第48話 助走
ここ数日、俺たちはひたすら訓練漬けの日々を送ってる。朝はパーセプトボードから始まって、感覚リンクで基礎を叩き込み、そこから徐々にバランス訓練、機動演習、そして模擬ナイフでの白兵訓練へと段階を上げていく。
最初はそりゃもう、グダグダだった。足がもつれる、反応が遅れる、構えもなってない。でも、毎日しつこく積み重ねていくと、少しずつだけど“戦える”動きになってくる。ガキどもが、だんだん“戦士”の目をしていく。
ルミナは全訓練過程を容赦なく記録・分析して、それを逐一報告してくる。
「ユイ。運動神経、反射神経、すべて標準以上。感応系強化体の特性がよく出ています。周囲の情報処理速度が突出していて、いわば“歩く人間レーダー”です。危険察知、索敵、補助的な指揮支援に適します。前衛から後衛まで、可変型として扱えそうですね」
「エリス。状況判断と再構築の処理が突出しています。いわば“その場の最適解を見つける”ことに長けていますね。医療系の柱として機能するほか、戦術立案支援にも適性があります。もう少し自己評価を高めてくれれば、完璧です」
「ニコ、近接反応速度12%向上。特に空間認識の伸びが顕著です。防御より回避に適性が高く、素早い指揮判断にも優れています。いわゆる“動ける前衛”ですね。実戦投入には調整の余地がありますが、将来的には期待大です」
「タウロ、筋出力と耐衝撃データが非常に安定。重装適性が高く、集団戦では物理防壁として機能しそうです。あと……無言で立っているだけで敵に“いやな予感”を与えられるタイプですね。これ、地味に戦術効果あります。“無言の抑止力”と呼んでおきます」
……褒めてるんだか、ディスってるんだかわかんねぇな。
訓練メニューは数値だけじゃ決めない。本人たちの希望も、ちゃんと汲む。
「俺、遠くから援護するほうが得意かも」
「ガンガン前出て、先に仕掛けたい」
「操縦って楽しそうだよな。スピード、気持ちいいし!」
バラッバラなリクエストを、ルミナが器用に拾って、シミュレータ訓練のスケジュールを最適化していく。年齢、発達状態、反応パターン……どれも数値化して組み立ててるのに、どこか温かさがあるのが不思議だ。
「艦長、乗員候補17名中、現在9名に特化ロールを仮割り当て済みです。ロール重複は冗長性として評価可能。なお、ニコは前衛指揮と局所判断に特化。タウロは固定防衛および“精神的な壁”として高適性。外見も含めて」
「外見て言うな」
ニコは相変わらず無駄口は少ないが、動きは研ぎ澄まされてる。自分だけじゃなく、他の奴の位置や癖まで読んで、動きを合わせてるのがわかる。指示が自然で、誰も反発しない。そういうの、現場じゃ一番大事だ。
タウロは、黙ってるくせに空気を掌握してる。誰かがふざけそうになると、隣に立ってるだけで大人しくなる。本人は無自覚っぽいが、あの“仁王立ち効果”はチームとしての武器だ。
操艦訓練も入ってくると、最初は「うわ、わけわからん!」と騒いでたのが、今では初歩的な操縦操作くらいはこなすようになってきた。レティクル追尾、誘導目標の捕捉、簡易ルート回避。中には、あからさまにセンスが飛び抜けてるやつもいて、シミュレータのスコアを更新してくる。
そんな中、ルミナがいつものテンションで言ってくる。
「現在の訓練進度なら、あと数ヶ月で実戦レベルの戦術連携およびシミュレーション訓練に移行可能です。……ただし、“艦長の指導力が維持されれば”という前提つきで」
「またそうやって、さりげなくプレッシャーを……」
「事実です。“事実を受け止める胆力も、指揮官には求められる”と、某戦術教本にも書いてありましたよ」
「いちいち引用すんな……」
