第33話 日常への航路
スペースコロニー《オルディス-6》のドッキングポートにて、《ストレイ・エクシード》のハッチがゆっくり開いた。人工光に照らされたプラットフォームには、博士と助手たちがすでに待機していて、肩に軽く荷物を背負っている。
「さて、私はこれより研究所に戻る。デヴォルの観測データは、予想以上に興味深かった……時間との勝負になるだろうな」
博士がそう言って、ふと俺の方へと視線を向けてきた。
「――ああ、シンヤ君。改めて、最後に釘を刺しておこうか」
「う……またですか、博士」
思わず苦笑いで返す俺に、博士は真顔のまま口を開いた。
「エリスのことだ。万が一、何かあったときは“君も等しく責任を負う”覚悟でいろ」
「わ、わかってますって……!」
そして、そんなタイミングで当然のように割り込んでくるのが――
『ちなみに、“万が一”が3.2%以下という統計的データは、決して“ゼロ”ではありませんからね』
……ルミナだった。スピーカー越しのその声に、俺は思わず額を押さえる。
「またか……ほんとに容赦ないよな、ルミナ……」
『私は艦長の“不用意な行動”によって艦の安全が損なわれないよう、常時監視中ですので』
「それ、もっと違う言い方なかったの!?」
そのやりとりをしている横で、当の本人――エリスは小さくうつむいて、じわっと頬を赤く染めていた。
「だ、だいじょうぶです……わたし、そういうの、別に……」
「おやおや、エリスちゃん……ほんとに“そういうの”で赤くなってるのかな?」
レーネがにやにやと顔を寄せてきて、からかわれたエリスはさらに真っ赤に。
「レーネさんまでっ……!」
「いやいや、微笑ましくてついねぇ~。若いって、いいわね~」
そうやって盛り上がる空気のなか、ユイが静かに一歩前に出て、博士に向かって頭を下げた。
「ありがとう、博士。またね」
「うむ、君も無理はするな。感応には消耗もあるからな」
博士はそう返しながら、全員を順に見渡してから言った。
「この艦の判断に間違いがないことを願っている。エリス、よろしく頼むぞ」
「はい……!」
ハッチが閉まり、ドッキングアームが切り離される。
モニター越しに見える《オルディス-6》が、徐々に小さくなっていく。
ふぅ……と、大きく息を吐いて椅子に腰を落としたところで、ルミナのホログラムが“ぬっ”と現れた。
『お疲れ様でした艦長。今後の課題は、恋愛スキャンダルを未然に防ぐこと、そして責任ある言動の徹底です』
「……君、どこまで俺を信用してないの?」
『3.2%未満ですが、ゼロではありませんので』
「またそれかーー!!」
船内には、俺たちらしい、そして少しだけ“新しい日常”が始まりつつあった。
ユイの回復とエリスの正式乗船を経て、艦内にそれぞれの部屋を正式に設けることにした。部屋割り問題――これは意外と、艦内生活において重要なテーマだ。
《ストレイ・エクシード》には余剰区画がいくつかある。俺たちの新しい生活の基盤として、それぞれの“居場所”をちゃんと持たせたい、ってのが俺の考えだ。
まず、ユイ。この子は、予想どおりというか期待どおりというか、当然のように言ってくる。
「私、シンヤの部屋がいい」
即答だ。しかも無邪気な笑顔付き。
「だーめーだってば。そこは譲れない」
「どうして? 一緒のほうが、安心するのに……」
うっ……その目は反則だ。でも俺だって、艦長としての矜持くらいある。説得に説得を重ねて、結局――
「じゃあ、一番近い部屋で我慢する……けど、たまには行ってもいい?」
「お、おう……様子見ってことでな……」
絶対“たまに”じゃ済まない気がする。が、そこはもう俺の覚悟の問題だ。
次に、エリス。こっちはこっちで、また別の意味で手強い。
「私は医療区画に常駐で構いません。設備も揃ってますし、何かあったときすぐに対応できますから」
「おいおい、医者の寝床が手術台の隣って、それどこの戦場だよ」
「え、ダメですか? 合理的だと思ったのですが……」
なんて言いながら、ちょっとだけ首をかしげるエリスの様子に、内心ちょっと和む。
「ダメではないけど、落ち着かないだろ。ちゃんと“自分の部屋”持とうぜ。リラックスできる空間って大事だし」
「……なるほど。では、ありがたく一室いただきます」
ということで、エリスには医療区画にほど近い乗員室を割り当てる。緊急医療にも対応できて、なおかつ休息も取れる、っていう“ハイブリッド仕様”だ。まあ、本人はきっとすぐに医療機材を持ち込んでラボ化しそうな気もするが……。
で、油断してたら、次の刺客が現れる。
