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第3話 艦内散策①

 艦橋から廊下へ出ると、足元の照明がひとつずつ灯っていく。無人のはずの通路が、まるで“俺の到来を歓迎してる”ように見えてくるのがちょっと気持ち悪い。


 床には、深い紺色の絨毯が敷かれている。厚みがあって、踏みしめるたびにほんのり沈む感触が返ってくる。見た目も手触りも一級品。壁はつややかな金属光沢で、ところどころに艦のエンブレムらしき意匠が彫り込まれていた。天井には淡い間接照明が這うように伸びている。そんな中を、清掃ドローンだけが淡々と動いている。


 高級ホテルの廊下かってレベルなのに、人の気配は一切ない。整いすぎた静けさが、逆に落ち着かない。


 そんなことを考えながら歩いていると、ふと足が止まった。目の前に現れたのは、ほかの扉とは明らかに格が違う、重厚なドアだった。


「……こっちが艦長室か?」


『正式名称は艦長専用クォーター。あなたの居住スペースです。ようこそ、勝ち組の空間へ』


 ルミナの声が飄々と響く。ドアは無音でスライドし、まるで自動で開く高級ホテルのエントランスみたいに静かに開く。


 中に足を踏み入れた瞬間、思わず足が止まる。


 そこは、完全に“住む部屋”を超えてる。豪華ってレベルじゃない。木目調のパネルに、落ち着いた黒基調の内装。間接照明の柔らかな光が空間を包んでいて、なんかもう……静かな高級感があふれてる。


 大型ベッドに、透き通ったシャワールーム。重厚な書斎デスク。観葉植物なぜあるまで揃ってる。とても戦闘艦の中とは思えない。


「……いや、住めるなこれ」


『住む場所ですので』


 即答かよ。


「比喩だよ……俺のワンルーム、今ごろ地球で泣いてるぞ……」


『地球のワンルームが感情を持っているなら、それはそれで興味深い現象です』


 思わず笑ってしまう。ベッドの端に腰を下ろすと、ふわっと沈む感触が体を包む。想像以上に柔らかくて、思わず肩の力が抜けた。


「ルミナ、ほんとにこれ、戦闘艦の中か?」


『はい。高級感と機能性の融合。それが“プレミアム”です』


「一人暮らし七年目の部屋と比べたら、天と地どころか次元が違うわ……」


『なお、冷蔵ユニットには**高級保存食セット(課金限定)**が搭載されています』


「マジか……餃子で終わった人生に、急にVIPコース来たな……」


『ご安心を。すべてのカロリーは記録されており、運動不足時には警告を発します』


「……余計なお世話だよ」


 どこか張り詰めていた感覚が、少しずつほぐれていく。ベッドの感触も、体に残る微かな疲労も、全部が妙にリアルで。逆に――これは夢なんじゃないか、って気がしてくる。


「なぁ、ルミナ……これって、本当に現実なのか?」


『不明です。ただし、“現実である可能性は極めて高い”と推定しています』


「……ってことは、俺……ガチで迷い込んだってことか……」


 呟きながら、何となく視線を動かす。シャワールームの隣に、でかい全身鏡がついてるのが見える。


 引き寄せられるように近づいて、前に立つ。そして、鏡に映った“自分”を見た瞬間――言葉が出ない。


 ……若い。いや、若すぎる。しかも、顔つきが……整いすぎてないか?


「……え、これ……俺か?」


 肌は滑らか。影が少なく、目元もスッとしてる。顎のラインは無駄にシャープで、パーツの配置も妙にバランスがいい。記憶にある“俺”とは、明らかに違う。


「ルミナ、これ……本当に俺の顔?」


『はい。ゲーム開始時にあなたが作成したキャラクター設定に準拠しております。年齢は18歳。“ほどほどに整った顔立ち”および“後悔しない程度のリアル寄り”という指定でした』


「うわ、そうだ……俺、テンプレいじってたわ……」


 アバター作成のとき、妙にこだわってスライダーを微調整してた記憶が蘇る。リアルすぎず、でもネタに見えない……そんな微妙なラインを攻めて。で、結局「まあこれでいっか」って決定ボタンを押したんだよな。