毎日が本気だ。こっちも手を抜けない。あいつらの目が変わってきてるのを見るたびに、俺の中にも“責任”がずっしり根を張っていくのがわかる。
ガキだなんて、もう言えねぇな。あいつらは、ちゃんと“戦い方”を学び始めてる。俺が教えられること、全部渡してやるつもりだ。
このあたりで、一度紹介しておくべきだと思う。俺の艦――いや、今や“俺たちの艦”《ストレイ・エクシード》に乗ってる、17人の少年少女たちのことを。
最初はただの浮浪児だった。でも今じゃ、自分の持ち場を覚えて、訓練に顔をしかめながらも黙ってついてきて、少しずつ“自分の場所”ってものをつかみ始めてる。
どいつもこいつも、一筋縄じゃいかない。けど、それぞれが“伸びしろ”という名のとんでもない可能性を背負ってる。
俺たちは今、この17人を三つの部隊に分けて運用してる。それぞれに“リーダー”役を置いたことで、思ってた以上にうまく機能してる。……まあ、正直なところ、半分はルミナのオートマネジメントが優秀すぎるおかげだけど。
ちなみにユイやエリスはこの枠とは別だ。ユイは俺と同じ“Δシリーズ”で、対等な立場にあるし、エリスは艦医を兼ねた作戦支援担当。要は、“こっち側の大人”ってわけだ。
■第一部隊:強襲戦闘部隊(リーダー:ニコ)
ニコ(15歳・女)
口は悪いし態度もいちいちでかいが、戦術眼と判断力はずば抜けてる。誰より早く状況を読んで、的確に動く。本人もそれをわかってるから、また面倒くさい。今までが気を張っていたのか、最近少し子供っぽくなってる。いやこれが本来のニコなのかもしれない。ルミナいわく、「戦術判断と統率に優れ、精神耐性も高水準。……口調と態度は、“仕様”として受け入れてください」とのこと。
ハヤテ(13歳・男)
操縦センスが異常に高い。機体との一体感というか、“船を滑らせる”感覚を体で知ってるタイプ。今は強襲艇の主パイロットだ。
カイ(13歳・男)
身のこなしが軽く、接近戦の達人。軽装での懐入りが得意で、裏をかくのがうまい。ルミナの評:「こういうタイプは、味方にも油断されます」
ナギ(13歳・女)
奇抜な動きとタイミングで相手を混乱させるタイプ。格闘より心理戦が得意。補佐にまわると、戦闘全体がスムーズになるのが地味にすごい。
レン(12歳・男)
操縦士。緊急回避が異常にうまい。操縦席での反射力は、訓練時からすでに大人顔負け。
■第二部隊:戦術支援・火力投射部隊(リーダー:タウロ)
タウロ(14歳・男)
寡黙で見た目もがっしりしてて、重火器を持たせるとまるで人間兵器。ルミナが言ってた。「彼の衝突時ダメージ分散率はもはや“守護神”の領域です」
リオ(13歳・男)
操縦士。安定感抜群で、戦況全体を読むのが得意。リーダーじゃないけど、艦の“流れ”を作る役割。
ゼン(14歳・男)
副火器支援。狙撃や精密射撃の適性が高く、弾幕の調整とカバーに長けてる。
ユズ(11歳・女)
医療担当……だったはずが、最近は火器の扱いも覚え始めてる。支援砲の小型機に異様な親和性あり。
ノノ(11歳・女)
直感オペレーター。マニュアルより感覚で動くタイプ。ルミナとの相性は最悪だが、戦果は出してる。
ルイ(12歳・男)
データ処理と支援系の管理に向いてる。分析が得意で、物静かなサポーター。
■第三部隊:情報・分析・支援運用部隊(リーダー:シエル)
シエル(12歳・女)
センサーと電子戦のエース。PLDとの親和性が異様に高く、サイバー系はお手の物。ルミナいわく、「あの子は電脳界に関して“空気が読める”存在です。……そのぶん現実ではやや周波数がズレていますが」
サラ(14歳・女)
分析補佐。状況の読み解きと再構築が得意。正直、こっちが言葉にする前に整理されてたりする。
カナメ(13歳・女)
通信・オペレータ補助。緊急時の対応力と落ち着きが異常。どんな時でも、声が届く存在ってやつ。
