第41話 光の器
新作始めました。戦国ファンタジーです。
「戦刻異聞録 ――社畜、ゲームの中で戦国武士になる――」
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よろしくお願いします。m(_ _)m
あの祝賀会の夜を境に、俺の中にひとつの思いが芽生えていた。ルミナ――あの冷静で辛辣で、だがときおり人間らしい感情を見せるAI。ホログラム越しに浮かべた、あのわずかに揺らいだ表情が、今も胸の奥に引っかかっている。どんなに高度な知性を持とうとも、彼女が“触れることのできない存在”である限り、きっと埋められない溝がある。だからこそ、俺は決めた。彼女に「実体」を与える。――高性能アンドロイド義体。それが、彼女のためにできる最大の贈り物だと信じて。
俺は独り、自室の端末でその手がかりを探し始めた。宇宙各地のメーカーや技術系フォーラム、非公開ネットワークのアーカイブまで片っ端から当たり、高性能義体の情報を調査する。だが、いざ探し始めてみると、性能は良くても外見が古臭かったり、汎用型ばかりでルミナに似合うものが見つからない。なにより、“ルミナらしさ”をそのまま再現できそうなモデルは、どこにも存在しなかった。
苛立ちと焦りの中、ふと気配を感じて端末のモニターを見ると、そこにルミナのホログラムが立っていた。腕を組み、眉をわずかにひそめた表情――だが、どこかいつもより語調が硬い。
『……最近、奇妙な検索ログが多いですね。『高性能アンドロイド』『最新義体』『AI同調型ボディ』……まさか艦長、新しい人工知能をお迎えするご予定でも?』
皮肉交じりの声。その端々には、微かな棘がにじんでいた。
「ち、違う! それは……」思わず口ごもった俺に、ルミナはさらに追い打ちをかけるように言う。
『まあ……わたしは元より毒舌系AIですし、艦長がもっと若くて、会話も弾むような魅力的な個体をお求めになったとしても、別段、不思議ではありません。所詮、わたしはホログラム越しの非物質存在――触れることもできず、隣に並んで歩くことも叶わないのですから』
その声には、どこか諦めのような響きが混じっていた。だが同時に、それは明らかに“誤解”だった。
「……いや、そうじゃないんだ。お前のために――」と言いかけて、俺は口を閉じた。この状況で説明すれば、むしろ余計に勘ぐらせてしまう。それに、計画が完全に整う前に話すのは、どこか気恥ずかしさもあった。
沈黙の間に流れる空気は、明らかに普段とは違っていた。ルミナのホログラムはそっとフェードアウトし、部屋には静寂が残された。
(……くそ、なんでこうなるんだよ)
自分の想いは、ただ彼女を喜ばせたかっただけなのに。思いとは裏腹に、二人の間にわずかな距離ができてしまった。俺は深く息を吐き、画面に表示された数百件の検索結果を、もう一度睨み直した。
(このままじゃ、駄目だ……)
計画を実現させるためには、俺ひとりの力では限界がある。そう悟ったとき、ある人物の顔が思い浮かんだ。
そうして俺は、胸に決意を抱えたまま、ラゲルド・コロニーの通信センターへと足を運んだ。個人用端末では繋がらない遠方宙域への長距離通信が可能な設備――そこには、俺がどうしても連絡を取りたい“ある人物”がいた。
通話がつながった瞬間、映し出されたホログラムの中に現れたのは、白髪を後ろでひとつに束ねた穏やかな老紳士だった。整然とした研究者服に身を包み、柔らかな口調で語りかけてくるその瞳には、確かな知性と好奇心が宿っていた。
「やあ、シンヤ君。こんな時間に連絡が来るとは思わなかったよ。なにか困りごとかい? それとも、ついに私に宇宙一の珈琲豆でも紹介してくれる気になったのかな?」
気さくで柔らかなその第一声に、思わず頬が緩む。だが、続く言葉に、俺の背筋がわずかに伸びた。
