第54話 きな臭い依頼
フリーランクス・ラゲルト支部の受付は、いつもどおり騒がしい。だがその“いつもどおり”の中に、ほんのわずかな“異物”が混じっているのを、俺は感じていた。
レーネが俺を見るなり、端末をスライドさせる。無駄のないその動きに、ほんの少しだけ慎重さがにじむ。
「お望みの大型任務があるわよ。――少し、きな臭いけどね」
「きな臭いって?」
「ユーン行きの航路よ。最近、護衛艦がついてても、やられてる船が出ててね……」
ユーンってどこだ? と、頭の中で思った瞬間、横からルミナの声が入る。
「ユーン宙域はラゲルト宙域の内側にあります。辺境と中央の“境目”のような場所ですね。治安は、やや不安定です」
レーネは頷きながら、端末を操作する。
「今回の依頼、そのユーン宙域への補給船団の護衛。輸送艦が三、補助艦が一。航路は……“監視衛星の網”から少し外れるルートよ」
「わざとか?」
「燃料効率と回避性を重視した結果ね。“安全”は……まあ、おまけ程度ってとこ」
端末に浮かぶ航路図を見て、俺は鼻で笑う。
「ずいぶん挑発的なルートだな。宙賊に“どうぞ”って言ってるみたいだ」
「でしょ? 実際、最近やられてるのよ。しかも変なのが――被害は出てるのに、詳細なデータが残ってない。報告もあいまい。……なんか、隠されてる気がするの」
「対象と護衛は?」
「対象は、輸送艦3隻と補助艦1隻。民間の船よ。護衛はあんたたちが受けるとして、あと二隻。中型の傭兵艦。一隻は、“やられた側”の復讐を誓ってきたグループ」
「なるほど。雪辱組ってわけだ」
「そう言ってる。でもね……ちょっと引っかかるのよ」
レーネの目が鋭くなった。現場を知ってる人間特有の“勘”がそこにあった。
「“仲間の仇を討つ”って名目で来たにしては、タイミングが良すぎる。……それって、自然な動機じゃないこともあるのよ」
「確かにな」
ルミナが、少し低めのトーンで口を挟む。
「仇討ちという動機は、わかりやすく、正当性も演出しやすい。……その“わかりやすさ”が、逆に怪しいのです。」
「つまり?」
「艦長の言い方を借りるなら……“くせえ”です」
レーネが笑いをこらえて肩をすくめる。
「ほんと、あんたとルミナ、似てきたわよ」
俺はため息をつきながら、端末に目を戻す。護衛艦の名前、航路データ、任務条件。そして“承諾”の欄。
PLDのチャンネルから、ニコの元気すぎる声が跳ねてくる。
『マジで!? 艦出動!? やっと“本物の戦場”ってやつ!? うおおお!!』
『ニコ、落ち着けって……!』とレンの声が入るが、他の連中もテンションが上がっているのが手に取るように分かる。
ルミナがぽつりと言う。
「高揚と過信は、似て非なるものです。……子供たちがそれを学ぶ機会としては、適切かもしれません」
俺はレーネに視線を戻して、短く言う。
「受ける。だが、今回は特に警戒する。お前の“嫌な予感”が当たってないことを祈るさ」
「祈るだけじゃダメ。備えとセットじゃなきゃ意味がないわよ」
任務承諾の欄にサインを押す。
出発前夜。ブリーフィングルームの空気は、なんというか、あの妙な緊張と静けさが同居したやつだ。戦場直前の、でもまだ「日常」の中にいる、そんな感じ。
俺たちは《ストレイ・エクシード》の艦内から、外部通信チャンネルに接続している。大型モニターに各艦の映像が順に表示されていく。今回は俺たちのほかに、輸送船団の旗艦、それに傭兵艦が二隻。総勢四艦。
まず映し出されたのは、輸送船団旗艦の艦長――ヨルム・ハスフェルド。見た目は典型的な“ベテラン管理職”。白髪まじりで、顔には深いシワ。人当たりは悪くなさそうだが、目の奥に数字で世界を見てる感じがある。
「各艦、協力に感謝する。今回は、ユーン宙域を経由して“バルゼル補給拠点”まで、我々補給船団を安全に移動させるのが、君たちの任務だ。詳細な航路は追って通達する。また、最近宙賊の出現が頻発している。今回も遭遇する可能性が高い。各艦、留意してくれ」
