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第53話 仮想戦線

 俺たちはその後、いくつかの小規模な任務をこなした。物資護衛、拠点支援、小競り合いの収拾――どれも“実戦”の端っこには違いないが、本番じゃない。


 そんな中、レーネからの連絡は、いつもどおり無駄がなかった。──もう、船を使っての任務にも出られる頃合いだろう、と。


 船――《ストレイ・エクシード》そのものを使う日が、ようやく見えてきた。




 訓練区画の天井で、照明がやけに白く光っている。ルミナの声をかけてくる。


「艦長、パーセプトボードの起動完了、仮想艦橋の展開可能です。各ユニットとの同期率は93%。ご命令をどうぞ」


 俺はモニターを確認しながら、短く息を吐く。ストレイ・エクシード。この艦は、ただの大型船じゃない。“武器”でもあり、“居場所”でもある。


「ルミナ、全員に伝えてくれ。“艦全体を動かす訓練”に入る。仮想艦橋、10分後に展開。配置は初期フォーメーション。必要に応じて動かす」


「了解しました。艦長。……なお、初回訓練では“勝手に艦長席を占拠する”率が高いため、注意喚起メッセージを挿入しておきます」


「お前さあ……ちょっと余計なんだよな」


「習性への介入はAIの義務です。“習慣は力を持つ”。それを最初に教えたのは艦長でしょう?」


 やれやれ、と頭を掻いて振り返れば、そこには17人の“乗員”がいた。ニコは腕を組み、ハヤテはすでにシミュレータの座標調整を始めてる。シエルはデータ連携の初期同期を手動で上書きし、カイとレンは機体挙動テストの再確認中。言葉もいらない。――こいつら、すでに“戦う気”でいる。


 俺は声を上げる。


「お前ら、これがお前たちが動かす“最初の艦”だ。……このストレイ・エクシードが、お前たちの“戦場”だ」


 ルミナが静かに、だが少しだけ嬉しそうに答える。


「では、仮想艦橋、展開します。改めて……この艦へ、ようこそ」


 仮想艦橋が立ち上がると、視界すべてが《ストレイ・エクシード》のブリッジに変わる。見慣れた艦内――だが、ホログラムのせいか、わずかに明るく、インターフェースの色調も柔らかい。……子どもたち仕様、か。ルミナの配慮ってやつだな。


 全景ホロスクリーンが展開し、戦域データが浮かび上がる。敵艦マーカーは三時方向。模擬戦だが、配置は完全に“本番仕様”。


 俺は指揮席に立ち、艦内回線を開く。


「全員、配置につけ。ルミナ、開始」


「了解しました。仮想戦闘演習、起動――《ストレイ・エクシード》、発進します」


 振動と慣性が、仮想とは思えないリアルさで艦橋を包む。子どもたちが、それぞれの席で息を合わせて操作に入る。



■操縦系統:

 リオが主操縦席に滑り込み、安定した手つきでエネルギー流量と姿勢制御をチェック。隣のレンはもう回避ルーチンを二つ先まで組んでる。相変わらずの反射神経。

「出力波、後半に寄せてみる。ちょっと揺れるけど、制御は保つ」

「了解、リオ。回避パターン、仮想だけどフルで組むよ」


■戦術管制:

 ニコは火器管制にかぶりつき、「砲列交互、テンポ落とすな」と指示を飛ばす。タウロは黙々と主砲計算を進めてる。画面の照準率、ズレなし。ゼンがその横で精密射撃のモード調整を終え、「カバー範囲、右側補完する」ユズは二人の背後で支援砲と医療系のモニタを同時にさばきつつ、ぼそりと呟く。

「今日、誰か熱出してる子いないよね……? 衛生システム、念のため保険かけとくね」


■操縦支援・迎撃:

 ハヤテは無言でシャトル操縦シートを握る。画面には“機体感覚”の補助が出てるが、たぶん彼は見てない。カイが隣で迎撃系の設定を確認しながら、「近接迎撃、AI補完切る。俺の手でやる方が速い」ナギがやや後方のモニタを眺め、「戦術ってさ、呼吸と同じで“間”が必要なんだよ」と哲学を語ってる。


■センサー・電子戦:

 シエルは目を閉じて艦内のサイバー接続をすでに統合中。アオイが冷静に数値を拾いながら、必要な情報だけを彼女に渡している。

「これ、虚像デコイかも。反応ずれてる」

「補正してみる……あ、こっちは実体。やっぱ右前方が本命」


■通信・支援:

 カナメは安定のトーンで、通信ログを解析してる。

「敵艦通信、断続中。暗号化率低。逆解析、30秒で完了予定」

 ノノは直感だけで支援系を操作中。手元の動きと正解が、なぜか合ってる。

「……ん? 合ってた? すごくない?」

「すごいですが、何をしたか覚えておいてください」とルミナの小声。


■データ・環境・補給:

