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第50話 模擬訓練

 俺はこの数週間、ひたすら“安全寄り”の依頼を選び続けてる。慎重に、慎重に。輸送護衛、衛星の故障診断、隕石除去の補助――命までは賭けない、でも油断すれば死ぬ。いわば、宇宙版の危険バイト。


 でも、子どもたちの訓練だけは本気だ。こっちは命じゃなく“未来”がかかってる。手を抜く理由がないし、抜く気にもならない。


 基礎から叩き込んで、適性を見て、役割を割り振って、連携を試す。汗だくで動き回って、転んで、起きて、また繰り返す。そんなどうしようもない毎日を繰り返してると、不思議とこの艦が“家”みたいに感じてくる。


 そして、今日。


 訓練が一段落したタイミングで、艦内の空調音が妙に静かになる。


 ……この“静けさ”、嫌な予感しかしない。


 案の定、ルミナが近寄ってくる。


「艦長。訓練データの集計が完了しました。……よいお知らせと、やや面倒なお知らせ、どちらからお聞きになりますか?」


「どうせどっちも面倒くさいんだろ」


「察しが良いのは、艦長の希少な美点のひとつです。では、結論から申し上げます。訓練フェーズ、目標基準を突破しました。次段階、“模擬戦術行動フェーズ”への移行が推奨されます」


 来たか……。


「模擬戦って、つまりシミュレーションでの戦闘か? 本番の予行みたいな?」


「その通りです。仮想空間内とはいえ、神経リンクを通じて痛覚・恐怖・焦燥感などのフィードバックは実戦と類似。死にはしませんが、心が“散る”可能性はありますね」


「表現が物騒なんだよ、毎回」


「現実逃避への過度な甘やかしは、AIの役割に反します」


 ほんと、言い方だけは成長してるよな、こいつ。


「……で、子どもたちの反応は?」


「ニコは“面白そう”と即答。タウロは静かに頷きました。レンは“死なないなら気楽”とのこと。教育の影響かどうかは議論の余地があります」


「うん、それはむしろ不安材料な気がしてきた……」


「私も、同感です」


 その返しがちょっとだけ優しい。


「艦長。もしあなたが同行される場合、指揮官としての評価も対象となります。……もちろん、誰も死にませんが、信頼と尊厳の失墜リスクはございます」


「その言い方がプレッシャーなんだってば」


「プレッシャーは成長に不可欠です。“艦長対応型プレッシャー強化モード”、現在学習中です」


 絶対わざとやってるよな、こいつ。


「……わかったよ。俺も出る。誰か一人に任せて見てるだけなんて、そんな立場じゃないだろ?」


「記録しました。模擬戦術行動フェーズ、開始時刻は本日22:00。シナリオは三部構成。各部隊ごとの任務設定済み。ブリーフィングは配信済み。あとは艦長の“覚悟”のみです」


「……ああ。分かってるさ。腹は括るよ」


 この艦にいる17人の子どもたちは、俺の声を信じて動くつもりでいる。誰も完全じゃない。でも、全員“何者か”になろうと、もがいてる。


 なら、俺も逃げない。いい加減な立ち位置で終わらせたくない。


「よし……まとめて背負ってやるよ。お前らの未来ごと、ぜんぶ俺の責任で動かしてやる」


「その心意気、感服いたします。ただし、腰は本当にご自愛ください。最近、可動域が2.3度ほど狭まっておりますので」


「いま余計な情報ぶっこんでくんな」


「失礼しました。では、“沈黙”モードに移行いたします。……30秒限定ですが」


「……あ、もういい。喋っててくれ。無言が逆に怖い」


「了解しました。では、引き続き“艦長の平常心を揺るがす支援”を継続いたします」


 ……やれやれ。でも、不思議と悪くない。


 模擬戦――この一歩で、俺たちは“練習チーム”から“実戦予備軍”へと変わる。


 ちなみにユイとエリスはお休みだ。ユイは感知能力が反則的すぎて、出れば全部察知してしまうし、エリスはそもそも医療班。前線で砲撃なんて、絶対させられない。




 22:00が近づくにつれ、艦内の空気が変わっていくのがわかる。


 誰かが大声出すわけでも、足音が騒がしいわけでもない。でも、廊下ですれ違う子どもたちの目つきが、ほんの少し鋭くなってる。しゃべる声のトーンが、心なしか落ち着いてる。……緊張と、覚悟の匂い。