「……さて、キャプテン・シンヤ」
まっすぐこちらを見てきた。
「あなたの艦には“子供”が多数乗っていると聞いた。護衛任務に、支障はないのかね?」
言葉は丁寧だが、その裏にある“本音”ははっきりしている。お前ら、大丈夫か?ってやつだ。
案の定、すかさず別のウィンドウが開く。《ラフタス》の艦長だ。若い女で、髪を後ろでまとめてる。顔つきは整ってるが、笑顔があんまり信用できない。
「艦は立派だけどさ、中身は……ガキばっかじゃん? あんたも若ぇし、大丈夫? 足引っ張らないでよね」
カメラの向こうでニコが「誰がガキだよ!」って暴れそうな気配を出してるのが、モニター越しに伝わってくる。ルミナはその横で無言の苦笑いモード。
だが空気がピリッと張りかけたところで、別の声が割って入る。
「まあまあ、見た目の話はもういいだろ」
朗らかな口調。《ヘイル・ダンサー》の艦長だ。顔に刻まれた傷跡と渋い声で、たぶん一番“場数を踏んだ人”って感じがある。
「今回は俺たちにとっちゃ雪辱戦だ。ガキだろうと、味方は歓迎するぜ。……そもそも、お前ら《デヴォル》落としたって聞いてるぜ? 本物なら、期待してるよ」
その一言で、ヨルムがピクリと反応する。
「ほう。……あの“ストレイ・キャプテン”とは、君だったか。いや、失礼した。なるほど、それなら話は別だ。期待しているよ、うん」
さっきの疑いモードはどこ行った? ってくらい、手のひら返しのスピードが早い。通信室の空気がちょっと緩む。
俺はモニター越しに、軽く頷いて返す。
「乗組員の見た目は若いですが、戦歴は積んでます。……ご期待に添えるよう、努めますよ」
その瞬間、《ラフタス》艦長がまたも口を挟む。今度は矛先を変えてきた。
「っていうかさ、《ヘイル・ダンサー》さんよ。あんた前回、この航路で宙賊に襲われた時、尻尾巻いて逃げたんだって? 本当に戦えるの?」
口角がちょっとだけ上がってる。悪意というより、勝負を仕掛ける顔だ。
《ヘイル・ダンサー》艦長の顔がわずかに強張る。
「……前回はな、開幕で兵装系をやられちまって、戦闘不能だったんだ。あの時は撤退するしかなかった」
苦渋の過去を絞り出すような声。そして拳を握りしめる。
「だが今回は違う。整備も武装も万全。宙賊共を、ぼろくそにしてやるさ」
言葉に熱がこもっている。誰も返さない。そのまま、通信ウィンドウが一つずつ閉じていく。
ブリーフィングが終了したことを示す音が、室内に響いた。
しばし沈黙。俺は深く息を吐き、椅子にもたれる。
「……先が思いやられるな」
すると、横の席からルミナの声が落ち着いたトーンで響く。
「“先”は、思いやられるものではなく、対処するものです。特に、思われすぎた未来はえてして外れますし」
「皮肉か?」
「ご安心を。これは“冷静な事実”です。それに、キャプテン。今回はいい機会です。“偏見を笑いに変える訓練”としては、申し分ありません」
ルミナは一拍置いて、少しだけ声のトーンを和らげた。
「……子供たちが、“信じられる存在”へと変わるには、まず見られることが必要なのです。敵より、味方に」
そう言って、通信ログを整えながら微かに笑う。毒舌の中に、彼女なりの優しさが確かにあった。
任務当日。俺たちは予定どおり、ラゲルト第7宙域に到着する。……ここ、見た目がやけに綺麗だ。光の屈折か、微粒子の密度か、宙域全体が青白く霞んで見える。幻想的ってやつだ。戦場のくせに、妙に詩的だなんて――皮肉が過ぎる。
「指定宙域、到達確認。ビーコン信号、複数一致。先行艦群あり」
ルミナの声が、いつもどおり冷静に響く。
少し遅れて、他の艦も次々と集まってくる。全艦揃ったようだ。モニターに映るのは、輸送船団。3隻の輸送艦と、補助艦が1隻。どれも民間仕様だ。
