第56話 戦い終わって
戦闘が終わってから、まだ一時間も経っていない。
だが、艦橋にはすでに“戦場”の雰囲気はない。代わりに漂っているのは、疲労と、安堵と、そして次に向けた“整理”の空気だ。
「敵艦の残骸、戦域南東に漂流中。回収可能な資材データを送信します」とルイが静かに報告する。
「EM反応、わずかに残ってる艦あり。機能停止だけど、爆発物の可能性もゼロじゃない」とアオイ。
「じゃあ、回収チームは外装スキャンを先に。内部には人がいる可能性もあるな」
ルミナが補足するように言う。
「はい。敵艦より、生命反応二件。脱出艇なし、艦内拘束状態。……捕虜、確定です」
「まさか生きてたとはな。……いや、生きてた方が都合いいか」
「尋問や情報解析を通じて、今後の襲撃パターンや“背後関係”が見えてくる可能性はあります」
カナメが、冷静なトーンで割り込む。
「すでに敵艦の通信ログ、断片的に復元済み。複数の暗号通信履歴あり。……宙賊組織との事前連携、確実と見られます」
「ふーん。じゃあ、後で聞かせてもらおうか。“なぜ俺たちをなめたのか”って話をな」
ユズが後方席でぽつりと呟く。
「捕虜って……どう扱えばいいんだろ。暴れたりしないのかな」
「保管室を隔離ゾーンに変えます。艦内警備ドローンも配置済みです。……大丈夫ですよ、“兄貴の目は怖い”らしいですから」
「おい、いつの間にそんな評判が……」
「ノノが言いふらしてました」
「えっ、ちょ、ルミナそれ言う!? ……いやでも、兄貴の“真顔”ってちょっと怖……」
「この通りです」
艦の照明が、妙に白く感じる。戦闘が終わって、まだ半日も経ってないはずなのに、頭の中はもう別のフェーズに切り替わっている。俺たちは今、“戦いの理由”を探ってる。
敵艦から回収した通信ログと航法データを、ルミナが解析してくれている。端末の前に座ってる彼女は、まるでコーヒーでも淹れてるみたいに静かで無駄がない。いや、ルミナはコーヒーも完璧に淹れるんだけど。
「通信ログの復元率、現在46%。暗号通信の解読成功率も上昇中。……興味深いことに、複数の航路情報と一致する“待ち伏せ位置”の記録が見つかりました」
「宙賊のアジトがこの宙域にある可能性は?」
「高いです。複数のエネルギーパターンが“拠点滞在型”の特性を示しており、周波数帯の一致から、戦闘前にそこを経由した可能性も」
「……ってことは、あいつら、ちゃんと帰る“家”があるってわけか。しかもこの中に」
ルミナが淡々と頷く。
「はい。まるで“通勤型宙賊”です」
「やめろ、怖すぎる」
さて、もう一つの仕事。尋問だ。
《ヘイル・ダンサー》艦長は、こちらの呼びかけに対し、一貫して“無視”を貫いている。完全に黙秘。目も合わせない。拘束された部屋の隅に座り、壁と会話してるような男だ。
「艦長、喋る気配は?」
「ありません。“高貴なる沈黙”を信奉しているご様子です。……無意味ですが」
「だったら、もう一人の方から行こう」
別室で拘束していた若い船員ーー名はロウ。彼は見るからに怯えていた。最初の尋問時には、何も言わずに震えてただけだったが、さっきから急に口を開きはじめた。口調は、震えながらも止まらない。
『……わかってました。俺たち、宙賊に“協力してた”んです。最初はほんのちょっと、航路情報とか、船団のスケジュールとか、それだけだったんですけど……』
『金が、入ったんです。すごく現実的な額で。艦の維持費、エンジンの燃料代、部品の交換費用……そのへんが、一気に“解決”したんですよ』
俺は聞きながら、頭の奥で“ああ”と小さく頷く。この手の“少額から始まる堕落”は、よくある。問題は、次のステップだ。
『それだけで終わると思ってたんです。けど、急に“圧”が来て……連絡してきたやつ、“フリーランクスの中の人間”だった。名前は出してないけど、どう考えても内部のやつです』
ルミナが目配せして、尋問記録の保存処理を進めている。
『前回の任務から、“実行協力までしないと、これまでのこと全部バラす”って言われたんです。もう、逃げ場がなかった。艦長も……乗ったのは、自分だけじゃないって、言ってた』
「脅されて、味方を裏切って、結果……こうなった、ってわけか」
俺の言葉に、ロウは黙って頷く。罪悪感と安堵が入り混じった、複雑な顔をしている。真面目に生きたかったけど、現実が追いつかなかった――そんなやつだ。
「この宙域で襲撃が“多発してた”のも、全部計画だったってことだな」
「はい。ロウの証言は、解析中の通信データと整合します。……つまり、航路情報の流出、待ち伏せ位置の一致、そしてフリーランクス内の協力者。この三点は、同時成立します」
ルミナは端的に、しかし少しだけ声のトーンを落として続ける。
