第52話 実戦
ハッチが開く音は、想像よりも静かだ。気圧調整の自動音が一瞬だけ耳を圧迫し、それが消えると、空間がひどく“空っぽ”になる。
ステーション内は、ほんのり青白い非常灯に照らされている。照明の一部はちらつき、天井のパネルは所々剥がれかけてる。空調はまだ生きているらしいが、動いてるというより“喘いでる”って感じだ。無人になった場所特有の“誰かがいない音”が、全体に滲んでいる。
「センサー範囲、広域モードに移行。ノイズ多め……熱反応なし。電磁系、歪みあり」
シエルの声がPLDに届く。淡々としてるが、緊張は隠しきれていない。
「トキオ、補給区画のマップ送れ。通路構造、旧型だ。落下物と閉鎖区画に注意」
レンがすでに先読みで動いてる。手元の端末を軽く操作しながら、通路情報を転送してくる。
それぞれの役割を、それぞれが当たり前のようにこなしていくのが、逆にすごい。たしかに、この子たちは“戦える”状態にある。でも──
「艦長、ユズが通路の天井に手を振っています」
「なにしてんの……」
「『誰かいたらお薬あげるよー』とのことです」
「すごく優しいけど、それフラグだから下ろさせて」
通路は幅2メートルほど。壁には旧型の物資搬送パイプが走っていて、すでに複数箇所で切断されている。無人のはずのこのステーションが、ほんとに無人かどうか──まだ誰にも断言はできない。
「第一小隊、前方確認後に右通路へ。第二、左側。第三、後方セクションの連絡路を確保してください」
ルミナの進行指示が、落ち着いた声で全体に響く。言い方は冷静だけど、ちゃんと全体の呼吸を見てくれているのが分かる。
俺は最後に位置を取り、隊列の後方に回る。レーザ拳銃の安全装置を解除してから、ふっと息を吐く。
──“初陣”にしては、やけに静かだ。でも、この静けさの方が、怖い。
その時、先頭のカイが足を止める。小声で言う。
「……音がする。金属……引きずってる。上から」
誰もが動きを止める。
次の瞬間、通路上の点検用ハッチが“ギギ”とわずかに開き、何かのセンサー光が漏れる。すぐに、PLD越しにルミナの声が入る。
「艦長、ドローン反応を確認。型式《CR-41》。旧式ながら、独自学習AI搭載。破損状態……ですが、敵対フラグが立ってます」
「要するに、問答無用で撃ってくるってことか」
「はい。交渉を期待されるなら、書類に“平和主義者”と明記しておいてください」
俺は前に出る。
「全員、戦闘モード移行。最初の一撃、取られるなよ」
誰かのゴクリという息づかいが聞こえる。でも、誰も下がらない。
──音が消える。
次の瞬間、金属音が跳ねるように響く。天井の点検ハッチが跳ね上がり、細長い機械の肢がスッと顔を覗かせる。
「来る!」
ニコの叫びとほぼ同時に、センサー光がこちらを正面から照らす。警告も発声もなし。火花とともに、第一射が飛んできた。
「隠れろっ!」
カイとナギが同時に跳び、壁際の支柱裏に滑り込む。ブラスターの軌跡が空間を焦がす。
ハヤテとリオが左右に散開し、ゼンが即座に反撃の射線をとる。
「敵、天井3時方向! 一体、浮遊モード。移動速い!」
ゼンが叫びながら、構えていたブラスターのスコープを切り替え、狙撃モードに移行する。
「ルミナ、後続確認!」
「後続反応なし。孤立機体の可能性。が、動きはまだ“生きて”ます」
その間にも、敵ドローンは天井近くの梁を跳ね回りながら、銃口をこちらに向け続けている。完全に“猟犬”の動きだ。
「カイ、近接──ナギ、援護!」
「了解ッ!」
カイがスティックを一気に伸ばし、高周波を発振。空気がビリつく。そのまま跳躍し、梁へと飛び移る。ドローンの足元、わずかにタイミングを外して斬りかかる。
が、相手は空中で横回避。カイの一撃はかすめただけで外れる。
「回避ルート予測、右45度!」
ナギが叫ぶ。すでに読んでいたように、ブラスターのビームをそこへ撃ち込む。
命中。ドローンの外殻に直撃し、回転しながら墜ちていく。
「レン、残骸確認!」
「確認──機能停止。破片に二次反応なし。大丈夫、動かない」
一拍置いて、緊張がゆっくり解けていく。
俺は前に出て、戦闘の痕跡を見渡す。煙の匂いと、焼けた金属の刺激臭が鼻を突く。
──“初戦闘”にしては、十分だ。
「全員、無事か?」
「ノーダメージ」
「軽いかすり傷……自己処理します」
