第42話 不穏な気配
新作始めました。戦国ファンタジーです。
「戦刻異聞録 ――社畜、ゲームの中で戦国武士になる――」
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よろしくお願いします。m(_ _)m
ルミナの怒りも、ようやく一段落したらしい。艦内の空気に漂っていた“とげとげしい静けさ”も、いまはどこか柔らかい。……ようやく、いつもの日常に戻りつつあるって感じだ。
俺たちは、“いつも通り”に依頼を確認しに、フリーランクスの受付へと顔を出す。受付カウンターには、やっぱり“いつも通り”のレーネがいた。陽気で、無遠慮で、でも妙に周囲を和ませる——あのレーネ。
ただ、その横には……少しだけ“いつもと違う彼女”がいた。
「いやー、ルミナに身体があるって、やっぱりいいわねぇ!」
レーネがテンション高く、勢いよく抱きついたのは——
そう、ホログラムじゃない、実体を持ったルミナだ。
「無遠慮な接触はあまり好ましくありません」
口ではそう言いつつも、ルミナの反応はどこか穏やかで、拒絶の色は薄い。
むしろ——ほんの少し、照れてないか?
「……慣れぬ感触、ですが、嫌悪するものではありません」
とか言ってるし。ホログラム越しじゃ味わえなかった“人との距離”ってやつに、悪くない反応をしている。
俺はそれを見て、自然と笑ってしまう。たぶん、いまの彼女には“人間的”なものが少しずつ根を張り始めてるんだろう。そう思えることが、少しだけ嬉しい。
レーネとのやりとりが一段落し、俺が仕事の相談をしようと口を開いたそのとき——
背後の談話エリアから聞こえてきた、何気ない雑談の一つが、俺の足を止める。
「ラボリントのほう、ちょっと騒がしいらしいぜ」
「赤髪の子供を探して、どっかの傭兵団が派手に動いてるって話……」
「“外部契約”とかって、よっぽどの案件じゃねーの?」
……赤髪の子供。
その単語が、頭のどこかに鈍く引っかかる。ラボリント。赤髪。子供。
——ニコ、か?
根拠はない。けれど、心のどこかが妙にざわつく。ただの偶然ならいい。でも、もしそうじゃないなら——
「ルミナ」
小声で呼ぶと、彼女はすぐに反応する。
「はい。……表情の緊張度から判断して、“あれ”が気になっているのですね?」
「察しがいいな」
「それが私の存在意義ですので」
と、珍しく冗談めいた口調。
「ルミナ、行くぞ。いっしょに来てくれ」
俺がそう言うと、彼女はすぐにうなずいた。もう“ホログラムの仮面”をかぶる必要はない。実体を持った彼女は、いまや俺たちの一員——それも、戦力として十分に頼れる存在だ。
「了解。戦闘時の支援モードはすでに待機状態です。想定されるリスクレベルは?」
「まだ不明。でも、備えておいたほうがいいな」
「レーネ、急用ができた。また来る」
「はいはい。気をつけなよ」
あいかわらずの軽さ。でも、どこか信頼を込めた声だった。
ふたりでフリーランクスを後にする。中層南端の階段を下り、俺たちは下層へ——“グレイ・ラボリント”へと向かう。
道中、ルミナが横目で俺を見てくる。人工皮膚に覆われたその顔は無表情に近いが、目の奥に何かがある。
……心配か? それとも、予測しているのか?
「ニコの危険性、どこまで想定してる?」
俺が訊くと、ルミナはすぐに答えた。
「彼女が“ただの孤児”である確率は、もはや極めて低いです。あの年齢で、あの統率力と技術理解、そして対外との距離感——訓練された可能性を排除できません」
「……だよな」
薄々感じてた。ニコは、普通の少女じゃない。俺も、ユイもエリスも、どこかでそれを理解しつつも、深くは踏み込んでこなかった。でも、今——傭兵団が“赤髪の子供”を探して動いてるなら。
「おそらく、ニコの素性に関わる勢力が動いています。迅速に接触し、彼女を保護する必要があります」
「了解。……なるべく静かに済ませたいけどな」
俺たちはラボリントの入り口に差しかかる。暗がりの中、空調の音と遠くの話し声だけが響く。
ここは、静かで、濃密で、乾いた空気が支配する場所——
この静けさの中に、どこかで“嵐の目”が生まれている気がする。
「気をつけろよ、ルミナ。もしニコに何かあったら……俺、後悔したくないからな」
「艦長。……その覚悟、私も共有します」
ルミナの声は、いつになく静かだった。
俺たちは、ニコのアジトへ音を立てないように歩を進める。
重たい鉄扉の前で、俺は一度だけ深呼吸する。
ノックする間もなく——バタバタと足音が近づいてきたかと思うと、内側から扉が勢いよく開いた。
タウロ。ニコの右腕……というか、普段は口数が少ないくせに、誰よりも周囲を気にかけている少年だ。額には薄く汗を浮かべ、少し息を切らしながら、俺たちに駆け寄ってくる。
「……兄ちゃん、来たんだな。今度はまた違う姉ちゃん連れてきたのか」
「いや、これはルミ……って、それどころじゃなさそうだな。何があった?」
タウロの顔がさっと強張る。緊張が、そのまま言葉に乗って出てくる。
「……あいつらが来た。前に揉めた連中——傭兵団のやつらだ。アジトのすぐ近くをうろついてた」
「マジか……イレギュラー・エッジか?」
「たぶん。で……それ見たニコが、様子見てくるって。ひとりで」
「ひとりで!?」
思わず声が裏返る。ルミナも顔をしかめて、すぐに口を開く。