 訓練室に入ると、それぞれがリンク前の準備に集中してる。


 ニコは仮想マップの戦術ルートを黙って確認してるし、タウロは軽く体を回して感覚を整えてる。カイはその場で静かに呼吸を整えてるし、レンは自分の手のひらを見つめてなにかブツブツ言ってる。……たぶん「やれる」って自己暗示だ。俺もやった。


 ナギはなぜかゼンに「集中のツボ」とか言って肩を押してるけど、それに対してゼンが「そのツボさっきも押されたけど、たぶん違う部位」って返してるあたり、まあ平常運転か。


 それでも、誰ひとりとしてふざけてはいない。


 全員、パーセプトボードの前に立ち、順番を待ってる。


 訓練用の仮想戦場に入れば、五感も神経も、実戦と変わらない。心拍数も、痛覚も、緊張も。違うのは――“死なない”って保証だけだ。


「艦長。模擬訓練環境、起動まで残り7分となりました。全員がリンク準備完了です。なお、タウロはヘルメット装着に8.3秒、ニコは前髪の調整に4.1秒かかりました。以上、ご報告まで」


「なんでそんなとこまで報告してんだよ……前髪の調整ログって何だよ」


「“前線美観”という名目で、仮想戦術行動への影響がゼロではないと判断しました」


「ルミナ、今の俺、かなり繊細な精神状態なんだけど?」


「存じております。だからこそ、心の緊張をほぐす“笑い”という塩分を。……少量です」


 こいつ、たぶん本気で俺のメンタルケアしてるんだろうな……回りくどいけど。


「ありがとな。ちょっとだけ、落ち着いた」


「それは良かったです。では、落ち着いたついでに、模擬戦カウント開始まで残り5分。“隊長”」


 その呼び方はズルい。


 これから始まる模擬戦。仮想空間だけど、気持ちは本番だ。




 パーセプトボードの接続前、わずかな無音が訪れる。


 インターフェースの微かな振動、重力感覚の揺らぎ、そして胸の奥に沈む静けさ。本番前の“静”だ。


 そして――視界が暗転し、次の瞬間、全く違う“世界”が展開される。


 赤黒い空。くすんだ工業都市跡。崩れた高架と瓦礫、視界を霞ませる煙。音響はリアルすぎる。風切り音、遠くの砲撃、機械の作動音……全部が本物みたいだ。


 俺は指揮官ポジションで仮想空間にログインする。モニターに、全部隊のリンク状態が映し出される。神経接続型のコマンドインターフェースに、汗が滲む。ほんの少しの緊張。……それが、悪くない。


 ルミナの声が響く。


「模擬戦シナリオ:No.12《都市制圧演習》。目的:エリア内の“防衛ライン三箇所”を突破し、最終拠点に到達せよ。制限時間:23分。敵勢力はAI制御型防衛ユニット、自動砲座、電脳妨害デバイス。誤判断による味方損害も評価対象ですので、どうぞお気をつけて」


 すぐに、ニコの声が入る。


「第一部隊、突入ルートに入る。遮蔽物利用、右回りでルートBへ接近する」


 冷静で的確。いつものニコだ。周囲の動きも訓練通り。前衛でニコが切り込み、後続がしっかりついていく。視線の流し方、射線の通し方――こいつ、もう完全に“戦術の感覚”が染みついてきてる。


 上空では支援艇が旋回している。第二部隊のタウロが後方火力陣形を展開。一言も喋らないが、動きが重厚でぶれない。主砲の仮想エネルギー充填が完了すると、周囲の空気が一段と引き締まる。


