表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/81

第34話 買い物

ユイのPLD購入シーンを追加しました。

 中層フロアの空気は、ちょっと甘い合成香料と鉄臭い空調のミックスだ。《ラゲルド・コロニー》のショッピングモール——通称“セントラル・デポ”。全長800メートル、水平3層構造。食料・医療・衣料・軍用品と、ほぼ何でも揃うこのエリアは、コロニー市民と傭兵の交差点みたいなもんだ。


 モールのゲートを抜けたところで、まず向かったのはPLD——個人端末を扱う公認ショップだ。こいつがないと、身分証明も通貨管理もできない。要するに「財布とIDと命綱」をひとまとめにしたやつ。宇宙で生きる以上、必須アイテムだ。


「ユイ。まずはこれを手に入れないと始まらない」


 俺がそう言うと、ユイは小首をかしげて端末のディスプレイを覗き込む。


「これ……ゲーム機?」


「ちょっと違うな。買い物もできるし、移動証明にもなる。つまり……これがないと“お菓子も買えない”」


「……!」


 ユイの目がぱっと輝く。わかりやすくて助かる。


「お菓子、何個分くらい……?」


「そうだな……ユイとエリスには報酬の2%を毎回渡す予定だから、今回の任務だとチョコバー百本くらいかな」


「いっぱい……!」


 ユイは小さな拳を握りしめ、やる気満々な顔になる。……お菓子換算、やっぱり正解だったな。


 一方で、横にいたエリスは困ったように眉を下げる。


「わ、私は……報酬なんて。研究の傍ら載っているわけですし。お金をいただける立場では……」


「エリスも当然だ。君は医師としても載ってもらってる。治療やサポートは“命の値段”だからな」


 俺の言葉に、エリスはしばし考え込んだあと、静かにうなずいた。


「……わかりました。責任も伴うのなら、ありがたく受け取ります」


 その返答が、彼女らしいと思う。

 こうして、ユイとエリスにも正式な「艦のクルーとしての口座」ができた。




 ユイのPLDを購入した後、ユイとエリスがすでにそれぞれの購入リストを展開している。医薬品、衣類、ケア用品……やたら細かく分かれてて、俺の脳は開始10秒で処理オーバー気味だ。


「えーと、じゃあ俺は——」


 そっと距離を取ろうとする。何せ、これから向かうのは“女性用日用品”売り場だ。そっちは、男が踏み込むには精神的アーマークラスが足りない。


 しかし、俺の逃走はあっけなく阻止される。


「いっちゃだめ……いっしょにいて」


 ユイが俺の腕をぎゅっと掴んでくる。きれいな手。あたたかい。だが強い。どうにか笑って誤魔化そうとするが、彼女の目が真剣すぎて言葉が詰まる。


「いや、でも……あそこはちょっと、俺の出番じゃないというか……」


「おいてかないで……」


 もう一度、ぎゅっと握られる。振りほどく選択肢が消えた。というか、消される。俺は観念して、ユイのあとについて女性用ケアコーナーに足を踏み入れる。


 ……なるほどな。これは確かにキツい。世のお父さん方はどうしているのか。


 整然と並んだ商品群。カラフルなパッケージ。香り付き衛生用品とか、肌別フェイスパックとか、俺の脳に存在しないカテゴリの文字が並んでいる。完全にアウェー。パッと見では武器ショップのほうがまだ馴染める。


『艦長、お顔が強張っております。おそらく“羞恥反応レベル4.3”、軽度の逃避傾向です』


 ルミナがPLD越しに、容赦ない解析を始めやがる。


「俺、逃げようとしただけだぞ……」


『“逃げようとした”という自覚があるなら、まだリカバリ可能です。……もっとも、少女の信頼ポイントは現在低下中ですが』


 こいつ、ほんと容赦ない。だが妙に正論なのが腹立たしい。


 ユイは楽しそうに商品を手に取っては俺に見せてくる。これはどう? あれは? って、俺に判断を求められても困るのだが……そのたびに彼女の目はちょっとだけ嬉しそうで、断れなくなる。ずるい。


 その一方で、エリスは黙々とリストに沿って商品を選んでる。流れるような動き。ほぼ無駄がない。プロフェッショナルな買い物だ。ただ、時折俺のほうに視線を向けてきて……そのたびにわずかに眉が動く。無言のジェスチャーが刺さる。


(艦長さん……見ないでください……)


 そんな“気配”が伝わってくる。いや、見たくて見てるわけじゃないんだ、エリス……!


