第51話 子供たちの初任務
フリーランクスの窓口に足を踏み入れると、独特のざわつきが耳に入ってくる。
受付には、重装備の傭兵、スーツ姿の依頼人、整備ツナギを着た技術者たち――全員が、どこかしら“仕事の匂い”をまとっている。無駄口も冗談も、ぜんぶ実利のなかで転がってる感じだ。
ガヤガヤした会話が飛び交う。笑ってるやつもいれば、報酬で揉めてるやつもいる。だが、それらが妙に“背景音”みたいに感じられるのは、空調の音が静かすぎるせいかもしれない。
そして、そのざわめきの向こう。受付カウンターの奥で端末に向かう、あの後ろ姿。
鋭く伸びた背筋。無駄のない所作。そこにいるだけで場の空気を変えてる。その背中だけで、誰かが“ただ者じゃない”と分かる。
レーネだ。
フリーランクスの任務調整役。元・傭兵。通称“ホワイト・ウルフ”。
こっちに気配を向けたのか、振り返りざまに言葉を投げてくる。
「……連絡もらった相談ってのは、“ややこしい話”前提でいいかしら?」
毎度ながら、察しが早すぎる。言葉が一瞬遅れる。
「まあ、半分はな。もう半分は、“意見を聞きたい”ってやつだ」
「了解。じゃ、座って」
彼女が顎で示した席に、素直に腰を下ろす。相変わらず無駄がない。その仕草ひとつにも、戦場の名残がある。
目の前のレーネは、肩の力こそ抜けてるが、目だけは鋭く研ぎ澄まされてる。穏やかに見えるけど、たぶん何も見逃してない。
「で。子供たちの“初任務”ってわけ? 日々の報告書は読んでるわ」
「ああ。模擬戦は形になった。連携も悪くない。訓練以上のものを出してきてる。……ただ、実戦って話になると、やっぱり迷う」
「……シンヤらしい、真面目すぎる悩みね」
レーネは端末を開きながら、資料をざっと確認していく。手の動きが早くて、整理も無駄がない。
「17人。多いようで、意外とバランスがいいわね。戦力構成で言えば、支援寄りが多い。でも実戦で最初に問われるのは、火力でも精度でもない。“心”よ」
「心、ね……」
「そう。“命のやりとり”に本当に向き合ったとき、人間は“立つ”か“崩れる”か、はじめて決まる。戦場ってのは、身体より先に“心”が死ぬ場所でもあるのよ」
それは、実戦を知ってる者にしか出せない言葉だ。
俺が黙っていると、レーネは少しだけ目を細めて、こう続ける。
「でもね。記録を見る限り、訓練データ上では“実戦投入可能”の判定が出てる」
「……そんなもんか」
「ええ、そんなもんなの。むしろ“準備不足”のまま送り出される奴らの方が多いくらいよ。だから私は、いつも本人に聞く。“出したいと思ってるか”って」
俺は少し考えてから、答える。
「出したい。“出させたい”って思ってる。……怖がりながらでも、自分の足で立つやつらを、信じてみたいんだ」
レーネはその言葉を聞くと、端末を閉じる。
「了解。それで十分。――任せて。条件付きで、初任務向けの実戦ミッションを選定する。戦火のど真ん中じゃないけど、“現場の空気”はある」
「助かる。……レーネ、お前がいてくれてよかったよ」
「お礼は任務達成後にして。じゃないと、“フラグ”になって死にかけるから」
「そういうの気にすんなよ、プロだろ」
「プロだからよ。こういうセリフが一番やばいの、現場で腐るほど見てきたから」
その瞬間、ルミナが割り込んでくる。
「艦長、レーネのご発言、“真理率92%”です。今後の参考に、“フラグ管理リスト”を生成しておきますね」
「余計な仕事すんな」
レーネはくすっと笑い、椅子を引いて立ち上がる。
「任務は今日中に選定しておく。明日の朝には送るから、チェックよろしく。“子供たちの初陣”として、適切な内容を絞り込んでおくわ」
「ああ、頼んだ」