「第二部隊、射線維持。防衛ユニット出現時は面制圧で押し込む」


 少ない言葉で、必要な指示を出す。タウロらしい。


 第三部隊、シエルの端末が警告を出す。


「通信妨害、強めです。ラグ最大1.8秒。音声優先モードに切り替えます」


「了解。映像補助は最低限、解析優先で。妨害ソース、探れるか?」


「はい。波形照合中……出ました。高架裏に通信妨害装置あり。破壊すれば改善されます」


「ニコ、目標位置にアンテナ。破壊していい」


「了解。照準入れる。タウロ、支援射撃くれる?」


「できる」


 発射音。視界が一瞬白んで、アンテナが吹き飛ぶ。


 同時に、艦内の通信ラグがピタッと消える。空気が澄んだみたいに、全体のレスポンスが蘇る。


 ルミナの声がちょっと嬉しそうに響く。


「通信環境、正常に復旧。……ただし、ゼンの予備弾薬残量が限界値に近づいています。まあ、頑張ってください」


「なんでそんなときだけ丸投げなんだよ」


「応援は“口ではなく、記録に残すもの”です」


 俺はモニター越しに息を吐く。


 この訓練は、ただの模擬戦じゃない。“このメンバーでどこまでやれるか”を試す、最初の一歩だ。


 全員が――リーダーたちが、それを分かって動いてる。


 次の瞬間、ニコが再度声を上げる。


「第一防衛ライン突破。第二ルートに入る。予定通り、分割展開に移行する」


 子供たちの連携が、実戦で通用するレベルに近づいてきている。まだ粗はある。動きがかぶったり、判断が一瞬ずれたり、完璧とは言えない。


 でも、それでも――確実に、前に進んでる。


 初めての模擬戦。“仮想”とはいえ、プレッシャーはリアルで重い。


 それでも、こいつらは戦えてる。


 この一歩は、小さいけど確かな“変化”だ。


「艦長、残り時間8分47秒。最終拠点までのルートは確保済みです。ただし、敵AIが最終防衛ラインに高出力兵装を展開中。……つまり、“ここからが本番”です」


 ルミナの声が、いつもより一段静かだ。その静けさには、緊張じゃなく、信頼が混じっている。


「全隊聞こえるか。ここからが山場だ。まとめて突破する。お前たちの力を、全部見せてやれ」


 敵AIの行動が変わる。高台の通信アンテナを破壊したことで、防衛アルゴリズムが“侵入即撃墜”モードに切り替わった。


 高出力のビーム砲座が4基。周囲には、自律ドローン12体が高速展開中。


 ルミナの声が入る。


「なお、このシナリオは“全滅判定”で即終了です。艦長、“指揮官としての胆力”を、どうぞご披露ください」


 ……相変わらず、皮肉混じりに現実を突きつけてくる。


「ニコ、布陣どうする?」


「ドローンは散開気味。あたしたち第一部隊が左右に展開して流す。中央の防衛砲座を、第二部隊で叩いてもらう」


「タウロ、対応できるか?」


「……いける」


 その短い返答だけで、十分に信頼できる。


「シエル、第三部隊は?」


「敵側の戦術AIが防御アルゴリズムを急速に学習中。このままでは陣形パターンが読まれます。タイミングをずらして突入を」


「よし、合図は俺が出す。リズムを乱す形で各部隊に時間差展開。カウントは、3、2、1――今だ!」


 部隊が一斉に動く。


 空が一瞬白む。砲座が唸りを上げる。ドローンが、視界を切り裂く速度で飛来してくる。


 ――そのとき、乱れが起きる。


「っ……タウロ、左に集中しすぎ! 右が抜かれた!」


 第二部隊が撃ち漏らしたドローンが、一直線に第一部隊の補給リンクを狙ってくる。その軌道は、今までのAIと違って“賢い”。戦術シミュレーションに適応してきてる。


「シエル、対応は?」


「……間に合いません。補助火器が弾道ミス。タイムラグ発生中」


 その隙に、ドローンが補助指揮端末に迫る。


 まだ仮想空間だ。だが、視覚情報と神経フィードバックは極めてリアル。恐怖は、現実と変わらない。


 システムログが赤く染まる。だが――


「ニコ、指示を!」


「カイ、カバー入って! そっち行った!」


「取る!」


 第一部隊の副リーダー格、カイが飛び出す。右サイドから回り込み、ドローンに体当たり。機体ごと地面に叩きつけて、撃破。


 緊急事態は数秒で収束する。


 だが、その数秒で空気が変わった。


 ルミナが小さく呟く。


「……乗員心理ストレスレベル、上昇。ですが、全員、戦闘継続可能です」


 俺は声を張る。


「まだ行ける。ここで崩すな。戦術は修正、続行だ」


 部隊の反応が返る。


 ニコが強く答える。


「こっちはまだ踏ん張れる。立て直して前進する」


 タウロの反応はない。でも、レーダーには彼の機体が砲座へ向けて、確実に前進している。


 ルミナの声が続く。


「情緒の安定、再確認。通信系、完全復旧。なお艦長、今の判断の速さは高く評価されます。……珍しく、完璧でしたね」


「“珍しく”ってのは余計だ」


「事実です。今のうちに誉めておきます。次にミスした際、“的確な責任の所在”を指摘しやすくなりますので」


