第55話 火線の洗礼
ユイの声が、唐突に脳裏に飛び込んでくる。
「……来るよ」
その“ひと言”で、全身の毛が逆立つ。反射的に前方を見た。視界の端が、ピクリと揺れる。ホロスクリーンに、一瞬だけ、まるで“水面に投げた石の波紋”みたいなノイズが走る。
なにかが、おかしい。確実に“違和感”があるのに、見た目には何も変わらない。……なのに、肌の奥がざわついて止まらない。
ルミナが警告を発する、そのほんの刹那。
航路の前方に、“それ”が現れる。まるで空間の裂け目から這い出したかのように。
そこに、いなかったはずの艦影が、いくつも。ほんの数秒前までは、確かに空だった空間。それなのに今、俺たちの進路上には、艦の群れが――こちらを、睨んでいる。
「宙賊艦、複数。……ステルス航行による奇襲と思われます」
ルミナの声が落ち着いている分、余計に緊迫感が際立つ。
予感は、現実になるためにあるらしい。
俺はすぐさま艦内回線を開く。
「全ユニット、戦闘配置! 船団護衛優先! リオ、レン、進路確保、急げ!」
通信が切れるか切れないかのタイミングで、今度は別方向――後方から、爆光が上がる。見ると、あの傭兵艦のひとつが、輸送艦を――撃っている。
「は……?」
モニター越しに、《ヘイル・ダンサー》の艦長が薄ら笑いを浮かべて言う。
『すまねぇな。“雪辱”ってのはな、うそだ。仕込みだったんだよ。』
怒りよりも、呆れが先に来る。俺は息を詰め、次の言葉を待つ。
『お前らがどう動くか見たかったのさ。《ストレイ・エクシード》って艦だけはご立派だが、中身はどうだ? ……期待してるぜ、ガキの艦長さんよ』
「……ルミナ、全艦の通信ログ記録しとけ。あとで“歯ごたえがあった”って言わせるために」
「了解です。……なお、現在の言動は“中二病発症率86%”と推定されます。発症者には、口より先に拳を当てた方が効果的かと」
「お前、丁寧だけど物騒なんだよな」
一方、もう一隻の傭兵艦――あっちは混乱しつつも、すぐにこっちに通信を寄越してくる。
『ストレイ・エクシード、こちらラフタス。少しやられた、すまねぇ。私が足を引っ張っちまった。援護に回る!』
「助かる。艦体損傷は?」
『後部スラスターをやられたが、まだ動ける!』
「了解。火線には入るな。俺たちが前に出る」
全体の構図が、ようやく見えた。敵は二重構造――正面からの宙賊、そして内部からの裏切り。狙いは混乱と、内部破壊。だが、ここで崩れるわけにはいかない。
俺は全ユニットに指示を飛ばす。
「全員聞け! 船団の安全が最優先だ。まずは、“あの裏切り者”を止める!」
一瞬、艦橋が静まり返る。次の瞬間には、全員の確認応答が、次々に返ってくる。子どもたちが、迷いながらも、自分たちの立ち位置を理解していくのが分かる。
ルミナが、落ち着いたトーンで言う。
「“敵”がどこにいるか、改めて再定義しましょう、艦長。……見た目や立場ではなく、撃ってくる相手が“敵”です」
「分かってるよ。俺たちが守るのは、後ろの輸送艦と、その中で怯えてる民間の連中だ」
俺は画面を見据える。裏切った艦の動きは速い。こっちが出るのを読んでいたかのように、攻撃を仕掛けてくる。でもな――こっちだって、“準備だけ”はしてきた。
「リオ、姿勢制御優先。レン、回避パターンを全面開放、縦軸旋回で切り抜ける」
「了解! 重力抜けるよ、兄貴!」
「行ける、バッファ開いた、反応追いつく!」
「ニコ、先制取れ。こっちが撃たれる前に、向こうの艦首を黙らせろ」
「任せて! 粒子砲、直撃コースで叩き込むわ!」
「シエル、電子妨害入れろ。内側の制御潰せれば、向こうの連携は崩れる」
「解析中。ウイルス投入、5秒で完了」
「EMPも散布準備。ノノ、直感に任せていい」