レーネは一歩こちらに近づき、ふっと目を細める。
「ひとつだけ忠告。“彼らを守る”って考えに囚われないこと。指揮官の役目は、“守ること”と“託すこと”の両立よ」
「……分かってるつもりだ」
「それでももし――彼らが本当に倒れそうになったときは、あなた自身が“剣”になりなさい。それが、あんたの立ち位置なんでしょ。“家族”を連れて行くって決めたなら、ね」
レーネの言葉が、しっかり胸に刺さる。
俺は、深く頷く。
この決断の先に何があるかなんて、誰にも分からない。
でも――行かなきゃ見えないもんが、確かにある。
翌朝のブリーフィングルームは、妙に空気が張ってる。
全員そろってるのに、いつものような雑談がほとんどない。誰もがなんとなく、何かを待ってる感じの沈黙。わくわくと、不安が、半々くらいで混ざってる空気だ。
俺は中央の端末を操作しながら、軽く息を吐く。少し遅れて、ルミナの声が響く。
「おはようございます、乗員の皆さま。本日のブリーフィングは、やや“実感の湧く内容”になりますので、深呼吸と水分補給を忘れずに」
「脅すなよ……」
「いえ、警告です。“緊張に耐えきれずお腹を壊す率”が前回の模擬戦で4名ほど観測されましたので」
ちらっと見れば、ハヤテとノノが同時に目を逸らしてる。……あー、該当者だな。
俺は表示パネルを起動して、任務ファイルを開く。
「……じゃあ始めるぞ。これは、今朝レーネから送られてきた“正式な”依頼だ。初めての実戦任務。相手はAIじゃない。“本物”だ」
一瞬、空気が止まる。カナメが小さく息を飲み、レンがまばたきの数を増やす。リオは背筋を正し、ナギはわかりやすくうずうずしてる。
「任務コード:RX-201。内容は“無人ステーションの物資確保”。元々は補給基地だったが、先週の太陽嵐の影響で一部が自動運用不能になった。内部には一部、旧式セキュリティドローンが残ってて、そいつらが勝手に“敵対モード”に移行してるらしい」
「つまり、掃除と回収?」とニコが手を挙げる。
「そういうこと。現場は宇宙ステーション《テルマ・ラインβ》。重力環境は0.3G、空調と照明は不安定、応答信号は途絶状態。つまり、完全に“手探り”だ」
ルミナがさらりと補足する。
「なお、敵性反応は“旧世代機”ですが、想定火力は訓練モードの1.8倍。回避をミスれば普通に被弾判定です。“甘く見て踏み抜く”のが一番危険ですね」
ハヤテが腕を組んで、ちょっと真剣な顔になる。
「でも、やることは訓練と変わんないっすよね? 突入、制圧、確保、帰還……だよね?」
「言葉で言えばな。でも今回は、お前たちが判断して、動いて、守って、帰ってこなきゃ意味がない」
ゼンが隣でノート端末を操作しながら呟く。
「最初の任務ってだけで、急に重く感じるな……」
ルミナの声が、ひときわ明るく響く。
「安心してください。失敗しても即爆発したりはしません。ですが、記録には残ります。“初任務における艦長の統率力評価”という形で」
「余計な一言つけるな」
「いえ、“艦長が一番緊張している”という事実をやんわりと知らせておこうかと」
子供たちの何人かが、ふっと笑う。ニコが肩をすくめて言う。
「でも、そういうのもアリかも。怖いけど、楽しみ。だって、ようやく“本物”ってやつに触れるわけでしょ?」
「俺も、わくわくしてきた」とカイ。
「こわ……でも、ちょっと“行ってみたい”って思ってる」とノノ。
俺は全員を見渡して、ゆっくり頷く。
「この任務は、いわば“最初の一歩”だ。重圧に潰される必要はない。でも、“誰かと一緒に踏み出す”って意識は、忘れるな。お前らは、一人じゃない」
ルミナが、静かに補足する。
