第38話 境界宙域の鼓動
《ストレイ・エクシード》は、滑るように外縁宙域の目標座標へ進入した。減速の振動がわずかに艦体に伝わり、眼前の宇宙に五つの輸送艦が静かに浮かび上がる。ブリッジ前方のスクリーンに映るその姿は、損傷も見られず、航行も安定しているように見えた。
『輸送船団、コールサイン確認完了。応答あり。艦体ID照合も一致しました。ただし、コリオリ級輸送艇は未確認です』
ルミナの冷静な声が、静寂を破るようにブリッジに響く。
「つまり……行方不明は事実ってことか」
俺は操縦席に身を預けたまま、前方の暗い空間を睨んだ。《ハーヴィア》は、どこに消えた? 通信不能になって24時間以上経過してる。船団は予定航路を維持してるが、何かがあった可能性は高い。
「他の5隻は?」俺が問い返すと、ルミナはすぐに答えた。
『航行に異常はありません。ただし通信には不規則なノイズと遅延が発生中です。特に、信号の揺れが周期性を持たず、非自然的です』
そのとき、ブリッジ右手の通信コンソールに連絡が入った。ルミナが即座に接続し、中央スクリーンに輸送船団の旗艦の艦長が映し出される。やつれた表情が、ただならぬ状況を物語っていた。
『ようやく繋がったか……こちら《セルトナ》。支援に来てくれたことに感謝する。実は、昨晩から各艦で立て続けに“システム系のアクシデント”が起きてな……』
「アクシデント?」
『ああ。冷却装置の誤作動や電磁フィールドの乱調、エンジン管理AIのリセットなどが、同時多発的に。どれも大事には至ってないが、乗員が対応に追われるうちに――気がつけば《ハーヴィア》が応答しなくなっていた。……まるで、神隠しにでも遭ったように』
「警戒態勢は?」
『もちろん最大限の監視は続けていた。だが、異常信号が断続的に発生していて、正常なモニタリングができていなかった。……済まない。君たちに余計な負担をかける』
「気にするな。ここから先はこっちの任務だ」
『ああ、それと――』艦長が少しだけ画面を近づくようにして続けた。『もし《ハーヴィア》が何らかの不測の事態に陥っていた場合を想定して、制御系に残しておいたバックドアのアクセスコードを共有しておく。そちらの艦から接続できるはずだ』
「助かる。それがあるなら、内部から何が起きたか追えるかもしれないな」
通信が切れると、ブリッジは再び静寂に包まれた。《ハーヴィア》は、艦隊のすぐ傍にいたはずなのに、何の痕跡も残さず消えた。その違和感が、言い知れぬ不穏さとして、艦内を満たしていった。
「……自然な通信障害とは言いづらいリズムですね」
エリスが端末をのぞき込み、眉を寄せる。
ルミナはマップを呼び出し、赤くマーキングされた座標を投影する。
『《ハーヴィア》が最後に通信を発信した位置です。周囲には拡散的なサブパルス波も確認されており、干渉源の可能性もあります』
「レーダーは?」
『明確な船影は現在確認できていません。ただし、反射パターンに不自然な屈曲が見られます。人工物が“何かの意図”で隠れているか、あるいは別の構造体が干渉している可能性も』
ルミナの声はいつもどおりだが、その内容は確実に異常を示している。俺は小さく息をついて、ユイの方を見やった。
彼女は、すでに目を閉じていた。
「……感じようとしてる。なにか……ある。すごく遠くて、濃い霧の奥。触れようとすると、滑って逃げる。けど……確かに、なにかがいる」
ユイの声はかすかに震えていた。怯えてるというより、深層に響く“何か”に、触れそうで触れられない焦燥が滲んでいた。
「無理はしないでいい。強引に繋げば、ユイの方に負荷がかかる」
俺の言葉に、ユイは小さく頷く。どんな能力でも万能じゃない。けれど、彼女が感じた“引っかかり”は、今の状況に何かが潜んでいる確かな兆しだ。
探索はしばらく続けられたが、結局の位置特定には至らなかった。船団からの通信も大きな変化はなく、妙なノイズが継続している以外、宙域は静かすぎるほどに静かだった。
『各艦艇、状況変化なし。現在の通信状況も、干渉はあるものの安定範囲内です。推奨行動:短時間の休息』
ルミナの判断に、俺は椅子を回して立ち上がる。
「……今のうちに体力を温存しておくか。何か起きた時に動けなきゃ意味がないからな」
皆、それぞれ軽く頷きながら、静かにブリッジを後にしていく。ユイも、こちらをちらりと見てから自室へと消えていった。
残された静寂の中、俺は最後にもう一度、マップに映る《ハーヴィア》が“いたはずの”座標を見つめる。何が起きた? この先、何が待ってる?
