海賊が“積み荷の多いカモ”だと勘違いして接近してくる」


 レンが笑う。

「外ヅラはヨボヨボ、中はモンスターってやつね」


「作戦後はこっちのものになる。市場価格1,200,000Sのところ、交渉で480,000Sまで値切った。維持費は痛いが、戦力は倍になる」


 ゼンが短く言う。

「……合理的だ」


 ユズが手を上げる。

「その艦の指揮は、艦長がやるんですか?」


 俺はそこで一度、みんなを見回してから口角を上げた。

「いや――この艦の艦長は、ニコ。お前だ」


 一瞬、室内の空気が止まった。ニコの赤い瞳が丸くなる。

「……は? 俺?」


「お前は前線でもテンションを落とさず、状況判断も速い。囮艦は敵を引きつけ、なおかつ致命傷を避けながら戦う必要がある。お前ならやれる」


 カイが笑う。

「確かに、ニコなら敵の鼻先で笑ってられるな」


 ナギが皮肉混じりにうなずく。

「まあ、“エサ役”には向いてるかもね」


 ニコは数秒だけ考え込み――やがて口元をゆがめた。

「……いいぜ。囮でも何でもやってやるよ。どうせ最後にぶっ飛ばすんだろ?」


「その通りだ」俺は笑って頷く。

「三日後に艦を受け取り、その足で《エアロ=バースト》に持ち込む。中身を全部仕込んで作戦に臨む」


 リオとレンが同時に「了解」と返し、ユズは穏やかに言った。

「じゃあ新艦の特性に合わせた訓練を組みます」


 ミオが全員を見回す。

「訓練中でも水分補給、忘れないでね」


 そこでルミナが、いつもの丁寧かつ刺のある声を響かせた。

「ところで。この傭兵団に艦が二隻になる以上、あなたを“艦長”と呼ぶのは不適切でしょう。今後は“団長”とお呼びします。……おまぬけ団長、と」


「はあ!? 余計なおまけつけんな!」


案の定、子供たちが一斉にはやし立てた。

「「おまぬけ団長〜!」」

「団長! 団長!」

「アハハ、似合ってるじゃん!」


俺は頭を抱えるしかなかった。

……結局、肩書きが変わっても俺の扱いは変わらねえんだな。


 こうして《ストレイ・エクシード》のクルーたちは、新たな艦と新たな艦長を迎える秘密作戦に向け、静かに熱を帯びていった。




 港区画の補給ドック。目の前に鎮座する中型輸送艦は、古びた塗装とくたびれた外装で、どう見ても「貨物を運ぶだけの船」だ。だが推進部は磨かれ、エンジンルームから漏れる微かな振動が、まだ現役であることを主張している。


「……いいな。外から見れば、ただの鈍重な船だ」

「団長、内部構造の改造余地は十分にあります。武装格納、追加シールド、航行補助AIの統合も可能です」


 ルミナの分析を聞きながら、俺は港の外縁――煤けた支柱と送電管に囲まれた、工業区画の隅にある施設へ向かう。看板には擦れた文字で《エアロ=バースト》とある。


 シャッターが開くと同時に、油まみれの作業服を着た技師が顔を出し、俺と艦を交互に見て口笛を吹いた。

「おいおい、久しぶりじゃねえか。前に持ち込んだ“化け物艦”じゃなくて……今度はただの中型? お前が持ってくるってことは、どうせロクでもねぇ改造するんだろ?」


「囮艦だ。外観は商船のまま、中身は……まあ、牙を仕込む」


 技師の目がギラリと光る。

「そうこなくちゃな。外見維持で中身フル改造――ああ、楽しい仕事になりそうだ。で、今回は何からやる?」


 俺が口を開く前に、ルミナが一歩前に出る。

「推進系は静音化と瞬間加速性能の強化。武装は格納式の中距離ビームと近接迎撃ユニットを二系統。追加シールドは艦首と艦尾に限定。艦内動線も短縮し、戦闘指揮席へのアクセスを最適化します」


 技師はにやつきながら頷き、ふとルミナをまじまじと見た。

「……そういやあ、AIの嬢ちゃんいたな。前はPLD越しだったから、直接会うのは初めましてだな」


 ルミナは軽く会釈して答える。

「はい、義体を手に入れまして。以後、現場での指揮効率は500%向上しています」


「へぇ……仕事が増えそうだな」

 技師は肩をすくめたが、その時、艦内スピーカーが不意に明るい声を響かせた。


『やっほー!こっちは新入り!今日からこの船の専属AIやることになったから、よろしくな!』


「……は?」俺は思わず声を漏らす。

「そんなの積んだ覚えは――」


「団長、説明を省いていましたが、今回の囮艦には私のサブユニットを搭載しています」ルミナがさらっと告げた。

「パーソナリティタイプは“陽気・フレンドリー”仕様。現場対応の柔軟性向上が目的です」


『ま、つまりはあたしがニコ艦長の相棒ってわけだ!』


「ちょっ、おいルミナ!なんで黙って――」

『団長、怒ってる? 大丈夫、任せときなって!敵が来たらテンションMAXで迎え撃つぜ!』


 ルミナは無表情のまま付け加える。

「このテンションの高さも、心理戦の一部です」


「……頭が痛くなってきた」


 技師は腹を抱えて笑い出した。

「おもしれぇ艦になりそうだな!よし、工期と工費の話だ」


「作戦まで残り十日。最初の七日で改造完了、その後三日で試運転と最終調整。工費は――推進系の既存パーツ流用と倉庫在庫の再利用を条件に、総額12万Sに抑えてください」ルミナがすかさず割って入る。


「おいおい、そりゃギリギリだぞ」


「現場テストをクリアすれば、今回の改造データはフリーランクス非公式仕様としてあなたの工房に残ります。次回以降の受注率は37%上昇見込みです」


 技師は数秒黙り込み、やがて笑った。

「……交渉もえらく手慣れてんな。いいだろ、乗った」


 ――クセは強いが、こういう時の動きはやたら早い。受け渡されたこの船は、囮としてだけでなく、新しい“陽気な口うるさい相棒”と共に、戦力としての牙を研ぎ始めていた。

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