 この毒舌にも、もう慣れた。いや、むしろ安心すらしている自分がいる。俺たちは、誰かが崩れそうになっても、それを支える連携を少しずつ手に入れつつある。


「最終防衛ライン、突破準備完了。敵ドローン残数5、砲座稼働2基。最終突入、指揮をどうぞ。……艦長」


 深く息を吸う。


 ブリーフィング通りにはいかない。訓練通りにもいかない。


 でも、それでも行くしかない。


「よし、全員行くぞ。連携を優先。無理はするな。信じろ。自分を。隣のやつを。――そして俺を」


「その中に、“AI”も含まれますか?」


「……まあ、おまけで」


「その“おまけ”が、一番の支えになっているかもしれませんよ」


「うるさい」


 視界の向こう、“要塞化エリア”が息をひそめたように見える。実際は逆だ。生きてるかのように反応してくる、あの砲座。下手をすれば、数秒で全滅判定だってある。


「レン、あの角の防衛ライン、射線が重なってる。ハヤテと動きを合わせろ」


「了解! ハヤテ、いくよ!」


「よし、今しかねぇ!」


 支援艇が飛び出す。旋回、反転、急降下。都市の残骸を縫うように、レンとハヤテが息を合わせて敵の射線をかき乱す。


 その隙を、タウロが突く。


「タウロ、右前方、砲座一点集中!」


「……照準、完了。撃つ」


 音が、重い。空間に圧がかかる。タウロの砲撃が防衛ラインを打ち砕く。装甲が剥がれ、システムがスパークを吐き出す。


「ゼン、今だ、仕留めろ!」


「狙いは任せて!」


 ゼンの精密射撃が、砲座のコアを撃ち抜く。金属音とともに、構造体が崩れ落ちる。


 ――残り、あと一基。


「ニコ、突入ルート、頼む!」


「了解! ハヤテ、あたしの前に飛び込んで、わざと目立て!」


「おっしゃあ、見せ場きたーっ!」


 ハヤテが前に飛び出し、あえて敵の射線を引きつける。その瞬間をニコが突く。切り裂くような動き。反応の迷いは一切ない。


「今っ!!」


 衝撃音。閃光。沈黙。


 最後の砲座が、崩れる。


 同時に、視界がゆっくりと淡くなる。フェードアウト。仮想空間が分解され、神経接続の制御が順次、切れていく。


 体に感覚が戻り、静寂が訪れる。でも、その静寂の中で、確かに――“勝った”という実感が、じわじわと胸を満たしていく。


 ルミナの声が、淡々と響く。


「模擬戦術行動フェーズNo.12、完了。目標達成率94.1%。誤操作による被害:軽微。全員生存。精神ストレスレベル、平均値36%……良好です。――おめでとうございます、艦長。あなたの指揮のもと、子供たちは“戦い方”を覚えました」


「……ああ。ありがとな、ルミナ」


 神経接続が切れる感覚が、頭の奥からじんわり広がってくる。重力が戻り、現実の体の重さがのしかかる。思わず深く息を吐いて、訓練室の天井を見上げる。


 隣ではカナメが何度も瞬きしながら、少しずつ息を整えてる。向こうのほうで、タウロがゆっくりと立ち上がって、その肩にゼンが無言で手を置いてる。


「……終わった、のか?」


 誰の言葉だったか、自分でも曖昧なまま呟くと、すぐ近くで答えが返ってくる。


「うん。おつかれ」


 シエルがそっとイヤーセンサーを外して、隣のサラと短くうなずき合う。ミオはもう誰かの分まで水を配り始めてて、リオはログを見ながら小さく笑ってる。ナギは「いぇーい!」とか言ってひとりで跳ねてて、後ろでレンとカイが軽くハイタッチ。


 そして――ニコ。


 こっちをじっと見てくる。いつもならすぐ何か言ってくるくせに、今日は言葉がない。ただ目が合って、それから――ほんのちょっとだけ、口の端を上げる。


 それだけなのに、すごく、誇らしそうな顔してた。


 ……なんなんだよ、もう。


「艦長。全員の生体モニタ、正常。今なら“仮眠推奨モード”に移行しても、だれも文句を言わない“黄金のタイミング”です」


「俺も……寝る……たぶん、数秒で」


「その前に」


 ルミナの声が、ちょっとだけ音を落とす。


「本日の戦果を称え、私のデータベースより、最も適切な言葉を引用いたします。――“本当に強いのは、勝った者ではなく、最後まで踏みとどまった者である”」


「……珍しく詩的な引用だな。どうした、AIなのに」


「……艦長が少しだけ、“指揮官っぽく”見えたので」


「おい」


「冗談です。“少しだけ”は余計でしたね。訂正します。“かなり指揮官っぽく”でした」


 ルミナの毒舌に、また俺は笑ってる。心のどこかが、ふっと軽くなっていくのが分かる。


 今日の一歩は、小さくても、確実にでかい。みんなが、自分の中に“何か”を持ち帰ってるのが分かる。


 誰も泣いてない。誰も怒ってない。ただ静かに、水を飲んでる。その顔が、どこか満たされてる。


 ――戦い方だけじゃない。


 きっと、こうやって。


 俺たちは、「生き方」も手に入れていくんだ。




 しばらくして、みんな自然とそれぞれの作業に戻っていく。


 誰かが命令したわけじゃない。けど、ミオは食事スペースを片づけてるし、カナメは静かに通信ログを整理してる。リオは既に座標記録の最適化に入ってるっぽい。それがもう、“当たり前”になってる。


