第49話 日常
朝になると、いつの間にか「ストレッチ時間」ってのが定着してる。訓練区間の床にマットを敷いて、全員で黙々と体を伸ばす時間。
ニコは片足立ちでバランス取りつつ、横目で他の連中を睨んでるし、タウロは無言で壁みたいな体を曲げようとして、全然曲がってない。カイがいきなり片手で倒立したり、レンが「バネ人間かよ」と感嘆してたり。その横でミオは、水を配ってくれてる。しかもそれぞれの好みを把握して、レモン風味とか微糖とか選ばせてくれる。訓練には出てなくても、ミオがいなきゃ日常が回らない感じすらある。
一方シエルはブリッジ端末のログとにらめっこ。
「このエラー23ミリ秒遅延してる…気持ち悪い」
……ログに対して“気持ち悪い”って、どんな感覚なんだよ。尊敬に値する。
食事は当番制。今朝の担当は、リオとユズのコンビ。
で――出てきたのが、青いゼリー。しかもやたらツヤツヤしてて、照明の加減で微妙に光ってる。なんなら兵器かと思った。
「……なあ、これって……ホントに食えるやつか?」
俺がスプーンを持ったまま固まってると、レンが真顔で一言。
「見た目は圧勝です。味は……惨敗ですね」
ユズは「ちゃんとレシピ通りに入力したんだけどな……」と困惑してて、リオは「彩度を上げた方が美味しそうに見えるって、調理サポートAIが……」と苦しげにつぶやいてる。
おい、それ自動調理器だろ。AIついてるんだろ? なんで“未知との遭遇”みたいなゼリー出力されてんだよ。誰かあいつに味覚データ突っ込んでくれ。
ニコは一口食べた瞬間、顔を引きつらせて言った。
「ぶっちゃけ、防御訓練よりツラい」
ナギはゼリーを細かく刻みながら、真顔でこう言う。
「……敵を分断しました」
なにと戦ってんだお前は。
「分断。つんつん。」
あぁ、ユイが真似しだした……
そしてハヤテは、食器にすら手をつけずに言い放つ。
「俺、シミュ訓練前は固形物控えてる主義なんで」
今決めたみたいな口ぶりやめろ。なんだよ“主義”って。
「あはは……」
あのエリスも苦笑いだ。
そこに、ルミナの声がゆるっと響く。
「艦長。“ゼリー”は本日、満場一致で“変な記憶に残る味”カテゴリーに分類されました」
「記憶に残るって、言い訳効く風だな…」
「“記憶されること”が必ずしも良いこととは限りません。艦長の髪型と同様に」
「誰が寝癖放置してる艦長だよ」
「朝、後頭部が反重力フィールドのように浮いているのを確認しております」
……朝の俺の髪型まで記録されてるとかマジか。
でも、考える。
この笑い声や雑談の空気ってさ――いつの間にか“日常”というものが根付いてる気がする。
俺も、リオも、ミオも、あのゼリーも、ルミナの毒舌も全部含めて、この艦の“空気”ができていく。
でも、そこで思う。
ここって戦闘艦だよな?ストレイ・エクシードは戦術特化艦で、強力な兵装に自己修復装甲、搭載AIとか、完全に戦いのための構造だった。
だから、念のため確認する。
「なあ、ルミナ」
「はい。“家庭的艦長”と呼ばれておりますが、どうされましたか?」
「今ここって――訓練の合間のひととき、だよな?」
「そのように解釈して問題ありません。ただし、当艦は依然として“戦場へ向かう可能性が高い兵装艦”であることは、お忘れなきよう」
「だよな……なんか、ちょっと夢見てたかも」
「夢は現実逃避の一種ですが、“逃げ場”として機能します。艦長に必要なのは、現実を忘れすぎない柔軟さと、歯を食いしばる覚悟です。あと、寝癖の処理もお忘れなく」
くそ、最後に締めくくってくるな、お前。
でも、たしかにそうだと思う。
この艦は戦うために造られてる。でも今は――ここにいる仲間たちと、普通に“ただ生きている”時間がある。
そんなふうに思える日は、あってもいいと思う。
午前中、やけに静かだな……と思った矢先、艦内放送が流れる。
『艦長、緊急連絡です。補給区画で“ちょっとした事故”が発生しております。ご対応を』
その“ちょっとした”が、絶対ちょっとじゃないってのは、もう経験上わかってる。
案の定、廊下の奥から聞こえてくる――バシュッ、ギュイイィィン、ガシャーン!!
……何だ今の。
そこへトキオが全力で駆けてくる。めったに動じないあいつが、目をまん丸にして叫んだ。
「やばい! やばいって! ドローンが起動しちゃった! しかも――清掃モード!」
「清掃って……普通の掃除機じゃないのか?」
「違う! ごみ除去用のレーザーと、殺菌泡スプレー付きのやつ! 殺る気満々!」
説明してる間にも、艦内モニターに白銀の多脚ドローンが映し出される。蜘蛛みたいに這い回りながら、シュッ!シュッ!と泡を散布して、こっちに照準合わせてやがる。
『艦長。現在の被害:クルーの衣類7着、夕食用乾物12kg。そしてゼンがなお追跡されています。位置は艦内トイレ前です』
「……まだ逃げてんのか、あいつ!?」
『はい。機動力は高評価ですが、方向感覚が壊滅的です。ちなみにユイは不穏な気配を感知したのか、艦長の部屋に立てこもりました』
「ちょっ、なんで勝手に入れてるんだ!」
そのとき、ナギが飛び出してくる。
「私が囮になる! あの子の注意、引くから!」
「お、おい、待――」
言い終わる前にナギが飛び込み、見事に泡スプレーを顔面で受け止めた。粘っこい泡が頭からドロリと垂れて、でも本人はなぜか満足げにこう言う。
「……作戦、成功」
いや、お前が一番汚れてるからな。
次に現れたのがタウロ。訓練用ウェイトを肩に担ぎ、無言でドローンを見据えたかと思うと――
ブンッ!
