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第46話 明かされる秘密

 夜のラウンジで、ユイとエリスにこれまでの状況を説明していると、扉が開いてニコが入ってくる。手には、使い古された小さなPLD端末。無言で俺の前に差し出す。


「傭兵に追われてた理由……ずっと考えてたんだ。それで……避難させられたときから持ってたもんって、これしかなくて」


 その目は、冗談じゃなく真剣だった。


「動かすだけなら普通の端末。でも、親から託されたもんだから、何か意味があるかもしれないって思って。……調べられるか?」


 俺が頷く前に、ルミナがすでにスキャンを始めている。手首のインターフェースに波形が走り、次の瞬間、落ち着いた声が静かに告げる。


「隠しファイルを検出。暗号化解除中……完了。内容の大部分は企業オクト・シグマに関する内部記録です。正式には、彼らがかつて進めていた“シグマ計画”と呼ばれるものです」


 一瞬、室内の空気が凍る。


「計画概要は——遺伝的特性に基づく能力誘導実験。倫理審査をすべて通過していないため、記録は公的データベースには存在しません。かなり深く抹消されています」


「……なるほどな。追われる理由が、これか」


 ニコが、ゆっくりと息を吐く。


「……シグマ計画。あいつら、これを探してたのか……」


「親が調べてたの、もしかしてこれだったのかな」ニコがつぶやく。「結局、何にも教えてもらえなかったけど……」


「おそらく、あなたがその端末を持っていたこと自体が、傭兵たちの“回収対象”に該当した可能性が高いです」とルミナ。


「中身を知ってるかどうかは関係ないってことか」


 ルミナがわずかに目を細める。


「……はい。残酷ですが、情報を“持っている”というだけで、排除対象になることは十分にありえます」


 しばらく誰も口を開かない。


 ユイが、おずおずとニコに近づいて言う。


「もう安全だよ。私たち、ニコを見捨てない」


 エリスも、そっと頷くだけで、その言葉に同意してるのが伝わる。


 そこで、ルミナがさらに言葉を続ける。


「艦長。ファイルの片隅に、“Δ”というコードの記載を確認。単なる管理番号か、別の計画への関連かは不明ですが、記録上はそれ以上の言及はありません」


 “Δ”。


 その一文字が、スキャン結果の片隅にぽつんと浮かんでいる。


 ただのギリシャ文字だ。そう思おうとしても、無理だった。


 俺にとって、それは――俺とユイの“出自”を示す、刻印のようなものだ。


 “被検体Δシリーズ”


 名前じゃない。ただの番号だ。実験体につける記号。


 俺たちは、生まれたわけじゃない。“作られた”。


「……ルミナ。“Δ”って、この計画にどう関係してる?」 


「確認中。該当ファイルは《オクト・シグマ》の軍事研究部門のものですが……“シグマ計画”と銘打たれています。分類タグに“Δ”の記録はあるものの、正式なリンクは不明。ただ……完全に無関係とは思えません」


 シグマ計画。そして“Δ”。


 言葉としては別物かもしれない。でも――


 勘じゃない。俺の中で、どこかが警鐘を鳴らしてる。


「……繋がってる。断定はできなくても……何かが」


 俺は小さくそう呟いて、スキャン画面から目を離す。視線の先にはユイがいる。


 彼女は、まるで心の中の迷路をたどってるみたいに、ディスプレイを見つめてる。眉はわずかに寄って、唇はきゅっと結ばれたまま。何かを思い出しかけてる。でも、それを口にするのが怖い……そんな顔だ。


 エリスも隣で黙っている。腕を組んだまま、視線は少し下。眉間に皺が寄っていて、あの冷静な彼女にしては珍しく、長く考え込んでるのがわかる。


 沈黙が場を支配しはじめた頃、ニコが戸惑い混じりに口を開く。


「おい……どうしたんだ? なんか知ってるのか? その、ヤバい話とか……?」


 俺は一度深く息を吸って、ルミナに一瞬だけ視線を送る。彼女は無言でうなずいてくれた。だから俺は、ゆっくりと、でもはっきり言う。


「俺とユイは……“Δシリーズ”って呼ばれてた。被検体として、作られた存在だ。人間として“生まれた”んじゃない。人工的に、どこかで作られた命なんだ」


 その言葉が落ちた瞬間、ラウンジの空気が凍りつく。誰も声を出さない。まるで周囲の機械まで呼吸を止めたみたいに、静まり返る。


 ニコが言葉を見失いかけたように、絞り出すように聞く。


「……マジ、で? それ、どういう……え、なんでそんなこと……」


「全部は説明できない。俺たち自身、記憶が断片的なんだ。ただ、今出てきた“シグマ計画”ってやつ。その中に“Δ”の文字があった。……無関係って気はしない。むしろ、どこかで繋がってるって直感してる」


 そこでルミナが補足を入れる。声はいつも通り冷静で、でもほんのわずかに柔らかさが混じっている。


「“Δシリーズ”が何を意味するか、確かな記録はありません。ただ、構成データから推定するに『次世代兵士の育成プロトコル』の一部と見られます。あなたたちは……完成された成果物として外に出たのか、あるいは……別の意思で、外に出されたのか」