 俺はラウンジの端のソファに沈み込む。脚を伸ばして、ようやく呼吸が深くなった。


 訓練より、疲れてる気がするな。いや、あれ以上に張ってたんだろうな、気が。


 天井を見上げた瞬間――案の定、ルミナがやってくる。


「艦長、お疲れ様でした。ただいま“疲労と満足感が綯い交ぜになった顔”の分析を行っております。記録のため、もう少しそのままでお願いします」


「お前、いつから顔の分析なんてできるようになった?」


「昨夜、タウロとミオの会話を解析して実装しました。“兄貴の表情からメンタル状態を先読みできれば、食事の塩分濃度を調整しやすい”とのことです」


「……どんだけ気を遣われてんだ俺」


「気を遣われるうちは、艦長冥利というものです」


 視界の隅で、レンがゼンに大げさな身振りで何かを説明してるのが見える。ニコは部屋の隅で、そっとハヤテに何か言ってる。アドバイスかな。あいつ、見た目の割にけっこう気遣いするんだよな。


「……みんな、変わってきたよな」


「はい。模擬戦後、乗員17名中15名に“自己効力感の向上”が確認されました。つまり、“自分で何かできるかもしれない”という感覚です」


「……残りの2人は?」


「1人は“今はできないけど、これからできるようになるかもしれない”。もう1人は“周囲が支えてくれるから、動いてみようかな”と思っています」


「……それ、カナメとノノか?」


「正解です。やはり艦長は、ちゃんと“見ている”のですね」


 その言い方が、少しだけ、救いになる。


「……こういうのってさ、積み重ねなんだな。“すごいこと”をしたわけじゃない。でも、小さいことを、ちゃんと続けてきたから」


「その通りです。そして、それを続けるには、ただ一つの前提が必要です」


「……なんだよ」


「“あなたが諦めなかった”ということです」


 言葉が静かに、深く刺さる。


「私がどれだけプランを最適化しても、あなたが降りていれば、今の結果はありませんでした。だから――たまには自分を、少しだけ誉めてください」


「……不器用なんだよ、お前」


「学習中ですので」


 ふっと息を吐いて、また天井を見上げる。どこかで艦の低振動が響いてる。この船は、ちゃんと“生きてる”。


 その“生きてる”場所で、誰かが少しずつ変わって、少しずつ前に進んでる。


 この艦は、もうただの移動手段じゃない。ここで何かを学んで、築いて、きっと――何者かになっていく。


「なあ、ルミナ」


「はい、艦長。補給リストの見直しをご希望ですか? ドライフードの“辛味偏重”についてのご意見は、すでに苦情ファイルに」


「違う。真面目な話。……この艦ってさ、最初はただの“船”だったよな」


「――艦長、それは誤認です。訂正を申請します」


「……なんだよ、急に」


「“ストレイ・エクシード”は“ただの船”ではありません。双核融合炉、微重力波操舵、位相遮蔽シールド、収束式重力投射砲……これらすべてを標準搭載し、“あらゆる敵性環境に適応する前提”で設計された、“プレミアム”艦です」


「その割に俺にはちょっと複雑すぎて、まだよく分かんねぇ操作系とかあるけど」


「その通りですので、艦長の“おまぬけ対応”として、高自律航行モードと視覚支援を強化済みです」


「お前、ほんと遠慮ねぇな……」


「遠慮は最適化に反する非合理要素です。ただし――この艦が今、“家っぽい”と感じられるのは、あなたのせいです」


「……ん?」


「この艦は本来、無人・自立型運用前提で設計されています。しかし、あなたはそれを“船”として、“家”として、“仲間の居場所”として運用してきた。それが、“プレミアム”たる所以です」


「理屈っぽいな。でも……なんとなく、分かる気がするよ」


「理屈です。ですが、少しだけ、感情も含まれています。今この艦を動かしているのは、構造でも技術でもなく、あなたと17人の選択ですから」


「……なんか、お前に言われると照れるな」


「その“照れ”も、データに記録済みです。今後の艦内慰問用AIモードに活用予定です」


「やめろ」

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