第57話 初給料
戦闘任務の余韻がまだ抜けきらない翌日。ラゲルト・コロニーで補給も整備も終わり、ようやく少し落ち着ける……はずなんだけど、俺は食堂に子供たちを集めて立っている。
子供たちは「え、今度は何の訓示?」「また追加訓練?」とでも言いたげな顔でざわざわしてる。俺はわざと真顔を作って腕を組み、口を開く。
「お前らの武装もそろってきたし、依頼も何度かこなしてきた。だから――今日から給料を渡すことにする」
一瞬、食堂が静まり返る。次の瞬間、爆発したみたいに声があがった。
「え、給料!? 俺たちにも!?」
「やったーー!!」
「金だ金だーー!!」
跳ね回るやつ、机をバンバン叩くやつ、もう完全にお祭りだ。俺は手をひらひらさせて制止する。
「落ち着け。今後は大人と同じ比率で渡す。報酬の二パーセントがお前ら一人分の取り分だ。……今回はその練習として、一律一人一千ソリオンを配る」
すると食堂の空気が「わーい」から「え?」に切り替わった。前列のレンが眉をひそめる。
「……二パーセント? ちょっと少なくない?」
横からニコが吠える。
「そうだ! 二パーセントなんて俺の才能に見合わねぇ!」
ブーイングの合唱に、俺は肩をすくめる。その中で、ノノがぽつり。
「でもさ、パンにしたら三百個分だよね」
一瞬の沈黙。そしてどよめき。
「三百!? パン三百!? 俺もうパンの海で溺れるわ!」
「一日三つ食べても百日分だろ!? 三か月パン生活じゃん!」
食堂はまた爆笑と大騒ぎに包まれる。……子供の換算方法はいつだって食べ物基準だ。
そのはしゃぎ声の中、ユズが冷静に言う。
「でも端末とか買うには足りないんじゃないかな」
一理ある。みんなの顔が少し曇る。だから、ここで俺が声を張る。
「いいか。二パーセントでも、これは労働者の半月から一月分の稼ぎにあたるんだ。お前たちは遊びじゃなく、正式に“仕事”をした。だからこれは正真正銘の給料だ」
俺の言葉に、子供たちがざわつく。
「……マジで? 大人と同じくらいってこと?」
「俺たち、ちゃんと稼いだんだ……」
「すげー!」
また歓声。今度はさっきよりも深く響いてる。騒ぎの中で、ルミナが腕を組んでこちらを見る。
「艦長、ようやく“お小遣い制度”から“労働契約”へ移行ですね。おめでとうございます。もっとも、金額に文句を言う子供たちの声量は、あなたの戦闘指示の二倍はありましたが」
「おい、人の威厳を数値化すんな」
「数値化しなければ、艦長が“空気に飲まれた人”のままですので」
口では辛辣なくせに、声色はどこか優しい。まるで「おめでとう、やっと雇い主らしくなりましたね」とでも言いたげに聞こえる。
俺は深呼吸をひとつして、みんなを見渡す。
「……とにかく。お前たちは今日から正式に“稼ぐ人間”だ。ただ、PLDを持ってないやつも多いだろう。だからまず――俺がお祝いで、全員分のPLDを買ってやる」
食堂の空気がぴたりと止まった。
「……え、端末?」
「ちょ、買ってくれるの!?」
「ていうかそれ、給料より豪華じゃね?」
疑問と歓声が入り混じる中、俺は頷いて説明する。
「PLDは身分証明書、財布、携帯……ぜんぶひっくるめた必需品だ。これがないと、お前たちは“信用ある人間”として扱われない。だからまず端末を持つことが、初給料を受け取る条件になる。千ソリオンはそのまま残高に振り込む。つまり――これが最初の給料日だ」
少しざわついたあと、誰かが呟く。
「……じゃあ今回の俺らの給料って、“端末+千ソリオン”ってこと?」
「そういうことだ。PLDを持った瞬間から、お前たちは正式にソリオンを扱える。口座を持って、残高を確認できる。“傭兵の一員”としてな」
俺がそう告げた途端、空気がガラッと変わる。さっきまで不満顔だった連中が、一気に目を輝かせはじめた。
「……俺ら、口座持つんだ……!」
「残高に“千”って数字が出るのか!?」
「やっべぇ……めっちゃ大人っぽい!」
わっと食堂が沸き立つ。PLDを持つことが、ただの道具じゃなく“社会に認められる証”だと理解した瞬間、テンションは爆発だ。