『艦長、動揺しすぎです。ご安心ください、あなたの羞恥心は“正常範囲”です。むしろ、反応しなければ倫理的に問題があります』


「ルミナ、ほんとに黙っててくれ……!」


 俺は内心で涙を流しつつ、ふたりの買い物に付き添い続ける。これが“家族的関係の第一歩”ってやつなら、世のお父さんたちはもっと評価されていいと思う。




 《許可区画No.9》は、ショッピングモールの一角というより戦場の匂いが染み付いた“傭兵市場”って感じだ。


 金属シャッターの向こう側には、明らかに合法ギリギリの品々がズラリと並んでる。レーザー銃、エネルギーブレード、ブラスター、火器グレードのドローンまで……きらびやかでも洗練されてもない。ただ、実戦で“生き残れる”道具たちだ。


「着いたぞ、《ノーリターン・ノーリファンド》。ここで俺の武器も買ったんだ」


『返金不可という明快な方針、私は嫌いではありません』


 ルミナがさらっと言う。まぁ、命のやり取りする連中相手に“返品可能”とかあっても困るけど。


 店の中は、金属の匂いと熱処理されたプラズマの残り香が混ざってる。見た目どおり、ここは“そういう場所”だ。レーザー銃、可変ブラスター、エネルギーナイフ、マグエミッター……全部、実際に人を殺せるか、止められる道具ばかり。場違いな俺たちが、少しでも気を抜いたら試される——そんな空気がある。