「……マジで、これで来たのか、俺……」


 鏡の中の“誰かっぽい俺”は、確かに困惑した顔をしてる。けど、頬に手を当てると、ちゃんと体温がある。皮膚の感触も、筋肉の反応も、全部が本物だ。


「……夢じゃないんだな」


『夢かどうかを確かめるには、“頬をつねる”より“歯磨き”が効果的とされています。口内の異物感は、夢ではほとんど再現されませんので』


「夢の中の助言にしては、やけにリアルだな……」




 艦長室でひと息ついてから、再び廊下へ出る。目指すのは、艦の最前部――“観測ドーム”ってやつだ。ルミナの説明によれば、そこでは宇宙空間を360度パノラマで見渡せるらしい。


「なんか……宇宙を見に行くって、ちょっとロマンあるよな」


『ようやく前向きな発言ですね。初めての宇宙、感動のご準備を』


 相変わらずの調子で返してくるけど、妙に言い回しが上品だ。で、案内されたドームの扉が、音もなくスライドして開く。


 その瞬間――思わず声が漏れる。


「……うわ」


 広がっていたのは、星の海だ。漆黒の空に、無数の光点が散りばめられていて、まるで宝石を撒き散らしたみたいに瞬いている。遠くに見える帯状の光は、おそらく銀河。その渦が、静かに、でも確かに動いてるように見える。


「……見えるな。星も、銀河も、ちゃんと……」


『はい、“見えてはいます”が――座標情報と一致しません』


「……は?」


『現在、星図と照合中……一致率0%。この宙域の星々は、既存データに一切登録されていません』


「ちょっと待て、それって……ここ、どこなんだよ?」


『“不明”です。確かに宇宙空間ではありますが、この宙域は、現実の天文学データにも、ゲーム内の座標情報にも存在していません』


「じゃあ……バグ空間とか? そういうやつ?」


『もしこの景色がバグで生成されたものであれば、それはもはや“宇宙芸術”の域です。いずれにせよ、現時点では“場所は不明、しかし存在はしている”と判断しています』


 足元を見ると、床も透明素材でできていて、艦の下――真下にまで星が広がっている。上も、下も、左右も。全方向に星。どこにも“終わり”が見えない。


 奇妙だけど、美しい。異様だけど、なぜか見入ってしまう。


「……星がちゃんと見えるだけで、ちょっと安心するな」


『人間とは、謎よりも“既視感”に安らぎを覚える生き物です。ただし現在の星空は、“どこにも属していない”既視感です』


「さらっと怖いこと言うなよ……」


 ドームに、静けさが戻る。この空間にあるのは、ただの宇宙じゃない。どこかで見たようで、どこにも存在しない――そんな星空だ。




 観測ドームの不思議な星空をあとにして、ルミナの案内に従いながら艦の中枢――AI制御室へ向かう。聞いた話じゃ、ここがこの艦の“頭脳”らしい。


「ここが……お前の部屋、みたいなもんか?」


『厳密には、私のメイン処理ユニットが接続されている“艦内統制中枢”です。ですが、あなたのような感覚優先の人間には、“私の部屋”という表現のほうが理解しやすいのでしょうね』


 皮肉混じりの返しは、まあ想定通り。そうこうしてるうちに、ドアが開く。


 中は静まり返ってる。音が一切しない。室内の中心にあるのは、球体型のホログラム投影装置。その周囲をぐるりと囲むように、無数の透明スクリーンと操作系が浮かんでる。まるで、空間そのものがインターフェースみたいだ。


 で、その中心に――ルミナが立ってる。


 いつもは声だけだったけど、ここでは全身ホログラムの姿だ。スリムで整った輪郭、きっちり整えられた顔立ち。目元は鋭いけど、どこか人間味すらある。毒舌がよく似合う、妙に完成度の高い“人型AI”。


「……思ったより、人っぽいな」


『ご希望でしたら、角を生やすことも可能ですが?』


「いや、それはやめとこ……」


 そのまま一歩、ルミナが俺に近づいてくる。その動きがまたやたら自然で、生身の人間と区別つかないレベル。


『この制御室では、あなたのユーザー設定の確認、AIユニットの人格調整、拡張インターフェースの起動などが行えます』


「人格調整って……まさか、おまえの“性格”とか?」


『ええ。“毒舌モード”もここで変更可能です。……解除用のパスワードをお持ちであれば、の話ですが』


「……絶対ないだろそれ……!」




 AI制御室を出て、ルミナの案内に従いながら艦の後部――格納庫へと向かう。歩きながら改めて思う。この艦、軽巡って呼ばれてるけど、どう見ても中身が別格だ。廊下を歩いてるだけで、けっこうな距離を移動してる気がする。