「これで街で自分の買い物できるんだろ!」
「お菓子も服も“ピッ”って払えるんだよな!?」
「俺、絶対カバーにこだわる!」
……いや、カバーより中身を気にしろ。千しか入ってねえんだから。
ルミナが横で小さく笑って、さらりと毒を差す。
「艦長。子供たちは“自由に使える財布”を手に入れると喜んでおりますが……実際には“艦長監督の共同口座”に登録されます」
「おい、バラすな」
「ご安心ください。全員、“残高ゼロになる前に艦長が止めてくれる”と信じておりますので」
俺は思わず天井を見上げ、ため息をつく。……PLDひとつでここまで騒げるんだから、まだまだ子供だ。けど、“初めて稼いだ”実感を持たせてやれるなら、それでいい。
「よし、決まりだ。次の外出は全員でPLDを買いに行くぞ。今日はその記念日だ」
その一言で、食堂は拍手と歓声で割れんばかりの盛り上がりを見せた。――初めての給料日。こいつらにとっては、“端末を手にする日”として、一生忘れられないだろう。
コロニーのメインストリート。補給のついでに立ち寄ったPLDショップは、やたらと眩しいショーウィンドウを並べていた。壁一面のホログラム広告が踊っている。
「最新モデル! 生体認証+量子暗号!」
「初回割引キャンペーン!」
……まるで未来の電器屋の携帯売り場だ。
店に入った瞬間、子供たちの目がギラッと光った。
「うわー! いっぱい並んでる!」
「この色かっけぇ!」
「こっちはスリム型だって!」
「待って待って、ケース付きのやつあるよ!」
群がってわちゃわちゃする様子は、完全に遠足に来た小学生だ。
「おい、走るな! 商品触る前に説明聞け!」
俺が声を張っても、まったく効果なし。もう店員が笑って見てる。
「艦長。注意は無駄です。子供たちの購買意欲は、戦闘時の火力並みに制御不能です」
ルミナが涼しい顔で毒を吐く。
「だからって放置するのもな……」
「大丈夫ですよ。最終的に“艦長の監督下での共同口座”に収まりますから。見た目を選ばせるくらい、リスクはありません」
……やけに頼もしいこと言うじゃねぇか。
その間にも、レンが派手なホログラムを指差して叫んでいた。
「兄貴! こっちの最新型、音声で呼び出したら勝手に浮かび上がるんだって! 絶対これ!」
「お前、それ値段見ろ。三千ソリオンだぞ」
「……三回分の給料だ……」
肩を落とすレンを横目に、ノノがにやりと笑う。
「はい、却下。どうせ落として壊す未来が見えるし」
「うるせぇ!」
ユズは真剣な顔でカタログを読み込んでいる。
「こっちは学習支援アプリが標準搭載……でも処理速度がちょっと遅いかな……」
完全に理系研究者の目だ。
その横で、ニコは鏡面仕上げのモデルに見とれていた。
「俺、この銀ピカがいい! 戦場でキラッと光って敵を惑わす!」
「やめろ、撃たれるぞ」
タウロは一人だけ黙々と端末を操作していた。試用機を手に、もうセキュリティ設定画面まで進んでる。
「……指紋認証、網膜認証、声紋。……ふむ」
「お前、買う前からプロの顔すんな」
そんな大騒ぎの中、店員が苦笑しながら俺に近づいてくる。
「お客様、まとめての購入ですね? でしたら耐久性の高いスタンダードモデルをお勧めします」
「ああ、それでいい。機能はシンプルで十分だ。……ただし、色は全員好きなの選ばせてやってくれ」
「かしこまりました」
俺がそう言った瞬間、子供たちの歓声がまた爆発する。
「やったーー!!」
「俺、黒がいい!」
「私は白!」
「じゃあ俺は青だ!」
色を選んで大騒ぎするだけで、このテンション。まるで“初めて財布を買ってもらう子供”そのものだ。
会計を終えて受け取った瞬間、それぞれのPLDが起動し、ホログラム画面に「残高:1,000 S」と表示される。
「……出た! 千って数字出た!」
「ほんとに入ってる!」
「やっべぇ……これが給料……!」
その場で全員、端末を突き合わせて「ピッ!」「ピッ!」と無駄に通信機能を試しては大笑いしている。