「こえー……けど、ちょっとクセになるかも」
「ルミナ、戦闘ログと動作データ、全部送る」
「受領しました。艦長、皆さん“かなり冷静”でしたよ」
俺は、少し笑う。
「じゃあ──前へ進むぞ。“まだ始まったばかり”だ」
通路の先──次の角を曲がった瞬間、警告音が跳ね上がる。
「熱反応、複数! 前方二十メートル、三体以上!」
シエルが声を上げると同時に、前方のシャッターがガガガと中途半端に開いた。そこから一斉に射出される、三機のドローン。
「回避! 分散っ!」
俺が叫ぶまでもなく、隊列はすでに動き始めていた。
ニコがリーダー格らしく、一瞬で態勢を切る。
「カイ、左のやつ押さえて! ゼン、中央は任せた! ナギ、後衛のルイをフォローして!」
「了解!」
「とらえた」
「はいはい、守ってますよー!」
三機のドローンは機種がバラバラだ。一体は機動型で跳ね回り、もう一体は火力重視でその場から榴散弾をばらまく。そして最後の一体は、こちらのセンサーを撹乱するジャマーを放ってきた。
「視界乱れます! ミオ、フィルター調整して!」
「やってる……OK、これで多少マシ!」
「レン、左後方の経路潰せ。逃げ道にされるぞ」
「了解、爆破マーカー設定済み。撃っていい?」
「撃て!」
ボンッという軽い音とともに、左後方の狭通路が火花を散らして崩れる。これで敵の回り込みを潰した。
ニコが電磁短槍を一気に伸ばして跳びかかり、機動型のドローンを串刺しにする。ビリビリと高周波が唸り、金属の焼ける匂いが漂う。
「一体目、ダウン!」
その間に、ゼンのブラスターが中央の重火力型の関節部に正確に撃ち込まれる。ガクン、と音を立てて崩れ落ちる。
「二体目、停止確認。エネルギー反応も落ちた」
最後の一体──ジャマー機はすでに引こうとしていたが、ユズがそれを見逃さない。
「逃げる気満々……許可とってからにして」
そう言って、彼女のナノガンから発射された小型EMP弾が、見事に命中。ドローンはスパークを吐いてその場に倒れ込む。
「三体目も沈黙。敵性反応、消失」
空気が、また少し落ち着く。
ルミナの声が入る。
「艦長、ご報告します。“本作戦における最初の複数目標同時交戦”にて、被害ゼロでの勝利です。統率と即応性、想定以上です」
「そりゃ、あいつら頑張ったからな。俺、命令らしい命令してねぇぞ……」
「それは“最高の指揮”ということです。“言われる前に動ける部隊”を作ったのは艦長の功績ですから」
「……言い方が持ち上げすぎなんだよ」
子供たちは、それぞれに息を整えている。
ハヤテが頭をかきながらつぶやく。
「撃ってる最中、全然手が震えなかった……変だな。いつもは手汗すごいのに」
「ノノ、奇跡的な精密誤射。ある意味、才能です」
「ルミナ、それ嫌味?」
ユズが笑い、ナギがため息まじりに「疲れたー」と座り込む。
俺はその光景を、少し離れた位置から見る。
──いい目をしてる。怖がっても、迷わない目だ。
ちゃんと“仲間を見て”動いている。命令じゃない。判断だ。
俺は深く、呼吸を整える。
「よし、進もう。目標はまだ、先にある」
通路の先は、徐々に薄暗くなっていく。照明の一部がチカついていて、床には散乱した工具やら、崩れかけたケーブル配管がのたうっている。
「ルミナ、こっちの照明系、まだ生きてるか?」
「はい。ただし内部ループに断線箇所があるようで、“反応はあるけど届いていない”状態です。要するに……“死にかけの電灯”です」
「言い方が怖ぇよ……」
「状況の視覚的把握に寄与すると判断しました」
ニコが少し身を屈めながら進む。
「空気の流れ、変わってる。……換気システムが、こっちだけ違う回路に切り替わってる気がする」
「やけに鋭いな、おまえ」
「戦場で嗅覚ってけっこう重要なんだよ。腐ってるとか、焼けてるとか。……生きてるとか」
“生きてる”のひと言が、妙に残る。
そのとき、左側の壁のパネルが突然、ガコンと落ちた。
「っ──警戒!」
全員が即座に身を伏せ、射線をずらす。だが、そこに敵影はない。代わりに現れたのは、わずかに発光するホログラム。動作不良のログウィンドウが、断続的にノイズ混じりで点滅している。
「……これ、誰かが途中まで修理した痕跡ある。センサーが、“こっち側”に向いてる」
シエルがそう呟く。
「つまり……?」