ブリッジの照明が落とされ、巡航モードの灯が淡く空間を照らす。《ストレイ・エクシード》は、未だ正体不明の“闇”の中へと、静かに進み続けていた――。
シャワーを浴びてブリーフィングの疲れを洗い流した俺は、自室の照明を少し落として、ベッドに腰を下ろした。艦の緩やかな振動が床越しに伝わってくる。眠れるかどうかは微妙だったが、いずれ何かある。その前に少しでも体を休めておくべきだ。
部屋のドアが、控えめにチャイムを鳴らす。
「……どうぞ」
扉が開き、そこに立っていたのはユイだった。パジャマ姿。ラフな艦内着に、長い髪はゆるくまとめられていて、見慣れているはずなのに、どこか違って見えた。
「シンヤ……少しだけ、いい?」
「……あ、ああ。どうした?」
彼女はおずおずと足を踏み入れ、ドアが静かに閉まると、小さく息を吐いた。
「……怖いの。さっきの感応……うまく言えないけど、何かが、こっちを見てた気がする」
「そっか……」
言葉を探す俺を見て、ユイは一歩、近づいた。
「だから、ね……少しだけ、一緒にいてくれない?」
まっすぐな瞳で見つめられ、俺の言葉が喉で詰まった。いやいや、これは色々まずい。まずくないか?
「……ユイ、それはちょっと……あのな、こういうのはだな……」
「だめ、かな?」
潤んだ目。少しだけ震えた声。その姿に、俺は敗北した。理性が「これは違う」と叫ぶ一方で、本能が「今すぐ布団を広げろ」と指令を出していた。
「……わかった。じゃ、ちょっとだけな」
そう言う間に、ユイは嬉しそうに頷いて、さっさとベッドの片側に滑り込んだ。俺はもう片側に恐る恐る横たわる。距離を保とうとするが、マットが沈んで自然と近づく。
「……あったかいね、シンヤ」
「いや、まあ……ユイが冷えすぎなんだよ……」
「んー……でも、こうしてると、落ち着く」
そのまま腕に抱きついてきた。
おいおい、ちょっと待て。なんだこの展開。何かの罠か? これは……試されてる?
「ユイ……? あのな、お前、そういうことはだな……」
「……レーネにしたこと、してもいいよ?」
一瞬、時が止まった。
「なっ、なななななに言って……!!」
「……でも、ほんとは……そういうの、よくわからないの。でも……シンヤの鼓動、今すごく速い。私のせい?」
「ち、ちが……いや……その、まあ、そうだな……!」
なに言ってんだ俺。
ユイは小さく笑い、少しだけ俺の腕に顔を埋めた。そのまま、何も言わず、ゆっくりと呼吸を整えていく。
「……大丈夫。何も起きないよ。ね?」
その一言に、俺の意識も少しずつゆるんでいった。眠れないかと思っていたのに、不思議な安心感が体を包み込み、瞼が重くなる。
――その夜、艦内セキュリティ・モニタリングシステムの記録には、微細な動体データと音声記録が自動保存されていた。
《メモ:艦長私室・音声解析中… 推定:心拍上昇、感情揺らぎ、異常接触なし。ユイ=未成熟な情動反応。艦長=無害なパニック傾向。記録保管モードへ移行》
それを静かに保存したのは、もちろん艦載AI――ルミナである。
(ルミナのモニター越しに、彼女のホログラムがほんの一瞬、笑ったように見えたのは気のせいだろうか)
目が覚めたとき、ユイはまだ隣で静かに眠っていた。俺の腕に軽く触れたまま、穏やかな呼吸を繰り返している。その姿を見ていると、昨夜のあれこれが夢だったんじゃないかと思えてくる。
……いや、夢じゃない。ちゃんと現実だ。
「ったく……心臓に悪いんだよ」
小さく呟きながら、そっと起き上がる。ユイは微かに眉を動かしたが、すぐにまた眠りに戻った。
その瞬間――
『艦長、艦橋より緊急報告。通信チャンネルに異常信号を感知しました』
ルミナの声が、低く響く。
「……了解。すぐ行く」
俺はジャケットを羽織り、艦橋へと急いだ。ドアが開くと、エリスとルミナのホログラムがすでに待機していた。
