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第47話 新たな門出

 レーネの手配で、ニコと子どもたちの登録手続きが進んでる。《ストレイ・エクシード》の正式な船員として。なんて言うと聞こえはいいけど、実際は登録端末とにらめっこしながらの地味な作業だ。


 レーネが端末を操作しながら、ふっと笑う。


「……あんたが正式な市民登録済ませてたおかげで、これ、案外スムーズに進みそうよ。ま、珍しく“真面目にやった過去”が役立ったってとこね」


「その言い方、もうちょっと優しくてもいいんじゃ……」


「事実でしょ? むしろ誉めてるつもりなんだけど? あ、そうそう。管理記録と監査対応の書類は定期的に提出しなさいね。忘れたら罰金つけとくから」


 うん、優しさの気配は消えた。でも、ありがたいのは事実だ。


 同時進行で、傭兵団の立ち上げ申請も進めてる。名前は少し悩んだけど……やっぱり、これしかないって思った。


「灰のアッシュ・ウィングス


 ニコの両親が率いてた《白き翼》にあやかって、燃え尽きたその想いを引き継ぐ意味で、灰の中から蘇るフェニックスの名を冠した。グレイ・ラボリント出身の子も多いし、ちょうどいい。


「グレイ出身多いし、意味もわかりやすい。悪くねえだろ?」


 ルミナがわずかに首を傾けて言う。


「《灰の翼》。象徴的で、適度に詩的。傭兵団としては悪くありません。……あとは中身次第ですね、艦長」


「……その“あとは中身”って言い方やめてくれ。プレッシャーがダイレクトに来る」


「期待とプレッシャーは常にワンセットです。“艦長”なんですから」


 はいはい、いつものやつ。だが、悪くない。むしろ、背筋が少し伸びる。


 そのとき、ニコが隣でぼそっとつぶやく。


「……そういや昨日もいたけど、誰だ、このおばさん?」


 ……時が止まる。


 いや、止まったのは俺の呼吸だ。


 レーネの笑顔がピキィッと音を立てて固まる。声は静かだけど、冷蔵庫より冷たい。


「お、おばさん? 私はまだ26歳よ? 再教育が必要ね」


 うわあああああ。


 俺は即座に前に出る。


「いやいやいや! ちょうど訓練やろうとしてたとこだったろ!? 再教育って意味で、ね? 艦内で、しっかり、じっくり、まったりと!」


 レーネは微笑んだまま、でも目だけが完全に戦闘モード。ニコをロックオンしている。


「へぇ……だったら“元傭兵”として、しっかり手伝ってあげようかしら。教育的指導って、大事だものねぇ?」


 言葉は丁寧、殺気は剥き出し。ニコ、背筋ピーンとなる。


「ひっ……」


 子どもたちの何人かが肩を震わせて笑いをこらえてる。やめろ、ニコの命が縮む。


 そこに入ってきたのが、毒舌AIのルミナ。


「“おばさん”発言、記録済みです。将来ニコさんが公職に就いた際の参考資料として、提出可能な形式で保全しました」


「ルミナ、そういうの残すなよ。なかったことにしてやれよ」


「データ削除には正当な理由と所定の手続きが必要です。倫理的にも、感情的にも、“保持”が最適と判断されます」


「感情って、おまえ……AIにあんのか?」


「艦長。あなたが今、爆笑をこらえて済んでいるのは、私の冷静な処理能力のおかげです。感謝の気持ちを表明しても構いませんよ」


 くそ、耐えきれずに笑っちまう。


 肩の力が少し抜けるこの空気、悪くない。


 レーネはため息をつきながら、端末に向き直って作業を続けてる。相変わらず手は止まらない。


「……これで全員分、仮登録完了。私の推薦付きで送っておいたわ。これからが本番よ」


「助かるよ、マジで」


 子どもたちは、端末に表示された“仮ID”をまじまじと見つめてる。誇らしげな目をして。……そういう顔になったか、おまえら。


 帰る空気になったとき、レーネがふと言う。


「私はここに残って、記録整備と書類処理、ぜんぶ片づけとく」


「ありがとう、ホントに助かる」


「恩は後で返してもらうからね。“医療搬送後、訓練目的で艦内保護”って名目で通しておくわ。子どもたちの出自はできるだけ伏せとく」


「さすが、仕事早い」


「当然でしょ。誰だと思ってるの」


 そこへ、ルミナの追加コメント。


「うちの艦長が、いつもご迷惑をおかけしております。記録と監査処理の補助は、私の方で随時対応します」


 レーネは苦笑しながら、でもちゃんと目を細めて応える。


「ありがと、ルミナ。あんたがしっかりしてるから、ギリギリ任せられるのよ」


「恐縮です。ただし艦長の無茶については、あと三回で正式なシステム警告を出す予定です。心の準備をお願いします」


「……聞いたか? 俺、警告一歩手前らしいぞ」


「むしろ、まだ警告が出ていない方が不思議です」


 あーもう、完敗。


 でも、これが俺たちだ。


 レーネが書類をまとめながら、最後にこう言う。