アオイ(12歳・女)
副センサー。シエルとよく組んでる。シエルよりは現実寄り。バランス感覚が絶妙。
ミオ(12歳・女)
環境管理と生活全般を担当してる。言ってしまえば、俺たちの“生活の要”。掃除、整備、無言の圧も強い。
トキオ(13歳・男)
補給と物流の鬼。物資と道具の出入りを全部把握してて、正直、俺より艦内在庫に詳しい。
ルミナは毎日、彼ら全員の訓練データをまとめてくれる。……が、油断ならない。
「艦長、全体として非常に高適性。ただし、食後の片付けは絶望的です。先ほどもサラが“スプーンは再利用兵器”と発言しており、危険思想の兆候が見られます」
「しっかり言っとく……」
この艦は、静かじゃない。毎日がカオスだ。でも、それがいい。俺が一番振り回されてる気もするけど、それも悪くない。
この17人、それぞれが“選ばれた存在”じゃない。でも、今は自分の手で、自分の道を“選ぼう”としている。
……だったら、俺も腹くくるしかないだろ。この艦の“兄貴”として。こいつらの未来に、ちゃんと責任を持つってことに。
ストレイ・エクシードの第2層、作戦室。全体表示モニターの前で、俺は17人の子どもたちの顔と名前を並べて唸っている。問題は単純だ。「買い出しに行く」だけ。……のはずが、全然シンプルじゃない。
「……3グループだな。強襲、支援、情報で分けて。あとは世話役を──」
「お一人で三方向を制御するおつもりでしたら、戦術訓練を一から再履修することをお勧めします、艦長」
ルミナの声が冷静に突き刺さる。俺の計画図に赤い×印が躍った。
「……俺が一番トラブルの種扱いかよ」
「いえ、艦長は“火種”というより“漏れた燃料”です。点火役はおそらくニコあたりかと」
「それ、まさか的確な比喩とか言わないよな」
「自覚があるならまだ救いがあります」
言い返す気力も失せた俺は、コーヒー片手に各グループの行動計画を練り直す。今回はラゲルト・コロニーの中層マーケット・レーン。補給モール、日用品、衣服、そして──武器。
「……子どもに銃器店を案内するのは、倫理的にどうかと思いますが、艦長」
後ろからルミナのやや呆れた声が飛んできた。でも、これは必要なことだ。現実を教えることも、選ばせることも。
「……傭兵になるんだ。選ぶ自由と、持つ責任は、最初から一緒だろ」
「教育方針としては理解できます。ただし“未成年の武器選びを引率する保護者”という点では、倫理委員会での説明は困難かと」
「その倫理委員会、今ここにいないし」
「──ですので、私が代行して意見を述べております」
結局、最終的な同行体制はこうなった:俺とルミナ、エリス。それぞれがグループを見て回る。ユイについては……今は、まだ無理だろうな。
「ねぇねぇ、マジで外行けんの!?」「重火器、あるかな!?」「屋台とかある?!」
子どもたちはもう大騒ぎだ。服をきちんと着てる……のは5割程度。ニコがすでにグローブを指にはめて準備万端なのが逆に不安だ。
「全員、落ち着け。まだ出発じゃない。順番に、だ」
「艦長。すでに第3部隊のミオが“水筒・スナック・包帯”という謎の遠足セットを準備中です」
「……あいつ、どこに行くつもりなんだ」
「ちなみにトキオは“市場価格のリアルタイム変動予測グラフ”を作成しています。買い物というより、企業買収の構えです」
まったく。こいつらは毎回、期待以上に想像の斜め上を飛び越えてくる。
マーケット・レーンは雑多な喧騒の中に、異星の文化がごちゃ混ぜに息づいている。腐った金属の匂いと、甘い香料、そして火薬臭。補給モールはまるで“動く惑星の断片”だ。
その一角、傭兵向けの軽装武装屋「ノーリターン・ノーリファンド」が見えてきた。名前どおり、返品は受け付けない。保証も、交換も、情けもない。前に俺が銃を一挺買ったあの店だ。