「……ってか、この艦、広すぎないか?」


『“プレミアム艦仕様”ですので。スペースも贅沢に使う――それが“大人の余裕”というものです』


「七年間ワンルームで暮らしてる俺には、もはや“空間の暴力”だな……」


 そう呟いているうちに、格納庫のシャッターが無音でスライドする。開けた途端、未来の工業地帯みたいな空間が広がってる。


 整然と積まれた補給コンテナ。天井から伸びるクレーンアームの群れ。奥には小型シャトルらしき機体も見える。まるで無人の宇宙港が、まるごと艦内に収まってる感じだ。


 その中央、ハンガーデッキのライトに照らされて、ひときわ目を引くモノがある。


「……あれが、“ヴァルカンユニット”か」


 一目でわかる。人型の装備――外骨格スーツ。EXO-ARMヴァルカンユニット。装着者の身体能力を補助・拡張する個人用パワードスーツ。マットブラックの装甲が全身を包み、関節部からは赤いラインが鼓動のように明滅している。


 ゲームに出てきそうなデザイン。でも、現実感はおかしいくらいある。


『個人装備ロッカーNo.01に格納中。艦長専用仕様で、あなたの生体パラメータに最適化済みです』


「……で、これって、どうやって装着すんの?」


『立って、腕を広げて、なにも考えないでください』


「いや、その手順、不安しかねぇんだけど……」


 それでも言われた通りに、ユニットの前に立って、腕を広げる。数秒の沈黙のあと――


 ガシュンッ!


「うわっ!? な、なんだこれっ……!」


 音を立ててユニットの外装が展開され、空中にパーツが浮かび上がる。サポートアームに保持されたそれらが、まるで吸い込まれるように俺の体に接続されていく。両腕、脚、胴体、背中――順番に、滑らかに。


 装着っていうより、取り込まれてる感じだ。重みはほとんどないのに、体にピタリと吸いつくようなフィット感がある。


『制御リンク確立。バイタル安定、神経接続、動作補正起動中……』

 ルミナの声が、耳元で囁くように聞こえる。

 スピーカー越しじゃない。直接、脳に届いてるような生々しい感覚。


「説明がSFすぎて、頭が追いつかねぇぞ!」


 最後に頭部のバイザーがスライドして視界が覆われる。その瞬間、視界にHUDが表示されて、まるで自分が戦闘機にでもなったかのような錯覚に陥る。


『ヴァルカンユニット、起動完了。どうぞ、おまぬけなボディにしては過剰な強化をお楽しみください』


「褒めてんのか、けなしてんのか……!」


 拳を握ると、内部から微かに機械音が響く。それだけで、人間を超えた補助が入ってるのがわかる。


 腕を振ってみる。スーツが完全に追従して、空気を裂くような軌道で動く。一歩踏み出すと、床がわずかに鳴った――たぶん、強化された脚力のせいだ。


「……マジか。これ、本当に“動ける”んだな」


『重量比補正システムにより、実感重量は2.3kg。出力は人間比で約8倍。壁を殴れば、きちんと壊れます』


 ルミナの声が、またしてもやたら楽しげに聞こえる。その距離感が近すぎて、なんか妙にくすぐったい。


「それをやる理由はねぇよ!」


 半ば苦笑しながら、その場で軽く走ってみる。加速はスムーズで、動作の遅延も一切ない。視界も揺れない。


 壁際で跳んでみる。――浮く。明らかに人間の脚力じゃ届かない高さまで。


 そして、着地しても衝撃はゼロ。スーツがすべて受け止めてくれている。


「……すげぇ。もう、人間って感じじゃねぇな、これ……」


『神経信号と完全同期しています。考えた通りに動きます――おまぬけな思考でなければ、ですが』


「せっかく感動してたのに、またそれかよ!」

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