「その通りです。“仲間の足音”がある場所は、まだ戦場ではありません。“帰れる場所”です」
一拍置いて、俺は言う。
「じゃあ、出発準備に入れ。出撃は3時間後。詳細手順とチーム割りは、30分後に再ブリーフィングする。……頼んだぞ、みんな」
ブリーフィングを終えると、空気がほんの少しだけ変わる。ピリッとした緊張と、なんとも言えない期待と──それが混ざった“出撃前の匂い”。俺はその感覚を懐かしく思いながら、子どもたちの背中を見送る。
通路に出ると、誰ともなく準備に散っていく。武器チェック、装備の微調整、通信ログの最終確認、エネルギーセルの再装填。いつもは騒がしいのに、今は誰も無駄口を叩かない。音がないわけじゃない。いや、むしろ静かすぎて、各自の作業音だけが浮き上がってる。
「……ルミナ、全体の装備状況、どうなってる?」
「ほぼ完了です。タウロはリペルジャケットの調整中。ニコは……今、ナイフの刃先を誰かの背中に合わせて角度を見ています」
「止めてこい。今すぐ」
「すでに警告を三回発しましたが、“当ててはいない”という理屈で反論中です」
「……あいつ、実戦前に俺を試すなよ」
俺はロッカールームで、自分の装備を手に取る。小型レーザー拳銃と、いつものエネルギーナイフ。
どっちも古いが、今の俺には馴染みすぎてる。これがいい。それに──こいつらの前で、俺だけ新品ってのもダサい。
「艦長、艦外出撃システム、全セクション連動確認完了です。出撃30分前に最終コールを行います」
「了解。……ルミナ」
「はい?」
「おまえ、今のこの感じ、どう思う?」
しばらく間が空いてから、ルミナの声が返ってくる。いつもより、少しだけ柔らかい。
「“初陣”とは、本来、命を落とす可能性のある瞬間ですが──彼らは、それを“始まり”として受け取ろうとしています。……素晴らしいことです。見ていて、羨ましいくらいです」
「……そっか」
艦内放送が小さく鳴る。出撃30分前。あのとき、俺が初めて任務に出たときも、たしかこのタイミングで腹が痛くなった。今は……まあ、似たようなもんか。
格納庫に降りると、強襲艇がすでに起動準備に入ってる。ノズルの熱伝導ラインが淡く光っていて、全体のシルエットが一層鋭く見える。
子どもたちは全員、乗り口に集まってる。ニコが口をとがらせながらタウロと軽く言い合い、カイが「まあまあ」と割って入ってる。リオとサラがタブレットで確認を進め、シエルとアオイはすでに座標連携を開始してる。
……もう、誰も“子ども”じゃない。
俺は深呼吸してから、みんなの前に立つ。声を張る必要はない。ただ、いつもどおり言えばいい。
「出撃10分前。……行くぞ。“任務”だ。“最初の戦場”だ」
俺の声が、静かなブリーフィングルームに響く。モニターは消され、空気は張り詰めてる。言葉を選びながら、全員の顔を見渡す。
「怖がっていい。不安になってもいい。でも──止まるな。自分を信じろ。仲間を信じろ。絶対、誰も置いていかない。全員で、行って──全員で、帰ってくる。それだけだ」
誰も声は上げない。でも、目が違う。全員、俺のほうを真っ直ぐに見てる。ああ、ちゃんと届いてる。この視線の重さが、俺の“役割”を突きつけてくる。
今回は、子どもたちだけの実地訓練だ。だからルミナは遠隔サポートで、ユイ、エリスもお留守番。俺たちを見送る立場だ。
ユイが控えめに近づいてきて、いつもの調子で言う。
「……なんか、いる気がするから、気をつけてね」
「いる気がする、って言うなや……」
まさかの“感知者の勘”発動で、こっちの緊張値が一段上がる。反則級の直感を持つ彼女が“いる”って言うなら、マジで何かいる可能性が高い。
エリスも柔らかく笑いながら、でもサラッと怖いことを口にする。