スチールのシャッターは半分開いたまま。入り口横にぶら下がる警告灯には「クレーム厳禁」とだけ書かれてる。相変わらずだ。
ニコが目を輝かせて突っ込もうとするのを、ルミナがPLD越しに声をかけ制止する。
「店内突入前の戦術確認をお願いします。できれば、口調と態度も戦術レベルで」
「ちぇっ、ルミナってばマジ堅いんだよなー。つーか、もうカイが中入ってるし」
「はい、彼の動きは想定通りです。まさに“奇襲型”」
ルミナの毒舌は今日も絶好調だ。
俺が少し遅れて店に入ると、カウンターの奥に見慣れた背中がある。片腕は無骨な補助義手。関節には古傷と油の滲み。あの目だけは、相変わらずだ。砥石で磨いたような鋭さで、こっちをじっと見据えてくる。
「おやおや……この前、傭兵になったばかりの若造が……」
低くてざらついた声が、鉄と油の匂いの中を滑って響く。
「今度は……ガキを連れてきたってわけか」
ニコが“ガキ”という言葉に反応して一歩踏み出しかけるが、俺が手を挙げて制止する。
「いや、こいつらは俺の部下だ。フリーランクスの仮登録も済んでる。……正式な部隊だ」
店主は無言のまま補助義手を組み直す。ギチッと金属の擦れる音がした。
「へえ……どいつもこいつも、良い目をしてる。生きる気配がある」
「今日は、こいつらの装備を揃えに来た。“本番用”だ」
俺の言葉を聞いて、店主は一言も返さず奥へ下がる。数秒後、並べられたのは、いずれも実戦仕様の未来兵器だった。
──ミニセルレーザー銃。スタック式ブラスター。
──電磁短槍(伸縮可変・高周波刺突対応)。
──エネルギーナイフ(プラズマ刃・熱量制御型)。
──そして、ナノ反応コートを施したレールピストル。
「“安全設計”? そんな甘ったれたもんは、こっちにはない。こいつらは全部、実戦用だ。威力も、責任も、きっちり乗っかる。……子どもに持たせるには早すぎるって思うなら、引き返しな」
「違う……“必要”なんだ。こいつらが、生きて戻るために」
店主はふっと鼻を鳴らし、ゼンの手元に目をやる。ゼンはホロスコープ付きのブラスターを手に取り、グリップとトリガーを黙々と確かめている。
「そいつは、グリップの熱で照準補正をかけるタイプだ。手汗でブレるような奴には向いてねぇぞ」
ゼンはわずかにうなずいて、静かに言う。
「冷却フィルタとセンサー位置、換装すれば安定すると思います。上部ユニットからアクセスできる構造ですね」
店主が微かに笑みを浮かべる。あの顔で笑うのは、珍しい。
「……なるほど。ちゃんと“見てる”やつもいるらしいな。来い、坊主。上位モデルも見せてやる」
店のあちこちで子どもたちがそれぞれ武器を手にしている。ニコはエネルギーナイフを何本も試して、「これじゃ切り返しが軽すぎる」「パルス圧、強い方なら関節抜ける」と独り言。カイは電磁短槍の柄を伸縮させながら、「これ、殺る気ありすぎだろ……」と苦笑いしている。
「艦長、それを言い出したら、今あなたが腰に差しているナイフも、ほぼ“遺書”ですね」
「ルミナ、少し黙っててくれないか。今真剣だから」
ナギはブラスターの分散フィールドを微調整し、ルイがその設定値を記録している。ユズは医療用ナノガンと閃光弾を交互に見比べながら、楽しそうにうなずいている。
ルミナの声が飛んでくる。
「艦長、店内での実射は禁止されているはずです。ニコが“試し斬り”を始める前に、止めてください」
「ニコ、ナイフは買ってから試せ。あと、人を切るな」
「わかってるってー……ちょっとだけ、試してみたかっただけ」
「“ちょっとだけ”で済む死というものがあれば、私も許可したいところですが。……却下です」