ゴォン!!
廊下の天井が鳴る。パイプが悲鳴を上げた。
「……今の音、なんか嫌な感じしなかった?」
『天井のへこみ、23%。あと2回で配管に届きます。艦長、止めますか?』
「いますぐ止めてぇ!!」
ルミナの冷静な声が、慌ただしい空気に割って入る。
『このままでは艦が清掃対象にされます。艦長、提案です。操縦制御系から排気ポートに誘導すれば、冷却センサーに反応して停止します』
「つまり、うまくおびき寄せれば止まるってことだな?」
『はい。ただし高速かつ精密な操艦が必要です。レンとハヤテなら対応可能でしょう』
「了解。レン、ハヤテ、頼んだ!」
通信越しに元気な声が返ってくる。
『まっかせろ!』
『え、俺まだ靴履いてな――ってニコ!? おまっ、行くなってば!』
ブリッジのモニターに、彼らの動きが映る。緊急ルートを走り抜け、排気ポートを開放。ほどなくして――
カタン。
ドローンが冷却ガスを浴びた瞬間、全脚をピタリと止め、そのまま崩れ落ちた。
『停止確認。……なお、“無断起動された清掃装置による間接被害”が損害報告書に新設されました』
「ありがたくねぇよ」
『ちなみに、ミオが“スープの素を吸われた”と涙目で申告しておりました。夕食計画の再構築が必要です。責任、どうなさいます?』
「……俺が調理補助やる」
『承知しました。エプロンと反省文のテンプレート、準備しておきます』
……はあ。
なんだこの艦。清掃ドローンひとつでここまで騒ぎになるって、もはや日常に問題がある。
だけど、なんだかんだで、誰も大怪我しなかったのは奇跡だ。
訓練の成果か、それともただの運か。まあ、どっちでもいい。今日も、無事に一日が終わろうとしてる。
今日の本当の地獄は――この後の後片付けなんだけどな。
騒動がひと段落して、全員がラウンジに集まる。
誰も喋らない。ただ、揃いも揃って椅子にぐでーっと沈み込んでる。まるで燃え尽きた洗濯物の群れだ。
泡まみれだったナギは、エリスに優しくタオルで拭かれてる。ゼンはというと、息はまだ荒いし、髪が逆立ってる。静電気か? それとも、ただのトラウマか?
そんな中、誰かがぽつりと呟く。
「……これ、戦闘より疲れるんじゃね?」
その一言で、どっと笑いが起きる。脱力系の、力ない笑い。でも、それがなんか心地いい。全部終わったあとにくる、“ああ、生きてる”って感覚。
タウロも珍しく口元が緩んでる。それを見てユズが「えっ、タウロって笑えるんだ?」とからかい、また笑いが広がる。
レンは床に寝転んだまま、天井を見つめて呟く。
「次の敵が、掃除機じゃないことを祈る……」
俺も、ソファの背にもたれて、大きく息を吐く。
なんでだろうな。ドタバタだったはずなのに、心が少し軽い。ちょっとした達成感すらある。くだらない騒動だったはずなのに。
そんなとき、ルミナの声が聞こえる。
「艦長。艦内清掃スケジュールに、今回の事案による3日分のずれが発生しました。記録を更新いたします。……なお、艦長には罰ゲーム付きで」
「はあ? またかよ。今度は何だよ」
「“次回当番の食事メニューを一人で考案・調理”。使用可能食材:現存するものに限る。なお、冷凍庫の奥に、やや粘性のある物体が存在します」
「それ……ゼリーの親戚じゃないよな?」
「正確には、“栄養凝縮タイプ食材コード:XJ-00β”。ただし、誰が保管したのか、製造年も不明です」
「やめてくれ、不安しかない」
ルミナの口調はいつも通りだけど、どこか微妙に柔らかい気がする。多分、あいつなりに理解してるんだろう。今日のこの空気を。
俺たちは毎日、戦い方ばかり練習してる。でも、それだけじゃ足りないんだ。こうやって――くだらない騒ぎも、笑いも、片付けも、全部ひっくるめて、“暮らし方”も覚えていく。
それが、きっと“仲間”ってやつなんだと思う。
「……なあルミナ、今日、ちょっとだけ良かったな」
「“ちょっとだけ”という控えめな評価、ありがたく記録いたします」
「本気で言ってる。今日、なんか、俺たち、ちゃんと“チーム”っぽかった」
「ええ。皆さま、“ただの乗員”から、“共に生活する仲間”へと変化しつつあります。なお、艦長の寝ぐせも、すでに“個性”として受け入れられているようです」
「そういう余計なことを最後に言うの、仕様か?」
「はい。長期運用型毒舌支援AIとして、正常稼働中です」
……まったく、こいつめ。
でも――ルミナの言うとおりだ。
今日みたいな日が“思い出”として残ってくれるなら、この艦の未来も、案外悪くない気がする。
よろしければ、評価やブックマークをお願いします!
執筆の励みになります!!m(_ _)m