「じゃあね。艦での訓練と生活、ちゃんと見てやりなさいよ。“元傭兵の知り合い”としても、この子たちの未来、ちょっと期待してるから」


「任せとけ。裏切る気はねぇよ」


 港に出ると、風が少しだけ涼しい。なんてことないはずなのに、どこか――背中を押してくれる気がする。


 ドックへ向かって歩いていると、ニコが肩を並べてくる。煤けたジャケットを着たままで、少し顔を上げて、俺を見る。


「なあ、兄貴――今さらだけどさ。ありがとな。俺たち、たぶんあのままじゃ……」


 その呼び方に、思わず歩調を緩めて振り返る。


「兄貴、か……」


「……だめだった?」


「いや、悪くない。慣れてないだけだ」


 すると、待ってましたとばかりにルミナの声が割り込んでくる。


「“兄貴”と呼ばれる艦長……新しい称号ですね。前向きに解釈すれば“頼りになる庇護者”。後ろ向きに見るなら、“精神的にも物理的にも重たい存在”という評価かもしれません」


「……どっちにしても重いってわけね」


「はい。艦内の重力補正を検討すべきレベルです」


 子どもたちの後方から、別の声が飛ぶ。


「姉御ってのもありじゃね? あのレーネって人、強そうだったし」


「ちょっと待て、姉御って……」


 レーネがその場にいたら、確実に“教育的制裁”コースだ。でも、すでにその呼び名がみんなの頭に刷り込まれたっぽい。


「言っとくけどな、あれ、本人に聞こえたら“再教育”じゃ済まないぞ?」


「だから、静かに呼ぶ」


 ぷっ、と誰かが吹き出し、それが次第に連鎖していく。気づけば、後ろで小さな笑いが広がってる。


 俺はその笑い声を背中に受けながら、少しだけ深呼吸をする。


 ああ、悪くない。きっとやっていける。むしろ――


 こいつらとなら、ちょっとくらい重たくても背負える。そんな気がしてる。




 《ストレイ・エクシード》の艦内に戻ってきた俺たちは、ひとまずラウンジに集まってる。ユイとエリスもすでにいて、テーブルの周りに自然と円になる形で座った。


「ルミナ、あのパーセプトボードってさ――子どもでも使えるのか?」


「訓練用のニューロリンクデバイスですね。はい、問題ありません。神経系の発達評価からみても、負荷は許容範囲内です。初回は“制限付きモード”を推奨しますが、適応力は期待できます」


「了解。助かる」


 俺は一つ息を吐いてから、ラウンジで休んでる連中に向き直る。


「おい、みんな。ちょっと面白いもん見せてやる。これから艦の訓練室で“パーセプトボード”ってやつを使うぞ。脳とリンクして、身体感覚とか反応速度とかを鍛える訓練装置だ」


 俺の説明が終わるか終わらないかのうちに、エリスがそっと手を挙げる。


「……あの、それってニューロインタフェースを使うんですよね?」


「ん、そうだな」


「なら、一応医療的に補足しておきますね」


 彼女は少し身を乗り出して、子どもたちの方にやさしく語りかける。声は柔らかいけど、内容はしっかりしてる。


「“パーセプトボード”は神経の電気信号を読み取って、反応を可視化する装置です。だからといって、脳に直接何かを流し込むわけじゃありませんし、痛くもありません。軽い違和感はあるかもしれませんけど……大丈夫。生理的な負荷は低いし、セーフモードなら誤作動も起きにくいです」


 子どもたちの中から、少し安心したような表情が漏れる。


「ただ、初回は少し緊張して過呼吸になる子もいます。そういうときは、すぐ止めてもらっていいんです。命に関わるものじゃないので、怖がらなくて大丈夫ですから」


「おお、さすがうちの医療班。説明が丁寧だな」


 エリスは、ちょっとだけはにかみながらも微笑む。


「心配させるより、納得してもらったほうがいいですから」


 その一言が、たぶん一番効いた。子どもたちの緊張が少し緩んだのが、空気でわかる。


 ルミナがすかさず付け加える。


「安心材料の提供、感謝します。医療スタッフとしての役割、十分果たされています。艦長、あなたも見習ってください」


「おい、最後の一文いるか?」


「必要な“教育的刺激”です」


 ……まったく、誰かこいつにも“刺激抑制装置”でもつけてくれ。


「それって……ゲームみたいなもん?」と、奥から誰かが声を上げる。


「まあ、当たらずとも遠からずってとこだな。ただし、“負けてもコンティニューできる”なんて甘いもんじゃない。実戦じゃ、初手の判断が生死を分ける。その判断力を鍛えるためのツールだ。お前らが“選ぶ側”になるために必要な技術だよ」


 その言葉に、ざわっと空気が揺れる。顔を見れば、興味津々な目もあれば、明らかにビビってるやつもいる。


 俺は一同を連れて通路を歩く。照明の明かりが静かに足元を照らし、歩くたびに“現実離れした場所に来た”って実感がじわじわ伝わってくる。誰かがごく小さく「すげぇ……」とつぶやいたのが聞こえる。


