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第40話 戦果

 《ハーヴィア》を救い出すことは、ついに叶わなかった。だが、それでも残された五隻の輸送艦は、俺たち《ストレイ・エクシード》の護衛下で無事にラゲルト宙域へと帰還を果たした。


 任務完了の報告と同時に、俺たちは全戦闘ログと経緯報告をフリーランクスに提出した。送信完了から数時間も経たぬうちに、通信チャンネルの向こう側から異例の反応が返ってくる。通常なら数日かかる審査が、今回は優先フラグ付きで即時処理された。


 ――理由は明白だった。


 ログの中には、“デヴォル”との交戦記録が含まれていた。しかも、撃破の決定的瞬間までが高精度センサーと多波長観測ログにより克明に記録されていたのだ。フリーランクスの上層部にとって、それは単なる戦果ではなく、「未曾有の接触事例」として歴史に残る意味を持っていた。


『……確認した。今回の任務、対象艦の一部消失にも関わらず、特例により『任務達成』と認定する』


 画面に映ったオペレーターはそう告げた後、少し声を落として言った。


『君たちが提供した戦闘ログと解析データは、我々だけでなく、アルシオン連合や他の星間組織にも共有される。特に、デヴォルの残骸――その“破片”が引き起こす共鳴現象は重大なリスク要因と判断された。これに伴い、緊急警戒レベルが再設定される見込みだ』


 言葉の通り、今回の報告によって《デヴォル》の“破片”が人為的な干渉を受けることで擬似的な呼び声を生み出し、実体化の誘因となるという仮説――つまり、破片が“デヴォル本体”をその宙域へと招いてしまう可能性――は、強い説得力をもって受け止められた。その危険性は、宙域全体を揺るがすものとして扱われた。


『また、今回の撃破および情報提供を受けて、アルシオン連合およびフリーランクスから特別報奨金が支給されることが決定した。詳細は後日、正式な通達にて伝えられるだろう』


 通信が切れた後、ブリッジには短い沈黙が訪れた。エリスが小さく息を吐き、ルミナが淡々と作業を再開し、ユイは何かを噛みしめるように静かに目を伏せていた。


 俺たちがしたことは、ただ、目の前の危機に応じて戦っただけだ。それでも、結果的に――この宇宙のどこかで起こるはずだった“第二の悲劇”を防いだのかもしれない。




 《ストレイ・エクシード》が“デヴォル”の撃破に成功したという報せは、驚くほどの速さで宇宙を駆け巡った。情報はフリーランクス本部を通じてスペースコロニー群、さらにはアルシオン連合宙域にまで伝達され、想像以上の反響を呼んでいた。


「名前出てる……《ストレイ・エクシード》と、シンヤ・クラタって」


 帰還したラゲルド・コロニーのポートに降り立った直後、ユイが端末の速報記事を俺に見せてきた。そこには、撃破ログの解析や、未確認存在との交戦記録の価値について熱く語る見出しが並んでいた。


「ったく、大げさだな……俺たちはただ、生き延びるために戦っただけだ」


 そう言ってはみたものの、周囲のざわめきはそれを許してくれなかった。ポートの広場では、市民や他の傭兵たちが拍手や歓声をあげて俺たちの帰還を出迎えていた。子どもたちが笑顔で手を振り、通信メディアの記者らしき人物が遠くからカメラを向けている。


「おかえりなさい!」


 その声に振り向くと、レーネが笑顔で駆け寄ってきた。次の瞬間、彼女は唐突に俺の頬に軽くキスを落とした。


「……なっ!?」


 固まる俺。あまりの不意打ちに声も出せず、視線だけが彷徨う。


 周囲からは「おいおい、キャプテンやるな!」「レーネさん、やる〜!」と野次が飛び交う。


「おめでとう、祝福のキスよ。ふふっ」


 彼女がにこやかに言うと、俺はようやく口を開いた。


「お、お、おう……」


 顔が熱くなるのがわかる。そんな俺を横目に、ユイがむすっとした表情でそっぽを向く。頬をふくらませたまま、こちらを見ようともしない。


 エリスは顔を真っ赤にして視線を泳がせ、何か言いたそうなのに言葉にならない。そんな中、胸元のPLD端末から冷ややかな声が響く。


『過度な接触は、行動効率に著しく悪影響を及ぼします。……まったく、脳内までお花畑ですか、艦長?』


「う、うるせぇ……!」


 相変わらず容赦ない毒舌に、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。


「それとね――あんたたちに支払われる報奨金、確認してきたわ」


 レーネが端末の画面を俺の前に差し出した。その表示された数字を見て、俺は思わず目を疑い、もう一度見直す。


「うわ、これ……マジかよ……?」


 表示されていたのは、1,500,000Sという桁違いの額。宇宙戦艦を手に入れるにはまだ遠いが、中型輸送艦(250メートル級)なら一隻まるごと購入できるほどの金額だった。いち傭兵団にとっては破格すぎる報奨金だ。