「……その言い方、ちょっと怖いんだけど」


「“怖い”という感情が出るのは、あなたが生きている証拠です。私は常に、最悪を先に想定する派ですので」


 ニコが、目を大きく見開いたまま俺とユイを交互に見てくる。戸惑いと驚きと……少しの不安が混じった、そんな目だ。


「なんでそんな……」


 問いかけというより、つぶやきに近い。責めるというより、受け止めきれない感情がにじんでる。


 俺は、ほんの少しだけ首を横に振る。


「……話せなかったんじゃない。俺たち自身、ほとんど知らないんだ。記憶が曖昧で、思い出すのが怖くて……ずっと、考えないようにしてた。でも、今は――そうも言ってられない」


 そう言って、もう一度ユイを見る。彼女は、ディスプレイの中に映る“Δ”の文字をじっと見つめてる。目は動かない。でも、その奥にあるものは、さっきまでとは違う。静かに、でも確かに――覚悟の火が灯ってる。


 そのとき、ルミナが静かに口を開く。


「この端末に残されていた記録、すでに保全済みです。これからさらに解析も進められます。ただ……それを進めるかどうかは、あなた方次第です」


 一拍置いて、少しだけ声を和らげる。


「これは単なる過去の情報ではなく、命を守る戦略に直接つながるかもしれません。扱い方によっては、未来も変わります。だからこそ、判断は慎重に。でも……私は、あなたたちの選択を尊重します」


 俺は、ゆっくりとその端末を手から離し、ラウンジのテーブルにそっと置く。


 小さな音がする。なのに、やけに重たく響く。


「……一つ言えるのはさ、今の俺たちじゃ、まだ扱いきれない情報だってことだ。どう思う、ルミナ?」


 ルミナはすぐには答えない。わずかに沈黙があって、その後で、静かに言葉が返ってくる。いつもの即答じゃない。だからこそ、その重みが伝わってくる。


「……艦長の見解に、私も同意します。この情報の全容を解明し、適切に対応するには、現段階の戦力も知識も、いささか不足しています」


 普段なら絶対に口にしない“足りない”って言葉を、彼女ははっきりと口にする。けれど、間髪入れず、こう続けた。


「ただ、“扱えない”からといって、封印する必要はありません。今はまだ、正しく“保留”する。それで十分です。適切なタイミングが来れば、その情報は、武器にも防具にもなる」


 少しだけ声色が変わる。どこか柔らかくて、ほんの少しだけ、いたずらっぽい。


「いずれ時が来たら、また開けましょう。あなたたちが、もう少し強くなったときに。そのときには、私が隣でサポートしますので、ご安心を」


 そして、ふわりとした語調で締めくくる。


「……それまでは、“無理をしない勇気”を、私は支持します。艦長にしては珍しく、まともな判断ですね。少しだけ、見直しました」


 俺は苦笑いしながら、頭をかく。


「お褒めにあずかり光栄だよ」


 それから、テーブルに置かれた小さなPLD端末を見つめながら、ニコに向き直る。


「なぁ、ニコ。おまえ、両親がどうしてこの情報をお前に託したのか……知りたくないか?」


 ニコは目を見開く。


「え……」


「今のままじゃ、何もできねぇ。でも、だからってこのままでいいわけじゃない。俺たちは、時間がかかっても調べるつもりだ。できる範囲で、少しずつでもな」


 ルミナが頷く。ユイも、静かに。エリスも、迷いのない目でうなずく。


 ニコはしばらく黙って、それからぽつりとこぼす。


「……俺だって、知りたいさ。でもどうしたらいいんだよ。こんなの……正直、手に余るだろ」


 俺はゆっくりと言う。


「だったらさ、いっそ……一緒に傭兵団、立ち上げねえか? それで規模を広げて、仲間を増やして、力をつけていけば――もしかしたら、辿り着けるかもしれない」


 ニコの顔が、目に見えて固まる。


「おまえ、それ本気で……」


「本気だよ。俺は、もう何も知らないままじゃいられないんだ。知らずに流されて、誰かに決められて生きてくなんて、もうごめんだ。これからは、自分で選んで、自分で進みたい」


 少し間をおいて、ニコにまっすぐ目を向ける。


「……もしおまえも、そう思えるなら。力を合わせてやっていこう。今すぐじゃなくていい。考えてみてくれ」




 何日か経って、子どもたちの生活はすっかり《ストレイ・エクシード》になじんでる。朝はルミナの“ほぼ罵倒に近い丁寧な口調”でたたき起こされ、ストレッチして、軽い訓練して、持ち場の手伝いをして……っていうのが、今じゃ日課だ。


 驚くことに、あいつら、ちゃんと全部こなしてんだよな。誰ひとり文句ひとつ言わない。まあ、文句言ってもルミナには論破されて終わるって学習した可能性はあるけど……それでも、なんだかんだ言いつつ、毎日やりきってる。


