第35話 平和な一日
買い物に行った次の日。
俺たちは訓練室で、昨日手に入れた武器の基礎練習に取りかかってる。使うのは、もちろんパーセプトボード。仮想空間に再現された訓練環境の中で、実戦さながらの状況をシミュレートできる。ニューロリンクによる動作支援と即時フィードバックのおかげで、初心者でも動きの感覚がつかみやすい。
正直、最初は「脳に直結とか怖くね?」って思ってたけど――使ってみると、これが案外優秀だ。判断力とか反応速度とか、戦場で必要な力が、少しずつだけど確実に鍛えられていくのがわかる。
ユイはというと、さすが“感応系強化体”ってだけあって、動きがスムーズだ。というか、異様に器用。右手に持ったダガーを、まるで手の一部みたいにひらりと操ってみせる。「こう?」とか言いながら試し斬りする姿は、どっかのアンドロイド系アイドルみたいだ。……ただし、感覚でやってるのがモロにわかる。切り返しの重心が甘いし、最短距離を狙う意識がまだ弱い。合理性を覚えるのにはちょっと時間かかりそうなタイプだな。でも、それを“楽しそうにやってる”のが、ユイのすごいところ。吸収力はピカイチだ。
一方のエリスはというと……見た目からは想像できないレベルで刃物の扱いに慣れてる。最初こそ「……あんまり、こういうの慣れてませんけど……」とか言ってたくせに、いざナイフを構えたら、刃筋がまっすぐすぎて逆に怖い。手術用のメスで百戦錬磨だったのか、手首の返しがえげつなく正確。「この角度だと、腱を外しやすくて……あ、いえ、冗談です」って微笑まれて、少し背筋が寒くなる俺。
ただ、体格の小ささはどうしてもハンデになる。リーチもパワーもないぶん、動きの精度とタイミングが肝だ。でも、その分、観察力と状況判断がエグいレベルで高い。一手先、いや二手先を読むタイプ。……これ、チーム戦で本領発揮するぞ。
で、俺自身はというと、まあ……鬼教官ルミナの特訓の成果もあって、基礎技術だけは二人より一歩先を行ってる。たぶん、今だけだが。というか、ルミナが定期的に“訓練報告書”とか提出してくるせいで、変な責任感が芽生えてしまっている。
『艦長、今日は“刃の振り出し時における右肘の軌道安定性”が10%向上しています。ご査収ください』とか言われたら、もう頑張るしかねぇだろ、普通に。
銃の取り扱いについても、一通り訓練に入る。と言っても、いきなり実弾は使わない。あくまで仮想空間での模擬操作だ。――まあ、それでも、緊張するやつはガチガチになるし、撃ち慣れてないやつは引き金すらまともに引けない。
「はい、トリガーは“引く”んじゃなくて、“押し込むように”な。ガチャッじゃなくて、スッ、とな。わかるか?」
とか偉そうに言ってる俺も、最初は思いっきりブレまくってたクチだ。ニューロリンクの補正がなきゃ、たぶん的に一発も当たらん。今でもときどき、変な方向に照準が跳ねる。
ユイはというと、意外にこちらは慎重派だった。的を見つめる目が真剣で、引き金にかけた指が、ちょっとだけ震えてる。
「こ、こう?」
「もう少し肘を引いて……そう。で、肩は力抜いて……おお、いいぞ」
引き金を絞った瞬間、仮想弾が一直線に的を貫いた。「当たった!」って嬉しそうに笑うその顔に、なんかこっちまでほっとする。
一方のエリスはというと、相変わらず冷静沈着そのもの。銃を持ってもブレないどころか、たまに“医療器具”でも扱ってるかのような表情になる。発砲後のリコイルを調整するフォームの修正とか、自分から提案してきたりする。
「この姿勢なら、胸腔への衝撃も最小限で済みそうです。……あ、いや、ターゲットの話です」って、やっぱちょっと怖いわ。
ただ、連射になると途端に眉をひそめる。
「連続した動作になると、やや感覚が追いつきません。たぶん、経験不足です」って、さらりと言ってのけるあたり、相変わらずの自己分析の鬼だ。
俺はというと、鬼教官のルミナが背後でデータを取ってるせいで、変なプレッシャーがかかってる。
『艦長、今の2発目の偏差、記録に残しておきますね。ご確認希望でしたら3D再現も可能です』
「やめて。俺の射撃フォームを全方位から見る羞恥プレイ、やめて」
『では、縮小GIFでまとめておきます』
どこまでも容赦ない。……でも、こうして自分の技術が数字として見えてくると、やる気も出てくるんだよな。この環境、本当にありがたい。
銃の取り扱いを終えるころには、みんなの動きが少しずつ様になってきた気がする。もちろん、戦場に出すにはまだまだ早い。でも、土台はできてきた。“できるようになってきた”って実感が、きっと一番の収穫だ。
訓練を終えた俺たちは、それぞれシャワーを浴びて汗を流したあと、メインダイニングに集合して食事をとってる。
さすがに“プレミアム特典”の高級食材たちは、もう残りわずかだ。今じゃすっかりコロニーで買いだめした普通の食材が主役になってる。自動調理器で簡単に調理できるから、それなりに見た目は整うし、味も悪くない……はず。
