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第45話 結末

 焼けた空気がまだ肌にまとわりつく。もう何時間も経ってるはずなのに、地面からじわじわ上がってくる焦げ臭さが鼻に張りついて離れない。


 目の前に広がってるのは、かつて“倉庫”と呼んでいた拠点の、完全に終わった姿だ。


 屋根は崩れ落ち、鉄骨はねじれて黒く焼け焦げてる。壁なんか片面が消し飛んでて、残ってるほうもススまみれ。あちこちで瓦礫が崩れかけてて、まだ白い煙が細く立ちのぼってる。


 警備隊が最後の報告を済ませて撤収したあと、俺たちはとにかく水をかけた。バケツで、ホースで、拾った工具箱の中身まで動員して、必死にやった。でも――どうにもならなかった。


 くすぶる火種は、そう簡単には消えない。濡れた瓦礫の下から、じわじわと熱が噴き出して、すぐに白煙が立ち上る。焼け焦げた木材は崩れる寸前で、触れれば粉になって舞い上がりそうだ。


 ……結局、燃え尽きるのを見守るしかなかった。


 子どもたちは誰も何も言わない。ただ立ち尽くして、黙って焼け跡を見ている。何かを言うべきなんだろうけど、どんな言葉を出しても、この瓦礫の前じゃ虚しく響くだけだ。


 悔しさも、怒りもある。でも、それ以上に、ああ――“戻らない”ってのがわかっちまってる。そういう喪失感が、空気を押し潰してる。


 その空気を、いつも通りの冷静な声がぶち破ってくる。


「……また一から訓練ですね、艦長」


 ルミナの声。相変わらずブレない。けど、どこかいつもより語調が柔らかい気がする。


「最後の一騎打ち、もしニコがいなかったら……あなた、確実に死んでいましたよ。

 強化体であることに甘えすぎです。“助けてもらう前提の戦術”は、戦術とは言いません」


 ぐうの音も出ない。完全に図星だ。俺は小さくぼそっと返す。


「……悪かった」


「反省が早いのは、数少ない長所です。そこは素直に評価します。……ただ、今回、私も同様です。リアルタイムであなたをサポートできなかった。傍受と支援に回る選択をしたのは、私ですが……あの瞬間、何もできなかったことは——私の落ち度でもあります」


 一瞬、ルミナの声に、かすかな自責の色が混じる。それが逆にこたえる。


「……次は、お互い、ちゃんと行動で示しましょう、艦長。私も……今回は判断が遅れました。もっと早く動けていればと、正直、悔やんでいます。戦闘記録はすべて保存済みです。復習には困りませんので、必要であればご活用ください」


 言葉は相変わらず容赦ない。でも、その奥にあるのはただの批判じゃない。


 そのとき、足音が近づく。振り返ると、ニコがこっちに歩いてきてる。顔は煤だらけ、髪も焦げ臭いまま。でも、目ははっきりしてる。芯が通ってる。


「……燃えちまったな、アジト」


 その一言に、ズシンとくる。


「守れなくて、悪かった」


 思ったよりも声が掠れてた。その直後、ルミナが被せてくる。


「戦術的には勝利です。ただし、生活環境としては、非常に……ごめんなさい」


 謝った。ルミナが。マジか。


 ニコは無言で少しの間、焼け跡を見て、それから俺の方を見て、口元をほんの少しだけ緩めた。


「十分守ってくれたさ。誰も死ななかった。あれだけの奴ら相手に、だ。“場所”は壊れても、俺たちは無事。それだけで、ありがたいよ」


 その言葉が、どこまでも静かに、でも深く胸に入ってくる。


 誰も死ななかった。生き残った。それだけのことが、こんなにも重いとは思ってなかった。


 焼けた拠点の真ん中で、それでも俺たちは立ってる。まだ立ててる。そう思えたのは――こいつらが、ここにいてくれるからだ。


 気づけば、子どもたちが互いに声をかけ合いながら、まだ使えそうな物資を拾い集めている。ジャンクの中から、何かしら役立つものを見つけ出す術は、いつの間にかしっかり身についてる。