 カウンターの向こうから、声が飛んでくる。


「おう、見覚えあるぞ。その顔。へなちょこ傭兵、だったよな? 登録したてのくせに、もう女ずれとはね。世知辛ぇぜ」


「へなちょこは余計だ」


「はっは、あん時お前が自分で言ってただろ。“俺まだ新米っす”って顔でな。で、今日は何だ、口説き用のプレゼントか?」


「いや、護身用だ。ふたりに合う武器を探しててな」


 その一言で、店主の目つきがちょっとだけ変わる。冗談から、仕事モードへ。年季の入った左腕の補助義手が、棚の奥をゴトゴト漁りはじめる。


「女用なら軽くて、すぐ抜けて、誤作動しにくいのが基本だ。リフレックスナイフに、パームサイズのマグエミッター……そうだな」


 次々とカウンターに並べられる武器たちは、どれも使いやすさと殺意を絶妙に両立している。……つい手を伸ばしたくなる感触だ。俺が買うわけじゃないけど。


 そのとき、ユイがひとつの武器にぴたっと目を留めた。


「これ、光ってる……きれい……」


 手に取ったのは、エネルギーダガーのカスタムモデル。グラデーションの光刃に、握りやすいグリップ。どう見ても戦場で目立つタイプ。


「……お嬢ちゃん、それ、アクセサリーじゃねぇぞ? スイッチ間違えたら指、なくなるからな」


「きれいなのが、いい」


 即答。しかも真顔。店主が小さく笑って、けれど否定はしない。“そういう選び方でも、使いこなせば武器だ”って顔だ。経験がモノを言ってる。


 一方、エリスは黙ってスペックをじっと見てる。カタログ値、反応速度、初動加速度——彼女の視線は完全に“医療技術者モード”だ。


「このエネルギーナイフ、E-91型……展開速度0.14秒。小型なのに、反応が速いですね。護身にも適してます」


「おお、お目が高いね。見た目より中身重視か。そっちの子は実戦派だな」


 店主が感心しながら、さらに数本を手渡してくる。


 その間、PLD端末からルミナの声が割り込んできた。


『艦長。ただいまの選定傾向ですが、感性:ユイ、実用性:エリス、反応:艦長、となっております』


「……俺、何もしてないよな?」


『いえ、周囲の会話にうなずいたり、汗腺からの微細な蒸気放出によって“プレッシャー下の存在感”を見せています。大切な役目です。たぶん』


「“たぶん”をつけるなよ……! なんかもっとこう、役に立ってる感を出してくれ!」


『……では艦長の本日の役割、“財布”でよろしいでしょうか?』


「絶対わざとだろ、お前……」


 そうこうしてるうちに、ユイがさっきの光るダガーを両手でそっと持って、俺を見上げてくる。


「これ、だめ?」


「……いや、ユイが気に入ったなら、それでいいよ。ちゃんと使い方を覚えるって約束でな?」


「うん。がんばる」


 その笑顔がまっすぐすぎて、俺の防御力は軽く突破される。容赦ない。こういう時、ほんとにずるいと思う。


 横ではエリスが、自分で選んだナイフを手のひらに収めながら、その感触を確かめてる。まるで、昔から知ってた道具みたいに自然だ。で、ふと俺に目を向けると、やわらかく、でもちょっとだけ照れたように言う。


「これにします。……艦長さんも、練習に付き合ってくださいますよね?」


「もちろん。俺も、自分のナイフ使いこなせるようにならないとだしな」


 エリスの優しい口調にふわりと救われた気がするけど、同時に「サボれないな」というプレッシャーもきっちりついてくる。


 そのやり取りを見ていた店主が、何も言わずにうなずく。無言で布を取り出して、ナイフの刃を丁寧に拭いはじめる。その手つきは、まるで古い記憶をたどっているみたいにゆっくりで、どこか神聖ですらある。