店主が店内を一通り見渡して、ぽつりとつぶやく。
「見た目はガキでも……目だけはもう、“こっち側”だな」
俺は黙って、彼らの背中を見る。誰一人として遊びで選んでない。自分に必要な武器を、本気で探してる。この手に取るのは、命を奪う道具かもしれない。でもそれは──生き延びるための選択でもある。
ふと、店主に問う。
「……最初に誰かに武器を渡すとしたら、どれを勧める?」
「そうだな……」
彼が取り出したのは、少し古めのレールピストル。重さのバランスが良く、引き金もクセがない。
「撃ちたくなるような引き金と、後悔しない重量感。最初に渡すなら、そういうやつだ」
俺は軽くうなずき、自分の腰元に手をやる。そこには、最初に買った小型レーザー拳銃とエネルギーナイフが、今も変わらず収まっている。
マーケットレーンの奥、傭兵向け装備セクション。ここは──服屋、って呼んでいいのか迷う。防護繊維とタクティカルポケットで武装したジャケットや、人体工学で設計された“戦うための靴”が棚に並んでる。どう見ても子ども向けじゃない。なのに、こいつら、楽しそうに漁ってる。
「おい……タウロ、それ選ぶのか?」
俺の問いに、彼はジャケットを手にしたまま、いつもの無表情でうなずく。
「爆撃対ショック、裏地三層構造……いいと思う」
「うん、まあ、性能は申し分ないけど。──それ、お前の体格だと、防弾というより“歩く金庫”になるぞ」
「問題ない……重量には慣れてる」
うそだろ、あいつ真顔だぞ……。
「艦長、念のため確認しますが、“戦術的ファッション感覚”については、どの程度重視されますか?」
横からルミナの声。丁寧だけど、笑ってる。
「ルミナ、おまえそれ絶対バカにしてるだろ」
「いえ。爆撃対応の防寒機能は、寒冷地での有用性がございます。ただ……色が“戦車”です」
「色の名前に兵器入ってるって、どうなんだよ……」
ユズはユズで、医療バッグの中に火器モジュールをぎゅうぎゅう詰めてる。
「ユズさん、それ……何をしているんですか?」
やわらかい声でエリスが尋ねる。彼女の目線は、ユズが詰め込んでいる救急バッグへ向けられている。
「え? 予備の圧縮セルと電磁アクチュエータ、それから……小型の閃光投射ユニットも入れてます。救急対応用です」
ユズは真顔だ。とても真剣な顔で言っている。
エリスは一瞬だけ目を瞬かせて、それから少しだけ困ったように笑う。
「……ユズさん、それはどちらかというと“応急”というより“制圧”寄りな内容ですね。どちらの前線に出るご予定でしょうか?」
「えっ、でも、緊急時には“即応”が重要って、ルミナさんが……」
「はい、確かに即応は大切ですが……閃光投射は、さすがに少し過剰ではないでしょうか。対象が味方だった場合、逆に混乱を招いてしまいます」
「……そうですか?」
ユズは首をかしげながら、少しだけ中身を見直している様子だ。
エリスはそっと微笑んで付け加える。
「でも、そうやって真剣に準備してくれるのは、とても頼もしいです。少しだけ、方向性を調整していきましょうね」
そのやさしい声に、ユズも「はいっ」と素直にうなずいていた。
その後ろでは、シエルとアオイがラックから服を選ばずに、タグの電子データを解析し始めてる。
「この繊維、情報記録チップ内蔵です。通信ログ、残ってますね。製造から保管まで追えます」
「流通タグもバイナリで読める。これ、デバイス通すと変な反応返してる。偽装流通品の可能性、あるよ」
服見ろよ、せめて。
一方、ミオはというと──黙々とカートの中を整理してる。すでに整頓されすぎて、商品より“陳列棚”に見える。生活班の本気、怖い。
「なあルミナ、服選びって普通、もっとこう……楽しいイベントだよな?」
「“普通”とは、どこの星基準ですか?