「今の“開扉”も、自動じゃなくて──“観察用の仕掛け”。こっちの反応を見てた可能性がある」
背中に冷たい汗がにじむ。誰かが、俺たちを“試してる”。そんな空気がある。
「ユズ、ミオ、ルート確認。敵影なければ前進再開。ルイ、周囲の電子ノイズ拾ってくれ」
「了解。ドローンの再起動ログはなし。通路クリア」
「ノイズ多数。でも不規則。干渉というより、“何かが歩いてる”ような反応……です」
“何かが歩いてる”──静かな言葉が、全員の耳に沈む。
ルミナの声が、妙に落ち着いた調子で割り込んでくる。
「艦長、念のため申し上げます。“不確定な観察者”がいる場合、その者は敵か味方か、あるいは第三の何かです。“第三の何か”は、大抵トラブルです」
「ユイが言ってた何かか……安心するような、不安になるような分析ありがとうな……」
「事実のみを述べました。……でも、ご無事で」
俺は一歩、先に踏み出す。
「気を付けて進もう。俺たちの任務は、“回収して、帰る”ことだ」
その背中に、17の足音がついてくる。“子供たち”じゃない──いま、この場にいるのは、“戦うためにここにいる者たち”だ。
ステーション《テルマ・ラインβ》。その静けさの奥に、確かに“何か”がいる。
それは、不意だった。
次の角を曲がった瞬間、俺たちの視界とセンサーに、同時に“異物”が飛び込んでくる。
「──複数反応! 人体反応、三体!」
シエルの警告と同時に、俺は咄嗟に腕を上げて制止のジェスチャーを送る。
「止まれ。全員、遮蔽に!」
ニコとカイが即座に前衛の通路へ滑り込み、ユズが後衛のナノガンを構える。ルイが静かに位置データを全員に共有する。
そして……その“敵”の正体が、見えた。
──防塵コートをまとった男たち。
──顔を覆う不規則なマスクと、旧式の装甲ジャケット。
──手には、改造型ブラスター、実弾ライフル、火器携行具。
あれは、宙賊だ。
しかもただの流れ者じゃない。銃の構え方が洗練されてる。最低でも、戦場を三度はくぐり抜けた連中だ。
「おいおい……なんだこりゃ。子供の遠足か?」
先頭の一人が笑う。だが、武器は下ろさない。引き金に指がかかってる。
「ここは俺たちが押さえたステーションだ。“物資回収”とか考えてるなら……引き返すんだな。死人は出したくねえからよ」
ルミナの声が、スピーカー越しに、冷ややかに響く。
「艦長、宙賊の構成は三名。うち二名は高エネルギー兵装を所持。交渉の余地は低く、“威圧による排除”が目的と見られます」
俺は一歩、前へ出る。
「こちらは、フリーランクス認定の正式依頼を遂行中だ。……そっちは、登録されてるチームか?」
「おいおい、そういう口調が命取りになるんだぜ? あんたが艦長か? おつかれさま……その後ろのガキども、戦わせる気か?」
「その“ガキども”は、さっきドローンを三機潰したばかりだ。おまえたちより反応は速いかもな」
沈黙。それが数秒続いたあと、宙賊の一人が舌打ちを漏らす。
「……で、どうするんだ? 撃ち合うか? 物資置いて帰るか?」
俺は、背後にいるゼンの肩を軽く叩く。彼がすっと横に動き、シールド投影モジュールを展開する。
同時に、カナメが小声で確認してくる。
「初手、撃っていいですか?」
「……いや、俺が合図するまで待て。反応を見て決める」
敵は三人。こちらは17人だが、実戦はこれが初。だが──“数”じゃない。“本気”でやれるかどうかだ。
ニコが低く構える。
「兄貴。命令くれたら、こいつらまとめて潰すよ?」
「まだだ……でも、撃つ覚悟はしとけ」
そのとき、宙賊のひとりが動く。小さな動き──だが、確実に腰のホルスターへ手がかかる。
俺は即座に叫ぶ。
「──今だ! 撃て!」
俺の声と同時に、空気が割れる。
ブラスターの光が交錯し、エネルギーの残響が金属の壁を震わせる。カイが真横に跳んで回避、ゼンが一発、敵のライフルをはじく狙撃を決める。
「敵、応答速度低い! 射線、散ってる!」
ニコが叫ぶ。
だが──その一瞬で、俺は見てしまう。ノノの手が震えている。指がトリガーにかかってるのに、引けない。
「ノノ、後ろ下がれ! 今は……っ!」
その瞬間、宙賊の一人が懐からナイフを抜き、突進してきた。
「がはは、ガキが戦場で躊躇してんじゃねぇよ!」
ユズが咄嗟に前へ出て、ナノガンを投げつける。ナイフが逸れる。
だが、それでも宙賊の腕がノノに伸びる。