「それって……プレッシャーなんだけど!? ……でも行く!」
「タウロ、ユズ、火力支援。奴の右舷、集中して」
「……照準完了」
「支援砲、散布範囲広げるよ!」
ルミナが、最後にひと言、いつもより少しだけ優しい声で言う。
「艦長。……あなたの選んだ“仲間”たち、なかなかに頼もしいですよ」
「だろ? こっちが舐められてたってなら、それを後悔させる時間だ」
《ストレイ・エクシード》が火線を切り裂いて進む。
ノノのEMPが発射されると、宙域の一角が一瞬、まるで呼吸を止めたかのように静まり返る。敵艦の一部が姿勢を崩し、補助センサーが誤作動を起こしているのがモニターに浮かぶ。そのスキを、タウロとユズの火線が正確に撃ち抜く。右舷の装甲が割れ、内部の発光体が飛び散った。裏切り艦――《ヘイル・ダンサー》。ようやく、こいつがこちらを“敵”と認識した顔になる。
「カナメ、後方艦との通信、繋がってるか?」
「はい。もう一隻、味方の傭兵艦。後部スラスター損傷中ですが、戦闘意志あり。こちらと連携希望です」
「損傷中か……下手すりゃ、囮にされかねんな」
「逆に言えば、“守る理由”がはっきりしているとも言えますね」とルミナ。
俺はうなずく。
「よし。《ストレイ・エクシード》は《ヘイル・ダンサー》を押さえる。《ラフタス》は補助軌道で支援に回ってもらう。タイミング合わせて“挟み撃ち”だ」
《ストレイ・エクシード》が舷を翻し、後方を回る《ラフタス》と同時に裏切り艦の両側に迫る。ホロスクリーンの戦術画面が、交差する軌跡を描くように淡く光を編んでいく。
「ゼン、火器バインド切り替え。右舷、連動照準で《ラフタス》と揃えろ」
「可変プラズマ、重ねる。……砲身冷却、完了。発射」
左右からの砲撃が、裏切り艦を貫通する。艦体が軋み、構造材が悲鳴を上げるような音が響く。主砲が無秩序に火を吹き、明らかに制御が崩れている。
その内部通信が、僅かな干渉を抜けてこちらの艦橋に届く。
『くそっ……! あいつら、まだ来ねえのか!? 味方は!?』
『ちくしょう、話が違うだろ……! ガキばっかで役に立たねぇって聞いてたのに……!』
叫び声に混じって、誰かが艦内で物を叩くような音がする。焦りと混乱、そして裏切りの連鎖が《ヘイル・ダンサー》の中で崩壊していくのが、通信越しにも伝わってくる。
「敵性艦より、局所的な無線漏洩を確認。士気の低下が見られます」とルミナが静かに報告する。
俺は短く呟く。
「自分で撒いた種だ。後悔してる時間もねえだろ」
そのまま続けて指示を出す。
「カイ、迎撃。前に出て、主砲潰せ。AI補完は切っていい」
「了解。こっちの“手”でやる」
「ルミナ、投射砲の座標更新、急げ」
「あと3秒。……2、1、はい、撃てます」
「撃て」
収束式重力投射砲が、空間を“沈み込ませる”。その重圧が裏切り艦をわずかに捻じ曲げ、装甲の限界を超えさせる。《ヘイル・ダンサー》、完全沈黙。
だが、次の敵は、すぐそこまで来ている。
「艦長、宙賊艦、回避軌道を終えて戦域に進入。八機、うち二機は高速タイプ。現在、突撃態勢です」
「来たか……!」
ルミナが静かに、でも少しだけ楽しそうに言う。
「敵というものは、“こちらが一段落した瞬間”を非常に好む傾向があります。……本当に性格が悪いですね」
「宙賊ってのは、そういう生き物なんだろうな……」
「“戦争”も同様です。つまり、いつだって性格が悪いのです」
後方でノノが「やっぱりフラグだったー!」と叫び、ナギが「……むしろ、この緊張感が落ち着く気がしてきた」とぼやく。
俺は息を吸い直して、ホロスクリーンの東端――そこにじわじわと迫る赤い警告アイコンに目をやる。
「全員、配置を再調整。《ラフタス》は戦域外縁で援護。迎撃態勢、展開」
「了解。自動迎撃兵装、前方に展開」とハヤテ。