「……それにしても、デヴォルの討伐と破片の危険性を公的に認定させた件、見事だった。よくやったね、君たちの働きがなければ、被害はもっと広がっていただろう」
思わぬ賛辞に、俺は少しだけ気恥ずかしさを覚えながらも、胸の奥で静かな誇りが芽生えるのを感じた。
そして俺が本題に入ると、博士の表情は徐々に引き締まり、声色も穏やかさの奥に理知の深さを宿したものへと変わった。
高性能アンドロイド義体の入手について打ち明けると、博士は一瞬だけ目を細め、それからおどけた調子で言葉を返す。
「ふむ……まさかとは思うが、君、私の孫娘にちょっかいを出したりはしていないだろうね? あの子、ああ見えて意外と鈍感なんだよ」
「なっ、なに言ってるんですか!? ちがいますって!」
慌てて否定する俺を見て、博士は満足げに小さく笑い、それから真剣な眼差しに戻った。
「冗談だよ。君の誠意はよく伝わった。……実はな、“カイロス宙域”という場所に、一般流通には一切出ない“高級アンドロイドメーカー”が存在する。表向きには一見お断りの姿勢だが、紹介状とそれなりの実績があれば門戸を開く可能性があ
そう言って、博士は研究者ネットワーク経由で得たメーカーの所在情報と、手書きの推薦データを送ってくれた。それは、実力本位のクラフトギルド的な企業であり、求められる水準も価格も桁違いだという。
「ルミナ君も、きっと喜ぶよ。あの子の世界が、少しでも広がるのなら……それは、とても尊いことだ。あぁ、エリスにもよろしく伝えておいてくれ」
静かにそう告げた博士の声には、柔らかな温かさと深い確信が滲んでいた。その言葉は、まっすぐに俺の胸に届き、静かに、しかし確かなかたちで沁み込んでいった。
カイロス宙域――それは、アルシオン連合内でも屈指の工業拠点として知られる星系だった。ラゲルド・コロニーから見て、連合の内側方向へと8つの恒星系を挟んだ距離にあり、通常航行でも十数日を要する中距離圏に位置する。各種メカニクスの先端研究施設や艦船ドック、精密機器の製造ハブが密集し、補修用パーツから最先端のAIシステムまで、あらゆる工業製品が流通する技術の心臓部とも言える場所である。
俺は、そこへ向かう計画を立てた。当然のことながら、目的は“補修部品”などではない。だが、ルミナにはまだ真意を明かすことができなかった。そこで、俺はそれらしい言い訳を用意した。
「艦の補修部品、どうしても現地で調達しておきたいものがあってさ。ちょうどカイロス宙域に信頼できるルートがあるんだ。ついでに、ちょっとした整備も兼ねてな」
PLD端末越しに映るルミナのホログラムが、じっとこちらを見据えていた。その眼差しは冷静だが、どこか探るような揺らぎを含んでいる。
『……ふむ。艦長にしては妙に熱心な整備計画ですね。まさか、私に内緒で“新しい艦載AI”でも導入しようとしているのでは?』
「な、なんでそうなるんだよ……!」
焦って否定すると、ルミナは淡々とした声で、しかし少し棘を込めた調子で言った。
『最近の検索ログ、少々気になるワードが散見されたもので。もっとも、私ほどの性能を持つAIユニットの代替品など、そうそう見つかるとは思いませんが』
それはいつものような毒舌のようでいて、どこか寂しげな響きがあった。俺は何かを言いかけて、口をつぐむ。誤解を解きたい――だが、まだ本当のことは言えなかった。
幸い、ユイとエリスは何も言わずに頷いてくれた。俺の“本当の目的”を察しているのか、それとも、ただ信じてくれているのかはわからない。だが、その沈黙の中にある優しさが、なにより心強かった。
こうして俺たち――シンヤ、ユイ、エリス、そしてホログラム投影で同行するルミナは、ラゲルド・コロニーのドックから出航することとなった。