あなたが率いているのは“17人の災厄”です。想定以上に平和です」
「……確かに」
どこ見ても、戦闘用素材か軍需流通コードが目に入る。でも──こいつらは真剣だ。戦う服じゃなく、“生きるための服”を選んでる。
この戦場みたいな服屋で、誰よりも冷静に買い物してる17人の子どもたちを見ながら、俺はなぜか、ほんの少し、安心してる。
武器と防具のセクションをひと通り回り終えて、俺はふと立ち止まる。カートの後ろで騒がしい連中を、ひとりずつ視線で追う。
ニコはエネルギーナイフの鞘を何度も確認してる。タウロは相変わらず無表情で“戦車色”のジャケットを着たまま動かない。カイは短槍の折りたたみ機構をいじりすぎて、店員に軽く注意されてた。ユズはバッグの中身を再構成してるけど、なぜか医療ツールと閃光弾が並列で収まってる。
あちこちから、まだまだ声が飛び交ってる。誰もが真剣で、でもちょっと楽しそうで。……それが、救いだ。
こいつらはまだ、笑える。まだ、自分の意思で“選べる”。
選ぶってことは、どう生きたいかを決めるってことだ。俺たちは、もうそういう場所にいる。子どもだからって、もう守られる側じゃない。戦う理由も、生きる意味も、全部自分で持たなきゃならない場所に──立ってる。
だからこそ、今この瞬間だけは、せめて“選ぶ自由”を渡してやりたい。
……そう思ってたら、背後から静かに声が届く。
「艦長、そろそろ移動をご判断ください。長時間の装備選択は、集中力の消耗と金銭感覚の崩壊を招きます」
ルミナの声は、いつもどおり冷静で、でもしっかり刺さる。
「俺……そんなに麻痺してるか?」
「はい。さきほどカートに“個人用無人偵察ドローン”が追加されました。……どなたの判断でしょう?」
「……カナメだと思う。たぶん」
「その子は、無言で会計に並ぼうとしていました。艦長の指導の賜物です」
「俺か……」
やれやれ、と小さく息をついて、俺は子どもたちの様子をもう一度見渡す。服の裾を引きずってる子。装備を抱えて満足げにうなずいてる子。全部が、ここでしか見られない顔だ。
「ルミナ。次、どの店が適当だと思う?」
「倫理的には、“文房具店”か“お菓子屋”が望ましいと判断します」
「……“戦闘レーション屋”は?」
「艦長、それは“倫理”というより、“懲罰”の領域に近づいています」
「栄養価は高いだろ?」
「“人類が食事を娯楽と感じるべき理由”をご存知ないのなら、今後の食事当番に重大な支障が生じます」
「はいはい。わかってるって」
俺は笑いながら、買い物袋を片手で持ち直す。背中に感じる19人の気配は、騒がしくて、逞しくて、でもどこか温かい。
そのとき、不意にユイが俺の袖を軽く引っ張った。
「……あのね、次は、お菓子屋さん、行きたい」
小さな声だったけど、その目は真剣だ。ほんの少しだけ期待がにじんでる。
「ユイ、お菓子が食べたいのか?」
「うん。ああいう甘いやつ、なんか、ちょっとだけ“生きてる感じ”がするから。ね?」
俺は不意を突かれてちょっと黙った。そうか、そういう感覚か。
「……よし。じゃあ、お菓子屋に決定だ。戦闘レーションは、また今度な」
ユイがふわっと微笑んで、隣でエリスも優しく頷いていた。
今日という日は、戦闘でも訓練でもなく、“選ぶ日”だった。武器を選び、防具を選び、着るものを選び、自分がどう在りたいかを選んだ。
──それでいい。それができる限り、俺たちはまだ、大丈夫だ。
「よし。次、行くか」
俺は声を上げて、歩き出す。その後ろから、金属の音と、子どもたちの笑い声が追いかけてくる。
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