第37話 静寂に潜む波動
《ストレイ・エクシード》のブリーフィングルームに入り、いつもの席に腰を下ろすと、天井から降るようにホログラムが展開されていく。青白い光の幕が空間を満たし、新たな任務の情報が静かに映し出された。
『艦長、次の依頼データが届きました。ご確認を』
ルミナの声がスピーカー越しに届いたかと思えば、俺の前に彼女のホログラムが現れる。背後には宇宙航路のマップ、その上にいくつかのマーキングが浮かんでいた。
『今回の任務は、外縁宙域を通過中の輸送船団に対する救援および、“通信異常”の調査です。正式名称は《船団救援および宙域異常探知任務》です』
「救援と調査の両方か……二つ抱えってことだな」
腕を組んで言うと、ルミナがあっさりと肯定する。
『その通りです。救援対象は民間企業の中型輸送船6隻。そのうち1隻、《コリオリ級輸送艇ハーヴィア》が24時間以上、交信不能状態にあります』
「それ、ただの通信障害じゃないのか?」
そう言った俺に、ルミナは別のホログラムを表示した。表示された波形ログは、妙に歪んでいて不規則で、でもどこか意図的な“間”があった。
「……なんだこれ。周期性があるような、でも整ってない」
『不規則にして、なおかつ意図的な構成。私はこの信号が、“改変された通信プロトコル”によるものと推定しています』
「つまり、誰かがわざとやってるってこと?」
ユイが静かに口を開いた。
『その可能性は十分にあります。あるいは、“誰かでない何か”が通信に干渉している……とも考えられます』
ルミナのその言葉に、ブリーフィングルームの空気がピンと張りつめた。
「でたな、得体の知れない何か……」
俺は小さくため息をつく。
『艦長が不安になる前に、必要な準備を進めましょう。エリス?』
ルミナの呼びかけに応じて、エリスが診断端末を手に現れた。
「補給物資と応急装備、医療支援ツールはすでに再装填済みです。艦長さんとユイさんのバイタルチェックも、今から行います」
「了解。じゃ、俺からいこうか」
そう言って袖をまくると、ユイが隣にそっと座ってきた。
「……私も」
エリスは静かに頷いて、俺たちの健康スキャンを始めた。ホログラムに診断結果が次々と浮かび上がる。
「艦長さんは身体的ストレス反応がやや上昇。でも自己修復能力がそれを相殺してます。安定してますね」
「ストレスって……たぶん、ルミナのせいだな」
『私は艦長のメンタル負荷要因として統計に影響を与えていません。“被害妄想”カテゴリに分類されます』
「そういう冷静な突っ込みやめてくれ……!」
そのやりとりの間に、エリスがユイのデータに目を留めた。
「……共鳴パターン、また変わってますね」
「悪くなってるの?」
ユイが不安そうに聞く。
「いえ、むしろ逆です。深部共鳴域が拡張してる。他者との“共鳴”が、より精密に発生している状態です。今のユイさんなら、前よりずっと“相手の感情”に触れられると思います」
「……そっか」
ユイは静かに微笑んだ。その横顔に、俺はそっと声をかける。
「大丈夫、俺もそばにいる。だから、無理だけはするなよ」
「うん、ありがとう。……行こうね、ちゃんと」
その言葉に、ほんの少し胸があたたかくなる。と、そんな空気の中で――
『感情共有によるモチベーションの最適化、確認。ただし艦長、ユイを“抱きしめたくなる衝動”には制御をお願いします。記録されますので』
ルミナの冷静な爆弾発言が飛び出した。
「してねえよ!!」
俺の叫びが、また艦内に響いた。
準備室の物資棚を整理していた俺の前に、突然レーネが現れた。トートバッグを片手に、満面の笑みで。
「ハァーイ、シンヤ! ちょうど良かった! 準備で忙しいでしょ? 差し入れ持ってきたわよ!」
何かと思ってバッグをのぞくと――
◆ やけに重そうな缶詰(保存期限が10年後)
◆ 焼き鯖の乾燥スナック(なんでこんなに硬いんだ)
◆ アルファ米の非常食パック(種類がやたら豊富)
◆ 成分表示が曖昧な不思議なタブレット菓子(形が宇宙的)
「……非常食ばっかじゃない?」
俺が缶詰を手に取りながら思わず言うと、レーネは肩をすくめてウインクしてきた。
「だって、備えは命綱でしょ? 戦場で空腹は死を招くのよ」
そこに無音でホログラムのルミナが現れた。嫌な予感しかしない。