「私の部屋は、ここね」
レーネが何の前触れもなく乗員区画の一室にスーツケースを下ろしている。まるで「前から決まってた」かのような動きだ。おい待て、話が飛躍しすぎてる。
「ちょ、お前はラゲルド・コロニーに戻ったら“フリーランクス”に――」
「さみしいこと言わないでよ。一緒に戦った仲間じゃない」
それ言われると、もう何も言えねぇ……。しかも笑顔が妙に清々しくて、完全に“勝利者の顔”してる。
『艦長。レーネ氏の荷物搬入が完了しました。室内環境は“女性標準仕様”に最適化済みです。なお、退去申請は現在受理不能となっています』
「って、ルミナまで勝手に手続きすんなよ!?」
『“艦長の口頭による抗弁の有効性”を過去データより評価した結果、迅速な決定が最善と判断しました』
「つまり、俺の言葉には説得力がないと……」
『端的に言えば、はい』
……無念。
レーネは、そんな俺を他人事みたいに笑いながら、小さな収納に医療バッグを詰め込んでいく。
レーネはそのまま部屋のクローゼットを開けて、さっそく荷物を並べ始める。
「ちょっと休める場所があるだけで、全然違うのよ。気力の回復効率が段違い」
「もう住む気満々だな……」
「どうせまた巻き込まれるんでしょ? だったら最初から拠点作ってたほうが早いわよ」
言い返せない。というか、たぶん正論なんだ、これ。
ルミナが、最後にとどめの一言を放つ。
『艦長。“対人調整スキル”成長率、+2.1%。今回の成果は“及第点”です』
「その評価軸やめないか? なんで俺だけゲームの育成ログみたいな扱いなんだよ……」
『ご安心を。未熟でも継続すれば、いずれスキルランクが上昇します。“A級指揮官”になるまで、最短でおよそ11年7ヶ月です』
「長ッ!」
こうして、《ストレイ・エクシード》には新たに“部屋”ができ、それぞれに“居場所”が生まれていく。仲間ってのは、たぶんこういう日々の積み重ねでできていくんだな、と、ふと思った。
《ストレイ・エクシード》が《ラゲルド・コロニー》の港湾管制区域へ静かにドッキングしたとき、俺は真っ先にタラップを降りながら、思わず伸びをした。
「は~、やっぱ地元がいちばん落ち着くな……」
言ってから、自分でも少し照れくさくなる。とはいえ、ここでの滞在は決して長くなかったはずだ。それでも、どこか「帰ってきた」という感覚がある。
そんな俺に、艦のスピーカーからルミナの声が飛んでくる。いつもの、あの冷静かつ微妙に刺してくるやつだ。
『艦長、まだ“地元”扱いするには滞在時間が少なすぎます。あなたの“帰属指数”は現在17.2%、寂しがり屋の野良猫と同程度です』
「なにその微妙に傷つく例え!? せめて旅鳥とか、もっとポエミーな表現にしてくれよ!」
『事実を明確に伝えることが、私の基本仕様です。感傷モードはオプション扱いですので、必要なら申請をどうぞ』
俺は口を開けて反論しかけるが、その顔が自然と笑ってしまっている。
すると、後ろからレーネのからかうような声が飛んでくる。
「はは、シンヤったら、またルミナに手玉に取られてるのね」
「いや、ルミナはAIってより毒舌指南役だからな……油断してると心がえぐられる」
そのとき、ユイがぴたっと俺の隣に寄ってくる。ふくれっ面で俺の腕をつんつん突っつきながら、不満げに言う。
「シンヤ、ルミナばっかりずるい。私も見て」
「いや、これは“見る”って話じゃなくて……ええと……その……」
動揺して言葉が詰まる俺を見て、エリスがくすりと笑う。
「ふふふ……《ストレイ・エクシード》の空気、いいですね。穏やかで、落ち着きます」
その言い方があまりに柔らかくて、俺の焦りがさらに浮いて見える。
ルミナはホログラムのまま、まばたきもせず平然とした声で言葉を継ぐ。
『艦長、現在の“居住指数”は上昇傾向にあります。今後さらに生活満足度が向上すれば、自動的に“地元補正”も適用される見込みです。つきましては、癒やしデータの定期投入スケジュールを準備中ですので、ご覚悟を』
「癒されるどころか、プレッシャーで胃が痛くなりそうなんだが……」
そうぼやきながらも、なんだか口元が緩んでくる。こうして冗談を言い合える空気があること自体、きっと“地元”って呼んでいい理由になるんだろう。
ユイが目覚め、エリスとレーネ?が仲間になり、責任も増えて、でも――
《ストレイ・エクシード》は今、たしかに“俺たちの家”になり始めてる。
それが、なんだか嬉しい。
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