──間に合わない。
俺の脚が、勝手に動く。
距離を詰め、腰のエネルギーナイフを抜く。ノイズのような音とともに、刃が光る。
「──止まれ!!」
叫びと同時に、俺はその男の腕を、肩口から狙って叩き落とす。衝撃と振動が、骨にまで響く。
男が叫ぶ。血が飛ぶ。俺の腕も痺れる。でも、その瞬間──ノノは無事だった。
静寂が訪れる。
残った宙賊たちが、一瞬たじろぐ。その隙に、ニコとハヤテが脇から回り込む。
「降伏しろ。……殺されてえのか?」
その声は、“子ども”のものじゃなかった。
ブラスターを向けたまま、ニコは静かに言う。
「命、懸けてたのはこっちも一緒。……迷いながらでも、ちゃんと選んでここに来てんだよ」
宙賊のひとりが、銃を投げ捨てる。もう一人も、両手を上げて、壁に背をつける。
戦闘終了。
静かすぎる沈黙が、降りる。
ノノが、しゃがみ込む。震えてるけど、泣いてはいない。そっと、自分の腕を見てる。
俺は、そばに膝をつく。
「撃てなかった。でも、撃たれなかった。……それが、おまえの“選び方”だったんだよ」
ノノは、小さくうなずく。
「……次は、ちゃんと動けるように、なりたい」
俺は、そっと頭を撫でる。
「それでいい。……“次”があるなら、それだけで十分だ」
その言葉に、誰も反論しない。
初めての対人戦。俺たちは、“生きて帰る”選択をした。
そしてそれは、きっと、“命を奪わない”という選択でもあった。
ドローンと宙賊の撃退後、俺たちは残されたセクターを手分けして探索する。
ミオとトキオが補給リストと現物の照合に走り、ルイが随時データを統合。サラとカナメは通信端末の復旧を試みながら、外部への応答ラインを確保する。
「兄貴、こっち、回収物資まとまりました。医療コンテナ、食料パック、エネルギーカートリッジ全部で12ケース」
ユズの報告。声は少し上ずっているが、動きに迷いはない。
「了解。搬送チームはリオとレンに任せる。シャトルに優先格納してくれ」
「はいっ」
リオの返事が妙に頼もしくて、俺は少し笑う。
戦闘が終わっても、“任務”は終わってない。特に今回は、“生きて帰る”ことが仕事のゴールなんだからな。
一方──捕縛した宙賊三名は、カイとナギが見張っている。武装解除済み、応急処置済み、だが一人は肩に裂傷あり。
ルミナがPLD越しに問う。
「処理判断、艦長に一任されております。どうなさいますか?」
「こっちで裁く権限はない。……コロニーの警備隊に連絡して、引き渡し準備を整えよう」
「了解。セキュリティチャンネル、優先接続を開始します。“捕縛者三名、傷病者一名、戦闘記録映像添付”と記載しておきますね」
「助かる」
ルミナの報告作業は速い。内容は冷徹だが、伝え方はどこか丁寧で、情を外さない。だから信頼できる。
──やがて、すべての荷物がシャトルへ積まれ、回収目標のマークが緑に変わる。
俺は、ゆっくりとヘルメットを外す。
「全員、よくやった。ブリーフィング通り……いや、それ以上だったよ。おつかれさん」
その言葉に、子どもたちの肩が、ようやく少しだけ緩む。
帰還の艇内。ハヤテは操縦席でふんふん鼻歌まじりに浮いている。レンとリオは後方で輸送ケースを確認中。ノノは……まだ黙っているが、さっきより表情は落ち着いてる。
「ルミナ、任務記録まとめてくれ」
「すでに集計中です。“初任務・小規模戦闘発生・物資回収完了・宙賊拘束・帰還中”……要点としては以上です」
「完璧だな」
「艦長の“評価反映欄”は、今から入力されますか? それとも、またご自分の端末でこっそり手直しされますか?」
「……見るなよ、そういうとこ」
「ですが艦長、“全員よくやった。誇りに思う”という文は、かなり早い段階で仮入力されていました。訂正は不要ですか?」
「……いらない」
ストレイ・エクシードに着艦後、整備ドローンがシャトルに群がる。俺たちは全員でタラップを降り、静かにハンガーデッキの床を踏む。
その足音が、やけに、誇らしい。
俺は、肩越しに声をかける。
「──おかえり。これが、おまえらの“初任務”だった」
誰かが、そっと頷いた。そして、ひとりが、静かに言う。
「……ただいま、兄貴」
その言葉に、俺はうなずく。
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