『これらの栄養バランスは……絶望的です。ビタミンC:ゼロ。食物繊維はほぼ皆無。たんぱく質は魚類依存、糖分は飴を上回るレベルです』
「いやいや、ムチャ言うなよ……!」
頭を抱える俺を無視して、ルミナは艦内の「AI自動調理機」を起動。派手な音を立てながら動き出し、5分後――
◆ ベーコン風味のプロテインスープ
◆ サバスティック・ビタミン強化バー
◆ おしゃれな見た目の栄養ゼリー(色だけは美しい)
……が出来上がった。
「……これ、本当にレーネの差し入れだったっけ?」
俺がスティックをかじりながら首をかしげると、ユイもスープをすすって小声で言った。
「たしかに、この重い缶詰たちからは想像できない味……」
そのとき、ひょっこり現れたエリスが一口だけゼリーを試してぽつり。
「……でも、ちょっとおいしいです」
その一言で、準備室の空気がふわっと和んだ。
「ユイ、そっちはどうだ?」
俺がスープを指すと、ユイは小さく頷いて飲み干した。
「うん、意外と飲みやすい。なんだか、ほっこりする」
「レーネに感謝、いや……これはルミナに感謝、かな?」
苦笑しながら言うと、ルミナはいつもの無表情で返してくる。
『私は改良担当AIですので、感謝は不要です。任務を完了しました』
その言葉に、レーネが大げさに肩を落とした。
「えぇー、なにそれ! 私の努力、素材扱いされたってこと!?」
『努力は高く評価します。ただし、次回は栄養バランスにも配慮を。調理機の労働効率が改善されます』
「はいはい、わかったわよ! 次こそ最高の差し入れ、持ってくるから!」
そう言って拳を握るレーネに、俺は思わず笑った。
《ストレイ・エクシード》が《ラゲルド・コロニー》を静かに離れ、航行モードに入ったころ、ブリッジの照明が落ち着いた明度に変わり、コンソールが淡い光を灯しはじめた。
『現在、進行ルートに異常はありません。外縁宙域までの到着予定時刻は13時間52分。巡航速度にて航行中です』
ルミナの声がスピーカーから流れ、ホログラムが俺の視界の隅に現れる。
俺は操縦席に身を預けたまま、前方のスクリーンに映る星の海を見つめた。
「……静かだな。宇宙は、いつもこうだ」
「“静寂は嵐の前触れ”って、以前もありましたよね」
エリスが医療端末を片手に、俺の隣でモニターを覗き込んでいる。
「今回もそうなる?」ユイが、静かに尋ねた。
ルミナが少しだけ間を置いてから答える。
『通信障害が一点に集中しており、《ハーヴィア》のみ応答不能というのは、通常の機器トラブルとしては説明がつきません』
「……やっぱりか」
俺は椅子を回し、後方のマップスクリーンを睨みつけた。
「他の輸送船は?」
『断続的ながら通信は維持されていますが、全体に“遅延”と“揺れ”が確認されています。しかも、どこか不規則なリズムで……』
ルミナがホログラムでその波形を再生する。不気味なほど変則的なパルス――それは、どこかで見たような。
「……鼓動、みたい」
ユイがぽつりとつぶやいた。
「確かに。機械のノイズというより……生体信号のような印象です」
エリスもデータを指でスクロールしながら頷いた。
「この感じ……“融合個体”に接触したときの、あの空気に似てる……うまく言えないけど」
ユイの言葉に、ブリッジの空気がぴんと張りつめる。
「……まあ、現場で確認するしかないってことだな」
俺は深く息を吐いて前を向いた。
「とにかく、輸送船団の安全確認と、異常の原因究明。それが今回の俺たちの役目だ」
『艦長、その心意気は高く評価しますが、過度な突撃はお控えください。あなたの“猪突率”は乗員平均の3.4倍です』
ルミナの冷静すぎる指摘に、俺は思わず頭を抱えた。
「猪突率て……なんだそのパラメータ……」
『“突入しないと死ぬ病”とも呼ばれています』
「そんな名前、誰がつけたんだよっ……!」
情けなく呻く俺を見て、ユイが小さく笑った。
「……それだけ、みんながシンヤを心配してるってことだよ」
その言葉に、不思議と胸が温かくなった。俺は彼女に目を向け、軽く頷く。
「……なら、頼られる艦長として、頑張るしかないな」
そして《ストレイ・エクシード》は、ゆっくりと星の狭間へと進み出す。何が待ち受けているかは、まだわからない。
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