 武器に対する敬意。それは道具以上の、共に生き延びる“仲間”に対する扱い方だ。


 拭き終えたナイフを、ユイとエリスにひとつずつ手渡す。言葉はない。でも、目が語ってる。「扱い方、わかってるな」とでも言いたげな、無骨だけど温かいまなざしだ。


「こいつら、大事にしてやれよ。いい女が強い艦ってのは、生存率も自然と上がる。経験則だけどな」


「……妙に説得力あるな、それ」


『艦長。今回の買い物、資金に対するダメージは中程度。しかし、信頼ポイントと生存期待値の向上には寄与しました。特に、“信頼”のほうは、計測不能です』


「……それ、褒めてる?」


『はい。比較的、ですけれど』


「ありがとよ、ルミナ。ちょっと泣けてくるよ……」


 ふたりの武器は、俺のよりずっと軽い。だけど、ふたりの背中を見ていると——その軽さを守るために、俺が背負うものはどんどん重くなっていく。


 でも、悪くない。全然、悪くないな。


 装備品の会計が終わった……と思ったのも束の間。店主がニヤリと笑って、次の棚を指差してきた。


「ついでに飛び道具も見てくか? 今なら在庫整理セール中。……ま、ここじゃいつも通りだけどな」


「飛び道具か……」


 ちらっとユイとエリスを見ると、ふたりとも微妙に目が輝いてる。やっぱり、興味あるんだな。こりゃ見ていかないわけにはいかない。


 店主が出してきたのは、小型レーザー、衝撃波発射器、エネルギーダート。どれも手のひら~前腕サイズで、女性でも扱いやすそうなモデルばかりだ。


 ユイが、透明な樹脂シェルに包まれた球状のブラスターを手に取る。


「これ……まるくて、光ってて……かわいい」


「それは、“シャイニング・ドロップ”。非致死性ブラスターだ。小型だけど、当たるとそれなりに痛ぇぞ。護身用にゃちょうどいい」


「きれい……でもちゃんと効く。……これ、いい」


 即決。ビジュアル重視だけど、しっかり性能も見てる。やっぱりこの子、直感の生き物だな。


 エリスの方はというと、いくつかのモデルをじっくり眺めながら、ひとつのスリムなスナイプピストルを手に取った。


「これ、スレッド・ニードル……? 初速、320m/s、装填10。照準補助付きで、静音仕様」


「お、通だな。実はそれ、傭兵の中でも人気あってよ。外観は地味だけど、精度は保証する」


「この照準アルゴリズム、医療用投薬ドローンの制御に近いですね。反応時間が速い」


 ……なんかもう、俺より詳しいんじゃないか?って気になってくる。ていうか、間違いなく詳しいな。


『艦長。やはり、ユイは“感性ベースの選定”、エリスは“性能特化の評価軸”での選定ですね。あなたは——』


「俺は?」


『いまのところ、“壁際でうなずいてるだけの人”です。先ほどと変わっていませんね。』


「うなずきにも魂がこもってるんだぞ……」


『そうでしょうか? 今のところ、せいぜい“意思のあるディスプレイスタンド”です』


「表現が地味に刺さるんだよ、ルミナ……」


 そのとき、店主が俺に目を向けてくる。


「で、坊主。あんたは? お守り役なら、ちっとは火力もいるだろ。でかいの、いってみるか?」


 でかいの——俺はふと、店内の隅に置かれた長尺の武器ラックに目をやる。そこには、しっかり“人を撃つため”に作られたやつらが並んでる。


 バレルの太いレールガン、セミオートの重機関式ブラスター、そして大型のハイブリッドソードランチャー。どれも扱うにはそれなりの体力と覚悟が要る代物だ。


「これ……持ち運び、なんとかなるか?」


「お前さんなら、ギリいけるな。筋肉のつき方が“根性仕込み”っぽいし。……ただし、“ぶっ放すときはまじめに狙え”よ。市街で外したら、民間設備ごと巻き込む」


「了解。火力は“信用”のうち、だな」


『艦長。大型武器選択時、感情指数がやや上昇しています。……少年心、というやつですね?』


「そっちが“少年心”って言うなら、今日は許す……」


 最終的に、俺は取り回しに優れたハイブリッドタイプの中型ブラスターライフルを選ぶ。実弾とエネルギー弾を切り替え可能で、構えやすいカスタムグリップつき。名前は……“ミュータブル・ファング”。


 どうせなら、名前がかっこいい方がいい。


「それ、なかなかセンスある選び方だ。気に入らなきゃ後悔も派手になるけどな」


「気に入ったよ。……責任も、セットで背負うさ」


 店主はうん、と短くうなずくと、壁際のワークベンチへと武器一式を運びはじめる。


「よし、どうせすぐ使うんだろ? 他に装備してねぇもんな」


 そう言って、グリップの調整、出力初期設定、セーフティの感度まで、無駄のない手つきで手早く仕上げていく。年季の入った義手が信じられないほど器用に動くのを見て、ちょっと感心する。


「このE-91、出荷時はトリガー固めだ。お嬢ちゃんには少し甘めにしとく」


「ありがとうございます。反応が滑らかだと、制御しやすいですから」


 エリスはナイフをホルスターにすっと差し込みながら、静かに構えを確認する。動作に無駄がない。……あれ、これ完全に実戦経験者の動きじゃないか?


ユイの方には、ブラスターのグリップを少し細く削ってくれていた。


「少しだけ手が細いからな。これでちゃんと握れる」


「……うん。ありがとう」


 ユイはストラップを肩に通して、ブラスターを胸のハーネスに固定する。軽快に装着というほどじゃないが、装備の仕方には慣れてきているようで、見た目にはしっかりキマってる。カチカチとボタンをいじりながら、彼女はふわっと笑った。