「ノノ、EMP次弾のチャージ、あとどれくらい?」
「あと……30秒! でもタイミング任せて!」
ルミナが、今度は少し声を和らげて言う。
「《ストレイ・エクシード》、迎撃モードに移行。……“後悔させる時間”、まだまだ続きますよ、艦長」
俺は、座席を少し深く沈め、両手を操作パネルに置く。
「だったら徹底的にやろう。“俺たちはただの護衛じゃない”って、思い知らせてやる」
宙域が、戦火で染まる。交戦――本物の、“戦い”が始まった。
「艦長、宙賊艦隊の主力群、正面に展開中。残存艦含め、総数八。高速接近、継続中です」
「迎撃態勢、維持。全員、惑わされるな――ここからが勝負だ」
カッ、と軽い衝撃音。艦体をかすめた敵弾が、シールド表面で弾かれ、光の粒となって散っていく。
ホロスクリーンに赤いマーカーが次々と浮かび上がる。散開、突撃、左右包囲――訓練では見た動き。でもこれは、実際に“殺しに来る”本物だ。
「ニコ、火線誘導を意識して! 威嚇じゃなく、仕留めろ!」
「わかってるって! こっちはもう全開だよ!」
ニコの声は震えてない。いつも通りのテンション。でも、砲撃は前より正確になってる。
「リオ、姿勢制御、微調整頼む! 横滑り入ってる」
「了解、補正中……スラスター、逆圧かけるよ!」
リオの手元が流れるように動く。揺れはするが、軌道は崩れない。
「アオイ、敵艦群のスキャン結果! 優先すべき目標は?」
「機体番号G3、外装薄め。電子戦装備なし、火力に全振り。――落とすなら今」
「カイ、G3に迎撃集中! ユズ、支援頼む」
「了解。……こいつは俺が撃つ」
「支援砲、回すね。サブ出力でもいけると思う」
弾幕の合間を縫って、カイの迎撃弾がG3の艦首を撃ち抜く。ユズの補助射撃が機体を動けなくし、爆発が宙域に花開く。
「ルミナ、後方艦の状態は?」
「《ラフタス》、依然として後部スラスター不全。緊急離脱モードへの切り替え要請がありました」
「カナメ、通信繋いで。援護ライン引くぞ」
「回線確保。リレー中……敵通信も傍受中。“子供が操縦してるって情報、マジだった”とのことです」
「……言わせとけ。ナギ、敵艦D4、斜めに流れてきてる。わかるな?」
「“戦術は間”ってやつね。……今でしょ」
ナギの射線が敵艦のエンジンを裂く。直撃じゃない、でも動きを止めるには十分だ。
「EMP、もう一発いける? ノノ、タイミング任せる」
「わー、やっぱ来たー……けど行くよ、直感モードッ!」
ノノのEMPがまたしても戦域の流れを変える。ルミナが冷静に告げる。
「散布成功。敵艦隊の反応、局所的に停止中。“ノノの直感”、本日も有効です」
俺は息を整えながら言う。
「シエル、妨害続行。カナメ、帯域安定頼む。ゼン、砲撃間隔、調整して全体に合わせろ」
「了解。冷却タイミング、全員と同期中」
「照準、リズム揃える。広域狙い、ズラすな」
ここにいるのは、訓練を受けた子どもたちだ。だけど、いまこの瞬間、彼らは――確かに“戦ってる”。
「艦長」とルミナが言う。声の調子はいつも通り、でも、少しだけ温かい。
「今の彼らなら、“戦力”と呼んで差し支えありません。“奇跡”というには、もったいない成長です」
「……奇跡じゃなく、努力の成果だよ。あいつら、ちゃんとやってきたんだ」
スクリーンに浮かぶ敵艦が一つ、また一つとマーカーから消えていく。混戦の只中――でも、確実にこっちは押し返してる。
「全員、集中を保て! こっから先は、もう一歩“本物”だ――油断すんな!」
ルミナが、ささやくように応える。
「承知しました、艦長。……この艦も、子どもたちも、あなたの指揮を信じています」
敵艦隊の残存数はまだ六。だが、陣形が変わった。
「艦長、敵艦二機が後方から回り込みます。残りは前方左右に分散、包囲の意図あり」