「輸送艦三隻、補助艦一隻。民間登録番号確認。武装出力、ほぼゼロ。……実質、装甲付きの風呂桶ですね」
ルミナのコメントは、いちいち直球すぎる。
「風呂桶……」
「内部搭載量は大規模ですが、抵抗力は泡よりも儚いです」
俺は苦笑しながら画面を見やる。確かに、どの艦も古くてくたびれてる。装甲には補修跡がちらほら、エンジンの放熱効率も悪そうだ。これで航宙してるだけでも大したもんだ。
「これが守る対象か……」
呟いた俺の声に、ルミナが続ける。
「“この装備でよく宇宙出ようと思ったな”大賞、間違いなく受賞レベルです」
皮肉が軽やかすぎて、逆に安心する。
さて、護衛は3隻。俺たち《ストレイ・エクシード》と、《ラフタス》、それに《ヘイル・ダンサー》。先に航行ラインに入ってきたのは《ラフタス》だ。
真っ赤な艦体、光沢のある黒のライン。ちょっと見ただけで「速そう」「強そう」「うるさそう」が同居してる。
「中型傭兵艦。ベルト級改装艦。外装改装歴、三回。“見た目優先の手術痕”があちこちに残ってます。火力と速度は平均以上ですが、整備記録に“都合の悪い空白”が存在します」
「つまり?」
「“ハンサムだけど部屋が汚いタイプ”ですね」
「いるな、そういうやつ……」
「そして大抵、爆発物の扱いが雑です」
ブラックジョークのようでいて、ルミナの分析はいつも正確だ。
続いて、《ヘイル・ダンサー》が入ってくる。こっちは《ラフタス》とは対照的。無骨で飾り気のない船体、黒ずんだ外装のあちこちに溶接パネル。戦場帰りの匂いがする。
「中型傭兵艦。艦体後部、左右推進区画に修復痕あり。被弾→緊急離脱→修理、の流れと推定。整備状況は現時点で“正常”です」
「……てことは、前の任務でやられたって話は嘘じゃないのか」
「はい。損傷は本物です。演技ではなく“真っ当に損耗した証拠”ですね。ご安心ください、嘘をつくほど器用ではないようです」
「……妙な安心感だな」
俺は《ヘイル・ダンサー》の艦体を見ながら、ふと思い出す。通信越しの艦長――あの口調や態度には、妙な整合感があった。落ち着いていて、真面目そうで。だが、ああいう“ちゃんとした人”こそ、時に危うさを含んでる。
「ルミナ。あの艦長、どう思う? 真面目そうだったけど……今回、雪辱を誓うとか言ってて、正直ちょっと出来すぎてる気がするんだよな」
「懐疑心は大切です。特に“誠実な言葉”は、最も疑うべき素材です」
「お前、真面目に言ってる?」
「もちろんです。騙しやすいのは、“嘘くさい言葉”より“立派すぎる真実”ですから。……もっとも、今回の件に限っては“怪しいけど信じられる”枠でしょうか」
「つまり?」
「信用は“ポイント制”。初期値は30点。加算式で様子を見ましょう」
「30点かよ……」
俺は息をついて、スクリーンから目を離す。
任務開始から1日、何度かジャンプ航行と通常航行を繰り返している。船団は静かに進んでいる。輸送艦三隻、補助艦一隻、それに俺たち《ストレイ・エクシード》。航路は長く、退屈で、妙に穏やかだ。
俺はブリッジの端、指揮席に腰を下ろしながら、モニター越しに各艦の位置データを確認する。どの機体も正常、航行パターンに乱れなし。冷却比率、通信帯域、エネルギー散布、全部“想定通り”。
……つまり、怪しい。
「艦長、各艦とも進路にブレなし。推定予定到達時刻、誤差2分以内です」
ルミナの声が落ちてくる。いつもの、やけに整った、けれどどこか刺さるトーン。
「順調すぎるな」
独り言のように呟いた俺に、ルミナが即答する。
「“疑う心”は防衛本能の表れ。正常です。……ただし、毛根には悪影響ですので、抜け毛にはご注意を」
「毛根ってお前……」
そのとき、背後から穏やかな声が差し込む。エリスだ。