「光の色、変えられるんだ……きれい」


『感性重視の装備選定……予想通りですね』と、ルミナがあいかわらず淡々とコメントする。


俺の“ミュータブル・ファング”も、バイポッドとストックの調整をしてくれた。


「お前のは、背負うより斜め吊りがいいな。あとは、反動軽減ユニットを少し追加しといた」


「助かる。初撃で肩外れるのはゴメンだしな」


「それだけは保証してやる。“最初の一発”を外したら、あとは運だ」


「……その締め、地味にプレッシャーきついからやめてくれ」


 最後に、店主が腰のベルトからパーツツールを引き抜いて言った。


「さあ、装備しな。命張るならここからだ。持ち帰って磨くだけじゃ、武器は育たねぇぞ」


 俺たちは順に、装備を体に固定していく。肩に、腰に、胸に。武器たちはそれぞれの場所に収まり、自然な重さで身体の一部になっていく。


 ふと、ルミナのホログラムが俺の左肩にふわりと浮かび上がる。


『艦長。ようやく外見が“保護者”ではなく、“実戦対応可能な随伴戦力”に進化しましたね』


「……その表現、ちょっとひどくないか?」


『“家庭寄り”から“前線寄り”への変化は、軍事的には重要です。喜ぶべき進歩です』


「言ってることは分かるけど、もっとこう……褒め方ってあるだろ」


『“努力賞”でよろしいでしょうか?』


「うん……まぁ、それでもいいや」


 装備を着け終えたふたりの姿を見ながら、なんとなく胸の奥にあたたかいものが広がる。戦う覚悟を持った背中。まだ完璧じゃないけど、確かに進んでいる。


 俺はライフルの位置を調整して、深く息を吸う。


 よし。これで、ようやく俺たちは“武装チーム”だ。




 《ノーリターン・ノーリファンド》の奥、武器セクションを抜けた先に、装備品の区画がある。


 壁にはアーマージャケット、タクティカルスーツ、軽量チェストリグ……“傭兵向け”とは言え、カラーリングやデザインが妙に華やかだ。ミリタリー感というより、カジュアル+戦闘用って雰囲気。


「ふむ……サイズ展開、割と幅広いですね」


 エリスが静かにラックを眺めながら言う。タグを確認しつつ、生地の厚さや可動域をチェックしているあたり、見る目がある。


 一方で、ユイはちょっと目を輝かせながら、色とりどりのスーツを触っている。赤、ピンク、パールホワイト……おいおい、戦場に舞踏会か?


 そして——コーナーの一角で、俺の視界に入ってきた“アレ”。


 露出度が高めの装甲スーツ。なんていうか、その……防具というより、SFアニメのファンサービス回で出てきそうなやつ。光沢加工されたパーツが腹部と太ももを大胆に露出していて、どう見ても実用性より視線誘導を意識した設計。


 え、これ売ってるの? 誰が着るの? いや、着るんだろうな。市場があるってことは。


 ぼーっと見てしまった次の瞬間、横から声が飛んでくる。


「艦長さん、こっち……見ちゃダメです」


「えっ、あっ、す、すまん……!」


 慌てて視線を逸らす。エリス顔を赤らめてたけど、目は若干マジだった。こういうとき、どこを見れば正解なんだ……天井か? 床か?


『艦長。“視線暴発リスク”の判定、現在レベル2.7。意識的な制御を推奨します』


「ルミナ、お前それを“意識した上で言ってる”だろ……」


『ご安心ください。現時点では、“節度ある反応”として倫理審査を通過済みです。……ぎりぎりで』


「ぎりぎりって言うな……!」


 そんなやり取りをしてる間に、店員らしき青年が近づいてきた。胸元に“スタッフ・ジュリアン”と書かれたタグ。えらくキマった笑顔を浮かべている。


「ようこそ。お探しの装備は護身用でしょうか? あるいは日常防護レベル? それとも“同伴任務対応”?」


「……ああ、うん。軽戦闘にも耐えられる、でも動きやすいやつを探してる」


「かしこまりました。女性用はやや露出が高く見えるデザインもございますが、都会の方では常識的な仕様ですので、どうぞご安心ください」


 常識って、そう言われたら反論しにくいけど……いや、常識ってなんだっけ?


「ちなみに、軽装ながら全身バリアフィールドとの親和性が高いモデルもございます。こちら、保護性能は本物です」


 店員が差し出してきたのは、ブラックとグレーのツートーンジャケット。見た目は落ち着いてるが、素材タグには“カーボンメッシュ・ポリシェル”とある。要は、柔らかくて丈夫なやつだ。