「……罪を犯した人間を責めるのは簡単です。ただ、気づいているでしょう? 今回の件、“弱さを利用した誰か”の影が、確実にあります」
「……ああ。“切り捨てれば終わり”じゃ済まされないやつだ」
俺はロウの顔を見ながら、小さく息を吐く。
この宙域に何があるのか――誰が、なぜ、どこまでを仕組んでいたのか。
答えはまだ見えてない。でも、少なくとも“入口”は見つけた。
ルミナが最後に言う。
「……キャプテン。私は、この男に言いたいことがあります」
「ん?」
「“協力者としては最低でしたが、証言者としては及第点です”。……ですので、次は“正直者としての人生”をお勧めします」
ロウはそれを聞いて、小さく笑った。情けないけど、救われたような、そんな笑いだった。
艦橋に戻った俺たちは、他の艦とのリンク通信を開き、調査結果を共有した。
「……フリーランクス内に裏切り者がいるとなると、この尋問の結果をそのまま送るのは危険だ」
俺は艦橋で、二隻の艦長とのリンク通信を開いた。
「襲撃され、撃退した、捕虜はいない――詳細は伏せ、その事実だけを連絡することを提案する。情報が漏れるのを防ぎたい」
《ラフタス》の艦長が、少し肩をすくめた。初対面の時とは違い、声は柔らかい。
「今回、私らは足引っ張っただけだし……異存はないわ」
輸送船団旗艦の艦長、ヨルム・ハスフェルドは、考えるように短く間を置き、低く答える。
「宙賊の被害が減る方向へ向かわせるのなら……それも致し方ない決断か」
リンク越しの空気が一瞬、静かになる。そこで、シエルが静かに補足する。
「データログ、完全保存済み。作戦記録、航路修正、損傷ログ――“一部を除いて”ネットワーク経由でラゲルト支部に送信中」
俺は頷き、「了解」とだけ告げ、リンクを切った。
スクリーンが暗転すると、艦橋に一気に現実の空気が戻ってくる。戦闘の余韻と、裏切り者がまだ外にも内にも潜んでいるかもしれない緊張感――そして、それでも日常業務は続くという感覚。
「で、損傷状況は?」
リオが苦笑しながら言う。
「ちょっとエンジン鳴き始めたけど、航行に支障はない。……ラフタスの方が深刻だと思う」
ルミナが言う。
「ラフタス艦、後部スラスターの損傷が大きく、自力航行は困難です。牽引モードでの帰還を提案します」
「了解。連絡取って。後の工程は、のんびりいこうぜ」
そう言ったのは俺だけど――のんびりって言葉が似合う状況なんて、やっぱりそう簡単には来ない。
破損艦の牽引、安全圏までの航行、捕虜の管理、戦域残骸からの資源回収。やることは山ほどある。でもまあ、“火線をくぐる”のと比べりゃ、気が楽だ。
ミオは艦内環境を静かに整えていく。「あとは気圧安定させれば、皆少しは眠れるはず」と呟きながら、ちゃんと全員の睡眠ログまで見てるらしい。すげえな。
サラとルイは、戦闘記録の解析を始めてる。戦術パターンの再確認と照準制度の評価。あの二人にかかれば、次回の勝率はきっとまた上がる。
ノノは相変わらず捕虜対応で「なに渡せばいいんだっけ……おにぎり?」とか言ってて、ユズに「食べ物じゃなくて、態度が大事だよ」とか冷静に突っ込まれてる。
ルミナが補足する。
「捕虜は無言を貫いておりますが、目線と脈拍の動きから“若干の後悔”は検出されます。……推定、“舐めてかかってすみません”」
「そりゃこっちの台詞だ。……まさか裏切り艦と宙賊のコンボが来るとはな」
「ですが艦長、あなたは見事に対処されました。……言葉は悪いですが、“多少マシな傭兵”には進化したかと」
「その言い回し、ちょっと褒め方が乱暴すぎるだろ」
「ええ、でも“事実に基づいておりますので”ご安心を」
気づけば、艦の空気は戦いを越えたあとの軽さを帯びていた。チームの中で、何かが一段階、深くつながったような感覚がある。
輸送船団は、予定の宙域へと無事に辿り着く。途中、ラフタスは小さな推力でよたよたと動きながら、牽引ラインの中で静かに航行していた。
「スラスターの片方が生きてるだけマシだって言ってたよ。……根性あるよね」とレンがぼそっと言ったのが妙に印象に残った。
補給宙港での簡易整備は予定通り進む。ルミナは点検リストを眺めながら、「次の出撃までには“艦長の曇り止め”も更新しておきます」と、またその話を持ち出してきた。
数日後。俺たちはようやくラゲルト・コロニーへ帰還した。
ハンガーに《ストレイ・エクシード》を収めた直後、レーネが腕を組んで現れる。一瞥してから、いつもの調子で短く言った。
「……あんたたち、もう“いっぱしの傭兵”って言っていいわね」
正面から褒められたわけじゃない。それでも、その言葉は妙に重く、そして温かかった。