『これが、最新の受信データです』ルミナがホログラムを表示する。
そこに映し出されたのは――音とも、言葉ともつかない、奇妙な断続信号。断片的な波形が、まるで“誰か”が呼びかけてくるような感覚を伴っていた。
「……この信号、ただのノイズじゃない。何か、意味がありそうだな」俺が言うと、エリスも頷く。
「周期も強度も、人為的な変調があります。暗号化された“何か”が含まれているのかも……」
ルミナが続けた。
『この信号、発信源は――《ハーヴィア》の“いた”座標と、ほぼ一致します』
「つまり、《ハーヴィア》はまだそこに――?」
「もしくは、“そこ”に取り込まれている可能性があります」
その言葉に、喉が渇いたような感覚が走った。何かがいる。ユイが言っていた“濃い霧の奥”――その中心に、何かが存在する。
エリスが端末操作を続けていると、ルミナのホログラムがふとこちらを向いて、やや悪戯っぽく口を開いた。
『ところで艦長、ユイはまだ“あなたの私室内で就寝中”のようですね。生体モニタによれば、同一空間にて“密着姿勢での休息”を確認。――記録上、軽度の肌接触あり』
「なっ……!」
思わずむせかける俺に、ルミナは追い討ちをかけるように続けた。
『ご安心ください。医療上は問題ありません。ただし――そのような行動は“艦内の人間関係に不測の心理的影響を与えるリスク”として、統計上3.9%の衝突確率が報告されています。……特に、医療担当者の“心拍変動”が現在、基準値の2.4倍に上昇中です』
視線を向けると――エリスが、見事に真っ赤になっていた。
「ち、ちがっ……わ、私は別に……そういうのじゃ……!」
端末に視線を落とし、必死に操作を続けるエリス。その耳まで染まった色に、さすがの俺も罪悪感が込み上げてくる。
「ルミナ、おまえなぁ……もうちょっと言い方ってもんが……」
『私は事実を“穏便に”伝えただけです。なお、感情的衝撃を緩和する意図に基づき、意図的に“比喩を控えた毒舌表現”にて調整しております』
「十分すぎるよ!!」
ルミナは、まるで満足げに微笑んだような顔をして、静かにホログラムを縮小していった。
その後もエリスは、何事もなかったかのように端末に向き直っていたが――その耳の赤みが戻るまでには、少し時間がかかったのだった。
「……よし。全員、集合。探索を再開する」
俺はそう告げてから、静かに艦橋を後にした。向かう先は、自分の部屋――まだユイが眠っているはずだ。
ドアの前で一瞬だけ呼吸を整え、軽くノックする。
「……ユイ、起きてるか?」
中から、小さな寝返りの音と、柔らかな声が返ってくる。
「……シンヤ?」
ドアが開き、目をこすりながら現れたユイは、まだ少し夢の中にいるようだった。それでも、俺の表情から何かを感じ取ったのだろう。すぐに表情を引き締める。
「……来た、の?」
「まだ確定じゃないけどな。でも、“呼ばれてる”のは確かだ。だから、行くぞ。準備はいいか?」
ユイは小さく頷き、ふわりと長い髪をかきあげた。その瞳には、もう眠気はなかった。
俺は彼女と並んで廊下を歩き、再び艦橋へと向かう。
仲間たちはすでに集まり、各自のコンソールに着いている。ルミナも再び前方に姿を現し、艦内全域に通達するような声で言った。
『《ストレイ・エクシード》、探索モードへ移行します。全システム、戦術対応段階へ。座標設定完了。航行再開までカウントダウン開始』
俺は振り返らずに命じた。霧の中に潜む“何か”の正体を、この目で確かめなければならない。
「行こう」
それが、俺たち《ストレイ・エクシード》の仕事だ――。
……しまらねぇなぁ、ほんと。
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