「ええ、それだけの価値があったってことよ」


 レーネは落ち着いた声で頷いた。


「デヴォルの撃破ログ、そしてあの“破片”の危険性――それらが正式に、公的機関によって認定されたの。単なる任務じゃなく、宙域の安全保障に関わる重大情報だったってわけ」


 ルミナが補足するように説明を加える。


「この報奨金の一部は艦の整備費や保険料に充当されますが、残りは自由に使える資金です」


「なら――祝賀会でも開くか?」


「その前に」


 レーネが指を立てて言う。


「まずは“本登録”が先。今回の任務達成で規定数をクリアしたから、アルシオン連合宙域市民として正式な認可手続きを受けられるの。公共サービスも保険も、やっと使えるようになるわ」


「へぇ……俺たちもいよいよ正規市民か」


「ねえ、私も一緒?」とユイが不安げに俺を見上げた。


「ああ。ちゃんと、俺が身元引受人になるって決めてる」


「ふふっ……ありがと、シンヤ」


 そうして俺たちは、ただの流れ者ではなく、この宇宙で確かな“居場所”を得るための一歩を踏み出していった。




 ラゲルド・コロニーの登録センター。白い光が大きな窓から差し込むオフィスには、市民登録用のカウンターが整然と並び、控えめな音量で案内放送が流れていた。俺とユイは、その一角に並んで、少し緊張した面持ちで順番を待っていた。


 やがて窓口に呼ばれ、俺たちは職員の前に立った。きっちりと整えられた書類と、端末の画面が目の前に広げられる。


「では、こちらがアルシオン連合宙域の市民としての本登録用の書類です。ご自身の情報と、健康保険・居住登録などの手続きが含まれています」


 職員の穏やかな説明に頷きながら、俺は必要事項を確認していく。横を見ると、ユイが何かを迷っているような表情で俺を見上げてきた。


「ねえ、シンヤ……わたしも大丈夫?」


 その言葉に、一瞬だけ、胸の奥がぎゅっと詰まった。予想していたようで、どこか現実味を帯びたその響きに、俺は少しだけ驚きながらも、しっかりと頷いた。


「お、おう……もちろん。任せてくれ」


 ユイの目には揺るぎない決意が宿っていた。その奥に、言葉にしなくても伝わってくる信頼と、少しの甘えが滲んでいた。その重みに、俺自身の心もまた引き締まるのを感じた。


 手続きが終わると、小さな証明カードと、保険制度の利用案内が渡された。ユイがカードを見つめながら、ほっとしたように言う。


「……よかった。これからも一緒だね」


 俺は自然と、彼女の肩に手を置いていた。


「ああ。俺も……ユイを守る存在なんだって、改めて実感したよ」


 ユイはその言葉に小さく微笑み、ほんの一瞬だけ目を伏せたあと、そっと俺の手を握ってくれた。そのぬくもりに、思わず息を飲んだ。


 登録センターを後にして、俺たちは人で賑わう広場を歩く。喧騒の中、ユイが小さな声で囁いた。


「シンヤ……ありがと。ほんとに」


 俺は端末を取り出し、登録された情報を確認しながら笑った。


「これからも一緒に、やっていこうぜ」


 ユイは黙って頷いた。その表情には、柔らかな光が宿っていた。心の奥で何かが確かに灯ったように思えた。


 俺たちは肩を並べて歩き出す。その背後には、ようやく手に入れた“新しい日常”が、確かに広がっていた。




 ラゲルド・コロニーの高級レストラン――大きなガラス窓の向こうには、宙港を行き交う貨物輸送船の灯りがキラキラと揺れている。円卓には俺、ユイ、レーネ、エリスが腰を落ち着けて座り、中央の画面にはリモート参加のルミナがホログラムで静かに微笑んでいた。