 サラは戦況データを一手に整理中。「次、左旋回からの反転で敵艦が照準内に入る。3秒後」

 ルイが冷静に演算ログとバッファを並べ、「出力ログ、補正完了。偏差率2%以下です」

 ミオは環境設定に集中。「気圧が1%ズレた。兄貴、仮想でも偏頭痛なら水分とって」

 トキオが物資一覧をスクロールしながら叫ぶ。

「エネルギーカートリッジ、仮想で使いすぎ! 誰か調整して!」


■オブザーバー:

 ユイとエリスは補助席からみんなを見守っている。ただし、訓練だからお口チャックだ。


 各自のチェックが完了した後、仮想艦橋に展開されるホロスクリーンが、戦域の全景を描き出す。


 敵艦三、随伴機四。編隊を組んで、こちらの航路を塞ぐように展開している。模擬戦とはいえ、構成は現実に即した“殺しにくる”陣形だ。


 俺は指揮席に立ち、艦内回線を開く。


「全員、戦闘配置。ルミナ、状況報告」


「敵艦隊、攻撃範囲に進入済み。推定30秒以内に開戦となります。仮想戦闘演習、フェーズ1――開始します」


 艦が低く唸る。仮想空間の中だが、体の芯にくる“重さ”がある。


「リオ、初動回避を優先。艦首を左舷5度、マルチレールキャノン射線を確保」


「了解。姿勢制御、スムーズに入るよ。レン、リアスラスター後1%加圧」


「調整済み、行ける」


 《ストレイ・エクシード》が軌道を滑るように旋回する。視界の右端に敵艦の一隻が重なる。


「ニコ、初弾はお前に任せる。牽制じゃなくて、威圧だ」


「了解。可変プラズマランチャー斬撃波、フルチャージ。正面広域展開、行くわよ……発射!」


 左右舷からプラズマの刃が走る。空間を裂くような光が前方の敵機群を一閃し、その動きを一瞬止める。


「タウロ、マルチレールキャノンで叩け!」


「……撃つ」


 重低音と共に、艦底から徹甲弾が連射される。連結射撃で敵機を挟み込むように迎撃。うち一機が姿勢を崩し、衝突コースに入った。


「ゼン、右舷側を牽制して。次、可変粒子砲で敵艦中央狙う」


「可変粒子砲チャージ開始。ルイ、出力ログ整えて」


「調整完了。連動照準、正確です」


「シエル、電子妨害。敵艦通信を潰せ」


「今、敵艦Aの暗号通信に侵入。通信波形、撹乱中。カナメ、こちらの信号管理お願い」


「了解、各チャンネル正常維持」


 艦内の各所が、冷静に、そして確実に機能している。


「ノノ、EMPパルス散布タイミング、今だ」


「はい、直感モードで行きます!」


 敵随伴機のうち二機が一斉に電磁妨害で動きを止め、そこをカイが即座に狙う。


「迎撃ユニット、手動でいける。そっち任せて」


「……行きますっ」とユズが支援砲で追撃する。命中率、見事なまでに高い。


「ミオ、内部環境維持。負荷、上がってきてる」


「温度と酸素濃度、微調整中。兄貴、息苦しくなったら黙ってないで言って」


「トキオ、カートリッジ補充チェック。チャージもう一回入る」


「了解、予備仮想弾薬を後方バンクから供給中!」


 最後の一隻がこちらに艦首を向けてきた。


「ルミナ、重力投射砲、座標調整開始。敵艦B、正面距離0.6、重力干渉展開可能?」


「可能です。収束式重力投射砲、照準範囲に収束中。発射許可を」


「撃て」


 艦底から、見えない“圧”が空間に走る。敵艦の装甲がわずかに捻れ、構造音が仮想空間を震わせた。


「敵艦B、大破認定。残存艦、一隻撤退中」


 俺はモニターを見渡し、頷く。


「初戦、勝利。全員、よくやった。記録を保存。次は、シナリオBに移行する」


「了解。仮想空間、再展開まで180秒」とルミナ。


 俺はふと、艦橋の端を見る。子供たちがそれぞれの席で、小さくガッツポーズをしたり、静かに頷いたりしている。


「新戦域、展開完了。シナリオB、“多方向包囲戦・敵戦隊含む”。開始可能です」


 ルミナの声が、艦内のスピーカーから響く。少しだけ抑揚がついてて、たぶん楽しんでる。


「“含む”ってなんだよ、“含む”って。なんか嫌な予感しかしないんだけど」


「ご安心ください艦長。“戦死の再現率”はわずか8.4%です。……前回の15%よりは改善しております」


「それを“安心”って言えるのは、お前くらいだろ……」


 仮想艦橋のホロスクリーンに、敵艦隊の布陣が浮かび上がる。六隻。三方向から包囲。前衛に突撃艦、後衛に重装タイプ。数と火力で押してくるタイプの構成だ。