 ——それだけで、ちょっと感動する。


 夕食後のラウンジ。片付けも一段落して、空気がゆるんでる時間だ。ニコがソファに沈んで、ふうっと息をついてるのを見つけて、俺はそっと近づく。


「なあ、ニコ。……例の件、考えてくれたか?」


 ニコは顔だけこっちに向けて、眉をひそめる。


「……マジで言ってたのか? あれ」


「マジだよ。こんなことで冗談言うかよ」


 俺はソファの端に腰を下ろして、ちょっとだけ笑う。


「おまえが一緒にやってくれるってんなら、ちゃんと話す。ほかのやつらにも事情話して、協力を頼んでみるつもりだ」


 ニコはしばらく黙ってたけど、やがてゆっくりうなずく。


 その目には、もう“ただの逃げられた子供”じゃない、ちゃんとした意思が宿ってる。




 ラウンジに仲間とレーネ、子供たちを集めて、俺は深呼吸する。さっきまで日常だった空気が、今は妙に静かだ。


 ルミナが照明を少し落とし、テーブル中央にホログラムを浮かび上がらせる。その手際がやたら優雅で、場違いなほど整ってるのが逆に緊張を煽る。ったく、こういうときくらいちょっと雑でいてくれてもいいのに。


「……今日は、みんなにどうしても話しておきたいことがある」


 声が少しだけ硬くなる。でも、隠せない。もう隠さない。みんな、黙って俺を見てる。子どもたちの目も、レーネの表情も、真剣そのもの。ルミナにいたっては……もう、口出ししたそうな顔してるけど我慢してる。えらい。


「俺とユイは……“Δシリーズ”って呼ばれてた。簡単に言えば、“作られた存在”だ。実験で作られた、被検体。人間として“生まれた”んじゃなくて、人工的に生み出されたんだ」


 ざわつきは起きない。でも、空気がピリつく。子どもたちの目が大きくなる。レーネは腕を組んだまま、じっと聞いている。


「俺たち自身も、その時の記憶はない。ただ、最近になって、いろんな情報が繋がり始めた。“Δ”って文字が、どうやら俺たちの出自に深く関わってる。それがわかってきた」


 ユイが、そっと隣でうなずいてくれる。その表情に、迷いはない。


「……で、もうひとつ。いや、こっちはこっちで重たい話だ」


 俺はニコの方を向く。彼女は少しだけうつむいて、それから静かに顔を上げる。


「ニコの両親は傭兵だった。そして、とある企業の極秘情報を手に入れた。非人道的な人体実験に関する情報だ。その記録が、ニコの持っていたPLDに入っていた。それを理由に、ニコは命を狙われた。……親父さんとおふくろさんは、おそらく、その情報のせいで――」


 子どもたちの中から、小さな嗚咽が聞こえる。拳を握りしめる子、目を覆う子。それでも、誰も席を立たない。逃げない。


「その情報の中に、“Δ”って記号があった。……つまり、俺たちと、ニコの両親が掴んだ企業の実験には、何かしらの繋がりがある可能性が高い。偶然ってレベルじゃない」


 ルミナが、少しだけ前に出る。口調は冷静。でも、声のトーンはいつもより柔らかい。


「……記録はすでに保全済み。解析も進行中です。ただし、現時点では戦力も知識も不足しています。結論を出すには早い。しかし、行動するなら、今から準備は必要です」


 俺は深くうなずいて、言う。


「だから――決めたんだ。調べる。どれだけ時間がかかっても、全部の真相にたどり着く。ニコも、その覚悟を決めてくれた」


 ニコが、軽く拳を握ってうなずく。その目は、もう過去を見てない。


「でも、俺たちだけじゃ足りない。だから……みんなに頼みたい。俺たちと一緒に、傭兵団を立ち上げてくれ。自分たちの力で、戦えるだけのチームを作りたいんだ」


 しばし沈黙。


 そして、誰かが小さく、「ふざけんなよ……」と呟いた。それは怒りの言葉じゃない。涙をこらえた、悔しさの滲んだ声。


「なんでそんなことが許されんだよ……!」


「それが本当なら、絶対に……!」


「やろう。あたし、戦えるようになりたい」


 次々と声があがる。怒りと悲しみと、そして希望が混ざった言葉たち。目を潤ませながら、でもしっかりと立ち上がる子たちを、俺は一人ひとり見ていく。


 そのとき、レーネが腕を組んだまま、静かに口を開く。


「……もう、聞いちゃったしね。こういうのは、黙っていられる性格でもないし」


 彼女はふっと笑う。


「協力するわよ。あなたが無鉄砲に走るなら、私は“現実的な手綱”を引く係になる。いいバランスでしょ?」


 ルミナが隣で呟く。


「……ようやく艦長らしくなってきましたね。“無責任な行動”が、“戦略的な判断”に進化する日が来るとは。……感慨深いです」


「感慨深いとか言うなよ。俺、まだ進化の途中だぞ」


「ええ。だからこそ、見守りがいがあります。まるで成長の遅い植物を観察してるような気分です」


 俺は小さく笑って、それから全員を見渡す。


「……ありがとう。みんな」


 この瞬間、俺たちは目的を持ったひとつの“チーム”になった。

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