「皆さん、怪我無く帰ってきてくださいね。怪我をしたら……スペシャルオペ、しちゃいますからね?」
「スペシャルオペって何!? ねぇ、なんで語感がホラーなんだよ……」
「内容は秘密です♪」
やめてくれマジで。帰ってきてからの恐怖が増すだろ。
そのやりとりを聞いていたルミナが、淡々と、でもどこか誇らしげに口を開く。
「確認。全搭乗メンバー、行動意思に揺らぎなし。……これより、“17人の災厄”、初任務へ出撃を開始します」
……その呼び方やめろって言ったのに。いや、まぁ確かに戦場じゃそんな感じになりかねないけどさ。
俺は無言で頷き、タラップを上がる。シャトルの艦内は、訓練とは違う緊張が走っている。
背後で、ユイが最後に小さく声をかけてくる。
「絶対、帰ってきてね」
その言葉を背に、俺は搭乗席へと足を進める。
エンジンの振動が、わずかに床を震わせる。点火準備完了。メーターがすべて緑に切り替わっていく。
静かだけど、確かに火はついてる。
小型シャトルの船体が、格納リフトを離れていく。無音の宇宙に滑り出したその瞬間、艇内の空気が少しだけ変わる。艦内にいたときのぬるい空気が抜けて、代わりに、“現場”の匂いがじわじわと広がってくる。
「メインブースター、臨界出力まで昇圧完了。重力域内降下軌道、最短ルートで取るよ」
操縦席のハヤテが、モニタから目を離さずに言う。声に余計な力がない。だが、船体の挙動には微塵のブレもない。こいつの操縦は、まるで船と一体化してるみたいだ。
「進入コース、最終調整に入るよ。姿勢固定、全員確認して」
操作桿が静かに傾く。その瞬間、船体がわずかにロールしながら、姿勢を切り替える。空間を“押して曲げた”ような、重力でも加速でもない妙な圧が身体にかかる。斜め後ろから内臓を軽く引っぱられる感覚。これが、ハヤテの“滑らせ方”だ。
ニコが「うおっ、来た来た」とか言って笑い、ノノは黙って吐きそうな顔をしてる。ルイがそっと背中を押さえてるのが、妙に“家族っぽい”。
「突入開始、20秒」
前方、暗がりの中に浮かび上がるのは──“廃墟”と化した宇宙ステーション。
《テルマ・ラインβ》。
かつては物資中継基地として使われていたが、今は自動制御が崩壊し、セキュリティドローンだけがうろついてるらしい。外壁には焼けた痕と氷結した蒸気の結晶。人工重力が死んだ区域では、配線がむき出しになってる。
「接触まであと5秒。ドッキングアーム展開──逆推力、反転!」
シャトルがブレーキをかけるように空間を蹴る。静かな機械の悲鳴。内部の誰もが、わずかに身体を前に押し出される。
が──ハヤテの操作は完璧だ。減速Gをまるで感じない。俺は無意識に頷いてしまう。こいつは……もう完全に“パイロット”だ。
「艇の接続アーム、ステーション側ドックに接触成功。内部気圧、異常なし。艦長、どうぞ」
俺は立ち上がり、全員を見渡す。
「……始めるぞ。これは“任務”だ。でも同時に、お前たちにとっては──“証明”でもある。怖がっていい。不安でもいい。でも一歩、踏み出せ。中で何が起きるかは、誰にも分からない。でも、“帰ってくる”って意志だけは、絶対に置いていくな」
ルミナの声が、シャトルのスピーカーから小さく入る。
「なお艦長は、帰りの分の昼食をすでに温めています。帰らなければ、冷えてまずくなりますので、どうか必ずお戻りを」
「そこかよ……」
でも、少しだけ、空気がやわらぐ。
俺は手を伸ばし、ハッチの開放操作を取る。
《テルマ・ラインβ》の内部へ、17人の“新人”と一人の“保護者”が、今──踏み出す。
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