「ふーん、“72点”くらいか?」と俺がからかうと、ルミナがすかさず割って入る。
「いえ、今回は“82点”です。ただし、艦長の姿勢センサーが“腰に負担あり”と警告しておりましたので、今後はストレッチを推奨します」
「やかましいわ」
笑い声がハンガーに広がる。
――《ストレイ・エクシード》での、子供たちにとって初めての実戦任務。
終わってみれば、輸送船団も無事。味方艦は多少ボロボロだが、まだ動ける。捕虜も確保。残骸の山も想定内。だが、これは単なる“任務完了”じゃない。俺にとっても、こいつらにとっても、“戦場”の本当の始まりだった。
混乱もあった。予定外の動きも、想定以上の敵もいた。それでも誰一人、判断を放棄しなかった。互いに声を掛け合い、動きを読み、全体を“戦力”として動かしていた。
正直、驚いてる。訓練はしていたが、訓練は所詮“想定内”だ。実戦は違う。命令ひとつで誰かが死ぬかもしれない世界だ。それでも、こいつらは踏ん張った。
ニコの機転と突発対応、ノノの直感、タウロの無言の正確さ、ユズの柔らかいカバー、レンの機体制御、リオの手際、ゼンの照準、シエルとアオイの連携、ハヤテの無音の操縦、カナメの沈着冷静、ナギの的確な“間”、カイの速攻判断、サラの冷静な支援、ルイとミオとトキオのデータ支援――すべてが噛み合って、初めて《ストレイ・エクシード》は“生きた艦”になった。
ルミナが以前、こう言っていた。
「戦場とは、“正解のない試験”のようなものです。ですが仲間がいれば――部分点はいくらでも積み重ねられます」
まさにその通りだった。今回は全員が“部分点”を取り続けた結果、生き延びた。互いの隙間を埋め合い、自分たちの“居場所”を守った。それが今回のカギだった。
――この艦にいる意味、このチームでいる理由。子供たち自身が、それを自分の言葉で語れるようになり、目の奥に自分の役割を宿し始めている。そして俺も、“もうこいつらは――”と思えている。
まだ子供だ。だが、“ただの子供”じゃない。俺の背後に隠れているだけの存在ではなく、そろそろ並んで歩く相手になりつつある。
ルミナが、艦橋の片隅からぽつりと言った。
「艦長。この任務は記録上“標準任務A-3級”に分類されますが……心理的影響評価は艦内平均で“+3.7”。全員が“自信”の芽を持ちました。ちなみに艦長は“+2.1”。少し、みんなに置いていかれております」
「おい待て、俺が一番がんばったろ」
「ですが“最も混乱した音声波形”も艦長から記録されています。“ちょっ、マジかこれ”という叫びが3回ほど」
「……消しとけ」
「“正直さは信頼を生みます”と教えたのは艦長ですよ?」
まったく、このAIは……けれど、その声のトーンは――ほんの少し、優しかった。
実戦は終わった。けれど、始まったばかりでもある。《ストレイ・エクシード》での戦いも、子供たちの旅も、俺の艦長業も。
次の任務がいつになるかはわからない。だが、一つだけ確かに言える。――この艦は、今、本物の“チーム”になりつつある。
ハンガーでの軽いやり取りがひと段落したところで、俺はレーネに向き直った。声を少し落として言う。
「……一つ、重要な報告がある。今回の襲撃、フリーランクス内部に裏切り者が絡んでいる可能性が高い」
俺はそう切り出し、続けた。
「《ヘイル・ダンサー》が裏切ったのは、そっちの報告でも知ってるはずだが……こっちはそのクルー二名を捕虜にしている。そこから今回のあらましを、すでに聴取済みだ」
レーネの表情が一瞬だけ固まり、視線が鋭くなる。俺は間を置かず、聴取で得た内容を淡々と伝えた。航路情報の流出、待ち伏せ位置の一致、そして内部協力者の存在――ロウの証言と解析結果の符合まで。
聞き終えたレーネは、ほんのわずかに目元を抑え、小さく息を吐いた。
「……了解。調べてみるわ。証拠の扱いは慎重に」
「こっちで確保してある。データは“一部のみ”フリーランクスに送信済みだ」
少し間を置き、俺はもう一つの懸案を口にする。
「……それで、捕虜はどうする?」
レーネは短く考え込んでから言った。
「宙賊側の船員と、《ヘイル・ダンサー》の元クルー……二名、だったわね。フリーランクスの正規拘置施設には送らない方がいい。内通者に口封じされる可能性がある」
「じゃあ、こっちで確保しとく」
レーネはほんのわずか、口元を緩めた。
「手間のかかる任務を引き当てたわね。……まあ、あんただから任せられるんだけど」
そう言って彼女は踵を返し、フリーランクス・ラゲルト支部へ向かって歩き去った。その背中に、次の戦いの気配と――まだ見ぬ敵の影が、淡く重なっていた。
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