俺はそんな様子を腕を組んで見ながら、思わず小さく笑ってしまう。――端末一つでここまで大喜びするんだから、まだまだ子供だ。けど、この“残高千”が、こいつらにとって初めての「社会とのつながり」になる。
ルミナが俺の横で、わずかに柔らかい声を落とした。
「艦長。これで彼らも“名実ともに”あなたの部下です。……責任は増えましたね」
「わかってる。……でも、悪くない」
笑い声と歓声に包まれたPLDショップ。――これが、こいつらにとって本当の初給料日だった。
コロニーの商業区。PLDショップを出た子供たちは、もう我慢できないとばかりに店々へ突撃していく。
「よっしゃ、俺まずはあそこだ!」
レンが真っ先に駆け込んだのは服屋だった。鏡の前でジャケットを羽織り、ポーズを決める。
「どうだ兄貴! 傭兵っぽいだろ!」
「値札見ろ。三百ソリオンだ」
「……三百ソリオンって、パン百個分だぞ……ジャケット一枚でパン百個……!」
レンは悩みながらも、結局レジで「ピッ」と決済。画面に表示された「残高:700」にショックを受けて固まる。
「うわ、数字が減った! 早ぇ……!」
ミオが冷静に記録を取りながら。
「金銭管理も戦術と同じです。無駄遣いが続けば、次の戦闘よりも“残高ゼロ”が先に訪れます」
ノノは雑貨屋でお菓子コーナーに直行だ。
「ねえ見て! 合成果実チョコ一袋で十ソリオンだって!」
もうカゴにポイポイ入れまくる。
「それ五袋で五十な」
「……五十!? パン十五個分!?」
でも結局「今日だけ特別!」と言ってレジへ。
「ピッ」と決済すると、顔を輝かせて袋を抱きしめた。
「やっば、買えちゃった! マジで買えちゃったよ!」
エリスが微笑みながら一言。
「……ノノさん、糖分の摂りすぎは注意ですよ。栄養管理の観点から」
ニコはスポーツ用品店で、やたら派手なサングラスを手にしていた。
「兄貴、これどうよ! 戦場でキメ顔したら絶対映える!」
「値段は?」
「二百ソリオン!」
「……高いけど、まあ自己責任だな」
「よし! ピッ!」
決済完了。ニコはサングラスをかけてポーズを取り、「どうだ!」とドヤ顔するが、周囲の子供たちから一斉に「ダサッ!」と突っ込まれた。
ユズは真面目に書店へ。
「私はこの学習データパックにする。二百ソリオンで基礎科学セット」
「……堅実すぎて逆に笑えないな」
「知識は装備と同じくらい重要だから」
さらっと決済するユズに、他の連中が「マジメか!」と突っ込んでいた。
タウロはと言えば、端末アクセサリーコーナーで真顔。
「……耐衝撃カバー、二十ソリオン。保護フィルム、十五ソリオン。必須」
「実用一点張りかよ」
レジで淡々と「ピッ」とやる姿は、もう完全に大人の買い物だった。
そして全員、残高画面を見て口々に叫ぶ。
「七百になった!」
「九百五十! まだいっぱい残ってる!」
「六百八十……あ、やばい減るの早い!」
通りを歩くその声はやけに大きくて、周囲の買い物客に笑われていた。
ルミナがその様子を横目に見て、静かに呟く。
「艦長。子供たちは“買える”という事実だけで舞い上がっていますね。まるで残高という現実が存在しないかのように」
「いや、現実はこれから叩き込まれるだろ。残高がゼロに近づいたらな」
「そのとき泣きつく相手は、もちろん艦長です」
「だろうな……」
俺はため息をつきながらも、にやりと笑う。――初めての給料を街で使って、残高が減る現実を知る。それも大事な一歩だ。
そして何より。「ピッ」と音を立てて笑顔になるこいつらを見てると、妙に誇らしい気分になってくる。……だが同時に思う。――口座の数字ひとつが、この先“生きる”か“死ぬ”かを左右することもある。
今日のこいつらは残高を見て「やった!」と叫んでるが……数日後にはゼロが並んで泣きついてくる姿しか想像できない。……思いやられる。俺の財布も、俺の胃袋も。
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