 誰も泣いていない。誰も崩れていない。この数日間で、彼らは本当に変わった。強くなった――ただ“生き延びる”だけじゃない、“選んで生きる”顔になってる。


 その光景を見ながら、気づけば俺は口にしていた。


「……こうして見るとさ。こいつらと傭兵団やったら、案外やれそうな気がしてきた」


 軽口のつもりだった。でも、冗談とも言い切れない。どこかで、それを“アリ”だと思い始めてる自分がいる。


 ニコが俺を見て、わずかに目を細める。


「……冗談、だよな?」


「今はな。でも、考えたくなるよ。本気で」


 そのタイミングで、ルミナが突っ込んでくる。


「艦長、その発言ログ、保存しました。軽口にしては妙に熱がこもっていましたので、後日の再検証に適していると判断しました」


「……余計なことを」


 苦笑が漏れる。けど、もう“巻き込まれた”なんて距離感じゃないんだ。俺は、自分から踏み込んでる。


 少しの間を置いてから、俺はふと思い立って言う。


「……一旦、俺の艦に来るか? 寝泊まりできる場所くらいはある。今夜ぐらい、ちゃんと屋根のあるとこで休め」


 ニコが目を細めたまま、じっと俺を見る。


「いいのか?」


「ああ。警備隊には“保護者として引き取る”って伝えてある。ルミナも、公的な一時保護申請を通してくれてる。形式上は問題ない。多分な」


「“多分”が不安なんだけど」


「安心してください。私が処理していますので、少なくとも法的には合法です。問題があるとすれば、艦長の部屋の整理整頓程度でしょう」


「おい、それ関係ないだろ」


「ないようであります。生活環境の安定は、保護責任者の資質に直結しますから」


 そう言って、ルミナの音声は一拍だけ柔らかくなる。


「今の状態では仮設対応しかできませんが、今夜は“彼らが安心して眠れる場所”として、最低限の安全と快適を保証します」


 それを聞いたニコが、小さく息を吐いてうなずく。


「……じゃあ、甘える。今は、そうさせて」


「ようし。じゃあ、出発する前にひとつ確認な」


「なに?」


「艦内では、無断でドローン分解したりするなよ。怒られるの、俺だからな」


「……え、分解禁止なの?」


「ルミナ、説明頼む」


「はい。艦内設備の分解・改造には事前申請が必要です。“何でもかんでも拾って直して使う”文化は尊重しますが、艦内では最低限の規律を――」


「わかった、わかったって!」


 そうして、瓦礫と煙の向こう、少しだけ笑い声が混じる。


 瓦礫は燃えた。住処は壊れた。でも――


 こいつらの未来は、まだ燃え尽きちゃいない。




 ドックに停泊している《ストレイ・エクシード》を見上げたまま、ニコがぽつりと漏らす。


「……おまえ、やっぱどっかのぼんぼんか? すごすぎだろ、これ」


 その声には、感嘆と少しの警戒が混じっている。俺は苦笑しながら、肩をすくめる。


「いや、そういうわけでもないんだが……まあ、いろいろ事情がある。長くなるから、まずは飯と風呂だ」


「なんだよ、もったいぶりやがって」


「お前、ガキに説教するときもそんな態度か?」


「だいたいな」


 軽口を交わしながら艦内ゲートが開くと、先に駆け寄ってきたのはユイだった。


「おかえり、シンヤ……あ、ニコだ。」


「ああ、ユイ。元気してたか」


「うん! ……今日はこっちに泊まるの?」


「ああ。子供たちのアジトが今ちょっとな。状況的に、こっちに避難させてる」


「……そうなんだ」


 ユイの表情が一瞬だけ曇る。でも、すぐに切り替えてにっこり笑う。


「ゆっくりしていって。 あたしの部屋はだめよ。」


「へぇ、部屋持ちか。やるな」


 そこにエリスも姿を見せる。彼女はニコの顔をまっすぐ見つめる。


「……前に、アジトで少しだけ会いましたね」


「ああ、覚えてる。ドローンいじってたろ。あれ、すげぇ器用だったな」


「ありがとう。今日は、艦内案内しますね」


「お、助かる」


 エリスは静かにうなずくと、さっそく端末でゲスト用のアクセス権を発行してる。相変わらず段取りが早い。


 ルミナの声が、すっと背後から挿し込まれる。


「艦長、ニコとその仲間たちのための仮居住セクションは、すでに準備済みです。食料、生活必需品、すべて補充済み。私の“やる気”と“計画性”に対し、今こそ正当な評価をいただける頃合いかと」