「ルミナさんの言う通りですよ。ストレス性脱毛は交感神経の過剰反応で毛包の血流が低下するのが原因です。特に、長期間にわたる精神的負荷は、頭頂部からのびる毛髪に影響が出やすいんです」
「おい、やめろ、その冷静で的確な医学情報をこっちに突き刺すな」
「ちなみに、艦長の生活リズムは交感神経優位な傾向が強く、睡眠サイクルも安定していません。抜け毛の進行予測ラインは、約5年後に前頭部から――」
「ちょっと待て! その話は後にしよう!」
「はい、了解しました。後で詳しくデータをお見せしますね」
「見せなくていいから!」
……そうこうしている間に、船団の空気も変わりつつある。
最初は浮かれていた子供たちも、今はそれぞれの持ち場に落ち着いている。
リオとレンは操縦系を監視しながら軽く言い合い、ニコは火器管制の点検を三回目に入ってる。ミオが環境データを整理しつつ、水の残量を気にしているのが見える。カイは黙々と迎撃パターンを練っていて、タウロは座ったまま動かないけど、たぶん、寝てはいない。たぶん。
艦内スピーカー越しに、ラウンジからノノとナギの会話が飛び込んできた。
『ねえ、こうも静かだと逆に怖いね』
『うん……なんか、“嵐の前の静けさ”って感じ』
聞こえるか聞こえないかの声で、俺はつぶやく。
「静かなままで終わってくれるなら、それが一番なんだけどな」
ルミナがすぐに返してくる。
「“期待しない”ことも訓練のうちです。“落胆しない力”は、戦場で最も重要な感情制御の一つです」
「……もうちょい慰め寄りの言い方できねえのか」
「では、こう申しましょうか。“本日無事に任務を終えられる確率は54.3%。……艦長の寝ぐせ補正値を除けば、わずかに上昇します”」
「どこで俺の髪型が関係してくるんだよ」
「機械にも“縁起”という概念があります。ちなみに本日、艦内の冷却機構が3回くしゃみのような音を出しました」
意味があるのか、それ。だけど、ルミナのこのやり取りがあることで、なんとなく“日常”のバランスを感じてしまう。怖いもんだ。
だが――次の瞬間。
「艦長、レーダーに一時的反応」
ルミナの声が、少しだけトーンを落としている。俺は反射的に立ち上がり、ホロスクリーンに目をやる。確かに、一瞬だけ何かが表示された。艦の前方、約12,000km。
だが、それはすぐに消えた。痕跡もない。誤差として処理されかねないレベルの反応。
「今の、何だ?」
「明確ではありません。ただ、“何かが見せかけている”ような気配があります」
「見せかけるって……」
「はい。“反応を出しておいてすぐに消す”という挙動は、レーダー検知能力を“試している”動きに近い。
……つまり、“こちらの目”を見ている可能性があります」
「艦の能力を測られてるってことか……」
「ええ。つまり、“こちらの強さを測ったうえで仕掛けてくる気満々”ということですね。
……艦長、念のため、視界のクリアチェックをお忘れなく」
「視界?」
「はい。心拍の上昇が予想されますので、曇って見えることもあるかと。……精神的な意味で」
「それ、曇ってんの俺の目の方じゃねえか」
「ええ、曇り止め不要の裸眼でも、判断力はメンテナンス対象です。お忘れなく」
ルミナのこういう言い方、慣れてるつもりで毎回ペースを崩される。軽口なのか本気なのか、相変わらず境目がない。
だが、そういう時のルミナは、だいたい“当たり”を引いてくる。今回は特に、その感覚がイヤに鋭く感じられる。
つまり――そういうことだ。“この任務、マジで来るぞ”ってやつだ。
俺はひとつ息を吐いて、シートの姿勢を少し直す。ルミナが静かに、だがどこか温度を持って言う。
「艦長、用心に越したことはありません。……静けさが長すぎる場合、それは予兆です」
「わかってる」
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