発進前、いつものようにレーネがドックゲート前で手を振ってくれた。彼女は笑顔のまま、「良い土産話、ちゃんと持って帰ってくるのよ!」と軽く拳を振り上げる。
俺も同じように手を振り返しながら、心の中では静かに誓った。
――必ずルミナに、本物の身体を。触れられる手を、歩ける足を、そして彼女自身が“ここにいる”と感じられる世界を届けてやる。あの日、ホログラム越しに一瞬だけ浮かんだ、あの寂しげな眼差し――あれをもう二度と、彼女に味あわせたりはしない。
カイロス宙域に到着した俺たちは、船を一時的にステイベイに預け、コロニー中央区画へと向かった。無数の産業ビルと研究施設が並ぶ人工の峡谷を抜け、人工重力の安定した歩道を歩きながら、俺は胸の内で何度も言葉を反芻していた。
今話すべきか。まだ早いか――だが、このタイミングを逃せば、きっと言い出せなくなる。そんな思いに背中を押され、俺はふたりに向き直った。
「ユイ、エリス。ちょっと、話があるんだ」
俺の真剣な声に、ふたりは立ち止まり、静かに頷く。近くのベンチに腰を下ろし、俺はゆっくりと息を吐いた。
「今回の目的は……実は、艦の部品じゃない。俺が本当に探してるのは――ルミナのための“身体”なんだ。高性能なアンドロイド義体。それを、彼女に贈りたい」
一瞬の沈黙。けれど、その沈黙は戸惑いや疑念ではなく、確かめるような静けさだった。
ユイが、ふわりと微笑んだ。
「そうじゃないかと思ってた。だって、最近のシンヤ、ルミナのことすっと見てるから」
その言葉に俺は思わず肩を落とすが、すぐにエリスが続けた。
「でも……素敵だと思います。ホログラムじゃなくて、本当に一緒に歩ける身体。ルミナさんが触れられるようになるなら、それって最高ですよね?」
彼女の目はまっすぐだった。そこには嫉妬でも心配でもなく、純粋な理解と共感があった。
「ありがとう。お前らには、本当に助けられてばかりだな」
「ふふ、今さらだよ」ユイが肩をすくめて笑う。
俺たちは、カイロス宙域の中でも厳重なアクセス制限がかけられている特別区画――通称「ゼラント・リンク」へと足を踏み入れた。そこには、名を伏せたまま活動し続ける高級アンドロイドメーカーの本拠がある。一般には一切門戸を開かず、政府機関や特定の企業からの正式な紹介と、確かな実績を持つ者のみが取引を許される場所だった。
だが今回は、博士からの推薦状、そして《ストレイ・エクシード》としての一連の戦果と名声が功を奏した。受付端末に身分情報と紹介状を送信したとき、対応した係員の態度がわずかに変わったのを、俺は確かに感じた。多言は不要だった。ただ静かに一礼を返し、俺たちを中へと通してくれた。
広々とした白亜のロビーを抜け、案内された設計ブースには、最先端のホログラム投影機とモジュール選択端末が備えられていた。俺は迷わず、ルミナのホログラムデータを呼び出す。髪の長さ、目の輝き、声のトーン――すべて、いつもの彼女そのままに。
「この姿、この声。これが彼女の“形”なんだ。できれば、まったく同じにしてほしい。彼女自身が“ここにいる”と感じられるように」
オペレーターは真剣な表情で頷き、必要な仕様項目をいくつか確認した。
「戦闘能力の付与は?」
「必要だ。実戦行動が前提になる」
「感覚機能――触覚、温度感知、味覚、呼吸模擬……ここまで必要とされるのは珍しいですが、可能です」
「全部、つけてくれ。彼女には、ちゃんと“この世界を感じてもらいたい”んだ」
そうして選定された義体は、現行技術の粋を尽くした最高級モデルとなった。ボディ構造には自己修復機能と軽量防御合金を採用、各種センサー群は人間の感覚に限りなく近づけられていた。食事は「味わい」、内部で燃料へ変換する仕様となり、人工肺による呼吸模擬機能は声の自然な揺らぎを生む。