「囲んで狩る気満々ってやつか。まったく、やりがいしかねぇな……」


 ルミナが静かに答える。


「はい。艦長のストレス耐性を計測するには、最適です」


「よし、全員、戦闘配置につけ」


「了解しました。仮想戦闘演習、シナリオB――開始します」


 まずは正面の突撃艦。牽制なんていらない。威圧で黙らせる。


「ニコ、正面艦に可変粒子砲、最大出力で一発。いったれ」


「チャージ……完了! 撃つッ!」


 青白い光が艦首から迸る。空間が震えて、中央の突撃艦が一瞬で光に呑まれる。プラズマ焼灼、貫通済み。吹き飛んだ破片がホログラムでも怖い。


「ふふん、これが“初撃即決”ってやつよ」とニコがどや顔をする。画面越しでも伝わってくる。


「お調子には乗らないように。“戦況が好転するフラグ”は、十中八九、次の被弾に繋がります」


「やかましいわ、AI」


「左右舷、可変プラズマランチャー斬撃波から炸裂弾に切り替え。広範囲牽制しろ」


「照準、旋回中。敵艦、前方回避行動に移行」とゼン。


「プラズマランチャー、展開――ばら撒くよッ!」とユズ。


 艦の両舷から、赤い光が交差する。斬撃波が空間を裂き、その直後に炸裂弾が追い打ちをかける。爆裂する光の花火のなかで、敵の動きが乱れる。


「ほらね、散らしたでしょ?」とユズがドヤる。


「ええ、ですが“理由を覚えておいていただけると尚よろしいかと”。再現性が重要ですので」


「タウロ、後衛の重装艦にマルチレールキャノン。座標合わせて狙い撃て」


「……照準完了。発射」


 ズドン、ズドン――重低音が艦内に響く。艦底から放たれた徹甲弾が、敵の主砲を正確に撃ち抜いた。


「命中、確認。敵艦、沈黙」とルイが冷静に報告。




「ルミナ、収束式重力投射砲いけるか? 重力投射砲で中型艦まとめて潰す」


「はい。……今、空間歪曲中。座標、確定。撃てます」


「撃て」


 世界が歪む。“音のない重さ”が仮想艦橋を包む。敵艦三隻、同時に姿勢を崩し、内部構造が破断する。重力の力は派手じゃないが、確実だ。


「収束式重力投射砲、効果範囲内全滅。残存艦、後退中」


「EMP散布、いけるか?」


「いけます! いくよー、3、2、1、ぺちっ」


「……擬音のチョイスが雑ですね」


 EMPが散布されると、敵の随伴機が一斉に機能を失い、姿勢を崩す。そこを見逃さないのが、うちの迎撃班。


「カイ、狙って」


「手動迎撃、楽勝だ」


「ユズ、支援砲で補完」


「任せて。今日は誰も熱出してないしね」


「シエル、通信妨害。カナメ、信号保て」


「侵入開始……敵艦Aの暗号通信、撹乱完了」


「こちらは正常。ルミナとの帯域も安定中」


 敵が1隻、最後の意地とばかりにこちらへ艦首を向けてくる。


「ルミナ、重力砲でトドメだ。調整、いけるか?」


「いけます。正面距離0.6、範囲収束完了。発射どうぞ」


「撃て」


 圧力の波が視界を歪ませる。敵艦の外殻がよじれ、内部から光が漏れ、崩れ落ちていく。


「敵艦、大破。残存艦、戦域離脱」


「……よし。初戦、勝利。記録保存。シナリオB、完了」


「お疲れ様です、艦長。――なお、被弾率3.1%。“艦長が静電気でコンソールにびくついた件”は記録から除外しておきました」


「やめろ。マジでやめろ」


 仮想艦橋の端で、子どもたちがそれぞれ小さくガッツポーズしたり、椅子に沈み込んでため息をついたりしている。


 この艦は、こいつらにとってただの訓練場じゃない。戦場であり、拠点であり、居場所なんだ。


 ルミナが、ほんの少し柔らかい声で言う。


「全員の生体ログ、精神安定値、良好です。……いいチームになってきましたね、艦長」


「……だな」


 オレは椅子に腰を下ろし、次の戦域データに目を向ける。


 ルミナが、少しだけトーンを落として言う。


「ただ、あくまで“シミュレーション”ですので――油断は禁物ですよ、艦長。

 現実は、もっと不規則で、もっと容赦がありません。

 ……だからこそ、あなたの指揮に“備え”が必要なのです」


 その声音は、冷静でありながら、どこか柔らかかった。ただの演算結果を告げる声じゃない。――たぶん、俺に“覚悟”を促してる。


 “本番”は、もうすぐそこにある――。

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