ルミナの声が低くなる。今までより少し、警告に近いトーン。
「……これは、完全に“落としに来て”ますね」
「なら、落とされるわけにはいかねぇな」
敵の火線が、広がりを持って押し寄せる。もう、単なる戦闘じゃない。これは“消耗戦”――耐えきった者が勝つ戦いだ。
「リオ、急制動。斜め回避で正面火線を断ち切れ」
「了解。……ちょっと揺れるよ!」
《ストレイ・エクシード》が艦体を傾け、重力制御と姿勢調整を極限まで使って加速する。船体がきしむ音が、一瞬艦内に響く。
「ミオ、環境制御! 気圧と酸素、乱れてきてる!」
「やってる! あと、水分摂って!」
「……水分って今かよ」
「体調崩されたら全体が沈みますから。飲んでください、艦長」
ルミナが律儀に背中を押してくる。この緊張感の中で、なぜか心が少し落ち着く。
「アオイ、敵の散開パターン読めるか?」
「うん。速度差で左右からの合流狙ってる。……たぶん、中央突破が“盲点”になる」
「突破口か……ナギ、中央、任せる。遮蔽火線で一瞬でも抜け道作れ」
「やっちゃうよ、“間”を支配してこそ戦術家ってやつだからね」
ナギの放つ砲撃が、ちょうど合流の“狭間”に走る。爆発が生じ、そこだけが一瞬、虚空のようにぽっかりと空く。
「今だ、リオ!」
「了解! 加速、最大まで引っ張るよ!」
艦が揺れる。G制御が限界ぎりぎりまで動作し、内部が微かに軋む。だが、それでも《ストレイ・エクシード》はその“隙間”を突いて飛び込んだ。
「そのまま前進――反転機動開始!」
推進は緩めず、姿勢制御スラスターが一斉に噴く。艦体だけが前進慣性を保ったまま、滑るように180度回転していく。反転の途中、敵弾がシールドをかすめ、光の筋が艦の外殻を横切る。それでも推進は緩めず、艦体は滑るように回転を続けた。スクリーンに再び敵艦隊の姿が広がる――今度は真正面だ。
「ゼン、先制砲撃! 距離を詰めながら撃て!」
「了解、全門斉射!」
赤い閃光が敵艦の装甲を抉る。爆圧で周囲の残骸が舞い、戦域が瞬く。
「ノノ、EMPはもう――」
「もうチャージ終わってる! また“いける気がする”!」
「なら、撃て。直感、信じる」
EMPが再び空間を撹乱する。敵艦の動きが、また一瞬だけ止まる。
「敵艦、機能停止数、三。残り三。後衛艦が撤退モードに移行中です」とルミナ。
「ユズ、カイ、最後の奴ら押し返せ。もうひと押しだ」
「了解、正面支援砲、最大範囲で展開!」
「こっちは回避挟んで間引いてく。追撃は任せろ!」
赤と白の火線が交錯する。爆発音が重なり、戦域が閃光に包まれる。
そして――沈黙。
「……敵艦、全機戦闘行動不能を確認。ただし自動緊急通信装置からの撤退信号を受信。……勝利です」
ルミナの声に、わずかな“安堵”が混じる。
艦橋に、一瞬の静けさが戻る。ノノが椅子に沈み込み、「あーもう、心臓が3回くらい止まった気がする」と呻き、ナギがぼそっと「今の“間”、完璧だったな……」とつぶやく。
リオは息を整えながら、「誰か、飲み物くれ……」と呟き、ミオがすかさず「水分補給の時間です」とボトルを配り始める。
ルミナが、少しだけ柔らかい声で言う。
「皆さん、お見事でした。……特に艦長。指揮官として、100点満点中……72点です」
「厳しいな」
「現実とは、常に厳しいのです。ですが――とても、“良い72点”でした」
俺は背もたれに沈み込みながら、スクリーンを見つめる。
この艦が、このチームが――本当に“戦場”を越えたんだと、実感する。
ルミナが最後に、静かに呟く。
「……次の戦いに向けて、72点からの加点、期待しておりますよ。艦長」
「……お手柔らかに頼む」
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