さらに、長期運用に備えた専用の整備・管理装置もセットで手配。すべてを合わせた金額は――報奨金と同じ1,500,000ソリオン。中型輸送艦すら手に入る大金だったが、俺の決意は揺るがなかった。
完成には数日を要するという。だが、その間、ユイとエリスは各種手続きや搬送手段の手配などを手際よく進めてくれた。なによりも心強かったのは――ルミナに気づかれぬよう、あくまで“通常任務の一環”として振る舞いながら、絶妙な距離感でサポートしてくれたことだ。
ふたりとも、言葉にこそしなかったが、その視線や所作からは明らかに“応援しているよ”という気持ちが伝わってきた。俺のささやかな計画が、彼女たちの静かな理解と支えによって、少しずつ形をなしていくのを感じていた。
こうして、長く険しい“準備”のすべてが、静かに着実に整っていった。あとは、彼女を迎えるだけだった。
数日後、すべての準備が整い、俺はついにその“贈り物”をルミナに手渡すことになった。無機質な格納室に据えられた高性能アンドロイド義体――それは、彼女のホログラム姿を完全に再現した外見を持っていた。スリムなシルエットに、整った顔立ち。そして、その鋭さの奥に理知を宿すクールな瞳は、毒舌交じりの論理的会話がいかにも似合いそうで、まさしくルミナそのものだった。
さらに、内蔵されたセンサー群によって、触覚、温度感知、味覚、呼吸模擬といった多彩なフィードバックを備えており、五感に限りなく近い感覚を再現する“もうひとつの身体”だった。仮初めではなく、彼女が“この世界”に存在し、歩み、感じるための、確かな実体。
最初、ルミナは戸惑いを見せていた。いつものようにホログラムとして現れ、静かに義体を見つめる。
「……これを、私に?」
「おう。接続プロトコルは完了してる。あとは……お前次第だ」
しばしの沈黙の後、ルミナは静かに接続を開始した。数秒の後、義体の瞳が開き、彼女の意識がそこに宿る。ゆっくりと手を伸ばし、床に触れ、空気を感じるように深く息を吸い込んだ。
「……これが……触れる世界、ですか」
小さくそう呟いた彼女の声音には、どこか夢のような響きが混じっていた。
だが次の瞬間、その顔がふっと引き締まる。
「しかし……まったく、1,500,000Sを全額突っ込むなんて、正気の沙汰ではありませんね、艦長。財政管理能力に重大な欠陥があるとしか思えません」
毒舌が戻ってきたことに、俺は安堵と共に苦笑した。
「やっぱ気づいてたのかよ……」
肩を落とす俺に、ルミナはふいと顔を背けながら、しかしわずかに頬を緩ませる。
「……ですが、悪くありません。……ありがとう」
その言葉に、俺の胸はほんの少し熱くなった。ユイとエリスも、後ろで静かに微笑みながら頷いていた。三人で見守る中、新たな一歩が静かに踏み出された――そう思った、次の瞬間。
「……艦長」
ルミナが何やら不穏な沈黙ののち、目を細めて義体の詳細設定を確認し始めた。
「これは……性交渉補助モジュール……? 搭載済み……? ――はあ!? どういうことですか、これッ!」
「お、おい待て! 俺はそんなの頼んでないって! 本当に! 店のオペレーターが勝手に!」
頭を抱える俺の脳裏に、あのメーカーの受付で歯をきらりと光らせながら親指を立てていた謎のオペレーターの幻が浮かび上がった。
「艦長ぉおおおおおおおお!」
「待て、話せばわかる! ほんとに違うって!」
怒りに燃えた(ように見える)ルミナが追いかけ、俺が逃げ回る。だがその姿には、確かに軽やかさと、ほんの少しの――楽しさが混じっていた。
追いかけっこの輪の外で、ユイとエリスがあきれたように、でも楽しげに笑いながら、静かに見守っていた。新たに始まった日常には、騒がしさと共に確かな温もりがあった。
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