「おう、さすが俺のAIだな」


「ええ、褒め言葉だけならいくらでも頂戴します。ただし、次に無計画に動いた場合は“信用ポイント”を差し引かせていただきますので、そのつもりで」


「なんだよ、今日はやけにご機嫌だな」


「ええ。子供たちが、少なくとも今は安全圏にいる。それだけで、“気分がいい”理由としては十分でしょう?」


 そう言うルミナの声は、わずかにやわらかい。ニコも、そのやり取りを静かに見つめていたが、ふと俺に尋ねる。


「ここって……本当に、お前らだけで動かしてんのか? この船も、全部?」


「まあな。頼りになるやつばっかでな」


「……そっか。頼れるってのは、いいな」


 ぼそっとつぶやいたその声が、なんだかやけに遠く感じた。


 子どもたちは、まるで巨大な未知の生き物を前にしたかのように、《ストレイ・エクシード》の搭乗口に並ぶ。最初の一歩が、なかなか踏み出せない。でも、その目。怖がってるっていうより、好奇心で爆発しそうな顔してる。


「こ、これ……ほんとに入っていいの?」

「触ったら爆発とかしねぇよな?」


 そんな声が聞こえてきて、思わず吹き出しそうになる。


「爆発はしない。たぶん。いや、しないしない!」


 そう言うと、ようやく先頭の子が恐る恐る足を踏み入れる。次の瞬間——


 パシュッ、と足元のセンサーが反応して、通路の照明がぱっと灯る。


「うわっ!」

「今、光った! なんか反応したぞ!」


 あちこちで驚きの小声が上がる。でもその声、完全にテンション高い。興奮を隠しきれてない。


「オートセンサー。人が通ると勝手に明るくなるやつ。心配すんな、仕様だ」


 そう説明してる間にも、わらわらと乗り込んでくる子どもたち。機械の音にビクッとしたり、壁に手を当てて感触を確かめたり、完全に“探検モード”だ。


 ふと横を見ると、ルミナがいつもの冷静な顔で言う。


「艦長。彼らのリアクションはほぼ想定内です。が、廊下のパネルを外そうとしてる子がいます。今すぐ止めてください」


「おいコラ、そこは外すなーっ!」


 ……この船、無事で済むか微妙になってきた。


 ラウンジに入った瞬間には、とうとう歓声が漏れる。


「ソファやべぇ……沈む……!」


「これ、映画とか見れるやつじゃん!」


「風呂あるの? マジで? 湯? 本物?」


 俺は笑いをこらえながら、ルミナに呼びかける。


「第二層の標準クルールームを開けてくれ。できるだけ部屋、分けてやってほしい」


「了解しました。居住区C〜Gを仮割り当て。温水・空調環境は最適化済みです。なお艦長、設備の使い方は一通り説明を――」


「食いもんだー!!」


 廊下の奥から声が響く。もう誰かがメインダイニングにたどり着いたらしい。


 自動調理ユニットが音を立てながら動き出す。蒸気が上がり、あたりに匂いが広がった瞬間、子どもたちがざわつく。


「なにこれ、うめー!!」


「ほんとに、食っていいの? 俺らが?」


「いい。むしろ、今のうちに腹に入れとけ。体も心も、そろそろ限界きてるだろ」


 ベッドに飛び込むやつ、シャワー浴びながら黙って泣いてるやつ、冷蔵庫の中をのぞいて「宝箱かよ……」とぼそっとつぶやくやつ。誰もが、少しずつ、心をほどいていってる。


 俺はラウンジの隅に腰を下ろして、PLDにそっと話しかける。


「ルミナ……ほんとに、これでよかったのか?」


「法的には、許容範囲のギリギリです。ですが、“ギリギリを強引に通すスキル”が艦長の持ち味では?」


「……やっぱ言うんだな、それ」


「はい。私は事実を優先するAIですので」


 少しだけ間を置いて、ルミナの声がやわらかくなる。


「でも、彼らがここにいることで、艦内の空気は確実に変化しました。少なくとも私は……“明るくなった”と感じます」


 目の前では、ニコが何かを指示して、小さい子たちを風呂へと誘導している。その背中に、数日前の尖った警戒心はもうない。ただ、自分の居場所を守る人間の、自信と覚悟が見える。


 俺は小さく息を吐いて、ぽつりとつぶやく。


「……こいつらと傭兵団やったら、案外、いい線いけそうな気がするな」


 もちろん、子どもたちは法的には正式な保護対象じゃない。艦内滞在も、ルミナが申請を通してくれてるから成り立ってるだけで、全部が綱渡りだ。


 けど、それでもいい。――そう思える。


 あの瓦礫の中に放っておくより、ここで笑っててくれるほうが、ずっといい。

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