 エリスがそのジャケットを手に取り、慎重に袖を通す。ぴたりと体にフィットし、肩の可動もスムーズ。


「動きやすいです。……これなら、長時間の任務でもストレスは少なそうですね」


「こっちも、いい……」


 ユイはライトブルーのアーマースーツを手にしている。腹部が少し開いているけど、本人は気にしていない様子。少し重たげだが、表情は楽しそうだ。


「この色、好き……なんか、空みたいで」


『“好み”のある選択は、行動意欲の向上につながります。私は推奨します』


 ルミナの妙に納得したような声。確かに、気に入った服のほうが動きも気分も違ってくる。


 俺はというと……選ぶまでもなく、“一番地味なやつ”を勧められていた。黒無地、標準防弾パネル内蔵。見た目より堅実なやつだ。


『艦長。今回は目立たないほうが重要です。“保護者モード”から、“戦力モード”への移行には、まず姿勢からです』


「ルミナ、それ褒めてる……よな?」


『はい。“実用美”というやつです。地味ですが、信頼されるタイプです』


「……うん、まぁ、いいや。そういうの、嫌いじゃない」


 最後に、俺たちはそれぞれ試着した装備を確認し合う。武器だけじゃない、こういう装備にも“自分の意志”が乗る。


 ほんの少しの違いだけど——それが、生き残る確率を変えるってこと、俺もだんだん分かってきた気がする。




 装備の確認もひと段落して、俺たちはモールを後にする。……と言っても、帰るにはまだ早い。


「ちょっと寄りたい場所がある。時間、いいか?」


 ユイとエリスが同時にうなずく。異論はないようだ。


 向かうのは、《ラゲルド・コロニー》の下層——通称“グレイ・ラボリント”。子供たちやワケありの住人たちが身を寄せる、このコロニーの影の部分だ。


 その一角にあるのが、ニコたちのアジト。


 ——元は倉庫だったらしいが、今はすっかり“廃材と子供たちの秘密基地”って感じだ。


 重い鉄扉をノックすると、しばらくの沈黙のあと、中からぬっと顔を出したのは——


「……おう。もう来ねぇかとおもってたぜ。まさか、女ずれとはな」


 ニコ。10代半ばくらいの少女で、この集団のリーダーをやっている。年齢に似合わずやたら勘が良くて、口は悪いが根は真っ直ぐ。いまも少し、すねたような顔をしている。


「すねてんのか?」


「べ、別に? ただちょっと……置いてかれた気分ってだけだし?」


 言いながら、ちらちらとユイとエリスを見る。二人は軽く会釈を返し、ニコの後ろから現れた子供たちがわらわらと集まってくる。


「わー! 姉ちゃん、きれー!」

「新しい人? どっから来たの?」

「それ、ブラスター!? マジのやつ!?」


 子供たちのテンションが一気に跳ね上がる。なぜか、ユイは即座にその輪の中心に吸い込まれていく。


「これね、色も変えられるの。ほら、ここを押すと……」


「うおー! まじできれー!」

「これ……おもちゃじゃないよな……?」

「すげぇ……かっけぇ……!」


 ユイはニコリと笑って、子供たちに囲まれながら器用に受け答えしている。……あれ? 初対面だよな? なんでそんなに馴染んでんの?


 俺がその様子に唖然としていると、今度は視界の隅で別の動きが目に入る。


 エリスが、物陰に積まれた廃材ドローンをひとつ手に取り、何かを調整してる。気づけば、数人の子供が彼女の周りに集まって、真剣に見入っていた。


「このスラスター、向き逆ですね。ここを……いま直します」


「え、まじで!? 動く!?」

「すげぇ、姉ちゃん、何者!?」

「医療技術者です。あと、少しだけドローン整備の心得もあります」


「“少し”ってレベルじゃねぇ!」


 いつの間にか技術指導が始まってる……っていうか、みんなの手の動きが早すぎる。俺が“お近づきになるまで何日もかかった”あのニコたちが、すでに懐いてる。


「……なぁ、俺がここで打ち解けるのにどれだけ苦労したか、覚えてるか?」


『艦長。“親しみやすさ”のデータベース比較において、あなたの第一印象スコアは——』


「言わなくていい! 傷がえぐれるから!」


『……了解です。“沈黙による配慮”、実行します』


 それでも、心のどこかで微笑ましく思う。あのニコが、子供たちが、あんなふうに笑ってるのを見ると。


 いい光景だ。俺ひとりじゃ作れなかった。


 ユイが振り返って、小さく手を振ってくる。エリスも少し微笑みながら、俺に目をやる。


 このふたりがいてくれて、ほんとによかった——そんなふうに、ちょっと思ってしまう自分がいる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