「戦術的に見て、それは明らかに非合理です。ただ……彼女の性格からして、そう判断するのも理解できます」
「止めようとしたんだろ?」
俺がタウロに目を向けると、彼はうなずいた。
「……うん。言った。でもニコ、『自分なら平気だ』って……聞かなかった」
肩を落とすタウロの表情が、いつになく苦しそうに見えた。
その言葉が、重くのしかかる。
あのニコが、敵がいるかもしれない場所に、ひとりで——
胸の奥がざわつく。
「ルミナ、急ごう。ニコが見つかる前に、何とかしなきゃいけない」
「了解です。追跡プロトコルを起動、移動経路の予測を開始します」
数分後、裏通りのくすんだ建物の角を曲がったところで、俺はようやくニコの姿を見つける。
建物の影、ちょうど窓辺の死角に身を沈め、小さなPLD端末を手にしたまま何かを観察している。
……いや、違う。これは“ただ見てる”んじゃない。明らかに“監視”の所作だ。動きに無駄がなく、物音ひとつ立てない。
「おい……ニコ?」
小声で呼びかけると、彼女はぱっと振り返る。驚きの表情を浮かべたまま、こっちを見て口を開く。
「……あれ? また違う姉ちゃん連れてんのか?」
「いや、これはルミナだ。AIのな。前にお前、PLD越しに話したろ? 実体を持たせたんだよ」
ニコの目がわずかに丸くなる。戸惑いと懐かしさが入り混じった、そんな表情。
「へー……本物って感じだな。改めてよろしくな、ルミナ?」
ルミナが少しだけ眉を上げる。
「どうも。“物理接触可能モード”のルミナです。前回よりも格段に有能ですので、ご安心を」
ちょっと得意げだ。まあ、実際頼りにはなるんだけど。
「それより何やってんだ。お前を探してる傭兵団がいるって聞いたぞ。一人で出歩くとか、無茶しすぎだ」
「それな。……いや、あそこの建物。あいつら、あそこを拠点にしてるみたいでさ。何してるか気になって、見に来た」
俺はこめかみを押さえる。ほんと、こいつは。
「俺とルミナで探ってくる。お前はここにいろ。万が一見つかったらどうすんだ」
「大丈夫だって。心配すんな。これでも心得はあるんだぜ?」
そう言って、ニコは身を低くして、すっと影の中に紛れ込む。音を立てずに、窓の死角をなぞるように移動するその姿に、俺は思わず息を呑む。
……動きが滑らかすぎる。警戒の角度も、距離感も、完璧だ。まるで、昔からこういう場所を歩き慣れているみたいな——訓練を受けた人間の動きだ。
「おいおい……お前、どうやってそんな技覚えた?」
ニコは肩越しにニヤッと笑う。
「昔取った杵柄ってやつ?」
「なんだそりゃ」
すると、隣のルミナが目を細めて呟く。
「……秘密工作を生業とする施設出身、もしくは軍事訓練経験ありと見受けます」
「そんな仰々しいもんじゃねえよ。ただ、親が傭兵だっただけ。訓練されたわけじゃない。……でも、少しは見てたからな」
俺が何か言おうとする前に、ニコが手をひらりと上げて「しっ」と口元に指を立てる。思わず息をひそめて耳を澄ますと、建物の中から、かすかな声が漏れてくる。けど——遠い。壁と構造が邪魔して、内容はぼんやりとしか聞こえない。
「……赤髪……手配書……」
「襲撃……三日……」
言葉の断片が、霧の中に浮かぶ残像みたいに引っかかってくる。全体像はつかめない。
「……なあ、ルミナ。全然聞こえねぇ。これ、どうにか——」
「艦長。なぜ、あなたの“ただの耳”で頑張っているのですか? 私は何のためにいるのでしょう」
「あっ……そ、そうだな」
「まったくもう。アナログな執着心が強すぎます。では切り替えます。通信傍受モード、展開」
ルミナが手首のインターフェースを操作すると、目元にふわりと光のリングが浮かび上がる。次の瞬間、彼女の声が抑揚なく、けれど確かな冷たさを帯びて流れ出す。
「傍受完了。会話内容を要約します——」
その声が、やけに静かで、重い。
「“あのときのガキどもの中に、赤髪がいた。企業が裏で探していたターゲットだ。手配書も来てる。報酬付きだ。しかも、前にあいつらに面子潰されたし、ちょうどいい機会だ。今回まとめて潰してしまえば、一石二鳥。赤髪は企業に売る。他は人身売買に回して、こっちも儲ける”——以上です」
喉の奥が、カラカラに乾く。怒りなのか、寒気なのか、うまく判断できない。俺は奥歯を強く噛みしめる。
ルミナの表情がわずかに険しくなる。
「倫理、法律、軍事契約規範、すべてにおいて最下等。存在そのものが社会的に無価値な連中です」
「……だな。言ってることが完全にクズだ」
「まだアジトの位置までは特定されていません。現在は網を張るようにして虱潰しの探索中。音声プロファイルは固定済み。傍受は付近の旧型ノードと携帯端末を通じて継続可能です。私の聴覚に任せてください」
拳が自然と握りしめられていくのがわかる。無意識のまま、俺はルミナに目を向け、それから隣のニコを見る。
彼女は、じっと建物を睨んでる。怒ってるわけじゃない。怯えてるわけでもない。ただ……冷静に、的確に、次の手を探ってる目だ。
「……アジトに戻るぞ。子供たちにも状況を知らせなきゃならん。準備が必要だ」
ニコは無言でこくりと頷き、俺たちに背を向けて歩き出す。
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