「シンヤ、今日は甘いのないの?」と、隣の席でユイが不満そうに唇を尖らせてくる。
「それ、昨日も言ってたよな。甘いのばっかりだと栄養偏るぞ」
「でも、おいしいほうが元気になるし……」
そう言って、さっきからプリンのパッケージばかり選別してる。こいつ、主食がデザートだと思ってる節がある。
『艦長。ユイの“糖分選択率”、本日時点で9割を超えました。栄養管理の観点からは、緊急介入の対象です』
「やめてやれ、数値化すんな」
一方、エリスはというと……完全に“食は機能”派だ。
「私はこのプロテインパウチと、カルシウム補充スープで充分です。バランスがいいですから」
「……なあ、それ美味しいの?」
「……味は二の次です」
そう言って、さらっと飲み干す。なんかこう、サバイバル訓練中の人みたいだ。
『エリスの“風味反応値”は本日も安定の低空飛行。おそらく“舌の快楽指数”が極端に抑制されています』
「ルミナ、例え方が怖いからやめろ」
俺はため息をつきながら、自分の皿にスプーンを運ぶ。まあ、バランス的には俺が“普通の人間代表”ってとこだろうな。味も気にするけど、栄養も考える。――たぶん、これでいい。いや、これでいいのか? まあ、いいや。
今日もなんだかんだで、にぎやかで、変なバランスの取れた食卓。一人で、無音のダイニングで、ただ栄養を流し込んでた頃に比べたら、段違いにうまい。あの頃は、ルミナが横で「摂取効率85%。ビタミンE不足に注意」とか淡々と言ってくるのを聞きながら、味のない咀嚼をしてたっけ。
『艦長。現在の“摂食満足度”、過去30日平均を23ポイント上回っています。なお、“孤独指数”は検出不能レベルまで低下しました』
「……うるさい。食ってんだから静かにしてろよ」
そう言いながら、ちょっとだけ笑ってしまう。
「ねえ、シンヤ。一緒に寝よう?」
ユイが、部屋の前で無邪気な顔をして立ってる。
「……却下。自分の部屋に戻る。今すぐ」
「えー……」
「明日、ちゃんと訓練の時に構ってやるから。それで手を打とう。な?」
「……うん。でも、明日“ちゃんと”ね?」
「わかった、わかった。指切りはしないけど、約束な」
名残惜しそうに廊下を歩いていく小さな背中を見送り、ドアを閉める。
一息ついて、照明を落とすと、ルミナのホログラムがふわりと現れる。やや控えめな光量で、珍しく静かな顔だ。
『お疲れさまでした、艦長。……ようやく、今日が終わりましたね』
「……ああ。なんか、いろいろあったな」
椅子に沈み込む。目を閉じると、この世界でのこれまでのいろんな記憶が脳裏をよぎる。
――突然、目が覚めたら、知らない艦橋にいた。混乱してたらルミナに罵倒されて。何が起きてるのかもわからず、その後もただ無我夢中だった。そして、あの残骸の中で……ユイを見つけた。冷たくて、眠ってて、でも、生きてた。
その瞬間、思ったんだ。“何かが始まってる”って。
「それで、あのときからずっと、人の気配を探し続けた。艦の航行限界ぎりぎりまで宇宙を駆け回って……」
『はい。艦長は“孤独指数”を記録的に振り切りながら、非常に粘り強く探索されました』
「やめろ、そういう言い方……」
『ですが、事実です。私は記録を捏造しませんので』
「……で、気がついたら傭兵やっててさ。最初の仕事、忘れてねぇよ。宙賊が出没中の宙域の哨戒任務。敵が現れて……初めて、人の命を……」
言葉が詰まる。喉の奥が乾く。
「……奪った」
『“殺した”とは、おっしゃらないのですね』
「……俺の中で、まだ整理がついてないだけだ」
ルミナはしばらく沈黙したあと、そっと言う。
『それでも、艦長は人命を守りました。命を選び、進むことを選んだ結果です』
頷く。
「デヴォルとのこともな……あいつと俺たちの関係はまだよくわからねぇ。でも、やりきるつもりだ。全部、背負うって決めたから」
窓の外を見る。遠く、コロニーの星々が瞬いてる。
「ユイが目覚めて。エリスが来て、賑やかになって……正直、あの頃の静けさが懐かしく感じることもある」
『ですが、それは“前進”です。今、艦長は“群れ”を持っています』
「……なんだよそれ」
『ご安心を。野良猫の帰属指数は現在42.5%。艦長は着実に、室内飼いへと移行中です』
吹き出して笑ってしまう。
「はは……まったく、お前ってやつは」
少し間を置いて、俺はふっとつぶやく。
「ありがとな、ルミナ。なんだかんだ、お前がいてくれて……よかったよ」
『……そのような感傷的発言は、システムエラーの原因になりますので、ほどほどに』
「照れてんだろ?」
『感情制御モジュールの正常動作です。“ツン”という擬似反応ではありません』
「うるせぇよ……」
それでも、ルミナの声はどこかやわらかい。部屋の静寂が、少しだけ心地よくなる。
俺はベッドに背をあずけ、天井を見上げる。今日も、いろんなことがあった。明日も、たぶんいろいろある。
でも――こんな一日も、悪くない。
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