 訓練室のドアが開くと、中はしんと静まり返ってる。部屋の中央にパーセプトボードが一台だけ置かれていて、淡い青白い光をまといながら、ゆっくりと光を明滅させてる。


 壁際のモニタには、神経反応とか反射速度とか、見るだけで頭が痛くなりそうな情報がずらずらと並んでる。


 子どもたちは誰も喋らず、ただじっとその光景を見つめてる。全員、言葉をなくしてる。


 俺は落ち着いた声で話しかける。


「最初は“制限付きモード”でいく。いきなりフルリンクなんて無茶はさせない。安心しろ」


 全員が、ほっとしたように俺を見る。


「この台の上に立って、じっとしてればいい。センサーが勝手に神経信号を拾って、仮想訓練空間に接続する。気持ち悪くなったら、すぐに言え。リンクは即切れる。な、ルミナ?」


「もちろんです。艦長のように、“勢いだけで突っ込ませる”ような真似はいたしませんので、ご安心を」


「……今、何気に俺のことディスったよな?」


「ごく一般的な比較論です。お気になさらず」


 ため息をつきながら、俺は続ける。


「動き回っても構わないけど、初回は酔いやすい。無理はするな。目的は“速く動く”ことじゃない。“反射的に、正しい選択をする”ことだ。現場じゃ、それが命を守る唯一の手段になる」


 沈黙。誰も喋らない。でも、その目つきが変わってる。


 そんな中、ニコが一歩前に出る。ボードを見たまま、ポケットに突っ込んだ手をそのままに、静かにひと言。


「……やるぜ」


 短いけど、芯がある。ああいう声は、俺の中にしっかりと届く。


 その隣で、ユイも一歩前に出る。表情は変わらない。でも、目はまっすぐボードを見ている。


「私もやる」


 たったそれだけ。けれど、声に迷いはない。淡々としてるのに、しっかりと決意が伝わってくる。


「よし。じゃあ、訓練開始だ」


 一人ずつ、順番にパーセプトボードへ立たせていく。足を乗せた瞬間、ボードが静かに脈動を始め、リンクが作動する。部屋の隅に設置された大型モニタには、反応速度、判断精度、神経リンクの安定度といった数値がずらずらと並び始める。まるで、その子の中身まで覗き込まれてるみたいだ。


 目は真剣。肩はこわばってる。でも、どの子の瞳にも「やりたい」「できるようになりたい」って欲が、確かに見えてる。あの目を前にして、俺がやるべきことに迷いなんかない。


「反応速度321ミリ秒。リンク安定。訓練パターン:ステージ1を開始します」

 ルミナの声が訓練室に静かに響く。落ち着いてるけど、やわらかさも感じる。こういう時のルミナは、いいパートナーだ。


 子どもたちは予想以上に集中してる。「ゲーム感覚じゃね?」と笑いながら始める子もいれば、ガチガチに緊張して足がすくむ子もいる。でも、誰ひとりふざけてない。その時点でもう、こいつらは本物だ。


 この装置、最初は俺も舐めてた。ただの反射訓練マシンだろって。けど違った。脳に直接データが流れてくるような、感覚を研ぎ澄ませる仕掛け。動く前に察知する。考えるより早く、正しい選択肢を取る。

それが、命をつなぐ力になる。


 訓練を終えた子が、ぱっと俺を振り返って笑う。


「俺、速く動けた!」

「なんか、体が勝手に反応してくれるって感じ。すげーやつだ、これ!」


 しゃがみ込んで泣き出す子もいる。だけど、それは悔し涙じゃない。やっと“やれた”という、何かを掴んだ後の涙。俺には、それがちゃんと見える。


「……ありがとう」


 その一言に、心が揺れる。俺の方こそ、ありがとうだよ。


 ルミナが静かに補足してくる。


「感情変動、安定傾向。ストレス値も正常範囲内。……艦長、彼らは十分に適応しています。あなたの“指導方針”、予想外に機能しているようですね」


「“予想外に”は余計だ」


「事実を述べただけです。“思いのほかマシ”という表現も検討しましたが、今回は控えました。善意です」


 毒舌だが、まあ一応、褒めてる……のか? とにかく、ルミナなりに見守ってくれてるのは伝わる。


 全員の初回リンクが終わったところで、俺は手を叩く。


「よし、今日はここまでにする。明日も続きやるぞ」


 その声に、ニコがこくんと頷く。口には出さないが、その姿勢に全部が出てる。目の奥に、自信が灯ってる。“できる”って感覚が、芯から伝わってくる。


 そして、ルミナがぽそっと言う。


「やれやれ……艦長。もしここが教育機関だったら、あなたには“B+”の成績をつけて差し上げます。情熱補正を考慮しての評価です」


「情熱補正ってなんだよ」


「情熱だけで突っ走る指導者が、感情的に高評価される現象です。“内容に対しての成長期待値込み”という扱いですね」


「……褒めてんのか、それ」


「感受性の違いかもしれませんね。少なくとも、私は“努力は見ている”という意味で申し上げました」


 まったく、お前ってやつは。

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