 一瞬の静寂。俺は胸の高鳴りを抑えつつ、グラスを掲げる。


「あ、あの、皆……えっと……本当にお疲れさま。そして……デヴォルを倒してくれて、ありがとう──ってことで、乾杯、しよう」


 俺は声を震わせながらグラスを掲げた。全員がほんの少し笑いながら、自然とグラスを合わせる。


「乾杯!」


 レーネが「キャプテン、珍しくしっかりしてる!」と囁き、エリスも「本当にすごかったんですから!」と興奮混じりに笑う。俺は照れ隠しに笑って目を伏せた。


 そのとき、料理が運ばれ始める。異星風の料理がテーブルを彩り、ユイがそろりと箸を見つめる。


「…これ、食べても大丈夫かな…?」


「これは“クインザ・シェル”って言って、どぎつい目玉が特徴なんだけど…ちょっと勇気いるわよね」とレーネが説明。


 エリスが先に一口。それから「おいしいっ!」と目を輝かせる。


「すごく繊細なのに、香ばしくてクセになる!」


 ユイも恐る恐る一口。ふっと表情が変わり、そしてふわりと笑顔に。


「…あ、おいしい…これ、好き…」


 俺もためらいながら口に含むと、異星の甘酸っぱい風味が広がった。


「おお……これ、めちゃくちゃ美味いじゃないか!」


 レーネとエリスは次々と別の皿に手を伸ばし、「たまにはこんな贅沢もいいよね!」とにぎやかだ。


 その様子を、PLD端末越しに投影されたルミナは、静かに眺めていた。だが、ホログラムに映る彼女の表情には、どこか影のような揺らぎがあった。普段なら遠慮なく鋭く突いてくるはずの毒舌も、どこか歯切れが悪く、抑え気味だった。


『……まったく、艦長。あまり浮かれすぎると消化に悪いですよ。味覚に刺激されすぎて、思考回路まで甘くなるのではありませんか』


 言葉の端々には辛辣さがあるものの、どこかトゲが丸まっている。丁寧な口調の中に、優しさがにじんでいた。俺は思わず、からかうように笑った。


「ん? 今日は毒が弱めじゃないか? ルミナ、お前こそ調子崩してないか?」


『……ご安心を。処理能力も稼働率も規定値を保っております。……ただ、食事とやらの楽しさは……少々、羨ましいとは感じています』


 その言葉に、レーネがふと目を細めた。彼女はシンヤの隣にそっと腰を寄せ、低い声でささやく。


「……ねぇ、あの子。ちょっと、寂しがってない?」


「……そう見えるか?」


「うん。あのルミナが、あんなに言葉を選んでる。いつもならもっとズバズバ来るでしょ?」


 俺はグラスを傾けながら、そっとルミナのホログラムを見つめた。無機質な外見の奥に、人間と変わらない“心”の揺れが確かにある。あれは、孤独――いや、置き去りにされたような気持ちかもしれない。


 俺の胸の中に、ひとつの思いが浮かんだ。これまでの任務で得た報奨や、フリーランクスへの情報提供による報酬。あれを、ただの蓄えにしておくのはもったいない。


(ルミナのために――何かできることはないか)


 思考が自然と巡っていく。彼女がもっと、直接この世界を“感じられる”ような方法。感触、温度、空気、味――AIの限界を越えるような、何か。


「……なにニヤけてんの、シンヤ」


 レーネの呆れた声に我に返る。俺は小さくかぶりを振った。


「いや、ちょっと考えごとをな」


 ホログラムのルミナが一瞬だけこちらを見て、何かを察したようにわずかに視線を逸らした。――その動作が、妙に人間らしく思えた。


(待ってろよ、ルミナ。お前が“そこにいる”って、ちゃんと感じられるようにしてやる)


 そう心の中で誓いながら、俺はまた静かにグラスを掲げた。祝賀の時間はまだ終わらない。だが、その先の未来にも、またひとつ灯りがともった気がした。

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― 新着の感想 ―
政府というか上から正当な評価が与えられるというのはとても喜ばしいですね。 デヴォルの破片が非常に危険なものであるというのもヤバイけれども今後が楽しみです。 貧乏性の海賊とかが金目の物と見誤って抱え込む…
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